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『ふぁんブる! side諏訪 』
櫟 諏訪ja1215


 宵の口。
 濃紺の闇が街に降り、ぽつりぽつりと灯りが光り始める。
「で、何処だって、アスハ?」
「この、先…… もう少し、だ」
 予約を取ったのは和風居酒屋。
 アスハ・ロットハールも、普段から行くような場所ではなく『今回』の為に調べただけだから、詳しくは解らない。
 しかし久遠ヶ原だ、迷うということもないだろう。
 訊ねた加倉 一臣も「そうか」と一言だけ返し、楽しみとも悩まし気とも取れぬ表情。
(笑い話で済ませるのが一番ラクかとは思う、けどね)
 本日の主役を思う。過去の一端に触れた経験から、胸中はなんとも複雑だった。
(先日、会ったばっかりやねんけどな…… 逢ったいうか、むしろ遭ったいうか……)
 一臣の半歩後ろを歩くのは小野友真。
 直近過ぎたので、恐らく話のネタにはなるまい。今回はそれが主題ではないのだし。
「慰め会ですから、しっかり筧さんのぶん『は』みんなで出しましょうねー?」
「「はーい!!」」
 とりあえず、そこは満場一致。
 櫟 諏訪が合流前の最終確認をすると、揃って良い子のお返事で。


 アスハが予約した居酒屋の前で、黒のレザージャケットを肩にかけた卒業生が看板に背を預けていた。
「あっ、居た居た。筧さーん」
「や。本日はお招きにあずかり、どうも」
 筧 鷹政は一臣の声に振り向いて、片手を挙げる。
「……こんばんは」
「……こんばんはー」
 友真とは、互いにぬるい微笑みを浮かべあう。
「今日は、無礼講、だ。遠慮なく、行こう」
「行先が、こんなに不安な飲み会もないな……。お手柔らかに頼むよ、アスハ君」
「楽しい食事会になりそうで今から楽しみですよー!」
「そうだね。未成年さんもいるし、大惨事にはならないよ、な」
 諏訪に笑顔を向け、それから鷹政は再度、アスハへ。
「……。僕のことが、信じられないと、そう言うのか。カケイ」
「そんな真顔のアスハ君を戦闘以外で見たことがなくて、ついな!!?」




 通された個室は、案外に良い作りであった。
「へぇー。ここは、俺も知らなかったなぁ」
「この店、出汁が決め手らしい」
「……なるほど」
 そう来たか。半眼でアスハを見遣り、鷹政は薄笑いを浮かべる。
「でも、自分たちも負けていないですよねー?」
「諏訪ちゃん、今、俺と兄貴を見たね……?」
「自覚は大事やで、一臣さん」
「はい、1削り入りましたー」
「筧さん! 嬉々として、そんな!!」
 友真に肩を叩かれる一臣に笑いながら、鷹政が適当な位置に腰を下ろす。
 掘りごたつになっていて、足元も楽だ。
「一臣さんはいつもじわじわやけど、筧さんて一撃必殺! て感じにドーンて削られるよな! 俺凄いなって思ってるん。耐久力的な意味で」
「はい、2削り入りましたー」
「加倉君、さりげなく自分も削られてるんだからな!!?」
「ハイハイ、鰹節兄弟はナカヨシ、ナカヨシ」
「うん、予想はしてた」
 アスハからメニューを受け取り、前髪をクシャリと掴んで鷹政はため息をつく。
「純粋な意味やで? 他意はないで?」
「あ、うん、友真、殺撃追加射撃はその辺で。まだまだ先は長い」
「……長いのか」
 澄んだ瞳で鷹政を見上げて見せる友真を、一臣が留める。
「鉋は計画的にご利用ですよー?」
「削りマイスターがそこに居たか!!」


 話が進まない、ということで一同が騒いでいる間にアスハが適当にドリンクをオーダーする。
「基本は、コース料理、だが。追加が、あれば」
「あ、俺この肉注文よろー」
 今月のオススメと書かれた、ワンランクお高いメニューを友真が指す。
「カケイは? 足りなければ、頼むといい。カケイの分は、皆のおごり、だ」
 この言葉に、巧妙なトラップが仕掛けられていることに、気づく鷹政ではなかった。
「ええ? 悪いよ、そんな。でも、まぁ……んー、俺は……ホッケの開き」
「筧さん…… おっさんくさい」
 ぼそりと差し挟まれた一臣の言葉。鷹政は、テーブルへ額を落とした。ゴン、と鈍い音が響く。
「ストレートな言葉が、一番響くって今、知ったわ」
「ホッケだったら、俺に言ってくれれば実家から送ってもらいますよ」
「これだから! 道産子は!!」
「一臣さん、俺、ホタテな、ホタテー!」
「鮭、も遡上する、か……?」
「どうしてこうなった」
「兄弟そろって、見事な削り合いですよー?」
「……。進まん、な」
 コースメニューにしておいて正解だったか、と内心で嘆息し、アスハは適当に追加オーダーも済ませた。




 ふすまが開き、鍋のセッティングと共にドリンクが運ばれてくる。
「ウーロン茶が、ユーマとスワ、だな。僕は、あぁ、ソレ、だ。それは、あちらの二人へ」
「……。加倉君」
「え、出汁とか俺らも負けてないですし。……じゃないよな。アスハさん?」
 鷹政と一臣の前へ差し出されたカクテルグラス。黄金の液体を湛えている。
「この店、出汁が決め手らしい」
「……そう来たか」
 大事な二度目のアスハによる解説で、鷹政は額を抑える。
「さて兄弟の! ちょっといいとこ見ってみったい!」
「あれ…… 何か覚えがあるぞ、この流れ」
「負けた方、追加な?」
 震える一臣へ、友真が笑顔で。
 アスハは無言で、厨房で詰めてもらった特製のボトルを持ち上げる。
「一気に飲ーんでいきましょー?」
「そーれそれそれ!」

「「行けるかァッ!!!」」

「ほぼ同着、か……。決着がつくまで追加、だな」
 3削り、入りましたー




「そういや義姉さんとの式、改めてパーティする? 乱入する強者おらんやろし、今度は安心やんなー」
「弟としては、義姉さんの援護射撃に行きたかったよね!」
「さらっと、今までの展開を打ち消したね……」
 グラスのタワーを積み上げたところで、ようやくビールにたどり着いた鷹政は、疲れた表情で友真と一臣を見遣る。
 まったく本題へ進めないまま、卓の中央の鍋の準備は完了となっていた。
 追加で頼んだ料理も並んでいる。
 今日の本題――詐欺の術中に落ちた筧を慰めよう、である。
(こういう時は、騒ぐのが一番……。ヘタに直接的な話より、馬鹿話をする方が、良いだろう)
「あー、そういや、鍋囲んでると修学旅行、思い出すな」
「お土産で買うたので、鍋パしてん」
 一臣の一言へ、友真が頷く。
「寒い季節でしたねー。自分は恋人と一緒に行って、いろいろ楽しかったですねー?」
「うわ! 諏訪くん、さらっと惚気よった。……正直、こんなデレデレ彼氏になるとは思わへんかったわー」
「まあ……人は変わるもの、だしな」
「アスハが言うか……」
「僕だから言うんだ、オミ」
「ですよね」
 一臣は、アスハの妻と面識はない。けれど、結婚まで至るほど、彼を動かした人物だ。そして、アスハがそこまで決断をするのだ。
「愛は偉大だわ」
 それは、自分や友真とて同じこと。
 楽しい気分になり、それから誰からともなく鍋をつつき始めた。



●case:諏訪
 自分も、きっかけは談話室でしたねー。
 アスハに釣られ、諏訪が続いた。
「何度か顔を合わせておしゃべりしているうちに、だんだん好きになっていきましたねー……」
 こちらまで、元気になるような笑顔。今日は会えるだろうか、そんな期待感。
 心が温まる感覚も、緊張も、色あせることはない。
「ハロウィンやクリスマスなどイベントごと以外にも、デートはたくさんしましたよー?」
「……甘酸っぱい……さすが現役高校生カップル」
 鷹政、涙目である。
「筧さんは、アルコール足りてないようですよー?」
「そんなこともないけどね、……ん、ありがと」
 空いたグラスへビールを注ぎながら、諏訪は追憶を辿る。
「デートを重ねるたびに、それまで知らなかったかわいい姿をたくさん見れて、好きな想いはどんどん募りましたねー」
「アスハ君、禁呪、禁呪。今なら許す」
「落ち着け、カケイ。スワの隣に居る二人のジョブを、言ってみろ」
「インフィルトレイター」
「流石に、回避射撃二発同時は分が悪い。スワは僕に使うだろうし、な。……カケイ一人で、焦げるか?」
「……そうなりますか」
 こくり。アスハが頷き、諏訪へ続きを促した。
 諏訪は、これ以上を人前で話していいものか否か、少し悩み。
 しかし、ここにいる面々は誰彼かまわず吹聴するような人間じゃない。
 アスハがまっすぐに語る姿が羨ましく見えたというのもある。
 遠慮不要の男同士、今だから話せることだってあるはずだ。

「実は…… 告白は、された側、だったんですよー」

 言ってから、恥ずかしさで転げそうになるのをこらえる、こらえきれない頭上のアホ毛が、くるくると忙しなく円を描いていた。
 心臓がどきどきして、耳元までのぼっているよう。
 顔が熱くなる、頭がジンジンする、緊張と嬉しさで胸がいっぱいになるのは、告白をされたあの時と同じだった。
 自分と彼女だけの秘密だったことを、誰かに明かしてしまう後ろめたさと、誰かに話すことのできた満足感と、
「あの時の……彼女、とっても可愛かったですねー」
 幾度となく脳内再生してきた瞬間を、今この時も。
 きっと、あの時の彼女は、そこに幾ばくかの不安もあったはずなのだ。
 それを想えば愛しさも募る。
 時間をかけて、大切に大切に育んできた。そしてまた、これからも。
 今はこの場に居ない少女を、諏訪は強く想う。




「……例の彼女とは、どんな出会いだったんだ?」
 宴もたけなわ、と言ったところでアスハが地雷を正面から踏み抜いた。
 鷹政が咽こむ。
 今なら、火事場の馬鹿力がきっと使える。そう思った。
「どうって…… 仕事でさ。護衛任務だったんだよ。現役時代の恨みを買ってるらしいってことで」
(まさかの出落ちでしたよー?)
(最初から、騙す気だけだった、か……)
(半年で良さが、とかそんな次元やなかった)
(そういえば半年前って確か、正月で筧さんに縁結びのお守りをあげ……)
((そ れ か !!!))
 一臣が絶望色に顔を染め、両手で覆って丸くなる。
「!? どうしたの!!?」
「いえ…… あの、いたたまれなく……申し訳なく……」
「そういや筧さん、おみくじも凶やってんな……」
「新年早々、すさまじいファンブルでしたねー?」
「長い伏線回収……オツカレサマ、だ」
「ああ……。それはそれ、これはこれだから。俺だって、そこまで神様のせいにはしないさ」
 ぺしぺし、と鷹政は一臣の背を叩く。
「出会って、それで?」
「マジでか。そこ、更に抉るんか、アスハさん」
 尊敬と恐怖で震えながら、友真はアスハを見上げる。
「それで、っていうか、まぁ……お付き合い、だよね。とはいっても、俺……年明けてから間もなく、多治見に滞在だったし」
 ふっ、と鷹政は遠くへ目をやる。
 馴染みの情報屋である女性からの連絡で駆け付けたわけだが、つまり疑われるのは浮気である。
「出会い、遠恋、浮気疑惑、そいで……安心させるための結婚、やったんですか?」
 友真が指折り数える。
「戻ってきたら、事務所の上にカタログがあったね」
「……ごめん兄貴、俺、もう、聞いてらんない……辛い」
「弟として、最後まで受け止めるのが仁義だと思いますよー?」
 口元を抑える一臣へ、にっこりと諏訪。
「多治見では、何もなかったの、か? 情報屋と、風紀委員……。報告書だけでも、若い女性は、最低二人、居たはずだが」
「まさかの逆球」
 アスハが切り込む。
 真顔でザクザク行くその姿を、目に焼き付けておかんとな、と友真は思った。
「長期滞在でどうにかなるような関係だったら、とっくになってるよね……!」
「「ああ」」
 なぜだろう、妙な説得力があった。
 危険な環境に身を置くことで恋に落ちるという『吊り橋効果』、そんなものに振り回されていたのでは撃退士は務まらない。
「筧さんなら、普段の感じの中にたまに見せる真剣さとかのギャップを見せるのがいいと思いましたよー?」
「その、真剣さの見せどころを間違ってるに100久遠な!」
「屋台の射的とか…… 金魚すくいとか…… そのあたり、だろうな」
「俺の評価、酷いな!?」
 諏訪の提案に、友真とアスハが『無理無理』と静かに首を横に振った。
「筧さんが選んだ人なら祝福したかったけど……。半年も筧さんと過ごして、良さに気付けない人とか父さん許しませんよ」
 ……鰹節・弟じゃなかったのか?
 家族設定が錯綜しつつ、一臣は本音を零す。
 始まりから転んでいたって、気持ちが変わることだってあったはずだ。
(寂しかったのかな)
 鷹政は鷹政で、空白を埋めたい気持ちで焦っていたのかもしれない。
 そう考えれば、語気を強めることもできない。それでも。
「俺も許しませんよ! 今は俺らの愛情いっぱい分で許してな☆ お相手、忙しいやろー?」
 一臣にのしかかりながら、友真。
「心と通帳は空っぽでも、僕たちはズッ友だ!!」
「ズッ友や!」
 アスハ、友真が声を揃えると、鷹政もまた一臣と同じポーズで転がった。

「筧さん、真面目にやれば本当にいい人見つかりそうだとは思うのですけど。鰹節の宿命かそういう機会がそもそもやってこないのでしょうかー……?」

 これが諏訪の、本日最後となる削り仕事であった。
「筧さんに、いい出会いがあることを祈って、改めて乾杯ですよー!」




 閉店時間まで、くだらない話と美味しい料理と。あっという間に解散の時間が来てしまう。
「今はここに、鰹節とカレーと…… 可愛い後輩たちの愛情を詰めときます?」
 ジャケットを羽織る鷹政の胸を、一臣がトン、と軽く叩く。
「あらゆる削りに対応できるよう、余裕も持たせないとな?」
 鷹政は空いている手で、コツリと拳を突きあわせて。
 今回の一件で、相当、周囲へ気を遣わせてしまったことを身に染みて感じている。
 事の顛末も、彼女の本心も、その後、きちんと聞いている。受け止めている。
 風紀委員を動かすほどの事件だったのだ、戻るものは戻ってきたし、気持ちを切り替えることも、それなりに。
「そうやなー。引っ張ってくれる年上か、笑顔で許容する一回り以上下位の子がいいんちゃうかな……」
「無駄にかっこつけより、自然体のほうがよさそうですよー?」
「櫟君、無駄ってなんですか、無駄って」
 失ったものより、こうして集まってくれる存在の嬉しさを、感じることの方がありがたかった。
「今日は、これ、ありがとうでいいのかなぁ」
 ありがとう、でいいのだろう。
 しかし、素直には言いにくい。言わせないようにしているのかもしれない。
「礼には及ばん、カケイ」
「アスハ君が言うのか」
 伝票をレジカウンターへ差し出しながら、軽いやり取りを。


 さあ。最初の最初に仕掛けたトラップ発動まで、テンカウントスタート。




【ふぁんブる! side諏訪 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8432/アスハ・ロットハール/ 男 /22歳/ ダアト】
【ja1215/ 櫟 諏訪  / 男 /19歳/ インフィルトレイター】
【ja6901/ 小野友真  / 男 /17歳/ インフィルトレイター】
【ja5823/ 加倉 一臣 / 男 /26歳/ インフィルトレイター】
【jz0077/ 筧 鷹政  / 男 /25歳/ 阿修羅】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
それぞれのノロケシーン3パターンを、差替えとしています。
砂糖と出汁のコラボレーション、ですね☆
見事なまでに本題へたどり着けず、『雑談ノベル』という新境地開拓かと戦慄いたしました。
楽しんでいただけましたら幸いです。

鈴蘭のハッピーノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月18日

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