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『精霊に捧ぐ言祝ぎの。〜渡世なる君へ 』
玖堂 真影(ia0490)

 星見櫓から見上げる夜空には、春から夏へと移り行く星が数多に輝いている。その名の通り、空を見上げ、星を詠むための櫓の視界を遮るものは、句倶理には存在しない。
 吹き抜ける風は涼やかで、まだほんの少しだけ春の肌寒さを孕んでいた。とはいえ、長となるべく長老達に『やらされた』修行の数々を思えば、この程度は何と言う事もない。
 だから夜風に上衣を弄ばれるままにさせておく玖堂 真影(ia0490)の傍らで、弟の玖堂 羽郁(ia0862)が同じく羽織った上衣を掻き合わせた気配が合った。羽郁には、この夜気は少しばかり、冷たく感じるのかもしれない。
 そんな事を考えながら、真影は里へと向けていた視線を羽郁へと戻した。そうして姉弟2人で居ると、何だかくすぐったい心地がして、知らずくすくすと肩を揺らす。

「とうとう明日ね。――生まれた時からずっと一緒だったのに、何だか、まだ信じられない」
「これからだって、そんなに変わんないよ。俺の対は王理だけだ」

 感慨を込めた真影の言葉に、羽郁がひょいと肩を竦めた。それはある意味で嘘かも知れないが、ある意味では紛れもない真実だ。
 ――明日、真影と羽郁はそれぞれの想う相手と、婚儀を挙げる。真影は、従兄であり側近であり、婚約者であるタカラ・ルフェルバート(ib3236)と。羽郁は、やはり最愛の婚約者である佐伯 柚李葉(ia0859)と。
 その前は、2人の間にある絆が全てだった。だが、愛しい相手が出来てその絆が変わったのかと言えば、それが揺らいだり薄れたりする事はなく――と言って、例えば真影にとってのタカラが、真影にとっての羽郁に劣るのかと言えば、そんな事は決してなく。
 それぞれがそれぞれに、別々の意味で一番、誰よりも大事。それは矛盾しているようで、何より確かな真実。
 そんな、言葉に紡がれない思いを載せた眼差しを受けて、そうね、と真影は頷いた。羽郁が真影と気持ちを同じくして居る事は、疑う必要すらない。
 幼い頃から、ただ双子という以上に絆が深く、文字通りの一対だった自分達。物心付いた時からずっと、彼女達は感情も感覚も共有していた。
 だから互いに見詰め合った、真影はふと思い出して「そう言えば」と呟いた。

「不思議な話があるのよ。タカラに調べさせたんだけどね」
「タカラに?」

 そうして言った真影に、羽郁がひょいと首を傾げる。それにうんと頷いて、真影は夜風に遊ぶ髪を押さえながら、あのね、と言葉を紡ぎ出し。
 ――かつて。強固な血と絆で結ばれた句倶理一族の、一番最初に長に立ったのは黄金の髪に緋蒼の瞳を持つ、麗しき姫だった。彼女は姫長と人々から崇められ、一族を導いていたのだという。
 その傍らに常に在ったのは、従者たる黒髪の青年。2人は非常に仲睦まじかったのだが、ある日、かの青年が実はアヤカシだと判明し、事態は一変した。
 従者は、姫長の命を盾に神域に追放され、瘴気に還り。残された姫長もまた、魂を二つに裂かれる呪を受けたという。
 それは恐らく、何も知らないものが聞けば、ただの荒唐無稽な御伽話に感じられただろう。けれども幼い頃から羽郁と対であった真影には、タカラから聞いた瞬間、それが真実だと魂で感じられた。
 羽郁もそれは、同じだったらしい。それを確信して、真影は羽郁を真っ直ぐに見つめて、影真、と呼んだ――羽郁が彼女を王理と呼ぶように、この場に互い以外は存在しないからこその、真名で。

「不思議でしょ? ――あたし達はきっと、『彼女』だったんだわ」
「ああ、俺もそう思う。きっと、俺と王理は1つだったんだな」

 頷き合って双子は顔を寄せ、身を寄せて、かつて1つであった頃を思い出そうとするかのように、星空の下で瞳を閉じた。そうしていると尚更に、対である互いの存在が、境界すらあやふやに感じられる。
 そっと、真影は囁いた。

「全て定まっているって‥‥不思議ね」
「でも――俺は2つに分かれたお陰で、柚李葉と結ばれるんだな‥‥」

 真影の言葉に、羽郁が噛み締めるようにしみじみと呟く。その幸いを思って真影も、そうよ、と頷いた。
 真影と羽郁が1つのままであったとしても、今と同じ様に、柚李葉と大親友になれただろう。けれども1つのままであったなら、柚李葉が自分の義妹になる事は永遠になかった。
 例え義妹であろうとも、親友であろうとも、真影が柚李葉を大好きな事に変わりはない。だが家族としてこれから共に在れるのは、それとはまた異なる幸せだ。
 だから、2つに分かれてしまった事は悲しいけれども、嬉しい。そんな気持ちを噛み締めた真影は、同じような矛盾した気持ちを抱えているであろう羽郁を、ぎゅっと抱き締めた。
 とうとう明日ね、とまた呟く。うん、と答えが返る。
 明日。――彼女達の歩んできた世界が、新たに彩られる。





 祝言の当日は、よく晴れた青空だった。暑くもなく、寒くもない、祝言には絶好の日和。
 とはいえ真影はと言えば、その日和を楽しむ余裕すらなく朝から忙しく動き回っていた。主役であると同時に長でもある真影のやるべき事は、恐らく一般的に見られる新婦のそれより遥かに多い。
 まずは祝言の手配について、タカラを含めた家臣達からの報告を受け、頷いたり、裁可を求められて指示を出したりする。新郎新婦の衣装は恙なく調っているか、従者達の手配に手抜かりはないか、宴の準備に問題はないか、祝言の儀式の準備は進んでいるか――
 何しろ今日の、否、今日からの祝言は句倶里の長とその弟の物なのだ。どれ1つを取っても手抜きなど許されないし、手落ちなど持っての他だから、祝言が近づくにつれて誰もがぴりぴりと、神経を張り詰めながら準備に臨んでいて。
 それらを、タカラや真影の側近達がそれぞれ宛がわれた部分を確認し、報告してくる。そういう意味では報告を行ってくるタカラもまた、世間一般の新郎に比べれば非常にやることの多い祝言当日だ。
 とはいえ真影もタカラも、己の立場ではそれが当たり前なのだと、心得ているからこそ不満など思い付きもしない。ただ己の果たすべき役割を果たすべく、慌しく準備をし、確認されるのに頷いて、本邸内を駆け回る。
 それが終わると今度は、新郎新婦としての支度が真影とタカラを待っていた。祝言そのものが豪華なら、もちろんそれに臨む真影達とて、同じぐらいに念入りに、句倶里の長として、その花婿として遜色ないように整えなければならない。
 だから女房達に手伝わせ、清めた身体に句倶理伝統の、白と紅を基調とした、薄物を幾重にも重ねてふわりと広がる花嫁衣裳を纏う。。丁寧に香油を刷り込んで梳った頭に乗せるのは、金と紅玉で彩られた額冠。
 身支度を整えている間にも、裁可を求める者が幾度も真影の元を訪れた。それは準備が整って、祝言の始まりである花嫁行列のために句倶里の里の入口へと移動しなければならない刻限になっても、変わらない。
 その度に指示を出して、何とか遅れず入口へと辿り着くと、そこにはすでに揃いのお仕着せを着た従者達が、花嫁行列をなす為に集まっていた。お仕着せ、と言っても祝言に相応しく、上等の絹で仕立てた衣に、精緻な刺繍を施したものだ。
 花嫁行列と言っても、真影が乗る為の輿が1台用意されているだけで、嫁入り道具の類はない。けれども代わりに飾串などがふんだんに用意されているから、見劣りがするという事はない。
 そこには先にタカラが姿を見せていて、手順やら何やらを色々、確認して居たようだった。真影と同じく句倶里伝統の、銀糸で句倶里の家紋を刺繍した白基調の狩衣を纏い、タカラの瞳と同じ紫水晶を散りばめた銀の額冠を乗せる彼は、何処から見ても立派な花婿だ。
 それに、何とはなしに満足して真影は足早に、彼らの方へ歩み寄った。長の登場に動きを止め、頭を垂れる人々に「良い」と手を振って、己が乗る輿へ近付く。
 確認が終わったのだろう、真影の後からタカラが歩み寄ってきた。そうしてすっと差し伸べられた手を借り、輿へと上がる真影へと報告して来る。

「姫。お練りの準備は滞りなく」
「ご苦労。羽郁達はまだ?」
「まだお見えではないようですが‥‥」

 真影の問いに、答えながらタカラが門へと視線を巡らせた。羽郁は、花嫁の到着を門前で待っているのだ。
 だが、丁度その時に門を潜り抜けてくる行列が、同じく門へと視線を巡らせた真影の目に留まった。噂をすれば何とやら、もう1つの花嫁行列が姿を現して、ゆっくりとこちらに近付いて来るのだ。
 羽郁が寄り添って歩く、御簾の上がった輿から見えるのは、真っ白な練絹に、絹糸で鶴や桜、梅、四季の花々の刺繍を入れた、赤ふきの白無垢。頭に被った綿帽子の下には、柚李葉の緊張した顔が覗いている。
 そんな彼女と目が合って、嬉しくなって真影は「柚李葉ちゃんと呟き、眼差しだけで微笑んだ。長という立場上、周りの目もあるから笑顔を浮かべる事は出来ないが、気持ちだけなら彼女の元に飛んで行って、柚李葉ちゃん綺麗、と抱き付いている。
 そんな柚李葉の花嫁行列も、もちろん真影の物とは比べ物にならないにせよ、豪華なものだった。輿が4台に、長持や箪笥、その他の嫁入り道具。さらには道中の世話をする者達などが連なるのだから、なかなかの見応えだ。
 そういう意味でも安堵して、真影は輿の上から傍らに控えるタカラに指示を出した。

「タカラ。あちらも揃ったようだし、そろそろ出立の合図を出しなさい。里の者をあまり待たせる訳にはいかない」
「畏まりました、御主殿」

 それにタカラが頷いて、傍に控えていた従者に真影の言葉を繰り返す。そうして出立の合図を出させると、それに合わせて2つの花嫁行列がゆっくりと動き出した。
 先頭が、真影達の花嫁行列。その後に静々と従うのが、柚李葉達の花嫁行列。
 里ではすでに、里人が多く姿を見せていて、花嫁行列を1目でも見ようと、今か今かと待ち構えていた。そんな中をしずしずと、特定の歩調で花嫁行列が進んでくると、口々に歓声が上がる。

「長様、おめでとうございます!」
「一ノ姫、二ノ君、おめでとうございます!」
「タカラ様!」
「柚李葉姫!」

 歓声は新郎新婦の誰もに惜しみなく、暖かな祝福の眼差しがそこかしこから注がれていた。輿の上の2人の花嫁に、そうしてその輿の傍らを歩く2人の花婿に。
 初めて見る光景ではないが、自分が主役となると感慨深いものだと、思う。思い、輿の傍を歩く愛しい人を見下ろしたら、見上げてくる紫の瞳とぶつかった。
 愛してると、眼差しだけで呟く。この胸に満ちる想いが彼に伝わればと、祈るように見つめた眼差しに、解ってる、というような色が返ってくる。
 けれども長とその側近という立場上、ずっとそうして居るわけにも行かなかった。否、むしろ真影とタカラがそうして見つめあったのはその時だけで、後は長として、里人達の祝福の声に応えながら里中を練り歩く。
 生まれ育った、愛する故郷。彼女が守るべき、守るのだと決めた、大切な民。
 彼らの沢山の祝福に応えようと、思いながら里人達に手を振って、花嫁行列は本邸へと到着した。最後の1人が敷地の中に辿り着くと同時に屋敷の門が閉められて、里人達の祝福の声が遠くなる。
 ひとまずここで、婚儀の一番最初の一歩が終わりだった。この次の祭事神殿での婚儀まで、それぞれに休息を取ったり、次へ向けての準備をしなければならない。
 真影ももちろんその例外ではなく、身なりを整えたり儀式の手順をさらったり、その後の宴の準備の確認をしたりと、やるべき事は幾つもあった。とはいえ、輿から下りるや否や、忙しく女房や家臣に囲まれてしまうと、些かうんざりした気持ちにもなる。

「長、こちらでしばしお休みを――」
「御髪を整え直しましょう、長」
「宴のご挨拶ですが――」
「急遽、出席出来ないと連絡がございまして――」
「解ったわ。解ったから、1つずつ順番に言いなさい」

 そんなに一気に言われたってあたしは1人しか居ないのよ、と胸の中だけで毒吐いて、真影は彼らを引き連れ――どちらかと言えば逃げない様に拘束されてる気もしたが――自室へと歩き始めた。「それでは姫、後ほど」というタカラの声が、後ろから聞こえたのに振り返らず手を挙げて。





 目まぐるしく裁可を終え、慌しく休息を取り、髪と衣を調えると、真影はすぐさま祭事神殿へと向かった。祝言の儀式に当たってもまた、色々と長として差配しなければならない事があったからだ。
 今日の儀式は、父の玖堂 紫雨(ia8510)が執り行う。本来なら神殿での儀式はすべて、真影が長として行うべきものなのだけれども、自分で自分の祝言を進められる訳もない。
 それに何より、真影はまだ長として十分に経験を積んだとは言えなかった。勿論、学ぶべき事はすべて学んだし、長として儀式を取り仕切ったことももう、何度かあるけれども、やはり真影達が生まれる前から長として君臨していた紫雨には、遥かに及ばない。
 だから。長としての差配をしつつ、紫雨の動きを観察したい、という気持ちも、ある――紫雨は真影にとって優しく、自分を可愛がってくれる父ではあるが、同時に今なおその影を乗り越えなければならない偉大な先代でも、あるから。
 教えは、請いたくない。請えば「御主殿の仰せのままに」と教授してくれるだろうが、後でどんな嫌みを言われるか知れない。
 故にじっと動きを見る、真影に紫雨が苦笑した。他の者達の手前、真影の家臣という立場は崩さないが、やんわりと諌言を向けられる。

「御主殿。それほどお見詰めになられて、御自身のご準備は恙無くお済みですか?」
「紫雨に案じられるまでもないわ。良いから続けて」

 父と2人きりだったならば、唇を尖らせていたに違いない拗ねた気持ちで、真影は紫雨にそう言い返した。それに眼差しだけで微笑んで、仰せのままに、と紫雨はまた儀式の手順を確認し始める。
 そうしてしばらく紫雨の動きを見学した後、頃合いを見計らって「後は任せた」と家臣達に告げ、祝言の儀の間を後にした。そろそろ参列者を中に入れて、真影達新郎新婦は外で待機して居なければならない時間だ。
 1度、本邸に戻ってもう一度身支度を整え直し、今度は従者に案内させて、足早に祭事神殿へと戻る。と、そこに先程はなかった人影を見つけ、あら、と首を傾げた。

「羽郁。柚李葉ちゃん達はまだ?」
「ええ、姉上。もう少しかかるみたいです」

 先導してきた従者の手前だろう、改まった口調で頷いた羽郁に、そう、と真影は唇を尖らせた。せっかくだからこの時間に、ちょっとでも柚李葉とお喋りしたかったのに、と思う。
 何しろせっかく大好きな親友が近くに居るというのに、未だに真影は一言だって口を聞いていないのだ。それなのに羽郁ときたら柚李葉ちゃんを独り占めして、と不機嫌な気持ちが些かズレた方向に進む。
 とは言え、それを羽郁にぶつけるのもまた、違う話だというのも判っていて。けれども気の置けない半身だからこそ、遠慮なく当たり散らしたい気持ちも、あって。
 そんな事や、他の他愛のない話、羽郁が佐伯の養母と話したことなどを話して居るうちに、控えていた従者が柚李葉とタカラの到着を告げた。途中で一緒にでもなったのだろうか、並んで歩んできた2人は何か話して居る様子だったが、羽郁と真影に気付くと揃って軽く会釈する。
 ぱたぱたと草履を鳴らし、柚李葉が近付いてくる。

「羽郁、真影さん。お待たせしちゃってごめんなさい」
「ううん。柚李葉ちゃん、タカラと一緒だったの?」

 そんな柚李葉に首を振りながら、ずるい、という意味を込めてタカラに眼差しを向けた。羽郁はまだ許しても良いにしても、タカラまで真影より先に彼女と話してるなんて、どういう事だろう。
 真影の眼差しに、タカラが柔らかく苦笑した。

「偶然お会いしたんですよ。柚李葉姫、楽しい時間をありがとうございました」
「いえ‥‥あの、色々なお話を聞けて、楽しかったです」
「そっか。タカラ、ありがとな」
「とんでもありません」

 そうして柚李葉に頭を下げるタカラと、ぱたぱた手を振る柚李葉を見て、なるほど、と真影は理解する。緊張していた柚李葉の為に、あえて彼女と共に歩きながらお喋りをして、その緊張を解きほぐしたらしい。
 さすがタカラ、と先ほどの不機嫌などどこかに飛んで行ってしまい、真影は満足に頷いた。タカラがそんな真影にまた微笑み、そっと頭を下げて傍らに寄り添う。
 少しそのまま待っていると、羽郁が柚李葉の手を引いて真影達の方に近付いてきた。そうして4人が揃ったのを確認して、祝言の儀の間の扉の傍に控えていた開閉係に、もう良いかと了承を求められる。
 頷くと、従者は朗々と新郎新婦の到着と入場を告げた。祝言の間の重々しい扉が、ゆっくりと開かれ、同時に奏者達が雅楽の音を奏で出す中を、タカラと並んで静々と歩き出す。
 正面には祭壇があり、その前には今日の祭事を司る紫雨が、高く髪を結い上げて真影のそれとは異なる装飾の金の額冠を着け、銀糸で句倶里の家紋が刺繍された純白の狩衣という改まった姿で、新郎新婦を待っていた。両脇には句倶理の一族と、それから佐伯家の人々が並んで、新郎新婦の入場を今か、今かと待っていて。
 そんな人々の視線の中を、まずは真影とタカラが、その後から羽郁と柚李葉が、2人並んで静々と祭壇へ歩みを進める。進めながら周りを眼差しだけで観察し、紫雨の動きを見るべく正面へと視線を戻した真影は、ふと僅かに眉を寄せた。
 紫雨が、目を細めているような気が、する。それなりに距離もあるのだから錯覚かと思ったものの、そうではない、と確信した。
 確かに父は、羽郁と真影を見て目を細めている。それはどこか誇らしげにも、感慨深げにも見えて、ああ、と真影は小さな息を吐いた。
 色々と規格外の父ではあるが、紫雨は真影達の愛する父だった。そんな父が、自分達の晴れ姿を喜んでくれている事が嬉しくて――そんな父に、こうして祝言を見せる事が出来て嬉しくて。
 知らず、誇らしげに床を踏み締め父の前へと歩んでいった真影は、タカラと揃って少し左脇に並んだ。羽郁達がその隣、右側に並んで立って、慎ましやかに眼差しを伏せると、それを待っていた紫雨が、粛々とした声で儀式の始まりを告げる。
 朗々とした声が、句倶里の民に今日新たな夫婦が誕生した事を報告し、祝い、加護を願う祝詞を読み上げた。そうして参列者に身振りで合図をするのに、合わせて全員で祭壇に向かい一礼する。
 それが終わると紫雨が真影達に向き直り、厳かに口を開いた。まずは真影とタカラへ、この婚姻に異存はないか、了承するかと問いかける。

「今日この日より、お前達は夫婦となる。双方、それに異存はないか?」
「ありません」
「ありません」

 さすがに僅かな緊張を覚えながら、力強く言い切った真影の言葉に、誇らしげに響くタカラの言葉が重なった。それに頷いた紫雨が、次は羽郁と柚李葉に同じ事を聞く。
 全員が頷き終えると、す、と紫雨が手を上げた。それに合わせて巫女姿の娘達が音もなく現れて、新郎新婦と参列者の前に置かれた杯に、誓いの酒を注いで回る。
 とくとくと丹塗りの杯に注がれる、透明に揺れる誓酒。これを飲み干せば、誓いの儀式は完了だ。
 ――すべてが滞りなく終了すると、祭壇から下りた紫雨が真影の前に進み出て、すッ、と音もなく跪いた。

「御主殿。これにて祝言の儀は、滞りなく終わりましてございます」
「大儀であった、紫雨」

 それに鷹揚に頷いて、真影は紫雨に声をかける。それから頭を巡らせて、参列した家臣達へと眼差しを向けた。

「皆の者も、大儀であった。今後とも私を支えて欲しい」
「御主殿のお言葉のままに」

 長としての威厳を込め、頭は垂れぬながらに紡いだ真影の謝辞に、応じてタカラはすっと腰を折った。タカラだけではない、羽郁も――柚李葉や佐伯家の人々以外、その場に居並ぶすべてが真影に頭を垂れる。
 それら1人1人を、真影は誇り高く頭を上げたまま見回した。そうして皆が頭を上げ、次の披露の宴へと動き始めるのを、頼もしく見送ったのだった。





 その夜に催された披露宴は、一族のほぼ総てが顔を並べる、実に盛大なものだった。何しろ長とその弟の祝言だ、よほどの事がない限り出席しなければ、謀反を疑われても仕方ない。
 並ぶ料理も勿論、贅と粋を凝らした物ばかり。上座に並ぶ新郎新婦の前にもそれは勿論並べられたが、こういった場では手を付ける余裕がないのが常である。
 それでいて、宴の開始を告げるのが花嫁の1人である真影と言うのも、よく考えるとおかしな話だ。もっともそこは長である以上、仕方のない事で。

「皆、今日は良く集まってくれた。ささやかな宴だが、存分に楽しんで欲しい」

 そんな決まり文句と共に、披露宴は始まった。親族席には紫雨と、佐伯家の人々が並んで座り、こういった場には慣れていないだろう3人に、料理の説明をしたり、親族を呼んで紹介したりと、新郎新婦の父と当代の補佐と言う役割に徹している。
 披露宴の主役である真影達ともなれば、その比ではなかった。一族の者が入れ替わり立ち代り、長夫婦への言祝ぎを告げ、酒盃を重ねて一族のますますの繁栄を誉めそやしたり、長におかれましては1日も早く和子が授かられ一族が安泰致しますように、などという、言祝いでいるのだかさっさと引退しろと言われているのだか、良く解らない奏上をしていくのだ。
 そのたびに謝辞を述べたり、注がれた酒に注ぎ返したり。揺らがず浮かべる笑顔の下、何度も繰り返される代わり映えのない祝辞や、件の遠回しな嫌味(?)にいささか飽き飽きとしながら、決してそれを面に出す事なく頷き続け。
 そんな風に宴は賑やかに、華々しく進んでいった。幾度も料理が入れ替わり、追加の料理が座に並んで、あちらこちらで酒がなくなり追加の声が絶え間ない。
 宴が終わる頃合になると、空いた大皿が次々と厨に引かれ、座には軽くつまめるものが中心に並び始めた。それから居並ぶ全員の前に、1つずつ置かれたのは紅白饅頭。
 新郎新婦の前にも並べられた、紅白饅頭に真影達夫婦と並んで座る、柚李葉が嬉しそうな声を上げた。

「あ‥‥ッ。瀬奈ちゃんのお家のお饅頭?」
「うん。昨日、取りに行ってきたんだ」

 そんな柚李葉の言葉に、羽郁が笑って誇らしげに頷く。今日の祝言の為に、弟が馴染みの茶屋まで足を運んで紅白饅頭を予約して来たというのは、もちろん真影も知っていた。
 その饅頭は無論、真影達の前にも形式として並べられた。けれどもこう言った宴席の常、新郎新婦に料理や紅白饅頭に手をつける余裕があるはずもなく、これらは披露宴の後で改めて、新郎新婦の部屋に届けられることになっている。
 だから一先ずはそのままに、一通りが終わった所で真影達は、宴の席を後にした。この後は常の宴と変わらず、帰りたい者は帰り、残りたい者は夜通し酒を飲み交わすのだ。
 けれども真影達にとっては、この夜もまた大切な婚礼の儀式の1つである。夫婦となる男女が初めて床を1つにし、三日の夜を過ごす――いわゆる三日夜餅の儀だ。
 婚礼衣装を解いて、儀式のために用意された白の夜着へと着替えると、いよいよ、という気持ちが胸に湧き上がってくる。タカラも同じく、自室で礼装を解いた後に、やはり儀式の部屋へと向かう手はずだ。
 女房に先導させ、秘めやかな、張り詰めたような夜気を感じながら回廊を歩き、辿り着いた真影は全力で緊張を悟られないように、ふうん、と気のない素振りで呟きながら1組の布団に仲良く並べられた2つの枕と、その傍らに用意された披露宴の食事、紅白饅頭の前に腰を下ろした。部屋の隅に、タカラの訪れに備えて先導の女房がそのまま残ったのに、出来れば出て行ってくれないだろうかと思い、まさかそんな事を言うわけにもいかない、と葛藤する。
 一体誰が、花嫁の方が花婿より先に閨で待っていなけれならない、なんて決めたのだろうと八つ当たり気味に考えた。今は半蔀も上がっていて辛うじて月明かりがあるものの、いかにもと言った風情で抑えた灯火もよろしくない。もっとこう、堂々と明るくするべきじゃないのだろうか。
 おまけに夜着姿である。三日夜餅の儀、というのはそもそもそういうものなのだし、晴れて祝言を終えて夫婦になった以上おかしい事は何もないが、それにしたってもうちょっと、考えられなかったのだろうか。
 そんな事をイライラと、緊張を紛らわせる為に全力で考えて居たら、ふいに肩を掴まれた。

「――王理?」
「‥‥‥ッ!?」

 そうして名を呼ばれた声は、待っていたはずのタカラのもの。びくっと自分でもびっくりするぐらい大きく肩を揺らして、見るといつの間にか目の前に、同じぐらい驚いた顔のタカラが居る。
 何が起こったのか、わからなかった。真名を呼ばれたのにまさかと思い、素早く視線を走らせると、いつの間にか半蔀が下げられていて、控えていた女房達も消えている。

「タ、タカラ‥‥いつ来たの、声をかけてくれなきゃわからないじゃない」

 明らかな自分の失態に、殆ど八つ当たりで早口に捲くし立てると、タカラがまじまじと見つめてきた。その眼差しがまた居心地悪く、う、とタカラから視線を逸らす。
 とにかく、落ち着かなければならなかった。何かの救いを求めるように巡らせた、視界にたまたま羽郁が手配した紅白饅頭が飛び込んでくる。
 これだ、といささか性急に、紅白饅頭に手を伸ばした。

「さ‥‥さっさと食べちゃいましょ。‥‥‥ッ、ゴホッ!」

 だが、慌てて噛り付いた饅頭が喉につまってしまい、大きく咽て咳をする。ゲホゴホと、何度も大きく咳をしていたら、タカラが『王理』と呼んだ。
 その――ぞくりと背筋が震えるような、蠱惑的な声色。

「ねぇ、王理。緊張してるの?」
「し‥‥ッ! ‥‥‥してるわよ、何か文句ある?」

 その声に、噛み付くように真影は自棄になってそう言った。ただでさえ初めての夜なのだし、おまけにいつもは2人きりの時だって敬語を崩さないタカラに、そんな風に接されるとまったく調子が狂ってしまって。
 この人が自分の夫なのだと、何だか強く思う。――これから、真影はタカラのものになる。
 そんな真影にタカラが小さく、でもいつもとは違う調子で、文句なんてあるわけないじゃないかと笑う。それに、自分でも解るくらい顔を真っ赤にした真影は、けれどもふと胸に過ぎった不安に眼差しを揺らした。
 幼い頃、ずっとタカラは一緒に居るのだと思っていたのだ。けれどもタカラは真影の前から姿を消し、一体どこでどうしているのか、まったく消息が掴めなくなった。
 それを、不意に思い出す。思い出したら不安で仕方なくなって、知らず真影は手を伸ばし、タカラの白い夜着の襟をきゅッ、と強く握った。
 多嘉良、と真名を呼ぶ。それは多分に、甘えの色を含んでいる。

「‥‥多嘉良、もうどこにも行かないで‥‥」
「――もちろん。いつだって、僕の居場所は王理の傍だ」

 そうして願った言葉に、タカラは真影を強く抱き締めて応えた。それに、縋るようにタカラを強く抱き返して、小さく交わした口付けは、重ねるごとに長く、深くなってゆく。
 三日夜の最初の夜は、そうして夢のように過ぎて行ったのだった。





 翌日もまた、盛大な宴が催された。といっても今日の宴は、真影を含めた女達だけの、ある意味では気の置けない宴だ。
 真影だけではなく、柚李葉も同じ宴に参加する。じゃあその間はタカラや一族の男達はどうしているのかといえば、やはり本邸内の別の対の屋で、同じように男だけの宴が催されておリ、そちらに参加しているのだ。
 女だけの宴ともなれば、夫や婚約者、他の男達の厳しい目を気にしなくて良い分、会話の内容もざっくばらんだ。夫への不満や独身の男達の品評会、誰が誰を好きだの嫌いだの、盛り上がる話題も多岐に渡っていて。
 そんな宴に並ぶ料理は、昨日とは違って多分に女性好みのもの。菓子もふんだんに並べられ、酒だけではなく絞った果汁やお茶なども振舞われる。
 真影の前にもそれらは振舞われ、昨日よりは多少遠慮なく、けれどもやはり長として敬われながら、新妻としての心得を色々と聞かされた。真影が一般的な人妻になるとは、勿論彼女達だって思っては居ないだろうが、『だからこそ』と考える者も居るようで。
 それを聞き流しながら、真影の意識は傍らの柚李葉へと向いている。宴が始まる前も緊張して、不安そうな顔をしていた柚李葉に、真影は力強く請合ったのだ。

『あたしがずっと、柚李葉ちゃんの傍に居るから。変な事はさせないわ』

 同じ事は、弟の羽郁にも言ってあった。柚李葉ちゃんの事はあたしに任せなさい、と胸を張った真影は例えるならば、ジルベリアの守護騎士のような気持ちで、傍らから柚李葉を支え、見守って。
 ――その翌日は、句倶理が祀る精霊に新たな夫婦となった者が、新たに家族となり句倶理に住まうことを報告し、挨拶して、これからの加護などを祈る儀式だった。精霊、といっても何かカタシロのようなものがあるわけではなく、ただその場に精霊が祀られているとされる神域に拝礼するのだ。
 儀式を執り行うのは、今日も紫雨の役目。まずは長である真影に確認を取った後、さすがは先代とでも言うべき堂々とした様子で、粛々と儀式を進める紫雨の前に、タカラと真影、羽郁達が頭を垂れて精霊に祈りを捧げる。
 これからの、日々。呼吸が途絶え、鼓動が止まるその瞬間まで、最愛の人と共に歩んでいく、未来。
 まだ始まったばかりのその日々が、願わくば永遠に続きますようにと、願う。遥かな時を越え、運命を手繰り寄せて結ばれた彼と、飽き飽きするほどの永遠を共に歩んで行けますように。
 その道程は、決して平坦ではない。妻である前に長である身には、きっとこれからだってたくさんの出来事が降りかかる。
 それでもきっと、タカラが傍で支えてくれるなら、頭を上げて歩んでいけるはずだから。
 ――この儀式が終わればまた宴会が催され、夜になれば三日夜の餅を食べて眠り、明日の朝にはタカラと単を交換して婚儀は終了する。けれどもそれは、これからずっと続く日々の、ほんの始まりに過ぎない。
 だから――とても幸せそうに見つめてきたタカラに、応えて真影は周りには解らぬよう、小さく微笑んだ。そうして、タカラが微笑み返してくれるのを、幸せに見つめたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /     PC名     / 性別 / 年齢 /  職業  】
 ia0490  /    玖堂 真影    / 女  / 20  / 陰陽師
 ia0859  /    玖堂 柚李葉   / 女  / 19  / 巫女
 ia0862  /    玖堂 羽郁    / 男  / 20  / サムライ
 ia8510  /    玖堂 紫雨    / 男  / 25  / 巫女
 ib3236  / タカラ・ルフェルバート / 男  / 30  / 陰陽師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
お届けが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした‥‥

最愛の従兄様との盛大な結婚式、如何でしたでしょうか。
大人な雰囲気、という事で精一杯努めさせて頂きましたが、あまり大人っぽくならなかった気がしてなりません‥‥(((
ちなみに紅白饅頭は結局、こんな感じになりました。
多分、色んな冒険があったのだろうと思います(何

お嬢様のイメージ通りの、未来へ続く新たな始まりとなる特別な日々のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
鈴蘭のハッピーノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年07月29日

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