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『宵越しの 』
強羅 龍仁ja8161


 最寄駅から徒歩15分ほどのワンルームマンション。
「ここか。……ここか?」
 久遠ヶ原学園へ問い合わせをして教えてもらったものの、ごくごく普通のマンションを前に、強羅 龍仁は戸惑いを見せた。
「そんなに、心配もいらないとは思うが……」
 自分への言い訳を口の中で呟きながら。
 郵便受けの一つに『筧 撃退士事務所』のプレートを確認し、龍仁はルームナンバーを押した。




「よう、鷹政」
「強羅さん!!?」
「押しかけて、すまないな。仕事は?」
「終わって、帰宅したとこ。じゃなくて…… なんでまた?」
 事務所兼自宅だというその部屋の主は、大きく目を見開きつつも、訪問者を招き入れた。
 学園卒業生で、現在はフリーランスで活動している筧 鷹政は、学園で見せる表情と大差ない様子だ。
 仕事終わりというのは、本当なのだろう。あちこちに切り傷を作っている。
「ちょっと動くな。回復掛けてやる。ライトヒールでいいな?」
「え? ……ありがと、助かります」
 柔らかな光に包まれながら、鷹政はクスクス笑う。
「どうかしたか」
「いや…… ええと、良くできた嫁さん?」
「それだけ言えれば心配ないな」
「いてっ」
 龍仁は、仕上げとばかりに頭を叩く。
 軽い冗談と、悪乗りと、龍仁なりに真面目に考えた結果がファンブルを起こして思いがけない形で周囲に『設定』として認識されているようだけれど、当人同士で冗談とわかっていれば問題ないだろう。
「大事ないなら、それでいいさ。男一人じゃ、ろくなもん食べてないだろう」
 そして、本日の訪問の理由。
 買い込んだ食材を持ち上げて見せた。




 ワンルームを仕切って、事務所と居住スペースにしている狭い部屋。
 キッチンは申し訳程度。
 食事は恐らく、仕事用のデスクで摂るのが日常なのだろう。テーブルというものがない。
「お手間かけます」
 龍仁が手早く酒の肴を作る間に、シャワーで汗を流した鷹政は応接スペースからテーブルセットを運んでくる。
「とやかく言うつもりはないが……卵と牛乳とビールしか入ってない冷蔵庫は、どうかと思うぞ」
「ハム、切らしちゃってて」
「一品、増えたところでな……」
「強羅さんはー? ビールで良い? 貰い物の日本酒もあるけど」
 小言回避とばかりに、話を逸らす鷹政。
「どちらでも構わん」
「じゃ、とりあえず最初はビールな」
 着々と卓飲みの準備が進む。
(案外と…… 元気そう、か?)
 一品、二品と皿へ盛り付けながら、横目でその姿を確認し。
(……あれは)
 反対方向。向かい合わせに設置されたワークデスクに目が行く。一つはパソコンと書類の山、もう一つは綺麗に片づけられていて、分厚い封筒と、
(…………)
 『結婚式』で見かけた、指輪を収めた小箱がポツンと置いてあった。
「ん? あー、ははは、その。戻るものは、戻ってきましたよ、と。風紀委員が出てくるほどだったからね」
 龍仁の視線に気づき、鷹政は空笑い。
 感情を押し殺しているのか、本当に吹っ切れているのか……?

 精いっぱいの指輪。
 小さな結婚式。
 それでも、充分に幸せな――

「強羅さん?」
「あ…… すまんな、不躾に」
「気にすることじゃないよ。あの時はあの時で、俺、嬉しかったし楽しかったんだから。それに、今日も心配して来てくれたんだろ」
「……それは」
「ほらほら、座った座った! 強羅さんのごはん、早く食べたい!!」
「でかい子供か」
 一瞬だけ湿った空気もすぐに元へ戻り、龍仁はテーブルに乗り切らないだけの皿を並べ始めた。




 ふたりだけの結婚式だった。
 互いに、身内は互いだけとなる、誓いの日。
 小さな教会に、祝福の鐘が鳴る。
 柄にもなく幸せってやつを実感した。
 柄にもなく、そんな日々は続くのだろうと――

「強羅さん」
「あ、ああ」
「グラス空いてる。二杯目、どうする? まだビールで良い?」
「……そうだな」
 曖昧な返事を適当に解釈し、鷹政がビールを注ぐ。無駄に上手い。
「しっかし、ほんと料理上手だなー なんであの短時間で、こんなに煮物が美味しく作れるの??」
「二人分なら、そんなに掛からないからな」
「へー。あ、そっち一口ちょうだい」
「同じだぞ?」
「そっちの方が、具が大きい」
「……そうか」
(きっと、あの時の鷹政みたいな顔をしていたんだよな)
 龍仁は、遠くて、そして今でも細かに刻まれている記憶を呼び起こしていた。
 今――『今』に至る、その前に、離してはいけない手を、離してしまったことも。
「どんな、結婚式だった?」
「うん?」
「強羅さんと、お嫁さん」
「……」
 酔いが回るには、まだ早い。
 気を遣わせてしまったか?
 普段から真っ直ぐに相手の眼を見て話す鷹政が、今は食事に夢中なふりをしている。声量をコントロールしているくせに。
「小さなものだったよ。参列者もいない。……豪勢な式を挙げてやれればよかったな」
 箸をおいて、記憶に浸る。
 日差しの熱も、思い出せる。
「けど、幸せだったんだろ」
「それは、まあ」
「さっき、すごく、しまりのない顔してた。思い出したのかなって」
「…………本当か?」
「せっかく二人きりの夜ナノニー 他の女のことを考えるなんて妬けちゃうワー」
「あのな」
「ごめん。侘しさが増すだけでした」
 演技掛かって冗談を飛ばしたところで、互いに苦笑いを落とす。
 改めて、乾杯を。
 飲んで食べて、流しきれない思いを流せばいい。




 空いた皿が、何枚も積み重なってゆく。
 空き缶も散乱して。
 狭い部屋だ、かき集めて片づけるにも、対した労力ではあるまい。いずれ、洗ってからリサイクル、だ。
「鷹政にも本当の結婚式を送って貰いたいという思いの元、苦渋の選択で全力を持って式を潰すつもりだったんだ」
 日本酒へと移行して、それでもまだ龍仁に酔いの気配はない。
「結果的に、全力で潰されたの俺だよな?」
 対する鷹政は、ホロ酔いで御機嫌のようだ。疲れもあるから回るのが早いのか、龍仁が強いのか。
「ヒール、掛けてやっただろう」
「ヒールで踏まれたんだってば」
「……消えたい」
「失踪書置き、俺も覚えた」
 それも今は、笑い話。
「……平気なのか?」
「ん、心配かけまくって、逆に申し訳ない気分ー」
 今日は仕事――撃退士なのだから、天魔討伐なのだろう――ということだったが、傷は深いものの無茶な特攻という風でもなかった。
 自棄になっているわけでもないらしい。
「焦って、いたつもりもないんだけどね」
 鷹政は、ちらりと片づけられたワークデスクに視線をやる。
「天国に居る相棒の、高笑いが聞こえるわ」
「……そうだったのか」
 事務所名のプレートが、まだ新しいことを思い出し、龍仁は深入りするでなく事情を察する。
「ま、笑ってくれてんなら、それでいいんだけどさ。生かされた身だから、背は向けられない」
「…………」
 深くは、解らない、けれど。
 死別には、いくつかパターンがあって。
 恐らく、鷹政は命を懸けられたのだろう。
(俺は――)
「俺は、思うことさえ許されない、だろうな」
 強く握った拳に、爪が食い込む。さすがに肩は震えていないだろうと思いたい。

 許されなくても、それでも
 波のように、押し寄せる想い、遠退いてゆく笑顔と声。繰り返し、繰り返し、
 『平気』なふりをすることに、慣れるだけだ。

「なかなか、慣れるものでもないよね。おかしいな、人の命はどれも等しく尊いはずなのにさ」
 グラスを両の手で握り、鷹政が零す。
「特別な存在は……特別だから、な」
「恋愛したい……野郎を想って束縛されるのは色んな意味で辛い」
「……それは鷹政、相棒に謝れ……」




 雨の降る音で目を覚ました。
 酒を飲んで寝入るなど、どれくらいぶりだろうか。
 龍仁はゆっくりと体を起こし、それからソファベッドに横たえられていたことに気づく。
 鷹政は、床に転がっていた。
「こういうところだけ、変に気が利くな……」
 重かっただろうに。半ばあきれて、鷹政の寝顔を見下ろす。警戒の欠片もない、平和なものだった。
 薄暗くて判りにくいが、恐らく夜も明けている。寝直すには微妙な時間。
 起こさないよう静かに立ち上がると、寝床を家主とチェンジして、龍仁はビールの空き缶を拾い上げた。
「ここから学園まで…… まあ、なんとか始業には間に合うだろ」
 朝食の支度まで済ませ、何事もなかったかのように片付けも終え、荷物をまとめて。


 二日酔いの頭を抱え、鷹政が目を覚まし。
 枕元に残されたメモを読み、『嫁か!!』と叫んでいたことを、龍仁は知らない。




【宵越しの 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 /29歳/ アストラルヴァンガード】
【jz0077/ 筧 鷹政  / 男 /25歳/ 阿修羅】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
ご心配、おかけいたしました……
辛い記憶を肴に、飲んで騒いで楽しく一夜、お届けいたします。
楽しんでいただけましたら幸いです。

鈴蘭のハッピーノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月19日

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