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『精霊に捧ぐ言祝ぎの。〜藤咲く君へ 』
玖堂 柚李葉(ia0859)

 彼女が佐伯家に引き取られたのは、十歳を過ぎた頃だった。幼い頃から暮らしていた旅芸人一座がアヤカシに襲われ、多くの者が命を奪われた、その後のことだ。
 佐伯 柚李葉(ia0859)が佐伯家に引き取られる僥倖を得たのは、ただ、彼女が生まれ持った志体ゆえだった。佐伯の旦那様が――柚李葉の養父となったその人が、彼女をそれゆえに利用しようとしている事も、知っていた。
 志体持ちは、世の中にそう多くはない。神楽ならば開拓者ギルドがあり、多くの志体持ちがそこに集まって暮らしているが、一般的にはせいぜい、100人に1人も生まれれば良いくらいで――けれども志体持ちでなければ、人々を脅かすアヤカシに対抗は出来ない。
 だから、志体持ちと解れば特別扱いを受ける事も、珍しくはない世の中だった。世には志体持ちを集めて教育を施す機関があることも、逆に特別であるが故に奇異の目を向けられ肩身の狭い思いをする事があるのも、一座と共に旅をしていた柚李葉は知っていた。
 けれどもそんな柚李葉を、佐伯の奥様は養女に迎え、心から喜んでくれて。佐伯家に引き取られ、広い屋敷のどこにも居場所がなくてただ、今日から貴女の部屋よと与えられた小奇麗な部屋にぽつねんと座り、途方に暮れていた柚李葉の元にやってきて、当たり前に布団を並べて敷いて、一緒に寝てくれた養母。
 そんな事を思い出してしまうのは、今夜もやっぱりあの時のように、養母と布団を並べて一緒に横になっているからだ。――否、今夜は柚李葉の方から、養母にどうかとお願いした。
 今日は、特別な夜だから。佐伯 柚李葉から玖堂 柚李葉へと名前が変わる――佐伯を名乗る、最後の夜だから。
 今夜だけどうかと、頼んだ柚李葉に養母は微笑んで「もちろん良いわよ」と頷いてくれた。そうして、せっかくだからとぴったり布団をくっつけて、優しく手を握ってくれる。
 お養母さん、と呼んだ。なぁに、と声が返った。

「嫁いでも、お養母さんと思って良いですか‥‥?」
「当たり前じゃないの。柚李葉は私の自慢の、可愛い娘なんだから。いつだって、気軽に帰っていらっしゃい」

 そうして尋ねた言葉に、養母はちょっと拗ねた声で、けれども当たり前にそう笑う。だから柚李葉は安心して、夜の闇にほぅ、と息を吐いた。
 そんな柚李葉に、養母がくすくすと笑う。笑って、握った手に力を込めて、いつでも此処が柚李葉の居場所なんだと教えてくれる。

(貴女の様に)

 養母の温もりを感じながら、柚李葉はそっと目を閉じた。どんな時でも真っ直ぐに、どんな時でも暖かな愛情を向けてくれた、敬愛する女性。
 果たしてこの人のようになれるのだろうかと、とろりと訪れた眠りの波に揺られながら、想像を巡らせる。今の自分からはどうしても、養母の姿は遠く離れた所にあるように思われた。
 けれども――

(――貴女の様になれる様に、少しでも近づける様に幸せになります‥‥お母さん)

 その時にはきっと、さすが私の柚李葉ね、と笑ってくれるような気が、した。





 祝言の当日は、よく晴れた青空だった。暑くもなく、寒くもない、祝言には絶好の日和。
 良かったと、柚李葉は頭上の青に笑みを零す。どんなお天気だって、今日が特別な事に変わりはないけれども、やっぱり特別な日なのだから、気持ち良く晴れた空の下が良い。
 朝早くから起き出して身を清め、手伝って貰って丁寧に髪を梳って結い上げた。柔らかく白粉をはたいて紅を引き、柔らかく練った絹で仕立てられた花嫁衣装に袖を通す。
 肌触りも柔らかければ、何より仕立てた人の気持ちが温かく感じられる、真っ白な練絹に絹糸で鶴や桜、梅、四季の花々の刺繍を入れた、赤ふきの白無垢。揃えで用意された綿帽子は、まだ真新しい絹の白が朝日に眩しい。
 結婚式のための特別な装いは、もちろん柚李葉だけではなかった。すべての支度を恙無く終え、家族が集まる板の間へと向かうとそこには、品の良い留袖を身につけた養母と、威厳のある紋付袴に身を固めた養父が揃って待っていた。
 並んで上座に座る2人の前に、やはり紋付袴で座っていた義兄がちらりと柚李葉を見て、不機嫌とも無関心ともつかない表情で目を逸らす。そんな義兄に内心で寂しさの混じった笑みを浮かべ――まだ若いのだからと薄付きにしてくれたものの、花嫁さんの化粧というのはあまり、笑ってはいけないのだ――赤い裾を引きずって、柚李葉は養父母の前に静かに座ると頭を下げた。
 そうして述べるのは、嫁入りの朝には誰もが紡ぐ言葉。けれども柚李葉にとってはそれだけではない、言葉。

「――今日までお世話になりました」
「あちらでもよく仕えるように」
「愛らしい花嫁さんね。きっと、旦那様も柚李葉を見初め直されるに違いないわ」

 重々しく頷いた養父の隣で、養母がにこにこ笑ってそう言ったら、む、と養父が少し言葉を詰まらせた。少女のように屈託なく、だからこそ穏やかで品良く見える養母は、日頃は妻として決して出過ぎず養父を影から支えるのみだが、実はこっそり佐伯家最強かもしれない。
 それらのやり取りを聞いてもなお義兄は、自分には関係ない、というそぶりを貫いていて。そんな義兄へもペこりと頭を下げたら、ふん、と鼻を鳴らす。
 それでも、無視じゃない事にほっとした。そうして、柚李葉の方を見てはくれないけれども、そっぽを向いたりもしない事に。

「――恐れ入ります。そろそろご出立のお時間にございます」

 ふいに板の間の隅からそんな声が聞こえて、初めて柚李葉はここに居るのが家族だけではなかった事に気がついた。びっくりして振り返って、そこにいた人にほぅ、と息を吐く。
 今日から柚李葉の旦那様になる、玖堂 羽郁(ia0862)が寄越した、句倶理の使者だった。他にも花嫁行列の人手にと、あちらが申し出てくれて居たのだけれども、それらは全部養父が丁重に断ったと聞いている。
 大切な1人養娘(ひとりむすめ)の花嫁行列は、すべて佐伯が整えますからと。それが商人である養父の意地から出た台詞なのか、柚李葉を利用しようとする気持ちの中に、少しは娘と思ってくれる気持ちもあったのか、それは解らない。養母は、お養父さんらしいわよね、とくすくす笑うだけで。
 どちらともつかない気持ちのまま、柚李葉は促されて立ち上がった。門前には既に輿が4台と、それから長持や箪笥、その他の嫁入り道具、さらには道中の世話をする者達などが、ずらりと長い嫁入行列を作って待っている。
 自分がそんな立派な花嫁行列を仕立ててもらって、愛する人の元にお嫁に行くのだという事が、柚李葉にはまだどこか信じられない心地だった。もしかしたら今までの事は全部、ただの幸せな夢に過ぎなくて、本当の柚李葉はまだちっぽけな少女のまま、一座の舞台の袖でうたた寝でもしているのかもしれない。
 そんな心地は、輿に揺られて句倶理へと向かう間も、変わらなかった。行列を見かけた人々が、盛大な花嫁行列だと噂するのを御簾越しに、まるで舞台の向こう側に居るような気分で聞いているから、尚更だ。
 けれども柚李葉のそんな心地をよそに、花嫁行列はゆっくりと、時折休憩を挟みながら着実に、句倶理へと近付いていった。輿の横を歩いていた使者が「もうじきでございます、柚李葉様」と声をかけてくれて、はッ、と柚李葉は心持ち身を起こす。
 御簾越しでは良く見えないが、遠くに幾度か見たことのある、けれどもまだ見慣れない句倶理の門が小さく見えた。ゆっくりと近付いていくにつれ、その影がだんだんと大きくなり、その前に立つ人の姿までもが見て取れるようになって。
 くす、と柚李葉は微笑んだ。それは、花嫁の到着を今か、今かと待っているのが遠くからでも良く解る、羽郁の姿だったから。
 しずしずと、一定の速度を保って歩んできた一行が、門の前で止まった。そこにはやはり羽郁が居て、髪をぴしりと結い上げて烏帽子を被り、藍色に白で家紋を染め抜いた大紋直垂の、まごう方なき若君姿で柚李葉を待っている。
 句倶理の使者が、脇からするすると御簾を上げた。隔てるものがなくなって、ふわりと目を細めて「柚李葉」と微笑んだ羽郁に、ほっ、と息を吐く――夢が、急速に現実の色を帯びてくる。
 だから柚李葉は慎重に、輿の上で倒れてしまったりしないように気をつけながら、小さく頭を下げた。本当は三つ指をつく場面だけれども、ここは許してもらおう、と思う。

「――あなたのお嫁さんになりに参りました」

 そうして紡いだのは、ずっと言いたかった言葉。他にも何か、言わなければならない事はたくさんある気がしたけれど言葉にならなくて――けれども、この言葉だけは絶対に言いたかったから。
 言えて良かったと、息を吐く柚李葉の輿の横から、句倶理の使者が羽郁の前に進み出て、手をつき跪いた。

「御役目、恙無く終了しましてございます」
「ああ、ご苦労だった」
「ぁ、あのッ、ありがとうございました‥‥ッ!」

 そうして役目を終えた事を報告した使者に、羽郁が軽く顎を引いて頷いたのと、柚李葉があたふたと頭を下げたのは同時。道中も柚李葉が疲れていないかと、何くれとなく気を使ってくれた人だ。
 それに深々と頭を下げて、使者は腰を落としたまま花嫁行列から離れ、羽郁の脇に退く。それに合わせて、朗々とした声が羽郁の花嫁が到着した事を門の中に知らせ、次から次へ、あちらこちらで復唱され、里に広めているようだった。
 その余韻が消えないうちに、門前で待っていた別の男性に従って、花嫁行列が再びゆっくりと動き始める。御簾が上がったままの柚李葉の輿の傍らに、羽郁がすっと寄り添って、一緒に門を潜り抜け。
 そこには、もう1つの花嫁行列が控えて居た。柚李葉達と一緒に婚儀を執り行うという、玖堂 真影(ia0490)とタカラ・ルフェルバート(ib3236)のものだろう。
 柚李葉の花嫁行列もずいぶんと豪勢だと思ったけれども、真影の花嫁行列はその比ではなかった。真影は嫁入りではなくタカラが婿に入るという事なので、嫁入り道具の類は見られないけれども、列をなす人数にせよ、祝衣装にせよ、ただただ目を見張るしかない。
 柚李葉に気付いて眼差しだけで笑ってくれる、真影が身に着けているのは白と紅を基調とした、薄物を幾重にも重ねてふわりと広がる、目にも鮮やかな花嫁衣裳で、頭には金と紅玉の額冠が輝いていた。傍らに寄り添っているタカラも、真影のものと対らしき紫水晶を散りばめた銀の額冠をつけていて、銀糸で家紋を刺繍した白基調の狩衣を身に纏っている。
 見渡す限りの行列をなす従者達も、揃いのお仕着せとはいえ上等の絹で仕立てた衣に、精緻な刺繍を施したもの。真影は句倶理一族の長なのだから、考えてみればこの豪華さも当たり前なのだけれども、そうしてちゃんと解っていたはずなのだけれども、本当にすごい所にお嫁に行くんだな、という想いが胸に去来する。
 そんな柚李葉の思いを他所に、真影が輿の上から、傍らのタカラに何事か囁いた。それに頷いた彼がさらに従者に指示を出すと、2つの花嫁行列がゆっくりと動き出す。
 先頭が、真影達の花嫁行列。その後に静々と従うのが、柚李葉達の花嫁行列。
 里ではすでに、里人が多く姿を見せていて、花嫁行列を1目でも見ようと、今か今かと待ち構えていた。そんな中をしずしずと、特定の歩調で花嫁行列が進んでくると、口々に歓声が上がる。

「長様、おめでとうございます!」
「一ノ姫、二ノ君、おめでとうございます!」
「タカラ様!」
「柚李葉姫!」

 その歓声に、けれども慣れていない柚李葉はびっくりしてしまって、思わず救いを求めるように羽郁を呼んだ。

「ねぇ、う、羽郁‥‥私も‥‥?」
「ああ。だって柚李葉も今日からは、句倶里の一員だしな」
「ぅ‥‥そう、だけど‥‥」

 羽郁の言葉に、柚李葉はその事実を噛み締めて、ごにょごにょと口の中で呟いた。今日、羽郁の妻となる柚李葉も確かに、そうなのだけれども――改めて考えると気恥ずかしくて、顔が真っ赤になっているのが、自分でも解る。
 そんな柚李葉に、羽郁が小さく優しく笑った。里の子供達がそんな羽郁に、あーッ、と楽しげな声を上げる。
 そんな風に賑やかに、里中を練り歩いて沢山の祝福を受けながら、花嫁行列は本邸へと到着した。最後の1人が敷地の中に辿り着くと同時に屋敷の門が閉められて、里人達の祝福の声が遠くなる。
 ひとまずここで、婚儀の一番最初の一歩が終わりとの事だった。この次に行われる祭事神殿での婚儀まで、それぞれに休息を取ったり、次へ向けての準備をするらしい。
 柚李葉も勿論、その例外ではないはずだった。否、婚儀の手順を間違えない為に、しっかりとおさらいしておかなければならない。
 頑張らなきゃ、と小さく頷く柚李葉を「こっち」と促して、羽郁が屋敷の奥へと歩き始めた。輿を降りて、さすがに疲れた様子の佐伯の家族は、やはり羽郁の指示を受けた女房がどこかへ案内をしていく。
 先に立って歩く羽郁に手を取られ、慣れない白無垢に苦労しながら一生懸命ついて歩いていたら、尋ねられた。

「疲れた?」
「ううん。緊張してて、まだ、それどころじゃないかも」

 その言葉に、ほぅ、と息を吐きながら首を振る。何度か本邸にも遊びに来て、泊まったりもした事はあるけれども、やっぱりこのお屋敷にはどうしても圧倒されてしまうし――今日と言う日を思えば尚更、緊張だけが湧き上がってくる。
 そっか、とあまり緊張した様子の見えない羽郁が頷きながら、連れて行ってくれたのは入り口からずいぶん入ったところにある、奥まった部屋だった。もしかしたら通された事があるのかもしれないけれども、よく判らない。
 けれども、本邸に一歩足を踏み入れた瞬間に感じた、ざわついたような空気が薄らいだような気がして、ちょっとほっとした。だが、羽郁に促されてその部屋に足を踏み入れた瞬間、見知らぬ女性がぞろりと揃っているのに気付き、ぴたりと動きを止める。
 そんな柚李葉に、羽郁も部屋に足を踏み入れながら、言った。

「大丈夫、みんな女房だから。柚李葉はゆっくり、時間まで休んでて」
「は、い‥‥」
「郁藤丸様。姫様は郁藤丸様がたとは違って、お慣れではないのですから――姫様も見知らぬ者ばかりの中で寛げと仰られても、お困りですわよね?」
「あ‥‥ぇっと、お久し振りです」

 羽郁の言葉に、くすくすと笑って柔らかに言ったのは、柚李葉も会った事のある女房で。嫌味ではない口調と、優しく向けられる笑顔に、柚李葉はほっと笑顔になる。
 部屋の中に居るのは彼女の他に、やはり女房装束を纏った女性ばかりが5人。みんな、柚李葉と同じくらいか、少し年上のお姉さんと言った雰囲気で、好意的な笑顔を向けてくれた。
 良かったと、何となく胸を撫で下ろした柚李葉に、女房達が微笑ましい笑顔になる。そうして姫様、と彼女を、呼ぶ。

「お疲れでしょう? お茶をご用意してありますわ。姫様のお口に合うとよろしいのですけれども」
「姫様、御髪と御衣装を整えさせて下さいませ。とっても素敵ですけれども、長い間輿に揺られておいでなのですもの」
「ぁ、あの、ありがとうございます‥‥でもその、呼ぶの、柚李葉で大丈夫、ですから‥‥!」

 そんな女房達に、おろおろと柚李葉が訴えると、彼女達は顔を見合わせた後、初々しくて愛らしい姫様ですこと、と嬉しそうに――そう、なぜかとても嬉しそうに頷き合った。そうしてにこにこと揺らがない笑顔を浮かべるところを見ると、どうやら、呼び方を改めてはもらえないらしい。
 それに、がっくりと柚李葉は肩を落とした。けれどもそのお陰だろうか、いつの間にか羽郁の姿が消えていたのにも気付かない程度には、どうやら肩の力が抜けていた様だった。





 そろそろ刻限ですわ、と促した女房に連れられて、柚李葉は祭事神殿へと向かった。前にも行った事があるけれども、本邸の敷地はあまりにも広かったし、何より女房達の手を煩わせてはいけないと断ったら「姫様をお1人で行かせたりしたら、私達が郁藤丸様に叱られてしまいますわ」と笑顔で押し切られたのだ。
 もちろん、本当に羽郁がそんな事をする訳はないだろうと、思っている。けれどもそれが彼女達の仕事なのだと、理解出来たから甘えてしまう事にした。
 だから先を行く女房に従って、神殿への道を歩く。その度に祝言が――羽郁の妻となる瞬間が近付くのだと思うと、緊張がゆっくりと、確実に柚李葉の中に湧き上がってくる。
 おや、とそんな柚李葉に声をかける人が、居た。

「柚李葉姫。これから向かわれるのですか?」
「タカラさん‥‥」

 それは花嫁行列の時にも見かけた、タカラだった。邸内には慣れているからだろうか、柚李葉とは違って1人、気負った様子もなく身軽に歩いていた彼が、穏やかに微笑んで近付いてくる。
 女房がタカラに、目を伏せて頭を下げた。それに釣られて一緒に頭を下げそうになった、柚李葉にタカラが「姫」と苦笑する。

「良ければ神殿まで、僕にご案内させて頂けますか? 少し早いですけれども、義妹と義兄の語らいなど如何でしょう」
「ぁ、はい。よろしくお願いします」

 タカラの言葉に、柚李葉はぺこんと大きく頭を下げようとして、白無垢姿なのを思い出し、小さく頭を動かした。それに、ありがとうございますと微笑んだタカラが女房に、ここからは自分が、と言ってくれる。
 ありがとうございますと、柚李葉も微笑んだ。タカラと柚李葉では勿論、置かれている立場も何もかも違うのだけれども、同じくとんでもなく大きな家に嫁ぐ――婿入りするのだと考えると、ちょっと親近感が芽生えてしまう。
 だから一緒に並んで歩きながら、大変でしょう、と尋ねられたのに素直に頷いた。

「ちゃんと出来るか不安なんです。失敗して、羽郁に恥をかかせたらどうしよう、って」
「大丈夫ですよ、柚李葉姫。僕も幼い頃は緊張したものですが、何とかなるものです」

 そんな風に話しながら、歩いていたらあっという間に、祭事神殿に辿り着いてしまう。そこにはすでに羽郁と真影が待っていて、何か話している所だった。
 2人にちょこんと小さく頭を下げて、心持ち早足で近付く。

「羽郁、真影さん。お待たせしちゃってごめんなさい」
「ううん。柚李葉ちゃん、タカラと一緒だったの?」
「偶然お会いしたんですよ。柚李葉姫、楽しい時間をありがとうございました」
「いえ‥‥あの、色々なお話を聞けて、楽しかったです」

 タカラに頭を下げられて、柚李葉はぱたぱた両手を振った。むしろ、タカラと会わなかったら緊張で動けなくなっていたかも知れないから、お礼を言うのはこちらの方だ。
 そんなタカラに羽郁が、ありがとな、と礼を言いながら柚李葉の手を握った。伝わってくる温もりに、ほっと微笑むと笑顔が返ってきて、行こう、というように手を引かれる。
 行く先は勿論、祝言の間。今は閉ざされてる入口の前には、真影がタカラと一緒に待っている。
 再び、柚李葉の中を緊張が満たしていくのが、解った。ぎゅっと、羽郁が握った手に優しく力を込めてくれる。
 4人が揃ったのを確認して、真影に了承を求めてから、従者が新郎新婦の到着と、入場を告げた。同時に、祝言の間の重々しい扉がゆっくりと開かれ、待っていた奏者達が雅楽の音を奏で出す。
 正面には祭壇があり、その前には今日の祭事を司る紫雨が、高く髪を結い上げて真影のそれとは異なる装飾の金の額冠を着け、銀糸で句倶里の家紋が刺繍された純白の狩衣という改まった姿で、新郎新婦を待っていた。本来ならばそこに立つのは長である真影の役目だが、今日の主役はその真影なので、先代である紫雨が担うのだという。
 両脇には句倶理の一族の人と、それから佐伯の家族が並んで、新郎新婦の入場を今か、今かと待っていた。そんな人々の視線の中を、まずは真影とタカラが、その後から羽郁と柚李葉が、2人並んで静々と祭壇へ歩みを進める。
 先に辿りついた真影達が、2人並んで祭壇の前、少し左脇に並んだ。柚李葉達がその隣、右側に並んで立って、慎ましやかに眼差しを伏せると、それを待っていた紫雨が、粛々とした声で儀式の始まりを告げる。
 朗々とした声が、句倶里の民に今日新たな夫婦が誕生した事を報告し、祝い、加護を願う祝詞を読み上げた。そうして参列者に身振りで合図をするのに、合わせて全員で祭壇に向かい一礼する。
 それが終わると紫雨が柚李葉達に向き直り、厳かに口を開いた。まずは真影とタカラへ、この婚姻に異存はないか、了承するかと問いかける。
 真影達が終わると、次は柚李葉達の番だった。

「今日この日より、お前達は夫婦となる。双方、それに異存はないか?」
「ありません」
「ありません」

 僅かに緊張に震える声を揃えて頷くと、す、と紫雨が手を上げる。すると巫女姿の娘達が音もなく現れて、新郎新婦と参列者の前に置かれた杯に、誓いの酒を注いで回った。
 とくとくと丹塗りの杯に注がれる、透明に揺れる誓酒。これを飲み干せば、誓いの儀式は完了だ。
 ここで、両手で杯を奉げ持たなければいけなかったはずだ――どう持つのが正しかったか、一生懸命考えながら柚李葉は、杯に手を伸ばした。手順を間違えないように、粗相がないように――
 後で知恵熱が出るかもと、考えながら慎重に、紫雨の合図に合わせて誓いの杯を飲み干した。これで大丈夫だっただろうかと、心配になりながら杯を元に戻し、次は何だっただろうかと頭の中で手順をおさらいする。
 ――すべてが滞りなく終了すると、祭壇から下りた紫雨が真影の前に進み出て、すッ、と音もなく跪いた。

「御主殿。これにて祝言の儀は、滞りなく終わりましてございます」
「大儀であった、紫雨」

 それに鷹揚に頷いて、真影が紫雨に声をかける。それから頭を巡らせて、参列した家臣達へと眼差しを向けた。

「皆の者も、大儀であった。今後とも私を支えて欲しい」
「御主殿のお言葉のままに」

 それに、居並ぶ人々が一斉に腰を折って、わ、と柚李葉は目を丸くした。思わず佐伯の家族の方を振り返ると、やはり取り残された様子で立ち尽くし、柚李葉の方を見つめている。
 中でも養母の、「良いの?」とでも言いたげな眼差しに、何だろうと一瞬考えて柚李葉は、はっと気付いて辺りを見回した。今日から一族の一員だと、羽郁にも言われたではないか――という事は自分も一緒に、頭を下げなければいけなかったのじゃないだろうか?
 と言って今から頭を下げても良いものかと、悩んでいるうちに皆が頭を上げたから、ますますどうしたら良いか解らなくなった。次の披露の宴へと動き始めた人々の中、困って立ち尽くす柚李葉の手を握り、大丈夫、と羽郁が微笑んでくれる。

「俺たちも行こう。宴にはこれより、もっと沢山の者が挨拶に来るから、大変かもな」
「え、そうなの?」

 そうして告げられた言葉に、柚李葉は一瞬で不安が吹っ飛び、目を丸くした。だがちゃんと出来るだろうかと、次の不安が湧き上がってきた彼女にもう一度、大丈夫、と羽郁が囁いてくれる。
 大丈夫、必ず自分が隣に居て、柚李葉を支えるから――と。





 その夜に催された披露宴は、一族のほぼ総てが顔を並べているというだけあって、実に盛大なものだった。長とその弟の祝言ともなると、よほどの事がない限り出席しなければ、謀反を疑われても仕方ないらしい。
 並ぶ料理も勿論、贅と粋を凝らした物ばかり。上座に並ぶ新郎新婦の前にもそれは勿論並べられたが、こういった場では手を付ける余裕がないのが常である。
 それでいて、宴の開始を告げるのが花嫁の1人である真影と言うのも、よく考えるとおかしな話だ。もっともそこは長である以上、仕方のない事で。

「皆、今日は良く集まってくれた。ささやかな宴だが、存分に楽しんで欲しい」

 そんな決まり文句と共に、披露宴は始まった。親族席には紫雨と、佐伯の家族が並んで座り、柚李葉同様にこういった場には慣れていないだろう3人に、料理の説明をしたり、親族を呼んで紹介したりしてくれている。
 後でお義父さんにお礼を言わなくちゃと、考えた自分の思考に顔が赤くなった。羽郁のお嫁さんになったのだから、紫雨がお義父さん、で何も間違ってはいないのだけれども、まだ気持ちがまったく付いて行ってない。
 頑張らなくちゃと、内心でぐっと拳を握り締め、そんな事を考えていられたのは、けれども最初のうちだけだった。披露宴の主役である柚李葉達の元には、たくさんの人が入れ替わり立ち代り、長夫婦への言祝ぎを告げた後にやってきて、羽郁と柚李葉に頭を垂れていくのだ。
 そのたびに謝辞を述べたり、注がれた酒に注ぎ返したり、粗相のないように一生懸命、羽郁に合わせて柚李葉も、相槌を打ったり杯にちょこんと口をつけたりする。けれども、1人1人はそれで良くとも、あまりに数が多いものだからあっという間に、酔い潰れてしまいそうだ。
 いつ終わるんだろうと、必死の笑顔の下で考えながら次の杯を受けていた、柚李葉の肩を不意に羽郁が抱いて止めた。

「すまないけど、妻はそのくらいにしてやってもらえるかな。代わりに、柚李葉の分も俺が飲むから」
「う、羽郁‥‥」

 そうして言った『妻』という言葉に、柚李葉はまた恥ずかしくて真っ赤になってしまう。だがそれが初々しいと、周りから微笑ましい眼差しを向けられてしまって、柚李葉はますます真っ赤になると、ぁぅぁぅと俯いてしまった柚李葉に向けられるのは、今度は暖かな笑い声。
 そんな風に宴は賑やかに、華々しく進んでいく。幾度も料理が入れ替わり、追加の料理が座に並んで、あちらこちらで酒がなくなり追加の声が絶え間ない。
 宴が終わる頃合になると、空いた大皿が次々と厨に引かれ、座には軽くつまめるものが中心に並び始めた。それから居並ぶ全員の前に、1つずつ置かれたのは紅白饅頭。
 新郎新婦の前にも並べられた、紅白饅頭を見て柚李葉は嬉しくなって、つい今までの緊張も忘れて声を上げた。

「あ‥‥ッ。瀬奈ちゃんのお家のお饅頭?」
「うん。昨日、取りに行ってきたんだ」

 そんな柚李葉の言葉に、羽郁が笑って頷く。かなり大量だったらしく、相棒の龍と共に取りに行ってきたらしい。
 羽郁の説明に、柚李葉はまた嬉しくなってにっこり笑いながら、紅白饅頭をじぃッと見つめた。そうしていたら何だか、お願いしたお茶屋の夫婦や2人の子供達、一緒に暮らす猫やお手伝いの顔まで思い出されて、嬉しくなる。
 柚李葉達の前にも形式として並べられたが、料理も含め、これらは披露宴の後で改めて、新郎新婦の部屋に届けられることになっていた。だから今は見つめるだけにして、一通りが終わった所で羽郁と一緒に、宴の席を後にする。
 この後にもまだ、婚礼の儀式は控えていた。夫婦となる男女が初めて床を1つにし、三日の夜を過ごす――いわゆる三日夜餅の儀だ。
 控え室に戻って、女房に手伝われて婚礼衣装を解き、儀式のために用意された白の夜着へと着替えると、いかにも、という感じでどきどきしてきた。大丈夫かなと、自分でも何が不安なのか良く解らない気持ちを抱えながら、女房の先導に従って再び部屋を出て、儀式の部屋へと、向かう。
 部屋には1組の布団に仲良く並べられた2つの枕があって、柚李葉は頬を赤らめた。くすくす笑った女房が「しばしお寛ぎ下さいませ」とその傍らに用意された披露宴の食事と、紅白饅頭を指差す。
 どぎまぎとしながら、その前にちょこんと座った。そうして羽郁の訪れを待っていた、最初の方は緊張でどきどきとしていたのだけれども、灯火を抑えた薄暗い部屋だからか、やがてとろり、まぶたが重くなってくる。
 いけないと、目を擦った。そうしてとにかく、羽郁が来るまではと一生懸命、頬を叩いたり頭を振ったり、何とか眠気を追いやろうとする。
 ふと気を抜けばかくりと首が落ちそうで、頑張って堪えていたら、不意に目の前に待ち人が現れた。ぁ、と驚いて目を擦り、ちょっとでもしゃんとしなきゃ、と思いながら彼の名を呼ぶ。

「‥‥羽郁‥‥‥」
「ごめん、柚李葉。待った?」
「ううん‥‥」

 柚李葉の顔を覗き込んで、微笑んだ羽郁に首を振った。本当はどの位待っていたかなんて、ちっとも解らなかったけれども。
 そんな柚李葉にまた笑って、羽郁が傍らに座った。そうして紅白饅頭を手に取り、はい、と渡す。

「これ食べたら、今日はもう寝ようか」
「う、ん‥‥ごめんなさい、ずっと緊張してたから‥‥」
「いいよ」

 首を振った羽郁に、ほっとして紅白饅頭を受け取った。何だか、ほっとする。
 そんな柚李葉に、そうだ、と羽郁が尋ねた。

「1つだけ。昼間に会った女房達の中で、気に入った者は居た? 柚李葉が気に入った女房を、柚李葉付きにしようと思うんだ」
「ぇ‥‥気に入った、人‥‥?」

 羽郁の言葉を繰り返して、こくり、首を傾げた。誰に会っただろうと、眠たい頭で考えて、ようやく6人の女房を思い浮かべる。
 その中で一番、話しやすかった人。優しかった人。居心地の良かった人――

「お日様みたいな、人――」
「お日様、みたいな?」
「うん‥‥」

 柚李葉より少しだけ年上の女房。笑顔が眩しく、それで居て優しく見守られて居るような、ぽかぽかするような人。
 何とかそう言葉を紡いだけれども、また堪えきれずに小さな、小さな欠伸を零した。そうして、眠り込んでしまう前にと紅白饅頭に齧りついて、そのほっこりとした味にほわりと微笑む。
 瀬奈の家の、お守りの味。優しくて温かな、素朴な味――
 美味しい、と呟いた。そうしてすっかりお腹に収めはしたものの、ついに堪えきれなくなった眠気に負けて、ずるずると眠り込んでしまったのだった。





 翌日もまた、盛大な宴が催された。といっても今日の宴は、柚李葉を含めた女達だけの宴、らしい。
 柚李葉だけではなく、真影も同じ宴に参加する。じゃあその間は羽郁達はどうしているのかといえば、やはり本邸内の別の対の屋で、同じように男だけの宴が催されておリ、そちらに参加しているのだとか。
 この宴もまた、昨日とは違って多分に女性好みの料理や菓子が並んでいるように思われたが、豪華なものだった。おまけに、昨日とはまた違って――否、もしかしたら昨日もそうだったのかもしれないけれども、それよりもなお興味津々と言った眼差しが、遠慮なく向けられてくる。
 ちゃんとしなくっちゃと、緊張してぎゅっと握った柚李葉の手を、大丈夫、と真影が包み込んで、笑った。

「あたしがずっと、柚李葉ちゃんの傍に居るから。変な事はさせないわ」
「真影さん」

 変な事って何だろう、と別の意味で不安になりはしたものの、ありがたく柚李葉は頷き、頭を下げる。そうしてにっこり笑った真影に、眩しく目を細めた。
 真影も、羽郁も、柚李葉には何だか酷く遠くて、眩しい。活き活きしていると言うか――堂々としていて、こんな眩暈がしそうなほどすごい場所でも臆してなくて、むしろ周りからも一目置かれていて――
 そんな2人が、柚李葉には酷く眩しく感じられた。こんな人達の傍に、見劣りもせずに居る事が果たして、柚李葉には出来るのだろうか。
 そう、思ったけれども軽く、首を振る。生まれ持ったモノはどうしたって変わるはずもないのだから、せめて精一杯努めよう、と思う。
 ――そんな風に、真影に助けられながら何とか過ごした女の宴の、翌日は句倶理が祀る精霊に祈る儀式だった。新たな夫婦となった者が、新たに家族となり句倶理に住まうことを報告し、挨拶して、これからの加護などを祈るらしい。
 精霊、といっても何かカタシロのようなものがあるわけではなく、ただその場に精霊が祀られているとされる神域に拝礼する。その儀式を執り行うのは、今日も紫雨の役目のようだ。
 まずは長である真影に確認を取った後、慣れた様子で粛々と儀式を進める紫雨の前に、羽郁と柚李葉、真影達が頭を垂れて精霊に祈りを捧げた。祈り、胸の中に誓いを抱く。
 これからの、日々。呼吸が途絶え、鼓動が止まるその瞬間まで、最愛の人と共に歩んでいく、未来。
 嬉しい事も悲しい事も、羽郁の愛情を信じて共に積み重ねていく事を、羽郁とこの地を守る精霊に、誓う。ただ信じて、自分に出来る事をして、それからもうちょっとだけ背伸びをして――敬愛する養母のように。

(愛しています)

 その思いを噛み締めて、柚李葉はそっと羽郁を見上げる。これから始まる彼と並んで歩む日々が、願わくばささやかな、代わり映えのない、幸いな日々でありますように。
 ――この儀式が終わればまた宴会が催され、夜になれば三日夜の餅を食べて眠り、明日の朝には羽郁と単を交換して婚儀は終了する。けれどもそれは、これからずっと続く日々の、ほんの始まりだから。

「‥‥柚李葉、これからも宜しくな」
「――うん。よろしくね、羽郁」

 微笑み囁いた羽郁に、はにかむ笑顔で頷いた。句倶理の里の精霊が、そんな2人を優しく見守っているような気がした。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ia0490  /    玖堂 真影    / 女  / 20  / 陰陽師
 ia0859  /    玖堂 柚李葉   / 女  / 19  / 巫女
 ia0862  /    玖堂 羽郁    / 男  / 20  / サムライ
 ia8510  /    玖堂 紫雨    / 男  / 25  / 巫女
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート / 男  / 30  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした‥‥

最愛の君との盛大な結婚式、如何でしたでしょうか。
お養母さんは何と言うか、一体どこに行かれてしまうのかが蓮華にも見えないのですが、微妙にお養父さんが意地を見せた辺りが可愛らしいかなと(聞いてない
お相手様のおうちは、はい、大変そうですね;
頑張って下さいませ、です(こく

お嬢様のイメージ通りの、未来へ続く新たな始まりとなる特別な日々のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
鈴蘭のハッピーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月29日

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