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『幸せの雨 〜針野〜 』
針野(ib3728)

 シトシトと落ちる雨。
 鬱陶しいばかりのこの季節、けれどそれ以上に心を覆うのは晴れやかな気持ち。

――6月に結婚した花嫁は幸せになれる。

 女性なら誰もが憧れる夢のシチュエーション。
 叶わないとしても、叶ったとしても、憧れるくらいなら良いですよね……?

 貴女と、君と……永遠の幸せを……。

 * * *

 月を臨む硝子のホール。そこに集まるのは数多の儀でも指折りの権力者たちだ。
 ここはジルベリアでも名の知れた貴族の所有地。巨大な敷地に建てられた屋敷の横に、舞踏会のためだけに作られたダンスホールがある。
 硝子だけで作られたホールは、見上げれば月が、周囲を見回せば四季の花が見える、まさに贅を尽くした作りになっている。
「凄い建物さー……これだけでいくらになるんかな」
 針野はホールを照らす宝石のシャンデリアを見上げると、ほうっと息を吐いて呟いた。
 そんな彼女が纏うのは、白地に青のレースが使われた大人っぽいドレスだ。リボンの代わりにレースを結ぶ白い大きな花が特徴で、髪にもそれと同じ白の花が添えられている。
 普通なら足を踏み入れることもなかった場所。そして着ることもなかった衣装。
 どれもこれも、偶然の出会いがこれを成してくれた。
「本当にすごい人だったんよ」
 そう口にして思い出すのは、この屋敷の持ち主のことだ。
 先日受けた依頼の主がたまたまこの屋敷の持ち主で、依頼のお礼にとパーティーの招待状を貰ったのが切っ掛けだった。
 しかし針野は一度その申し出を断っている。その理由と言うのが「着る物がないから」というものだ。
 そこで依頼主が用意してくれたのが今着ているドレス。どうやらこの日のために頼んでくれたらしいのだが、本当に良かったのだろうか。
「……なんだか着られてる感じがするさー」
 折角用意してくれて言うのもなんだが、慣れない服に心許なさが募る。
 動き度に揺れるドレスの裾やレース、履いている靴もヒールが高くて歩きにくい。それでも心の何処かで喜ぶ気持ちがあるのも確かだ。
「不思議さね……」
 そう言って小さく足を動かすと、少しだけドレスの裾を摘まんで広げてみた。と、そこにザワッとした声が響く。
「? 何……――うおっ、カッコイイ!」
 思わず出た声に、慌てて口を押える。けれど発した声はホールにバッチリ響いていた。
 硝子に反響する様に響いた声に頬を染め、視線を遮るように俯く。本当ならもっと前を見ていたいのに、このままは恥ずかし過ぎる。
 いっそのこと隠れてしまいたい。
 そう思うのだが、聞こえて来た声がそんな気持ちから彼女を救った。
「そこに居たのか」
「……鉄龍さん」
 見上げると、タキシードを着た恋人――鉄龍の姿がある。
 そう、先程声を上げたのは、彼の姿を目にしたから。そして思わず上げた声はまれもない本音。
 精悍とした顔立ちに合う凛とした姿は、騎士である彼に良く似合っている。
 惚気ではないが、常々カッコイイと思っている恋人がここまでカッコ良くなるとは、これはこれでオイシイ。
「そんなに見て……何処か変か?」
「そんなことないさー。鉄龍さんはカッコイイんだけど……似合っとるんかなァ、これ」
 素敵すぎるほどに似合っている彼に比べて自分はどうなんだろう。
 正直言って、彼の隣に立つと自分の姿が霞んで見えそうな、そんな感覚すら覚える。
 けれどそんな不安を見透かすように、彼の優しい声が降って来た。
「よく似合ってるよ」
 もう一度視線を上げると、優しく穏やかな瞳と目が合う。
 唇に浮かんだ笑みも、頬を緩める表情も、何1つ嘘は言ってない。そのことに自然と笑みが零れる。
「ありがとうさー……って?」
「本当に、良く似合ってる」
 言って伸ばされた手が、頬を撫でる。
 慈しむように優しく触れた指先が頬を滑り、耳の後ろを擽ると、針野の肩が大きく揺れた。
「!」
 反射的に閉じた目と同時に、息を呑む音が聞こえる。そうして瞼を上げると、ハッとした表情でこちらを見詰める彼と目があった。
「鉄龍さん?」
「……何か飲み物を取ってくる。待っててくれ」
 そう言って足早に歩いてゆく姿に目を瞬く。
 何か変なことでもしてしまっただろうか。だが思い当たる節がない。
「喉、乾いてたんかな?」
 針野はそう零すとホールに視線を向けた。
 そこにあるのはダンスを踊る男女の姿。その中には男性が女性にダンスを申し込む姿も見える。
「素敵さね」
 差し伸べられた男性の手に、女性の手が重ねられる。そうすることでダンスの契約が成され、2人は楽しそうにホールの中央で踊り出す。
 女性をリードしながら踊る男性も素敵だが、瞳を輝かせながら踊る女性の姿も素敵だ。
「わしも……」
 そう口にした所で、ふと気付く。
「飲み物って、そんなに時間かかるんかな?」
 そんなに時間は経っていないが、飲み物を取って来るだけならこんなに時間もかからないはずだ。
「……何かあったんかな?」
 嫌な予感がする。
 針野は慣れないドレスの裾を反すと、ゆっくりホールの中を歩き出した。そして飲み物がある場所まで辿り着いて息を呑む。
「あれは……っ」
 鮮やかなドレスを纏う女性たち。
 その中央で困ったように佇むのは鉄龍だ。
 目を輝かせ、頬を紅潮させ、明らかに好意を持って話しかける女性たちの可愛らしい姿に胸がチクリと痛む。
 どう見ても、自分よりもあの子たちの方が可愛いし鉄龍には似合ってる。
 そう思う自分に余計に胸が苦しくなる。
 針野は胸の前で手を組むと、ゆっくり彼に近付いて行った。そして――
「てーつーりゅーうーさーん……」
 自分でも信じられないほど低い声が出た。
 この声に鉄龍の目が見開かれる。
「あ、いやこれはその……」
 戸惑う声に、唇が引き結ばれる。
 もしかして来たのはマズかっただろうか?
 邪魔?
 そんな想いが過って言葉に詰まる。
 そこへ追い打ちが掛かった。
「鉄龍さん、この子誰ですかぁ?」
「鉄龍さんは今わたくしたちとお話をしているのですけど」
 次々と降ってくる声に針野の視線が落ちた。
 目には涙がたまり、今にも零れそうになってる。それでもグッと堪えるのは悔しいからなのか、それとも意地なのか。
「っ」
 このままここに居たら泣いてしまう。急いでここから逃げて……。
 そう思った時だ。
「針野!」
 突如手を掴んだ大きな手に目が見開かれる。そして聞こえて来た声に針野の目が上がった。
「俺が針野以外の女性に興味があるとでも?俺が好きなのは世界中で針野ただ一人だ!」
 唐突に張り上げられた声に浮かんでいた涙が消えた。
 全身に熱が走り、頬はおろか耳まで赤くなる。
「ここ、人目がありまくりですさー!」
「あ、あっても問題ないだろう。むしろ、その……」
 鉄龍も今更ながらに人目に気付いたのだろう。指摘に頬を染めたのがその証拠だ。
 彼はこちらを見る女性たちを一瞥し、そして声高らかに言い放つ。
「人目があった方が牽制にもなる」
「牽制?」
 何のことだろう?
 針野が目を瞬くと、鉄龍は一瞬言葉に詰まり、咳払いをする。その上で視線を逸らすと、ボソッと呟いた。
「可愛い恋人を他の奴に取られないための牽制だ」
「!」
 思わぬ一言に、納まりかけた熱が再燃する。
 互いに顔を真っ赤にして戸惑う2人に、周囲を囲んでいた女性たちも徐々に去って行く。そして2人だけがこの場に残ると、鉄龍の手がそっと離された。
「あ……」
 離れてゆく手に寂しさを感じて声が上がる。けれど、その手は完全に離れることはなく、再度針野の前に差し出された。
「そ、その……一緒にダンスでもどうだ?」
 自らの胸に手を添え、もう片方の手を差出す姿は、先程ホールでダンスを申し込んでいた男性の姿に重なる。
 耳を澄ますと流れる曲も変わっている。
 穏やかに、優しく刻まれるメロディは慣れない靴を履く針野でも踊り易そうなものだ。
「喜んで、お受けするさー」
 差し出された手に自らの手を重ねて微笑む。
 すると彼の大きな手が、重なった手を握り締めて引き寄せる。力強く、確かな動きで抱き寄せられて一瞬だけ戸惑う。
 けれどそれがダンスを踊る姿勢なのだと気付くと、自然と恥ずかしさは消えた。
 間近に見える恋人の顔。その顔を見ながら踊っていると、先程までの不安が嘘のように消えてゆく。
 胸の内で溢れてくる気持ち。それが先に伝えられた言葉と重なって嬉しくなってくる。
 針野は間近にある鉄龍の顔に頬を寄せると、彼の耳元でそっと囁いた。
「さっき、言いそびれちゃったんだけども。わしも鉄龍さんのこと、大好きなんよ?」
 そう言って頬を滑らせて額を寄せる。
 直接伝わる温もりが増して、互いに頬を染めながら笑い合う。
 それがくすぐったくて目を細めると、ダンスは新しい曲に変わった。それを受けて鉄龍の口角に笑みが浮かぶ。
「もう1曲、踊ってくれるか?」
「あいさー! 勿論さね!」
 そう言って浮かべた極上の笑み。それを受けて鉄龍が彼女の手を取り直すと、2人は夜が更けるまで踊り続けた。

―――END...




登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ib3728 / 針野 / 女 / 21歳 / 弓術師 】
【 ib3794 / 鉄龍 / 男 / 27歳 / 騎士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『鈴蘭のハッピーノベル』のご発注、有難うございました。
かなり自由に書かせて頂きましたが、如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!

※同作品に登場している別PC様のリプレイを読むと少し違った部分が垣間見れます。
鈴蘭のハッピーノベル -
朝臣あむ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月17日

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