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『凛として咲く花と、かさねあう温度と sideリーシェル 』
リーシェル・ボーマン(ic0407)


 よく晴れた初夏のある日。
 木漏れ日がきらきらと、行く道に光を落としている。
 時折、吹いてゆく風が葉を揺らし、囁きあうような音を鳴らした。
 淡い花の香りが、鼻先をくすぐって…… くすぐったいのは、それだけだろうか。
 ヴァレス・デュノフガリオは隣を歩く少女の表情を、そっと覗き見る。
 『恋人同士』となったものの、なってからの方が、どことなくどことなく、互いの距離を意識してしまっていて。
 今日もまた、リーシェル・ボーマンは肩に力が入っているようだ。
 他に誰もいない、二人きりのデート。
 落ち着かないのはヴァレスも同じ、だけれど……
「……っ、あ、えーと」
「新緑が、気持ちいいね♪」
「――あぁ、そうだな。うん。気持ちが良い」
 緊張しているリーシェルが可愛くて、ついついヴァレスはその銀糸の髪を柔らかに撫でる。
 顔を真っ赤に見上げるリーシェルも、常と変わらないヴァレスの様子に、少しだけ纏う空気が和らいだ。
「もう少し行ったところに、休める場所があるんだ。そこで、昼食にしよう」
 リーシェルはサンドウィッチの詰まったバスケットを持ち上げてみせる。
「うん、今から楽しみだなぁ」
 何がサンドされているかはお楽しみ。
 お気に入りの飲物も一緒に、ちょっとしたピクニック。
(誘ったのは、私だけど……)
 半歩先を行くヴァレスの背を、リーシェルがそっと見つめる。
「未だに、手を繋ぐ事さえ……戸惑うのに、な」
 身長差も相まって、撫でられることは度々あって。
 ヴァレスの性格が破天荒なのは理解していて、突拍子の無い行動にもなんとか……
 だけど。
 バスケットを持った、その逆の右手。先を行くヴァレスの、左手。
 そっと見比べ、首を振り、リーシェルは再び恋人の横へ並んだ。




 切株に腰掛けて、リーシェル手製のサンドウィッチを広げる。
「いろんな国のイメージで味付けして、バリエーションを増やしてみたんだ。今までとは違った発見があるといいんだが」
 パンも、色々とアレンジを加えている。一辺倒な味ではないはず。
「へー、切り口だけでもカラフルだねっ♪」
「デザートもあるからな」
 酸味の効いたフルーツとクリームを巻き込んでスティック状にしてある。
 カップへ茶を注いで、リーシェルはヴァレスへと手渡す。
「いただきまーす♪ むぐっ、……ピリ辛?」
「あはは、最初にアタリを引いたようだな。それは――」
 小首を傾げるヴァレスへ、嬉しそうにリーシェルが答える。
 今までのぎこちなさは影をひそめ、『いつも通り』の時間が流れる。
「ぉ、リーシェル、向こう見て!」
「うん?」
「野兎だーー いいね、のどかだね♪」
 夏毛に生えかわった野兎が、ちょこんと茂みから顔を出していた。
「まったくだ。……おいで、食べるかい? ――……逃げられた」
 リーシェルが、サンドウィッチの一つを差し出してみるが――その動きとともに、反転されてしまった。
 残念そうに呟く少女へ、絶やさぬ笑顔で少年は言葉を掛ける。
「人に馴れてないっていうのは、野生にとっていいことだと思うよ」
「ふむ……。それはそうだな」
 餌付けしても、いつでもここへ来ることができるわけではなく、
 餌付けされたことで警戒心を失ってしまえば、容易く狩られてしまうだろう。
「――不用意、だったか」
「リーシェルのサンドウィッチを食べられない野兎が可哀想なだけさ」
「……ははっ ありがとう」
 頬をかき反省の色を見せるリーシェルを、ヴァレスはニコニコ笑顔で優しく撫でる。
 暖かく、大きな手。
(以前は、手を繋ぐ事も有ったのに……)
 自分から伸ばしたなら、きっと拒まれることもないと解っているけれど、それができない。
 一方的に触れられるだけじゃなくて。……そう思っても、リーシェルには距離の縮め方が解らなくなっていた。




 散歩、昼食、そして軽い午睡。
 恥ずかしがるリーシェルに対していつもの調子で、ヴァレスは膝枕をせがんでみる。
「……膝っ?」
「足がしびれたら、叩き起こしていいからさ♪」
「いや、その」
「草と土の匂いと、風が吹いて……すごーく、気持ちが良いと思うんだ」
「――うう」
 ぼやきながらも、結局はOKしてしまうのだ。
 リーシェルよりもうんと背が高く、年だって上なのに。
 そんな『壁』を、時としてスコーンと突き抜ける。それがヴァレスだった。
 宣言通りに、リーシェルの膝枕で気持ちよさそうに眠りに就いてしまった恋人の顔を、呆れ半分、愛しさ半分でリーシェルは見下ろす。
 さらりと額に落ちる前髪を、時折払ってやりながら。


 どこからか、鐘の音が聞こえる。
 二人ともすっかり寝入っていて、そこでようやく目を覚ました。
「このあたりに、教会なんてあっただろうか」
「探してみようか、リーシェル」
 遺跡探しの血が疼く――か、どうかはわからないけれど。目を輝かせて、ヴァレス。
「何かの式典か……珍しいものを見られるかもしれないな」
 リーシェルも二つ返事で応じた。
 いずれ、悪い展開にはならないだろう。



●咲く花々と
 白い鳥が音を立てて飛び立ち、祝福の拍手が鳴る。
 季節の花に彩られた、古めかしい小さな教会では結婚式が行われていた。
 数名の参列者に出迎えられ、純白の衣装に身を包んだ花嫁が姿を見せる。
 幸せそうな、見知らぬ二人。花を抱き、腕を組み、祝福を受けて。
 リーシェルの胸が、きゅっと締め付けられた。
 ――告白したものの、恋愛なんてそう経験が有る訳では無い。
 今までなら、平気だったのに。
 目の前で咲く花が、羨ましくて。そう感じることさえ苦しい。
 落とした視線の先には、ヴァレスの手があった。
 ヴァレスの右手。自分の左手。少し、伸ばせばいい……

「!?」

 すっと手を握られ、驚いて、リーシェルは顔を上げる。
 優しい微笑がそこにあった。
 いつも通り、いや、それより少し、困ったような、照れたような……
(もしかして)
 ヴァレスも、同じ気持だったのだろうか。
(もしかして)
 同じ気持だったと、ヴァレスは気づいたのだろうか。
 リーシェルの顔が限界まで赤くなる。耐えきれず目を逸らす。
 ――それでも
 ぎゅっ、と大きな手を握り返す。言葉は無いけれど、リーシェルにできる最大限の返事だった。
 そしてヴァレスは。
「行こう、リーシェル♪」
「――ヴァレス……?」
「見たければ、見ればいいんだよね」
「????」
 少女の手を引いて、少年は歩き出す。
 その力強い足取りに、言葉を挟む余地もなく。

 祝福の鐘は、二人を見送るように鳴り続いていた。




 森を抜け、市街地へと入るまで、それほど時間はかからなかった。
 自然あふれる世界から一転しての賑やかさ。
 行き交う人々の声も、今なら葉擦れの音のように聞こえる。
「えっとね、ここ。このお店が良いな♪」
「……ここは」
 カラン、とドアベルが軽快に二人を出迎える。
 リーシェルは店内の様子に言葉を呑んだ。

 ――そこは、ウェディングドレスや様々な衣装が試着できる店。

「さっきの式を見ていたら、リーシェルのドレス姿も見たくなって。きっと、素敵だよ♪」
「此れを私に? ……似合うかな?」
 幾つかを素早く見繕うヴァレスへ、リーシェルは微かに眉を顰めてしまう。
 普段はラフな服装が多いため、気後れの方が強い。
「厭かな」
「……ヴァレスが似合うって、思うなら」
 ごくり。
 まるで戦いにでも臨むかのような決意をもって、リーシェルは数着を受け取った。


 肩から背中にかけての肌の美しさを強調したウェディングドレス。
 ウェストからはふんわりとボリュームを付けたレースが裾まで螺旋状に波を描き、大人っぽさと乙女らしさを上手に表現している。
「これは…… あの教会での衣装に似ているな」
「うん、けど、こっちの方がリーシェルには似合うね♪」
「似合うかどうかはわからないが……着心地は確かに」
 首元までレースだった先のドレスを思い出し、リーシェルも頷く。

 続いては、深紅の布地に金の刺繍が豪勢に施された民族衣装。
「アル=カマル風……だろうか?」
 きっと、色々な文化が混ざっているのだろう。何処、と特定するのは難しい。
 上は体にぴったりとしていて丈が短く、腰へ巻きつけるようなタイプのロングスカート。
 布地と同色の縁取りがされたヴェールを髪に。
「瞳の色と同じだから、よく映えるよ」
「ふむ…… そういうものか」
 言われ、リーシェルはくるりと回ってみる。
 普段は日に晒すことのない腹部が、やや恥ずかしい、か。

 本当になんでもあるのだな、とリーシェルは嘆息する。
 同じようにレースで彩られた衣装であるはずなのに、異色とも言える姿だ。
「最初の物とは……趣が違う、な?」
 短いスカートの丈に合わせ、ひざ上まであるソックスと、低身長を補うかのような底の厚いブーツと。
 黒を基調としていて、それでいて重い印象は与えない。
 落ち着かなくて、ヘッドドレスのリボンを引っ張ったりしてみる。

「えーと、それから」
「……いや、それは着ない」
「えーーー? うさぎだよ?」
 ヴァレスが持ち出したバニーガールの衣装を、リーシェルは丁重に突き返した。
 数度の問答の末…… どうなったかは、ご想像に。




 ――どれにする?
 そう問われ、試着を終えたリーシェルは反応に詰まった。
「たくさん着たし、気に入ったものは買って行こうよ♪」
「ぇ……買うの? ――まぁ、良いけども……」
(買うと言う事は、着る訳で……)
 屈託のないヴァレスの笑顔を前に、あれこれ考えるリーシェルの顔はみるみる赤くなる。
「ね♪」
「……うん」
 ヴァレスに押し切られるのは、嫌いじゃなかった。
(似合う様に頑張ろう。……似合うって、選んでくれたんだ)
 ごく自然に握られた手と手を見詰め、リーシェルは微笑みを返した。


 店を出ると、日暮れ前の涼やかな風が街を吹き抜けた。
 それは火照った頬に心地よくて、今が夢ではないことも教えてくれた。
 風の温度。
 繋がれた手から伝わる温度。
 自分の胸の鼓動と。
 あの教会で咲きほこっていた花の香りを。
 きっと、忘れることはないだろう。

 二人はゆっくりと、歩き始めた。




【凛として咲く花と、かさねあう温度と sideリーシェル 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0410/ヴァレス・デュノフガリオ/ 男 /17歳/ 騎士】
【ic0407/ リーシェル・ボーマン / 女 /16歳/泰拳士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
初々しいお二人の、気になる距離のお話をお届けいたします。
教会のシーンを、それぞれの視点で差分としております。
この度は暖かなお言葉に後押しされまして、取り組ませていただきました。
楽しんでいただけましたら幸いです。

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舵天照 -DTS-
2013年07月23日

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