『お隣さんの恋愛事情 』

栗原　ひなこ（ja3001）

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　久遠ヶ原の放課後タイム、街並には友人同士・恋人同士、以上に未満に仇に恩人、見た目だけでは分からない関係の人々で賑わっている。
　時は初夏、日没もうんと遠く、遊ぶには最高の季節。
「あーっ！　見て見て、ゆーまくんっ。なんか楽しそうなイベントやってるよー！」
「ちょい待ち、まだアイス1段め、あっ、落ち……　あああああ、俺のオレンジシャーベットー……」
　トリプルアイスの頂点がパージして、惜別の涙を流す小野友真の襟首を、栗原　ひなこがグイと掴んでドンドン進む。

　――ウェディングドレス試着会　開催中

　そんなポスターの貼られたガラス扉を、ひなこは迷うことなく押し開けた。



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　遡ること、一時間前。
　学生らしく授業を終えて、珍しく珍しく、真っ直ぐ帰宅しか予定がないという予定で。
「聞いてよ、ゆーまくんっっ！！」
　背後からのレイジング的アタックに、友真の細い体は折れそうになりつつ声の主を振り返った。
「び、びっくりした……。どしたん、ひなこちゃん？」
「…………むー」
「……場所、変えよか」
「うん」

　学年は一つ上のひなこ、けれど童顔ゆえに友真はついつい妹のように接してしまう。
　いつも元気な放送部長が、声を詰まらせているとは何事か。
　校内の、人目に付かない場所を選んで友真は話を促した。
「最近、冷たいの！」
「あー、冷たいんが美味しい季節やんなぁ、　……違いますね、すみません」
　『何が』とは言わずともわかる。
　茶化してみたが、大きな瞳で睨まれて、友真は頬をかいて目を宙へ。
「人前は恥ずかしいけど、構ってくれないのもなぁ……」　
　頬を膨らませるひなこは、紛うことなく恋する乙女だ。
「人前ねぇ……」
「なんかね、もうね、パーッとしたいの！　あと、むしゃくしゃするからびっくりさせたい！」
「パーッと彼氏さんの髪を散らすん？　冗談です。なんや、楽しいことでもしよっか、付き合うで？」
　大学部の恋人との距離感に、もだもだしているひなこ。
　お二人同士の事情だから、彼氏さんの本心まで友真が深く触れることはできない、が。
　大学部の恋人、であるならば友真も同じ状況だ。多少は、気持ちがわからないでもない。
　それよりも『もっと構ってほしいのに！』をオープンにするひなこを、ついつい可愛いと思ってしまう。
　パーッとすること。
　彼氏さんをびっくりさせること。
　悪意は残らない形で……
　友真は三秒ほど、神妙な面持ちで考え込み。

「よっし、気晴らしに俺とデートしよっか！」

　エスコートはお任せあれ。
　友真からのカウンターパンチにキョトンとしたあと、ひなこは肩を揺らして笑った。
　ポニーテールも、合わせてご機嫌に揺れた。



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　そして現在。
　レンタルドレスショップにて。

「ゆーまくんは、愚痴とかないのー？」
　煌びやかなドレスを眺めながら、ひなこ。
「そうやなぁ。最近、ふと気付いたら寝落ちてるんよな。通話中にやで？　信じられへん！」
　笑い流せる内容をチョイスしながら、友真。その手には、ひなこが買物してきた戦利品をたくさん引っかけて。
「遠隔操作で指輪に電気流したなるわ」
「……アカシックレコーダーにジョブチェンジできたら、可能になるのかな？」
「今後の展開にご注目ください、やね☆　って、俺よりひなこちゃんの話が聞きたいな！　恥ずいんで！」
「えーーーー　照れるゆーまくん、かーわーいーいーーーー」
　ちょっと不穏な女子トークである。
　そこへ、二人の様子を眺めていた店員が声をかけてきた。
　フェア開催中で、式の予定がある方は二点、無い方は一点、試着できるのだそうだ。
「あ、俺は彼氏やなくて……。ひなこちゃん、試着してみたらどない？　見たいな」
　カップルと勘違いされたところをやんわりと否定し、友真が水を向ける。
「彼女に似合うドレスってありますかぁ？」
「ひなこちゃん？　俺、彼女でもないですよ……？」
「だって！　可愛いゆーまくんには、ぜひとも！　ドレスをしっかり！　しっかり着て欲しいもん！！　滅多にないんだよ！？」
「滅多に……」
「こんな、劇的なチャンス！！」
「劇的……」
「一発逆転、ヒーローだよ！！」
「お姉さん、なんかええのん、探してもらえますー？」
（アレ？　おかしいな……？）
　声を張り上げ、ようやく友真は我に返る。
（それでこそ、それでこそ、ゆーまくんっっ）
　最高に弄りがいのある、親愛なる友人だ。
　ひなこは心の中でガッツポーズをとった。
「一着だけな……？」
　絶望の微笑を浮かべ、友真は試着室へと向かった。
「これ終わったら、次、ひなこちゃんやでー！！」
「はぁい♪」
　友真の叫びに涙が混じったのは、ひなこがウィッグを追加でお願いしたからかもしれない。



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　ふわり、カーテンが開くとともに白いレースがこぼれだす。
　純白のウェディングドレス。
　ビスチェタイプで、肩を出すことで男性特有の肩のラインを逆に気にさせることなく、大胆に背中の美しさをアピール。
　胸元にはコサージュでボリュームを。
　体のラインにフィットした上身と対照的に、ウェストからはたっぷりのレースがグラデーションを描いている。
　合わせのティアラが、涙のようにキラリと光った。
「わぁっ！　ゆーまくん、良く似合ってるｗ　か〜わいぃ〜」
「ひなこちゃん、今、草生やしたよな……？　って、撮影は！　撮影はご遠慮願います！！」
「晴れ姿だよー？　恋人さんにも後で送ってあげないとだよね！！」
「わかっとった。こうなるんは、わかっとったハズなんに、俺……」
　絶望のまま崩れ落ちる花嫁を、ひなこは動画・写真両方で激写する。
　プロの技でメイクまでしてもらった友真の完璧なドレス姿。こんなチャンス、滅多にない！！
「あれっ？　あそこにいるの、筧さんじゃないかなぁ？」
「え？」
　シャッターを切る手を止めて、ひなこは入り口カウンターを振り向いた。
　聞き覚えのある声がすると思えば……　そこに立っているのは学園卒業生の、筧 鷹政に違いない。
　男ひとりで来るような店ではないのだ、ここは。そこへ、あの赤毛と顎の傷は悪目立ちでしかなかった。
　二人の声に気づいたのか、鷹政がゆっくりと顔を上げる。
　少し驚いた顔で、ひなこを見、それから――
「……」
「…………」
　誤魔化すように微笑みかけた友真に対し、つられるように笑い……それから流れる動作で写メをとりやがった。
「筧さん！！！！？」
「え、これは一応、拡散した方が良いのかなって」
「拡散！！！！？」
「ネタ的な意味で」
「あかん、ひなこちゃん。この人、想像以上に大人げないで……！！！」
「ねー。自分一人でこんなショップに居るって画像を拡散されても痛くないなんて、筧さんオットナー♪」
　ひなこのハンディカムが、鷹政に向けて火を噴いた。
「すみません調子に乗りました許してください」
　レンタルドレスショップの攻防。男たちの痛み分け、女子の圧勝にして幕を下ろした。



●
　近くにある喫茶店へと場所を移して。
　ひなこと友真の経緯を聞いて、鷹政はひとりしきり笑う。
「偉大な先輩ＯＢに感謝ー！」
「ホットケーキ美味しいでっす。ちょっと涙の味が効いとるけど……」
「俺のコーヒーも涙味だ、小野君。いっぱい食べて大きくおなり……」
　明るい笑顔でパフェ攻略にかかるひなこ以外は、どことなく目が虚ろである。
　さて、何から話したものか。
「まぁ……。筧さんの良さを俺らよりわかるような人が来んとな！　……あ、でも責任取るんでしたっけ……？」
「こっちに来たか」
　半年付き合って良さがわからへんような女、と口に出しかけて友真は飲み込む。
　鷹政を詐欺にハメた女は『その程度』だったかもしれないけど、選ぶと決めたのは鷹政で、そこの傷を抉ろうとは思わない。
「筧さん、主夫も似合いそうやんな」
「そっちに行くか」
「筧さんは、みんなに愛されてたでしょ〜？　めげずにふぁいとだよー！」
「めげてなんか！！」
　優しさが心を抉る、ということもある。
「けど、この間は本当にありがとうね。帰宅してから、しっかり拝見しました。嬉しかったよ」
「お財布事情を気にしない人がいつか現れるハズ。逆にヒモとか目指してみちゃう？」
「財布でフラれたワケじゃありませんから！」
「えー、じゃあ、ケーキセット追加しても良い？　良い？」
「ドウゾ！　ショーケース端から端まで行っちゃって」
「あ、そんなら俺、フードメニュー制覇狙うかな……」
「……途端に元気になったね、この子たちったら！！」
　冷たいものも美味しい季節だけれど、レトロな喫茶店のホットサンドは季節を問わず美味しい。
「俺が学園生の頃からある店でさー。地味だけど、落ち着くんだよね」
「渋いですね……？」
「俺、学園に来たの25だからな？」
　高校生の友真やひなこには、きっと明るいカフェの方が楽しいだろう。
　たまにはこういう空気も悪くないということで。
「相棒だった奴が、こういうとこ好きで、発掘してくるんだよな。で、いまだに常連」
　古めかしい店内、それでも手入れは行き届いていてホコリひとつ見当たらない。
　ＢＧＭは耳馴染みのあるジャズ音楽、ボリュームは控えめに。
　カウンターでは壮年のマスターがグラスを磨いていた。
　ショーケースに並ぶケーキの種類は少ないものの、全てが自家製。
「ゆーまくん、どうしよう」
「どないした、ひなこちゃん？」
「この場所、教えてあげた方が良いのかな。三人で内緒の場所にしちゃうのが、浮気っぽい？」
「筧さんと二人っきりになったところで、浮気疑惑には発展せぇへんだろうし、悩ましいな……」
「…………」



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　雑談に花を咲かせ、店を出る頃には空は深い藍色となっていた。
　所々に、チカチカと星が輝いている。
　温度を下げた風が、会話で火照った頬に心地よかった。
「それじゃあ、俺はこれから帰るけど……」
「筧さん、バイクなんだよね？　これ、この住所まで届けてくれると嬉しいなっ」
　ドン
　ひなこが、笑顔で戦利品を手渡す。
「あっ、筧さん」
　苦笑いで受け取った鷹政へ、友真が言いそびれていたことを思い出す。
「俺ね、筧さんは絶対幸せになるて確信あるん」
　相手の眼を見て、しっかりと伝える。
「……うん、ありがとう」
「本物の結婚式、楽しみにしてますね」
「皆で弄りに行くね！！」
「いろんな意味で、目頭が熱い」


　排気音が遠ざかる。
「次の幸せ掴むんが怖くないように、昇華できとったら、ええけど……」
　見送りながら、友真は呟く。
「『次』かぁ……」
　それは『今』が駄目になったら、ということで――　いや、あの人は駄目になったのだけど。
「最近ちょっぴり、つれないなー。なんて思っちゃったけど」
　ひなこは、大事な大事な、大好きな人を思い浮かべる。
　『次』なんて考えつかなかった。
「……大人は大変だね」
「そうやなぁ」
　卒業生を指しているのか、大学生を指しているのか。そこは曖昧にして、友真は頷いた。
「帰ろか、ひなこちゃん。ずっとスマホの電源、切っとったやろ。えぇ感じに心配しとるんやない？」
「へへ。そうだね！」
　やきもち焼いて、不機嫌にさせたいわけじゃない。
　とっておきのカウンターパンチのネタも用意した。
　明日はきっと、友人たちと輪になって、今日のことで笑いあえるだろう。

「あ！　今、星が流れたよ、ゆーまくん！」
「マジでか。見逃した……」
「いいこと、あるかなぁ」

　隣を歩く友人の、恋が順調に行きますように。
　願うことは、互いに同じだった。
　願うまでもなく、きっとそれは既に叶っている。
　夏の夜風に吹かれながら、ゆっくりと二人は家路についた。




【お隣さんの恋愛事情　了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3001／　栗原　ひなこ　／　女　／１４歳／　アストラルヴァンガード】
【ja6901／　小野友真　　　／　男　／１７歳／　インフィルトレイター】
【jz0077／　筧　　鷹政　　／　男　／２５歳／　阿修羅】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました！
内容から、今回は分岐なしの一本道として納品させていただきました。
今の恋に、不満はないけれど――？　可愛らしい悩みからの転落劇（男子勢的な意味で）、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。

鈴蘭のハッピーノベル

佐嶋　ちよみ

エリュシオン

2013年07月18日