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『精霊に捧ぐ言祝ぎの。〜渡世なる姫へ 』
タカラ・ルフェルバート(ib3236)

 いよいよ明日だと、タカラ・ルフェルバート(ib3236)は静かに考えた。胸の内を、充足感とでも言うべきものが満たしている。
 ――明日。タカラは従妹であり、使えるべき主であり、最愛の婚約者である玖堂 真影(ia0490)との祝言を挙げる。
 そうとなれば知らず知らずのうちに、これまでの事やこれからの事に、思いを馳せてしまうのは当たり前の事だった。だが、自分がいざその立場になってみると、本当に物思いをしてしまうものなんだな、とどこか新鮮な驚きを禁じえない。
 そんな、特別な物思いに耽っているからだろうか、いつも賑やかさとは程遠い自室だけれども、今夜はいつも以上に静かに感じられた。独身最後の夜をのんびりお過ごし下さい、と周囲の者にも言われてしまったから、誰かが訪ねてくる、と言うこともない。
 静かな、静かな夜。静かな、特別な――今までが終わり、これからが始まる、最後の夜――

『――主殿、どうか泣かないで‥‥いつか、必ず私は貴女の元に還って参りますから‥‥』

 不意に頭の片隅に、そんな言葉が過ぎった。それはどこかで聞いた言葉を思い出した、というような感じではなくて、強いて言えばタカラ自身がかつて、どこかでその言葉を誰かに言ったかの様な、不思議な感覚。
 タカラには、そんな言葉を口にした記憶は1度としてなかった。けれどもその一方で、確かにそれは自分が『主殿』に言ったのだと、思い返すたびに確信が深まっていく。

(もしかして‥‥)

 その、我ながら奇妙な感覚に、けれどもタカラは思い当たる節があった。否、やはりそれは多分に直感に過ぎなかったが、それでもきっと、と思える事実が。
 ここしばらくの間、真影に命じられてタカラはずっと、句倶理の古い文献を片端から紐解いていた。そうして、それが十分に真影の満足行く結果を出した後も、自分自身の個人的な興味によって続けていたのだ。
 それはかつてこの地に在って、句倶理を導いた初代の長の話。初代と崇められながら禁忌である、かの人の真実。
 ――かつて。強固な血と絆で結ばれた句倶理一族の、一番最初に長に立ったのは黄金の髪に緋蒼の瞳を持つ、麗しき姫だった。彼女は姫長と人々から崇められ、一族を導いていたのだという。
 その傍らに常に在ったのは、従者たる黒髪の青年。2人は非常に仲睦まじかったのだが、ある日、かの青年が実はアヤカシだと判明し、事態は一変した。
 従者は、姫長の命を盾に神域に追放され、瘴気に還り。残された姫長もまた、魂を二つに裂かれる呪を受けたという。
 けれども――タカラと真影は、この伝承に隠された別の『真実』に思い至っていた。勿論、それを証明するモノなどもはや、どこにも在りはしないけれども。

(きっと僕は、初代姫長の傍にいた人妖の『魂』の転生‥‥なのだろう)

 そう、考えてタカラは夜の闇が静かに満ちる屋外へと眼差しを向けた。――初代姫長の傍にあって、かの姫を誑かしたと伝えられているアヤカシ、それは実はアヤカシと同じく瘴気で形作られる人妖ではなかったか、というのが、タカラと真影の考えだ。
 通常、真影の人妖・泉理を見れば解るように、人妖はどんなに大きくてもせいぜいが大人の腰ぐらいまでだ。人間と同じ位の大きさを保つ人妖など、そうそう居るはずがない。
 けれども、アヤカシではなく人妖だとすれば、残された文献に記されている行動の数々にも、得心が行く。遥かな昔ともなれば何らかの技で、人間と同じほどの大きさの人妖が居た、という可能性は誰にも否定出来ない。
 ――だから。強大な力を持っていたという初代長姫に愛された人妖が、何らかの理由で人間と同じように魂を得て、遥かな時を経てタカラという形を取って転生しているという可能性だって、誰にも否定は、出来ない。
 何より自分自身の魂が、それが真実だと訴えているような気がして知らず、タカラは口の端に苦笑を上らせた。
 自分が魂の転生だとするならば、『身体』の転生は恐らく泉理だろう。そうして2つに引き裂かれたという姫長の魂は、時を同じくしてタカラの愛する人と、その双子の弟に転生したのに違いない。

(姫と二ノ君の髪と瞳の色が、恐らくその証左)

 緋蒼だったという初代姫長の瞳の色が、かの双子の生まれ持った色彩に違いないというのは、タカラの勝手な妄想だとは思えなかった。何しろ玖堂家には、過去に遡っても緋髪を持つ者など、真影以外には居ないと言っても過言ではない。
 だから。生まれるはずのない緋髪の姫こそが、何より、かの双子達が初代姫長の魂を受け継ぎ、色彩を受け継いだ証拠だと、考えられはしないだろうか――?
 そう、考え込んでいたタカラの周囲が、不意に夜の闇に包み込まれた。はッ、と我に返って灯火台を確かめてみると、どうやら油が切れてしまったらしい、と解る。
 ずいぶん長い間考えていたらしいと、自分でも驚いた。油を継ぎ足すか少し迷って、まあいい、と首を振り、タカラは暗闇の中、外から差し込む月と星の光を頼りに夜着へと着替え、床に潜り込む。
 明日からは、忙しくなるのだ。だから休めるうちに休んだ方が良いと、自身に言い聞かせてタカラは眠りに就いたのだった。





 祝言の当日は、よく晴れた青空だった。暑くもなく、寒くもない、祝言には絶好の日和。
 とはいえタカラはと言えば、その日和を楽しむ余裕すらなく朝から忙しく動き回っていた。主役であると同時に家臣でもあるタカラのやるべき事は、恐らく一般的に見られる新郎のそれより遥かに多い。
 まずは祝言の手配について、何度も行なってきた確認を繰り返す。新郎新婦の衣装は恙なく調っているか、従者達の手配に手抜かりはないか、宴の準備に問題はないか、祝言の儀式の準備は進んでいるか――
 何しろ今日の、否、今日からの祝言は句倶里の長とその弟君の物なのだ。どれ1つを取っても手抜きなど許されないし、手落ちなど持っての他だから、祝言が近づくにつれて誰もがぴりぴりと、神経を張り詰めながら準備に臨んでいて。
 もちろんこれらの確認は、タカラだけが行うものではなかった。タカラは長の側近だが、同じような立場の家臣は他にもたくさん居て、それらの人間がそれぞれに、受け持った部分を確認し、報告されるのを取りまとめて、長に報告するのだ。
 そういう意味では報告される真影もまた、世間一般の新婦に比べれば非常にやることの多い祝言当日である。とはいえタカラも彼女も、己の立場ではそれが当たり前なのだと、心得ているからこそ不満など思い付きもせず、慌しく準備をし、確認されるのに頷いて、本邸内を駆け回る。
 それが終わると今度は、新郎新婦としての支度がタカラと真影を待っていた。祝言そのものが豪華なら、もちろんそれに臨むタカラ達とて、同じぐらいに念入りに、句倶里の長として、その花婿として遜色ないように整えなければならない。
 特に自分は――己の一族内での立場を思い、タカラは薄く笑みを浮かべて、身体を拭き清める布を握り締めた。タカラの立場は色々と複雑で、配慮しなければならない方面が多すぎる。
 正式に真影の婚約者となり、一の側近となってからはもちろんの事、先代の家臣群に加わってからも勿論、自分を侮る声は表立っては聞かれない。だからこそ、よりいっそう慎重に振る舞わなければならないことを、タカラは自覚していた。
 句倶里は、古い一族だ。だからこその良さもあり、だからこその悪さもある。それらを束ねる真影の足を、自分が引っ張るわけには行かない――そんな事の為に力を得て、今の立場を手に入れたのではないのだから。
 そう、思いながら清めた身体に句倶理伝統の、銀糸で句倶里の家紋を刺繍した白基調の狩衣を纏う。丁寧に香油を刷り込んで梳り、結った頭に乗せるのは、タカラの瞳と同じ紫水晶を散りばめた銀の額冠。
 身支度を整えている間にも、裁可を求める者が幾度もタカラの元を訪れた。それは準備が整って、祝言の始まりである花嫁行列のために句倶里の里の入口へと移動しなければならない刻限になっても、変わらない。
 その度に指示を出して、遅れず入口へと辿り着くと、そこにはすでに揃いのお仕着せを着た従者達が、花嫁行列をなす為に集まっていた。お仕着せ、と言っても祝言に相応しく、上等の絹で仕立てた衣に、精緻な刺繍を施したものだ。
 花嫁行列と言っても、真影が乗る為の輿が1台用意されているだけで、嫁入り道具の類はない。けれども代わりに飾串などがふんだんに用意されているから、見劣りがするという事はない。
 色々と手順を確認していたら、少し遅れて真影が姿を現した。その、いつにも増して華やかな様子に、居並ぶ者が少し動きを止めた後、ほぅ、と溜息を吐く。
 真影が身に付けているのは、白と紅を基調とした、薄物を幾重にも重ねてふわりと広がる、句倶理伝統の花嫁衣裳。頭にはタカラのそれと対になるような、金と紅玉の額冠が輝いている。
 タカラもまた、動きを止めこそしなかったものの、誇らしい気持ちでそんな真影を見つめた。そうして彼女の傍らに歩み寄り、輿に上がるのに手を貸しながら、報告する。

「姫。お練りの準備は滞りなく」
「ご苦労。羽郁達はまだ?」
「まだお見えではないようですが‥‥」

 真影の問いに、答えながらタカラは門へと視線を巡らせた。今日、タカラ達と一緒に婚儀を執り行う玖堂 羽郁(ia0862)は、花嫁の到着を門前で待っているのだ。
 だが、丁度その時に門を潜り抜けてくる行列が、タカラの目に留まった。噂をすれば何とやら、もう1つの花嫁行列が姿を現して、ゆっくりとこちらに近付いて来るではないか。
 羽郁が寄り添って歩く、御簾の上がった輿から見えるのは、真っ白な練絹に、絹糸で鶴や桜、梅、四季の花々の刺繍を入れた、赤ふきの白無垢。頭に被った綿帽子の下には、タカラも良く知っている今日のもう1人の花嫁、佐伯 柚李葉(ia0859)の緊張した顔が覗いている。
 柚李葉ちゃん、と真影が嬉しそうに呟いた。周りの対面上、あからさまな笑顔になりはしないものの、眼差しが笑んで居るのが解る。
 あちらの花嫁行列は、もちろん長の物とは比べ物にならないにせよ、豪華なものだった。輿が4台に、長持や箪笥、その他の嫁入り道具。さらには道中の世話をする者達などが連なるのだから、なかなか見応えがある。
 そう考えるタカラに、輿の上から真影が声をかけた。

「タカラ。あちらも揃ったようだし、そろそろ出立の合図を出しなさい。里の者をあまり待たせる訳にはいかない」
「畏まりました、御主殿」

 それにタカラは頷くと、傍に控えていた従者に真影の言葉を繰り返した。そうして出立の合図を出させると、それに合わせて2つの花嫁行列がゆっくりと動き出す。
 先頭が、真影達の花嫁行列。その後に静々と従うのが、柚李葉達の花嫁行列。
 里ではすでに、里人が多く姿を見せていて、花嫁行列を1目でも見ようと、今か今かと待ち構えていた。そんな中をしずしずと、特定の歩調で花嫁行列が進んでくると、口々に歓声が上がる。

「長様、おめでとうございます!」
「一ノ姫、二ノ君、おめでとうございます!」
「タカラ様!」
「柚李葉姫!」

 歓声は新郎新婦の誰もに惜しみなく、暖かな祝福の眼差しがそこかしこから注がれていた。輿の上の2人の花嫁に、そうしてその輿の傍らを歩く2人の花婿に。
 初めて見る光景ではないが、自分が主役となると感慨深いものだと、思う。思い、輿の上の愛しい人を見上げたら、見下ろしてくる緋色の瞳とぶつかった。
 愛してますと、眼差しだけで呟く。この胸に満ちる想いが彼女に伝わればと、祈るように見つめた眼差しに、解ってる、というような色が帰ってくる。
 けれども長とその側近という立場上、ずっとそうして居るわけにも行かなかった。否、むしろタカラと真影がそうして見つめあったのはその時だけで、後は長を支える側近として、里人達の祝福の声に応えながら里中を練り歩く。
 そうして沢山の祝福を受けながら、花嫁行列は本邸へと到着した。最後の1人が敷地の中に辿り着くと同時に屋敷の門が閉められて、里人達の祝福の声が遠くなる。
 ひとまずここで、婚儀の一番最初の一歩が終わりだった。この次の祭事神殿での婚儀まで、それぞれに休息を取ったり、次へ向けての準備をしなければならない。
 タカラももちろんその例外ではなく、身なりを整えたり儀式の手順をさらったり、その後の宴の準備の確認をしたりと、やるべき事は幾つもあった。やはり忙しく女房や家臣に囲まれながら去っていく真影に「それでは姫、後ほど」と頭を下げて、必要な差配を手早く終える。
 そうして、儀式までに少しでも休んでおこうと歩き出したタカラは、けれどもすぐに奇妙な光景に行き合って、その足を止めた。奇妙な、と表現するのは当人には失礼に当たるだろうが――
 そんなタカラに気付いた、あちらもまた足を止めて、おや、と微笑んだ。

「タカラ殿、どうなさいました」
「紫雨様‥‥何をなさっておいでなのですか?」
「もちろん、客人をご休息頂く間までご案内しているのですよ。息子の妻の、大切なご家族ですから失礼があってはいけません」

 そうしてにっこり涼やかに笑った玖堂 紫雨(ia8510)に、そういう事ではなくて、とタカラは曖昧な笑みを浮かべる。勿論、見れば紫雨の後をついて歩いている3人の人々が、面識はないにせよ、柚李葉の家族であろう事は想像出来たのだが、聞きたいのはそういう事ではないのだ。
 今でこそ長を退き、一家臣の立場に下った紫雨だが、先代と言う事実は変わらない。そんな紫雨に、女房や従者に任せれば良いような仕事を任せられる筈もないし、現にその役割には女房を宛がっていた筈なのである。
 だがそれをこの場で、しかも佐伯家の人々の前で言うべきことでも、ない。まったくこの伯父上はと、諦めにも似たため息を漏らしたタカラは、それを佐伯家の人々には悟られないように、紫雨達に頭を下げた。
 タカラの前を、紫雨と佐伯家の人々が通り過ぎて行く。そうしてその後から、困った様子の女房も一緒に歩いてくるのに気がついて、恐らくこれが紫雨に客人の案内の仕事を奪われた者だろう、と見当をつけた。
 彼女としても、紫雨に任せるわけにも行かず、と言って仕事を取り戻すわけには勿論行かず、困り果てていたのだろう。ここはもう良いから次の仕事に向かうよう、指示を出すとほっとした様子で『畏まりました』と頭を下げ、今来た廊下を戻って行く。
 やれやれ、と今度は隠すことなく息を吐いた。そうして今度こそ休息を取るべく、タカラも再び歩き始めたのだった。





 しばしの休息を経て、タカラが祭事神殿へと向かったのは、祝言の儀式が始まる少し前の事だった。真影は祭事神殿で差配しなければならない事があるから、先に行っているはずだ。
 時間にはまだ余裕があるから、それほど急がなくても十分間に合う。けれども何となく、いつもよりもやや早足で神殿への道を辿ってしまうのは、やはりタカラも緊張しているのかもしれない。
 そんな事を考えながら、歩いていたタカラはふと、同じく神殿への道を辿る人影があるのに気が付いた。眼差しを巡らせて見れば、女房に先導されて歩く柚李葉だ。
 おや、とそんな柚李葉に、タカラは何気なく声をかけた。

「柚李葉姫。これから向かわれるのですか?」
「タカラさん‥‥」

 それに柚李葉が、びっくりしたような眼差しでタカラを振り返った。そんな彼女を安心させるように微笑みかけて、近付いていくと先導の女房が目を伏せて頭を下げる。
 うん、と頷いたタカラは、けれども女房に釣られて一緒に頭を下げかけた柚李葉に、思わず苦笑した。彼女の人柄もあるのだろうし、緊張していると言うのもあるのだろう。
 ならば少しでも彼女の心を解きほぐして、儀式に望みやすいようにして差し上げなければと、タカラは柚李葉にこう言った。

「良ければ神殿まで、僕にご案内させて頂けますか? 少し早いですけれども、義妹と義兄の語らいなど如何でしょう」

 それは、嘘ではない。まだ祝言を挙げていない以上、柚李葉はあくまで仕える主君の1人の婚約者であって義妹ではないが、時間の問題だ。
 祝言が終われば、彼女は義妹になると同時に、タカラが仕えるべき姫君にもなるのだが、あえてそこは考えない事にした。何より、柚李葉がそれを望まないだろう――ならば、差し障りのない限りそのように振舞うのもまた、臣下の勤めと言えるかもしれない。
 そんなタカラに、よろしくお願いしますと柚李葉は小さく頭を動かし、頷いた。それに、ありがとうございますと微笑んで、先導を勤めていた女房に「ここからは僕が柚李葉姫をご案内するから」と告げる。
 ありがとうございますと、柚李葉も微笑んだ。そうして女房を見送って、一緒に並んで歩きながら柚李葉の、また緊張に強張った顔に尋ねる。

「大変でしょう」
「はい。――ちゃんと出来るか不安なんです。失敗して、羽郁に恥をかかせたらどうしよう、って」

 それに、柚李葉がこくりと頷いた。生真面目で一生懸命な彼女は、あくまで自分の事ではなく、羽郁を案じているらしい。
 きっと祝言を挙げた後には、微笑ましい夫婦になる事だろう。今までにも胸にあった、その思いを強くしながらタカラは、大丈夫ですよ、と励ました。

「私も幼い頃は緊張したものですが、何とかなるものです」
「タカラさんが、ですか? 何だか、信じられません」
「おや。では、柚李葉姫にはどのように見えているのでしょう」

 そんな風に話しながら、歩いていたらあっという間に、祭事神殿に辿り着いてしまう。そこには先に行っていた真影と、早めに辿り着いたらしい羽郁が待っていて、何か話している所だった。
 柚李葉が2人にちょこんと小さく頭を下げ、ぱたぱたと草履を鳴らして近付いていく。

「羽郁、真影さん。お待たせしちゃってごめんなさい」
「ううん。柚李葉ちゃん、タカラと一緒だったの?」
「偶然お会いしたんですよ。柚李葉姫、楽しい時間をありがとうございました」
「いえ‥‥あの、色々なお話を聞けて、楽しかったです」

 そんな柚李葉に、双子への報告も兼ねながら頭を下げると、彼女はぱたぱた手を振った。代わりに柚李葉の手を握った羽郁が、タカラに感謝の眼差しを向ける。

「そっか。タカラ、ありがとな」
「とんでもありません」

 羽郁にゆるりと首を振って微笑むと、タカラは真影の傍らへと歩み寄った。そうして、満足そうな彼女の眼差しに微笑んで、そっと頭を下げて傍らに寄り添う。
 大切な半身たる弟の恋人という以上に、柚李葉を大親友と思っている真影にとっても、タカラの行動は満足だったらしい。そうと解っただけで、タカラは誰に褒められるよりも誇らしい気持ちになった。
 少しそのまま待っていると、羽郁が柚李葉の手を引いてタカラ達の方に近付いてきた。そうして4人が揃ったのを確認して、祝言の儀の間の扉の傍に控えていた開閉係が、もう良いかと真影に了承を求めて、新郎新婦の到着と入場を告げる。
 祝言の間の重々しい扉が、ゆっくりと開かれた。同時に奏者達が雅楽の音を奏で出す中を、真影と並んで静々と歩き出す。
 正面には祭壇があり、その前には今日の祭事を司る紫雨が、高く髪を結い上げて真影のそれとは異なる装飾の金の額冠を着け、銀糸で句倶里の家紋が刺繍された純白の狩衣という改まった姿で、新郎新婦を待っていた。本来ならばそこに立つのは長である真影の役目だが、今日の主役はその真影なので、先代である紫雨が担うのだ。
 両脇には句倶理の一族と、それから佐伯家の人々が並んで、新郎新婦の入場を今か、今かと待っていた。そんな人々の視線の中を、まずは真影とタカラが、その後から羽郁と柚李葉が、2人並んで静々と祭壇へ歩みを進める。
 祭壇の前に辿り着くと、真影とタカラは揃って少し左脇に並んだ。羽郁達がその隣、右側に並んで立って、慎ましやかに眼差しを伏せると、それを待っていた紫雨が、粛々とした声で儀式の始まりを告げる。
 朗々とした声が、句倶里の民に今日新たな夫婦が誕生した事を報告し、祝い、加護を願う祝詞を読み上げた。そうして参列者に身振りで合図をするのに、合わせて全員で祭壇に向かい一礼する。
 それが終わると紫雨がタカラ達に向き直り、厳かに口を開いた。まずは真影とタカラへ、この婚姻に異存はないか、了承するかと問いかける。

「今日この日より、お前達は夫婦となる。双方、それに異存はないか?」
「ありません」
「ありません」

 さすがに僅かな緊張を覚えながら、力強く言い切った真影の言葉に、誇らしく紡いだタカラの言葉が重なった。それに頷いた紫雨が、次は羽郁と柚李葉に同じ事を聞く。
 全員が頷き終えると、す、と紫雨が手を上げた。それに合わせて巫女姿の娘達が音もなく現れて、新郎新婦と参列者の前に置かれた杯に、誓いの酒を注いで回る。
 とくとくと丹塗りの杯に注がれる、透明に揺れる誓酒。これを飲み干せば、誓いの儀式は完了だ。
 ――すべてが滞りなく終了すると、祭壇から下りた紫雨が真影の前に進み出て、すッ、と音もなく跪いた。

「御主殿。これにて祝言の儀は、滞りなく終わりましてございます」
「大儀であった、紫雨」

 それに鷹揚に頷いて、真影が紫雨に声をかける。それから頭を巡らせて、参列した家臣達へと眼差しを向けた。

「皆の者も、大儀であった。今後とも私を支えて欲しい」
「御主殿のお言葉のままに」

 真影の言葉に、唱和してタカラはすっと腰を折った。タカラだけではない、羽郁も――柚李葉や佐伯家の人々以外、その場に居並ぶすべてが真影に頭を垂れる。
 その中にあって、誇り高く頭を上げる真影がタカラにもまた、ひどく誇らしかった。





 その夜に催された披露宴は、一族のほぼ総てが顔を並べる、実に盛大なものだった。何しろ長とその弟の祝言だ、よほどの事がない限り出席しなければ、謀反を疑われても仕方ない。
 並ぶ料理も勿論、贅と粋を凝らした物ばかり。上座に並ぶ新郎新婦の前にもそれは勿論並べられたが、こういった場では手を付ける余裕がないのが常である。
 それでいて、宴の開始を告げるのが花嫁の1人である真影と言うのも、よく考えるとおかしな話だ。もっともそこは長である以上、仕方のない事で。

「皆、今日は良く集まってくれた。ささやかな宴だが、存分に楽しんで欲しい」

 そんな決まり文句と共に、披露宴は始まった。親族席には紫雨と、佐伯家の人々が並んで座り、こういった場には慣れていないだろう3人に、料理の説明をしたり、親族を呼んで紹介したりと、新郎新婦の父と当代の補佐と言う役割に徹している。
 披露宴の主役であるタカラ達ともなれば、その比ではなかった。一族の者が入れ替わり立ち代り、長夫婦への言祝ぎを告げ、酒盃を重ねて一族のますますの繁栄を誉めそやしたり、殊にタカラにはもっともらしく、夫としてますます長を支えて行かれます様云々と相乗していくのである。
 そのたびに謝辞を述べたり、注がれた酒に注ぎ返したり。揺らがず浮かべる笑顔の下、何度も繰り返される代わり映えのない祝辞にいささか飽き飽きとしながら、決してそれを面に出す事なく、さも初めて頂いた金言といった風情で頷き続け。
 そんな風に宴は賑やかに、華々しく進んでいった。幾度も料理が入れ替わり、追加の料理が座に並んで、あちらこちらで酒がなくなり追加の声が絶え間ない。
 宴が終わる頃合になると、空いた大皿が次々と厨に引かれ、座には軽くつまめるものが中心に並び始めた。それから居並ぶ全員の前に、1つずつ置かれたのは紅白饅頭。
 新郎新婦の前にも並べられた、紅白饅頭にタカラ達夫婦と並んで座る、柚李葉が嬉しそうな声を上げた。

「あ‥‥ッ。瀬奈ちゃんのお家のお饅頭?」
「うん。昨日、取りに行ってきたんだ」

 そんな柚李葉の言葉に、羽郁が笑って頷く。今日の祝言の為に、彼が馴染みの茶屋まで足を運んで紅白饅頭を予約して来たというのは、もちろんタカラも知っていた。
 その饅頭は無論、タカラ達の前にも形式として並べられた。けれどもこう言った宴席の常、新郎新婦に料理や紅白饅頭に手をつける余裕があるはずもなく、これらは披露宴の後で改めて、新郎新婦の部屋に届けられることになっている。
 だから一先ずはそのままに、一通りが終わった所でタカラ達は、宴の席を後にした。この後は常の宴と変わらず、帰りたい者は帰り、残りたい者は夜通し酒を飲み交わすのだ。
 けれどもタカラ達にとっては、この夜もまた大切な婚礼の儀式の1つである。夫婦となる男女が初めて床を1つにし、三日の夜を過ごす――いわゆる三日夜餅の儀だ。
 婚礼衣装を解いて、儀式のために用意された白の夜着へと着替える。真影も同じく、自室で礼装を解いた後に、やはり儀式の部屋へと向かう手はずだ。
 秘めやかな、張り詰めたような夜気を感じながら回廊を歩き、辿り着いたタカラの訪れを、御簾越しに女房が抑えた声で部屋の中へと伝えた。それに応える声が返ってきて、御簾がようやく1人、通れる分だけ開けられる。
 身体を滑り込ませると、女房がタカラに深々と頭を下げた。そうしてしゅるりと衣擦れの音を残して入れ替わりに部屋を出て、半蔀を下ろして去って行く。
 月の光も入らぬ、抑えた灯火だけがほのかに照らし出す部屋の中を見回すと、1組の布団に仲良く並べられた2つの枕と、その傍らに用意された披露宴の食事、紅白饅頭が目に入った。そうして、その前に座る真影の姿も――

「お待たせしてしまいましたか、姫」
「‥‥‥」
「――王理?」
「‥‥‥ッ!? タ、タカラ‥‥いつ来たの、声をかけてくれなきゃわからないじゃない」

 声をかけても返事のない真影に、首を傾げて夜着に包まれたほっそりとした肩に触れると、途端弾かれたように大きく身体を揺らした。それから、驚きとも八つ当たりとも付かない言葉を早口に捲くし立てる彼女を、まじまじと見つめる。
 それに、居心地の悪そうに視線を逸らした真影は、「さっさと食べちゃいましょ」と性急に紅白饅頭に手を伸ばし、噛り付いた。が、喉に詰めてしまったらしく、大きく咽て咳をする。
 王理、とそんな彼女を、呼んだ。

「ねぇ、王理。緊張してるの?」
「し‥‥ッ! ‥‥‥してるわよ、何か文句ある?」
「文句なんて」

 ある訳ないじゃないかと、笑うと真影の顔が赤くなって、悔しそうにタカラを睨んできた。けれどもその様子は愛らしく、そうして時折彼女が見せる、甘えを多分に含んだそれだ。
 虚勢と、照れ隠し。タカラと夜を共にする事への期待と、不安。
 そんな眼差しがふと揺らぎ、真影の手がつい、とタカラに伸ばされた。細い指が白い夜着の襟に触れ、そのままきゅッ、と強く握られる。
 多嘉良、と真名を呼ばれた。

「‥‥多嘉良、もうどこにも行かないで‥‥」
「――もちろん。いつだって、僕の居場所は王理の傍だ」

 不安そうに揺れる声に、小さく細い肩をぎゅっと抱き締めて囁くと、それ以上の強さで抱き締め返された。小さく交わした口付けは、重ねるごとに長く、深くなってゆく。
 それは、まるで夢のようなひと時。幾度も夢に見た、けれども確かにこの腕の中に彼女が居て、タカラだけをただ見つめてくれる幸い。
 タカラはいつだって、真影のものだった。けれども真影もまた、タカラのものだった。それを、重ねた肌から、交わす口付けから、絡み合う眼差しから実感する。
 三日夜の最初の夜は、そうして夢のように過ぎて行ったのだった。





 翌日もまた、盛大な宴が催された。といっても今日の宴は、タカラを含めた男達だけの、ある意味では気の置けない宴だ。
 タカラだけではなく、羽郁や紫雨ももちろん、一族の男としてこの宴に参加する。じゃあその間は新婦や一族の女達はといえば、やはり本邸内の別の対の屋で、同じように一族の女だけの宴が催されておリ、そちらに参加しているのだ。
 男だけの宴ともなれば、妻や婚約者、他の女達の厳しい目を気にしなくて良い分、会話の内容もざっくばらんだ。現に、同じく新婚の初夜を過ぎたばかりの羽郁は少なくとも5人の男に、夫婦生活を営む上での注意事項を――主に妻に接する時の注意事項をもっともらしく説かれ、少なくとも10人には柚李葉がどんな娘なのかと聞かれていた。
 とはいえ、タカラに同じような話題を振ってくる者は、さすがに居ない。先代の姫であり、当代の長である真影の事を取り沙汰する事は、たとえ男だけの宴であっても難しい。
 だからタカラは概ね宴の時間を、平素と変わらぬ態度で、羽郁や紫雨とゆっくり会話して過ごした。その様子があまりにいつも通り過ぎると、紫雨が苦笑いを零したくらいだ。

「タカラ殿。私の娘はお気に召しませんでしたか」
「とんでもありません、紫雨様。姫は僕には過ぎた女性です」

 そう言って笑えるのも、紫雨が真影の父だから出来る事だ。ひょいと肩を竦めて見せたタカラに、それ以上の言葉は紡がずただ笑った紫雨が、彼のもう1人の子供の方へと眼差しを向けた。
 酒盃を手に動きを止め、どこか遠い所を見ている羽郁。紫雨の目配せに、タカラも彼の方を見て、小さく微笑んだ。

「羽郁、柚李葉殿がもう恋しいのか?」
「柚李葉姫なら、御主殿にお任せしておけば大丈夫ですよ」
「――父上、義兄上」

 そうして揃ってからかうように言うと、羽郁が恨めしそうな眼差しを向けてくる。これはよほど新妻が恋しいらしいと、それにまた声を立てて笑い。
 ――その翌日は、句倶理が祀る精霊に新たな夫婦となった者が、新たに家族となり句倶理に住まうことを報告し、挨拶して、これからの加護などを祈る儀式だった。精霊、といっても何かカタシロのようなものがあるわけではなく、ただその場に精霊が祀られているとされる神域に拝礼するのだ。
 儀式を執り行うのは、今日も紫雨の役目。まずは長である真影に確認を取った後、さすがは先代とでも言うべき堂々とした様子で、粛々と儀式を進める紫雨の前に、タカラと真影、羽郁達が頭を垂れて精霊に祈りを捧げる。
 これからの、日々。呼吸が途絶え、鼓動が止まるその瞬間まで、最愛の人と共に歩んでいく、未来。
 まだ始まったばかりのその日々が、願わくば幸いに満ちた日々でありますようにと、願う。真影にとっても、もちろんタカラにとっても。
 だから、タカラが出来る事はこれからだって、惜しみなく真影に尽くそう。長という重圧に立ち向かう事を選んだ彼女を、変わらず支え続けよう。
 その為に、この力を手に入れた。その為に――自分は還ってきた。
 ――この儀式が終わればまた宴会が催され、夜になれば三日夜の餅を食べて眠り、明日の朝には真影と単を交換して婚儀は終了する。けれどもそれは、これからずっと続く日々の、ほんの始まりに過ぎない。
 だから――見つめたタカラの眼差しに、応えて真影が周りには解らぬよう、小さく微笑んだ。その、とても幸せそうな笑顔に満たされながら、タカラも微笑みを返したのだった。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ia0490  /    玖堂 真影    / 女  / 20  / 陰陽師
 ia0859  /    玖堂 柚李葉   / 女  / 19  / 巫女
 ia0862  /    玖堂 羽郁    / 男  / 20  / サムライ
 ia8510  /    玖堂 紫雨    / 男  / 25  / 巫女
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート / 男  / 30  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした‥‥

最愛の従妹様との盛大な結婚式、如何でしたでしょうか。
前世からの巡り合わせ、もここに結実となるのでしょうか‥‥何やら感慨深いですね(笑
従妹様との絡みも、こんな感じになりましたが――お、お任せ頂いただけの信頼には、応えられてますでしょうか;

息子さんのイメージ通りの、未来へ続く新たな始まりとなる特別な日々のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
鈴蘭のハッピーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月29日

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