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『精霊に捧ぐ言祝ぎの。〜愛しきものへ 』
玖堂 紫雨(ia8510)

 月の美しい夜だった。冴え冴えとした光が地上を遍く照らし、けれども決してその存在を自己主張するでもなく、たださやかに輝いている。
 夜を吹き抜ける風は冷たい。だが美しい月を見上げていれば、それだけで身の内がひたひたと満たされて、寒さもさして気にならない。
 それとも、まったく別の理由だろうか――酒盃に口をつけながら、ふと玖堂 紫雨(ia8510)は小さく笑った。そんな紫雨に気が付いて、兄者、と傍らの男が声をかける。

「どうされました。月影の中に天女でも居りましたか?」
「それなら是非、見てみたいがな」

 冗談めかした弟の言葉に、今度は肩を揺らしてくつくつ笑った。それに弟も同じく軽やかな笑い声を上げ、紫雨の手の中の空いた酒杯に酒を注ぐ。
 北の対屋には見渡す限り、彼等以外の人影は存在しなかった。それは紫雨が人払いをしたからでもあるし、兄弟水入らずの月見の酒を邪魔せぬよう、女房達が気を効かせたからでもある。
 紫雨が長であった頃なら、そんな事は出来なかった。勿論、長として強く命じれば可能だっただろうが、やれば間違いなく人心を損ねただろうし、そもそもそんな事は思いつきもしなかったから。
 彼は、1人の人間である前に長だった。句倶理を導くものだった。夫であり、父であり、兄であり、伯父である時間も確かにあったけれども、長としての責務はそれらを簡単に押しやって、紫雨をただ長たらしめた。
 けれども、娘の玖堂 真影(ia0490)に長の座を奪われ、退いてからそれが変わって。紫雨が先代の長だったことは変わらないし、真影に仕える家臣の1人としての立場もあるから、それなりに忙しく過ごしてはいるものの、かつてよりも遥かに自由の効く身となって。

「この上、優秀な婿殿に可愛い嫁が増えるとなれば、ますます楽しみというものじゃないか」
「佐伯 柚李葉(ia0859)殿、でしたか。羽郁とは開拓者ギルドで知り合ったとか――」
「ああ。ようやく想いを遂げるのだから、大した息子だと思わないか?」

 ごく真面目に、我が子である玖堂 羽郁(ia0862)の事をそう評する紫雨に、弟が向ける眼差しは微笑ましい。そこに込められた、誇らしげな響きを感じ取ったからだろう。
 紫雨にせよ、彼にせよ、若かりし頃には激しい恋に身を焦がしたものだ。紫雨は情熱的に、夜討ち朝駆けの勢いで恋しい人を口説き落として、双子を授かった。彼もまた、かつて出会った神威人の女性に焦がれ、身分の違いを乗り越えて息子のタカラ・ルフェルバート(ib3236)を授かった。

(――否)

 もっと正確に言うならばきっと、乗り越えたと思っていたのは自分だけで、彼女の中には常に、自分との身分差があったのに違いない。何事にも控えめで、けれども一番根っこにあるものは決して揺らがない、柳のような芯の強さを持っていた彼女は、子を授かったと判ると自ら身を引き、行方を眩ませたのだから。
 その面影は、男女の違いはあれど確かに、タカラに受け継がれている。そうして彼女のあの、控えめで居ながら決して揺らがない所も――

「――父として申しますが、兄者、タカラが婿になった日には苦労致しますよ?」
「ならば同じく父として言うが、真影がお前の嫁になった日には、お前も苦労するだろうよ。何しろこの紫雨から、実力で長の座を奪い取るじゃじゃ馬だ。――まったく、どちらに似たのだか」
「どちらもでございましょう。兄者にも義姉者にも、真影は良く似ています。もちろん、羽郁も」
「ほう? そうなると、一番苦労するのは柚李葉殿か。ならば義父として、柚李葉殿を労って差し上げねばな」

 しれっとそう言い放つと、弟が「まったく兄者は」と肩を竦め、彼らと同じく月を見上げ、盃から酒を舐めていた猫又の月児が尻尾を複雑に動かした。物言いたい事はあれど、まずは酒を優先するらしい。
 くつくつと、顔を見合わせた兄弟はどちらからともなく愉快に肩を揺らした。そうしてまた、互いの我が子自慢や今は亡き愛しい人の思い出話に花を咲かせる。
 ――明日、彼らの愛しい人が遺した、愛しい子達が新たな始まりを迎える。それが互いの子であった事に、こうして語らっていると改めて、何とも言えず不思議な縁を感じていたのだった。





 祝言の当日は、よく晴れた青空だった。暑くもなく、寒くもない、祝言には絶好の日和。
 当代の長とその双子の弟の祝言だというのだから、もちろん、本邸内にはこの上ない緊張感がみなぎっている。同時に、今日から3日に渡って続く祝言を恙無く終えるため、当の新郎新婦を含めた全員が、慌しく動き回っていて。
 もちろん紫雨も、その例外ではなかった。新郎新婦の父であり、先代の長である彼だけれども、こういう時には他の者と変わらぬ、当代に仕える一家臣だ。
 だから己に与えられた役割を果たすべく、朝から身を清めて祝言の儀のために備える。今日の紫雨の役割は、愛娘と愛息子の婚儀を執り行う事だ。
 ゆえに身を清め、身支度を整えていた紫雨の元に、花嫁行列が出立した、と従者が報告にやってきた。そうか、と頷いて従者を下がらせ、狩衣を纏う。
 今日の祝言では、まず4人の新郎新婦が里の入口に集まって、花嫁行列を仕立て、里の中を練り歩きながらここまで戻ってくる手筈になっていた。長の祝言という大々的な祝い事を、里人にも共有するためでもあるし、柚李葉は実家から花嫁行列に揺られてやってくるので、その方が丁度良いという事もある。
 耳を澄ませば里から、民の歓声が聞こえてくるような気がした。自分達の時はどうだっただろうかと、思い返して見てもそれは遠い記憶で、あの時の昂ぶる気持ちや姫武者姿だった妻の凛とした美しさは覚えているものの、細かい所となると曖昧だ。
 その程度には、若かりし日の自分は舞い上がり、緊張してもいたのだろうと、今となっては他人事のように微笑ましく思う。当時は当時で、同世代の若者に比べれば遥かに良く世間を知り、実力があったと自負して居たけれども、やはり若かったのだろう。
 そんな事を考えながら祭事神殿に向かおうとして、ふと気を変えて紫雨は、まったく別の方へと足を向けた。先ほどの従者の報告から鑑みれば、もう少しで花嫁行列が本邸へと到着するはずだ。
 晴れ姿を披露してきた娘息子を、出迎えてやろうという親心では、決してない。紫雨の目的は、今日から義理の娘となる柚李葉と、彼女の家族の方だ。

(あちらのご家族に、挨拶しておかねばな)

 それが親たる者の務めというものだろう。そう、胸の内で満足げに頷いているものの、花嫁行列を出迎える気はまったくないのが、紫雨という男だ。
 紫雨は少し考えて、佐伯家の為に用意された休息所へと続く回廊の、途中の角へと身を隠した。丁度、入口の方から賑やかな声が聞こえてきて、家人が花嫁行列の到着を大声で告げる。
 邸内が、慌しく動き出した。この後の新郎新婦の動きとしては、真影とタカラがそれぞれに仕事を片付けてから休息を取り、羽郁は柚李葉を用意した控え室へ案内した後、同じように休息を取るはずだ。
 そう、考えながらしばらく待っていると、「こちらでございます」と案内をする女房の声と、それに従って歩いてくる幾つかの足音が聞こえた。ちらり、覗くと待ち人がやって来たらしい。
 紫雨は満足げに微笑んで、さも今通りがかったかの様に姿を現した。軽く目を見張った女房が顔を伏せるのに頷きを返し、こちらも驚きの表情を作って客人を見る。
 紋付袴を着込んだ男性に、留袖を纏う婦人。それから先の男性よりは遥かに年の若い、同じく紋付袴姿の青年――

「柚李葉殿のご家族でいらっしゃいますか? お初にお目にかかります、羽郁の父、玖堂 紫雨と申します」
「これは――」

 間違いなさそうだと、名乗ると年嵩の方の男性が軽く驚きを見せた後、柚李葉の養父だと名乗った。そうして「こちらが妻です。そちらが愚息の――」と紹介をするのに、併せて婦人と青年が頭を下げる。
 なるほど、と紫雨はその中の、慎ましやかに夫の一歩後ろに控えた婦人を見つめた。これが柚李葉の養母殿だろう――柚李葉が非常に慕っている養母の話は、紫雨も聞き及んでいる。
 無邪気な少女の様でありながら、愛深く偉大な母でもある女性。影ながら夫を支え、家を支える賢婦人にして、世の中の『決まり切った常識』には捕らわれない自由な発想も出来る人。
 ぜひ彼女とは親しく話をしてみたいものだったが、家長を蔑ろにしてはあちらの面目も多々ないだろう。何より、佐伯夫人自身がそれを気遣って、困らせてしまうに違いない。
 だから後ほど改めて敬意を評することにして、一先ずは佐伯氏の方へと話しかけた。

「ここでお会い出来たのも何かのご縁です。ここからは、私が部屋まで案内しましょう」
「それはありがたいですが、お忙しいのでは――?」
「さほどでも」

 気遣う様子を見せる佐伯氏に、余裕の笑みを浮かべて紫雨は「さぁ、どうぞ」と先を立って歩き出す。そうして休息の間へと歩き出した、4人に女房が困った顔になって、後からついて来るのは気付いていたけれども、置いておき。
 少し歩くと先の方から、タカラがやって来るのが見えた。お練りからまだ着替えて居ないのだろう、婚礼衣装である紫水晶を散りばめた銀の額冠に、銀糸で家紋を刺繍した白基調の狩衣姿のままだ。
 タカラが紫雨を見て、驚いた様子で足を止めた。それに愉快になりながら、さも今気付いたと言った風で足を止め、おや、と微笑む。

「タカラ殿、どうなさいました」
「紫雨様‥‥何をなさっておいでなのですか?」
「もちろん、客人をご休息頂く間までご案内しているのですよ。息子の妻の、大切なご家族ですから失礼があってはいけません」

 にっこり涼やかに笑ってみせると、そうですか、とタカラは曖昧な笑みを浮かべた。そんな事が聞きたいわけじゃないが、客人の手前そう言うことも出来ない、と言ったところだろう。
 勿論それは、紫雨にだって判っていた。判っていて、あえてはぐらかすような返答をした紫雨に、タカラが深々と頭を下げながらこっそり溜息を吐いたのが、耳に届く。
 それもまた愉快な気分で、紫雨はゆうゆうとタカラの前を通り過ぎ、休息の間へと辿り着いた。こちらです、と御簾を上げて入室を促すと、ほぅ、と佐伯家の人々から感嘆の息が漏れる。
 用意された円座に腰を下ろした佐伯氏が、紫雨に話しかけた。

「お話しには伺って居りましたが、いや、実にご立派なお屋敷ですな」
「何、お恥ずかしい限りですよ。佐伯殿こそ、養娘御の為に実に素晴らしい花嫁行列をご用意なさったと、家の者から聞きましたよ」

 世辞と本音の入り混じった言葉を、微笑んで紫雨は謙遜して見せる。そうして代わりに今日の花嫁行列の話を向けると、いやぁお恥ずかしい、と困った様に佐伯氏が笑みを浮かべた。
 句倶理の長である真影の花嫁行列は、決して他の追随を許してはならない、という意気込みで仕立てられた、実に豪華なものである。だが、その花嫁行列と共にお練をする柚李葉の行列を、同じだけ豪華に仕立てるのは資金でも人手でも大変だろうと、申し出た手伝いを彼が断ったのだと、紫雨は聞いていた。
 大切な1人養娘(ひとりむすめ)の花嫁行列は、すべて佐伯が整えますからと。それが商人の意地から出た台詞なのか、真実柚李葉を娘と思っての事だったのかは、もちろん判らない。
 とまれ佐伯氏は言葉の通り、養娘の花嫁行列を見事に仕立て上げてみせた。それは素晴らしいことだと、賞賛を送った紫雨に、佐伯夫人がふわりと微笑む。

「お嬢様の行列は、これまでに見た事がないほど素晴らしかったですわ。きっと、お幸せになられますわね」
「そうである事を祈って居ます。そうそう、万が一にも愚息が柚李葉殿を悲しませるような事がありましたら、遠慮なく私に仰ってください。成敗しておきますから」
「まぁ。でも、羽郁様は必ず、娘を幸せにして下さいますわ」

 ごく真剣に言った紫雨の言葉に、冗談と思ったらしい夫人がくすくす笑いながら、絶対の信頼を込めてそう言い切った。言い切られて、それほどの信頼を勝ち得ている羽郁がまた誇らしく、ありがとうございます、と礼を言い。
 そろそろと、腰を上げると夫人が見送りで外までついて来てくれた。そうして御簾を潜り抜けると、目の前にぽかん、と口を開けた羽郁が居る。
 まったく修行が足りないと、紫雨は懐から取り出した扇を口元に当て、くすり、笑った。

「おや、羽郁。柚李葉殿の方は良いのかい?」
「あ、うん、案内してきたけど‥‥父上は、どうしてここに?」
「大切なご息女に嫁に来て頂くのだから、父としてご家族に挨拶をしなければならないだろう」

 当たり前の口調でそう言うと、どこか納得のいかない様子で羽郁が頷く。そうして眉を潜める彼に、同じく部屋から出てきた佐伯夫人が、くすくすと笑った。
 すでに何度か顔を合わせた事があるからだろう、紫雨に対する時よりは少し柔らかな物腰で、あのね、と微笑む。

「ご丁寧に、お父君がこちらまでご案内下さったの。ふふ、あの娘は本当に、こんな素敵なお宅にお嫁に行けて幸せね」
「――案内の女房は?」
「皆、今日はお前達の婚儀で忙しい。代わろうと言ったら、喜んで頭を下げていたよ」
「‥‥はぁ」

 紫雨の言葉には溜息だけで応えて、羽郁が佐伯夫人へと向き直った。そうして、ちょっと首を傾げて微笑む彼女に、まるで一世一代の告白でもするかのように、口を開き。

「養母上。柚李葉と同じように――俺の事も、今日からは息子と思って下さいませんか?」
「あら、嬉しい事。もちろん、私の可愛い柚李葉の旦那様ですもの。とっても嬉しいわ。――あら、もうお嫁に出すんだもの、『私の』なんて言っちゃ旦那様に失礼かしら」
「はは‥‥ッ、それ、養母上が言わなくなったら、柚李葉が悲しむと思います。俺も気にしません」
「そう? ふふ、我が家のことも実の家と思って、いつでも遊びに来てくださると嬉しいわ」

 そう言った羽郁に、言われた夫人は本当に嬉しそうに、にっこりと微笑んだ。少女のように胸の前で両手を合わせ、うきうきした様子で何度も頷いている。
 そんな羽郁に、紫雨は誇らしく、暖かな気持ちで目を細めた。だがここで何か口を挟むのは、無粋なことだと判っている。
 だから紫雨はただ微笑んで、息子を見つめていたのだった。





 自室に戻った紫雨は、下ろしていた髪を高く結い上げると、精緻な装飾を施した金の額冠をつけ、銀糸で句倶里の家紋が刺繍された純白の狩衣を身に纏った。そうしてまっすぐに祭事神殿の、祝言の儀の間に向かう。
 祝言の儀式が始まるまでにはまだまだ時間があるが、ならばそれまで何もしなくても良い、と言うわけではない。儀式の道具を整えたり、といった雑事はもちろん家人がやるけれども、儀式にあたっての打ち合わせや、予行などはさすがに紫雨らが居なければ始まらない。
 だから紫雨は祭事神殿に辿り着くと、道具の配置を確かめたり、従者と進行を打ち合わせたり、入念に準備を進める。そうしてしばらく立ち動いていると、紫雨と同じように祝言の為の衣装を身に着けた、真影がやってきてやはり立ち会う者達との打ち合わせを始めた。
 本来ならこういった儀式は全て、長である真影が行うべきものである。だが、今日の祝言の新婦でもある真影が、まさか自分の祝言を執り行うわけにも行かない。
 だから指示や差配だけは行う真影だけれども、儀式は全て紫雨に任せられていた。――が、ある程度の指示が終わってもなお、祝言の間にとどまってジーッと紫雨を見ているのは、それだけではないだろう。
 くすり、と笑って紫雨は、家臣として諫言を向けた。

「御主殿。それほどお見詰めになられて、御自身のご準備は恙無くお済みですか?」
「紫雨に案じられるまでもないわ。良いから続けて」
「――仰せのままに」

 だが真影は少し拗ねたような口調でそう言うと、やっぱりジーッと紫雨の動きを見つめている。まったくこの娘は、と今度こそ微笑ましい気持ちになりながら、紫雨はしれっとした顔で再び、準備を開始した。
 ――学ぶべき事はすべて叩き込まれているはずだし、長に立ってから儀式を取り仕切った事だって、もう何度もある真影だが、紫雨に比べればまだまだ、経験不足と言わざるを得なかった。実際、私的な場所では歯に衣着せず、そう評した事もある。
 だから恐らくは、紫雨の動きを見て覚えよう、としているのだろうと思われた。それでいて、マトモに教えて欲しいと頼むのはプライドが許さないか、或いは父親の事を良く理解していると言うことか。

(とはいえそうそう、乗り越えてもらっても困るが)

 乗り越えて大きく成長して欲しいという父の想いとは別に、それも確かに紫雨の中にある感情。長らく長に立っていたものとして、実力で奪われたとはいえ易々と乗り越えてもらっては困るという先代としての想い――それでいてあまり劣るようではアレに負けたのかと思われる、という複雑な感情。
 そういったものが矛盾なく、均等に紫雨の中にはあった。そもそも、殺す気で向かってきた真影を、殺す気で迎撃した所からして、自分達の関係はいわゆる一般的な親子からは少し外れていて、けれども仲が悪いどころかむしろ仲は良い方で。
 そんな事を考えながら、しばらく準備などをしていた紫雨をじっと見ていた真影だったが、やがて「後は任せた」と家臣達に告げると、祝言の儀の間を後にした。入れ替わりに参列者がちらほらと、儀式の間に姿を見せる。
 句倶理の一族と、それから佐伯家の人々。全員が集ったところで、従者が全員に今日の儀式の流れと、参列者の役割を説明し。
 やがて儀式の間の外から、外に控えていた従者が朗々と、新郎新婦の到着と入場を告げた。それに合わせて祝言の間の重々しい扉が、ゆっくりと開かれ、同時に奏者達が雅楽の音を奏で出す。
 最初に入場してくるのは、真影とタカラ。白と紅を基調とした、薄物を幾重にも重ねてふわりと広がる、目にも鮮やかな花嫁衣裳を纏い、頭には金と紅玉の額冠が輝いる真影に、寄り添うように紫水晶を散りばめた銀の額冠をつけ、銀糸で家紋を刺繍した白基調の狩衣を身に纏うタカラが居る。
 その次は羽郁と、柚李葉だった。こちらは髪をぴしりと結い上げて烏帽子を被り、藍色に白で家紋を染め抜いた大紋直垂た羽郁に、真っ白な練絹に絹糸で鶴や桜、梅、四季の花々の刺繍を入れた、赤ふきの白無垢を纏う柚李葉という、先の2人とはまた違った趣の組み合わせだ。
 4人は両脇からの参列者の視線を受けながら、正面に設けられた祭壇まで、真っ直ぐに、ゆっくりと歩いてくる。祭壇まで――紫雨の元まで、真っ直ぐに。
 その光景に、ふと紫雨は目を細めた。昨夜、弟と亡き妻の話をしたからだろうか、生まれたばかりの双子の様子を、鮮やかに思い出す。
 あの日、産声を上げて泣いていた小さな赤ん坊。それが今、こうしてそれぞれに想う者を見つけ、想いを遂げて、新たな家族となる為に祝言に臨んでいる――そう思うと感慨深く、紫雨は厳かで華やかな衣装に身を包んだ、我が子達をじっと見つめる。
 祭壇の前に辿り着くと、真影とタカラが紫雨から見て右に、羽郁と柚李葉が左に並んだ。そうして慎ましやかに眼差しを伏せるのを待って、紫雨は粛々と儀式の始まりを告げる。
 まずは、句倶里の民に今日新たな夫婦が誕生した事を報告し、祝い、加護を願う祝詞を読み上げた。そうして参列者に身振りで合図をすると、打ち合わせどおり全員で祭壇に向かい一礼する。
 それが終わると紫雨が真影達に向き直り、厳かに口を開いた。まずは真影とタカラへ、この婚姻に異存はないか、了承するかと問いかける。

「今日この日より、お前達は夫婦となる。双方、それに異存はないか?」
「ありません」
「ありません」

 2人が揃ってそう言ったのに、頷いて紫雨は次に、羽郁と柚李葉に同じ事を聞いた。そうして同じく肯定が返ってきたのを確認して、す、と手を上げる。
 巫女姿の娘達が音もなく現れて、新郎新婦と参列者の前に置かれた杯に、誓いの酒を注いで回った。全ての杯に誓酒が注がれたのを確認し、促して誓いと、その見届けの意味を込めて全員で杯を干す。
 ――すべてが滞りなく終了すると、紫雨は祭壇から下りて真影の前に進み出て、すッ、と音もなく跪いた。

「御主殿。これにて祝言の儀は、滞りなく終わりましてございます」
「大儀であった、紫雨」

 それに鷹揚に頷いて、真影が紫雨に声をかける。それから頭を巡らせて、参列した家臣達へと眼差しを向けた。

「皆の者も、大儀であった。今後とも私を支えて欲しい」
「御主殿のお言葉のままに」

 長としての威厳を込め、頭は垂れぬながらに紡いだ真影の謝辞に、紫雨は跪いたまま深々と頭を下げた。周りではタカラや羽郁、他の家臣たちが腰を折る気配がする。
 真影は、確かに長だった。それを感じ、あの小さかった娘がとまた誇らしく感じながら、紫雨は頭を下げ続けていたのだった。





 その夜に催された披露宴は、一族のほぼ総てが顔を並べる、実に盛大なものだった。何しろ長とその弟の祝言だ、よほどの事がない限り出席しなければ、謀反を疑われても仕方ない。
 並ぶ料理も勿論、贅と粋を凝らした物ばかり。上座に並ぶ新郎新婦の前にもそれは勿論並べられ、真影が杯を手に集まった者達を見回す。

「皆、今日は良く集まってくれた。ささやかな宴だが、存分に楽しんで欲しい」

 そんな決まり文句と共に、披露宴は始まった。宴の開始を告げるのが花嫁の1人である真影と言うのも、よく考えるとおかしな話だが、長である以上は仕方のない事だ。
 親族席に納まってその様子を眺めながら、紫雨は他人事のようにそう考えた。もっとも、この乾杯の音頭だって先代である紫雨が、という意見はなくはなかったのだが、あくまで自分は先代に過ぎないのだから、当代の長が行うべきだろう、と断ったのだけれども。
 あとは真影の役目だと、思いながら同じく親族席に座る佐伯家の人々に、並べた料理の説明をする。

「こちらは天儀にはありましたか? 里で獲れた魚で作ったのですが」
「さて、私は商売以外となると、どうも。どれも素晴らしい料理で、ただ目を見張るばかりです」
「とっても美味しいですわ。お嬢様達や柚李葉が食べられないのが、可哀想ですけれども」

 紫雨の言葉に、佐伯氏がいささか大仰に首を振り、夫人が愛想よく夫の言葉に花を添えた。そうしてくすくす微笑みながら、新郎新婦の方へと眼差しを向ける。
 こういった席の常だけれども、主役である新郎新婦には、どんなに美味しそうな料理が並べられたとて、手をつける余裕は殆どない。新郎新婦の元には入れ替わり立ち代り、挨拶などが訪れてそんな暇はないからだ。
 今も新郎新婦たちの元には、一族の者が途切れなく訪れていて、その対応に忙しそうな様子が此処からでも見て取れる。それも1度ではなく、何度も訪れるものも居るのだから、その全てに対応するのもなかなか大変なものだ。
 くすり、紫雨は笑って佐伯夫婦に言った。ちなみに柚李葉の義兄になるという若者は、こういう場は両親以上に慣れていないのだろう、興味深そうに周りを見回しているだけで会話に加わっては来ない。

「料理は後ほど、ちゃんと新郎新婦の下にも届けられる手筈になっていますよ。私も、せっかくの句倶理の料理を柚李葉殿に味わってもらえないのは、残念ですから」
「なるほど。ところで、こちらに集まっておられる方は全て、ご親族と伺いましたが――」
「ええ。後ほどご紹介しますよ。ここに集まった者をすべて、というのは難しいでしょうが――そうそう、こちらは私の弟で、今日の新郎新婦の1人であるタカラの父なのですよ」

 愛想よくそう言いながら、早速紫雨は隣に座って、同じく酒を飲んでいた弟に話を向けた。それに愛想よく頷き、自己紹介をした弟に、これはこれは、と佐伯夫婦が頭を下げる。
 そんな風に宴は賑やかに、華々しく進んでいった。幾度も料理が入れ替わり、追加の料理が座に並んで、あちらこちらで酒がなくなり追加の声が絶え間ない。
 宴が終わる頃合になると、空いた大皿が次々と厨に引かれ、座には軽くつまめるものが中心に並び始めた。それから居並ぶ全員の前に、1つずつ置かれたのは紅白饅頭。

「これは羽郁が、柚李葉殿と一緒に馴染みの店で注文してきたそうです」

 そう言いながら紹介した紫雨に、ほぅ、と頷いて佐伯夫妻が、素朴で温かな味のする紅白饅頭を頬張った。昨日羽郁が取りに行ったのですよ、と補足説明を加えながら、村雨も同じく饅頭を口にする。
 この頃では珍しくなくなってきたものの、こうやって新郎新婦の父としてだけ過ごし、時折全体を見て当代の補佐として動くだけの宴は、紫雨にとって未だに新鮮だった。彼に長と同等の敬意を払おうとする者は居るし、現にそういう意味で紫雨の元に挨拶に来た者もそこそこ居たが、それらにはすべて新郎新婦の父として接してやると、狐につままれたような、物足りないような顔で帰って行くのが、なかなかに愉快だ。
 そうして一通り、宴が終わると新郎新婦は、三日夜餅の儀のために宴席を後にした。夫婦となる男女が初めて床を1つにし、三日の夜を過ごす、句倶理の婚礼に欠かせない大切な儀式だ。
 この後は常の宴と変わらず、帰りたい者は帰り、残りたい者は夜通し酒を飲み交わす事になっている。旅の疲れもあるだろうと、佐伯家の人々は今宵の宿泊の部屋に案内したものの、紫雨はそちらに付き合うべく再び宴会場へと足を向けた。
 宴で一族の者の動向を計るのも、長を支えるものとしての大切な役割である。





 翌日もまた、盛大な宴が催された。といっても今日の宴は、紫雨を含めた男達だけの、ある意味では気の置けない宴だ。
 紫雨だけではなく、羽郁やタカラももちろん、一族の男としてこの宴に参加する。じゃあその間は新婦や一族の女達はといえば、やはり本邸内の別の対の屋で、同じように一族の女だけの宴が催されておリ、そちらに参加しているのだ。
 男だけの宴ともなれば、妻や婚約者、他の女達の厳しい目を気にしなくて良い分、会話の内容もざっくばらんだ。現に、新婚の初夜を過ぎたばかりの羽郁は少なくとも5人の男に、夫婦生活を営む上での注意事項を――主に妻に接する時の注意事項をもっともらしく説かれ、少なくとも10人には柚李葉がどんな娘なのかと聞かれていた。
 だがさすがに相手が相手だからか、タカラに同じような話題を振る者は居ない。恐らく、父であり先代でもある紫雨に、遠慮をしたというのもあるだろう。
 だからいつもの様にのんびりと、平素と変わらぬ態度で宴を過ごすタカラに、紫雨はつい苦笑した。この甥に初夜を過ごした感慨を面に現すような殊勝さを求めては居ないが、もう少しばかり可愛げがあっても良いのじゃないか。

「タカラ殿。私の娘はお気に召しませんでしたか」
「とんでもありません、紫雨様。姫は僕には過ぎた女性です」

 だから冗談交じりに、けれども周りの目を慮って他人行儀に問いかけた紫雨に、タカラはひょいと肩を竦めて見せた。それにまた笑い、だがそれ以上尋ねるような無粋はせずに流した紫雨は、それに引き換え、と羽郁のほうを見遣る。
 酒盃を手に動きを止め、どこか遠い所を見ている羽郁。紫雨の目配せに、タカラも彼の方を見て、小さく微笑んだ。

「羽郁、柚李葉殿がもう恋しいのか?」
「柚李葉姫なら、御主殿にお任せしておけば大丈夫ですよ」
「――父上、義兄上」

 そうして揃ってからかうように言うと、羽郁が恨めしそうな眼差しを向けてくる。これはよほど新妻が恋しいらしいと、それにまた声を立てて笑い。
 半蔀も御簾も上げ、開け放たれた廊下から見える庭を、その向こうに見える空を、見やる。天を、見上げる。

(見えるか? 真影も、羽郁も‥‥大きくなっただろう?)

 そうして胸の中の面影に、紫雨は誇らしげに問いかけた。双子を遺して自分の前から居なくなった、今も愛しきかの人へ。
 あの日、彼女が遺した小さな赤子は、こうして一人前に大きくなって、あの頃の自分のように妻を得た。やがて子を成して、それぞれに幸いな家庭を築く事だろう。
 それが、誇らしい。親として誇らしく、人として誇らしい。
 だから今は亡き彼女へ、誇る。安堵してくれと、祈る。
 ――その翌日は、句倶理が祀る精霊に新たな夫婦となった者が、新たに家族となり句倶理に住まうことを報告し、挨拶して、これからの加護などを祈る儀式だった。精霊、といっても何かカタシロのようなものがあるわけではなく、ただその場に精霊が祀られているとされる神域に拝礼するのだ。
 儀式を執り行うのは、今日も紫雨の役目。まずは長である真影に確認を取った後、粛々と儀式を進める紫雨の前に、タカラと真影、羽郁達が頭を垂れて精霊に祈りを捧げる。
 これからの、日々。呼吸が途絶え、鼓動が止まるその瞬間まで、最愛の人と共に歩んでいく、未来。
 それを大切にして欲しいと、父として、先達として紫雨は願わずには居られなかった。言葉には決して紡がないその思いを、きっと子供たちは受け取ってくれるだろうと、信じながら紫雨はただ静かに、儀式を続けていたのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ia0490  /    玖堂 真影    / 女  / 20  / 陰陽師
 ia0859  /    玖堂 柚李葉   / 女  / 19  / 巫女
 ia0862  /    玖堂 羽郁    / 男  / 20  / サムライ
 ia8510  /    玖堂 紫雨    / 男  / 25  / 巫女
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート / 男  / 30  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした‥‥

可愛いお子様達の盛大な結婚式、如何でしたでしょうか。
新郎新婦の父親同士の語らい、よりはその後の儀式の方が長くなってしまった気が致しますが‥‥;
お父様は何というか、裏で色々と動いていらっしゃったイメージがありまして、結局裏で色々とやっておられた感じでした(何
色々、イメージが合っていれば良いのですが。

お父様のイメージ通りの、未来へ続く新たな始まりとなる特別な日々のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
鈴蘭のハッピーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月29日

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