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『星降る夜に、降りそそぐ 』
七ツ狩 ヨルjb2630


「何事も経験やで」
 そう言ったのは、蛇蝎神 黒龍だった。


 深夜から走り通しの長距離トラックが、整備されていない道路へと入る。
「……空、綺麗だね」
 荷台から顔を出し、七ツ狩 ヨルは黎明の空に目を細める。温度を上げる前の風が頬をなぶる。
 朝と呼ぶには早すぎる時間だが、夏の日の出は早い。ここから、一気に太陽が昇ってくる。
 濃紺からのグラデーションを、息を潜めて見守った。

 かつて見惚れた、人界の空の色。

 見るたびに見るたびに微かに色味は違う不思議。
「この辺りまで来ると、電線もほとんどあらへんしなぁ」
 あくびを噛み殺す黒龍の視線の先には、ヨルの横顔。
 動きの薄い表情が、好奇に輝いていることを、黒龍ならわかる。それだけの付き合いは重ねてきたつもりだ。
 電車やバス。今の時代ならどんな手段でも移動ができる。
 自分たちには翼だってある。
 けれど、それはしないで。
 『人間』達のペース、生活、営み、そういった経験を――愛すべき、語り継ぐべき物語を間近で――ヨルにも体感してほしい。
 全身で、様々なことを吸収してほしい。
 そう、黒龍は願っていた。
「うん…… ヒッチハイク、って 体はガタガタするし、寒いけど……。面白いね、黒」
「いやいやヨル君、そこやないで、まだ本題には突入してへんで。喜んでもらえとったら越したことないけど」

 このトラックが、荷物を届ける先。
 小さな村での『一日農家体験』が、二人を待っている。




 ――遠いところから、よく来たね。
 きっと、そんな感じのことを言われたのだろう。
 訛りがキツイ上に早口でまくし立てられて、ニュアンスだけで判断したけれど。
 ――朝の収穫は終わったから、朝食の後、畑の世話をやろう。
 きっと、そんな感じのことを、言っている。
(……たぶん)
 そうなのだろうと想像しつつ、農村の女性たち特有の『押しの強さ』に、朝からネジ一つ飛んでいるテンションの高さに、ヨルは面喰っていた。
 気圧されるヨル、というのも珍しい姿。
 黒龍は彼の背に手を回し、一宿一飯を世話になる家主へと頭を下げた。




 色味の濃い青空の下、ホースから盛大に水が噴射する。
 強い日差しに反射して、それは七色に輝いた。
「綺麗……」
 水を通して映る空。水に映る大地。見たことのない景色にヨルが意識を奪われていると、遠くの畑から主の声が飛んでくる。
 水は、均等に撒かないと。
 叱咤するようなものではなく、子を見守る親のような、温かみが含まれていることにヨルは気づかないまま、コクリと頷き教えられた動きを思い出す。
(この実が……赤くなると、朝ご飯の…… トマト)
 自ら動くことはなく。
 言葉を発することはなく。
 それでも、この広大な畑に根を張る植物たちは『生きている』のだという。
 人は植物を育て、愛情を注ぎ、そして収穫して『いただく』のだという。

 天魔が、人間から魂や精神を搾取し力に変えること。
 結界を張って囲み、土地から逃げ出せないようにして、ゆっくりゆっくり吸い上げる。
 過程は似ているようで、けれど結果は違うようにも思う。
(なんだろう?)
 流れる汗を首にかけたタオルで拭い、軽く首を振って、もう一度青いトマトの実を見詰める。
「種が、残るんよなあ、植物は」
「たね」
 熱射病になっていないか気にかけた黒龍が、ヨルの背後まで寄っていた。 
 悪魔同士、考えていることはなんとなくわかる。
 黒龍の方が人界に降りて長いゆえ、尚のこと。
「水撒き終わったら、あっちで芋堀やて、ヨル君。ごっつうおもろいで」
 小さな芋は『種芋』として、次の畑へと残しておく。
 実りは、全て『いただく』わけではないのだという。


 命は巡る。
 空から降る恵みの雨と豊かな大地でに根を張り植物は育ち、その命を動物が食し、動物はやがて大地へ還る。
 食べるということの連鎖。
 命の連鎖。
 そこに込められた、深い深い慈愛と感謝。

 ――というようなことを、畑の主がキツイ訛りで教えてくれた。
(人間と……悪魔は……違う)
 当たり前のことだ。当たり前のことだ。悪魔が、この連鎖に入ることは適わない。
 けど、大地に触れること。水に触れること。風を感じること。陽の光を浴びること。
 そこから生まれる感情は、同じ種類であると……考えても、いいのだろうか。
 よくわからない。
 土の香りが、ヨルの鼻先をくすぐる。
 いつも時間があれば空を見上げていたから、大地がこんなにも豊かなものだとは気付かなかった。
 大切に世話をされている畑だからだろうか。
 みずみずしく、生命の力に溢れている。
 手を差し入れると、ふわりと柔らかく、コロコロとジャガイモが出てくる。
 泥だらけのそれを、指先で拭う。店で見かけるような、なるほどジャガイモだ。
「黒…… なんか、すごいね」
 うまく言葉にできないけれど。
「でっかいミミズが手首を這っても、顔色変わらんヨル君も凄いで。さすがやわ」
 笑い、黒龍は豊かな土壌の証たるそれをヨルの手首からヒョイと取り払った。
 他方の手で、土に汚れた頬を拭ってやる。




 薪割り、というものは力任せにすればいいわけではないのだそうだ。
 畑仕事を先に抜けた黒龍が薪を集め、ヨルがそれを割る。
 割った薪を火にくべて、黒龍が風を送り風呂を沸かす。
「……案外と、これも重労働やな。ヨル君、その調子やで。だいぶ『薪』になってきたでーー」
 最初の頃は、力加減や手斧の振り下ろし位置を誤って、文字通りの『木端微塵』ばかりであった。
 ヨルが一生懸命にやろうとしている意気込みが伝わるから、黒龍には塵一つさえ微笑ましくて仕方がない。
「今日の風呂は、格段に気持ち良いやろなー。一緒に入ろうな、ヨル君」
「え」
「え」
「……すごく、せまくなるから。ちょっと」
「え」
 それがええんやん、と押し切ろうとする黒龍へ、さてヨルがどう返したかは、二人のナイショ。


 熱い湯で一日の疲れを落とすと、食卓には今日の収穫が所狭しと並んでいた。
 新鮮なトマトにジャガイモ、ナスにピーマン。街でも買える食材だが、自分たちが携わったと思えば味も違う。
 黒龍もヨルも悪魔だから、自然の実りが血肉になるわけではないが、感慨深いものがある。
 ひとくちひとくち、ゆっくりと『いただく』ヨルの傍らで、黒龍は家主たちから村にまつわる昔話を聞き出していた。
 神話の類を好む黒龍にすれば、日本の原風景とも呼べるこの村には宝が潜んでいるようで、何かを見聞きするたびにソワソワする。
「へーっ、歴史は古くから残っとるんですねぇ」
 豊富に『昔話』が存在すること、裏付ける文献なども残っていると聞いて、黒龍は身を乗り出した。
 昔話に興味を示す若者は、家主にとっても嬉しい存在のようで、食事の間中アレコレと語ってくれた。
 この村を選んだのは偶然に過ぎないけれど、黒龍自身にも『アタリ』だったかもしれない。




 夕飯を終えると、家主が二人へ懐中電灯を貸してくれた。
 自然の明かりを楽しもうとヨルを誘うつもりでいた黒龍は、ありがたく借り受けった。
 使い込まれた懐中電灯の光は淡く、自然を邪魔することがない。

「風が気持ちええね、ヨル君」
「うん」
 カエルの鳴き声、虫の鳴き声。
 田舎の夜は、都会のそれとは別の意味でにぎやかだ。
「人界の空って、なんでこんなに綺麗なんだろうね」
 散策に紹介されたのは、林を抜けた先にある小高い丘。
 星空を独り占めにするような、そんな場所だった。
 開けたところへ出て、ヨルが熱っぽく呟く。

 鈴が鳴るような星空。

 震えるように光はまたたき、幾層の闇を重ねた夜空を彩る。闇に浮かぶ雲を月が照らす。
「いつもよりも星がおおいやろ……。流れ星とかも見えるんちゃうかな?」
「流れ星……」
「願い事が叶うらしい、で?」
 先ほど、家主から教えてもらった昔話の一つだった。
 この丘で、流れ星を見つけると――。
 色々と派生して、単純に『願いが叶う』から『一緒に見た二人は結ばれる』まで、バリエーションは豊富らしいけれど。
 自分たちは、この丘で結ばれたのだと老夫婦は照れくさそうに教えてくれた。
 語り継がれている、星の丘。
 黒龍が伝えると、ヨルはうっすらと笑う。
「好きだもんね、黒」
「最初の三文字と最後の二文字だけで、もっぺんお願いできる?」
「あはは」
 一蹴されました。
(普段から振りまきすぎなのがあかんのか? そやけど……)
「あ、流れ星」
「え、見逃してしもた」
「きっと、また流れるよ」
「そやね」
 愛情表現もスキンシップも普段のこと。
 『特別』に意識してほしいと、そう願いもするけれど…… 焦ることもないのだろうと、ヨルの隣に腰を下ろして黒龍は思う。
 こうして、二人きりで、星空を見上げているという特別。
 それが今は、何より贅沢に感じられた。
「今日、どないやった? おもろかった?」
「……うん。もの…… 命? 育っていくって、凄いね」
 ヨルに、人間の世界の色んなことを知ってもらいたくて。感じてほしくて。
 その一心で誘った黒龍だったが、この一言で全てが報われた思いだった。
 不器用だったり、集中力の発揮場所をところどころ間違えたりしていたけれど、ヨルのペースで一生懸命に過ごした一日。
 彼の心にも、何かが実っているだろうか。
 大事な大切な大好きな子。
 何かをしてあげたい、自分の気持ちに気づいてほしい。黒龍の欲求や願いが尽きることはない。

 ――けど、今の一番は。

「何時も、ありがとうな」
 そっと、左手を伸ばして、ヨルの髪に触れる。湯上りの、まだ乾ききっていない髪先を指で梳く。そのまま、柔らかな頬へ。
「……ありがとうを言うのは俺の方だよ」
 輪郭をなぞる黒龍の指を払うでなく、ヨルは応じた。
 ありがとう、そう言うべき心当たりなら山ほどあるけれど、言われる心当たりが見つからない。
 今日だって、誘ってくれたのは黒龍なのだから。
「よくわからない……けど、もし俺が黒に何かを返せてるのなら、それは嬉しい」
 ちょっと迷って、悪戯な黒龍の左手に自分の右手を重ねてみる。
 星が照らす闇の中、二対の赤い瞳が交差した。
 黒龍は、ヨルに束縛されたまま。

「ボクは、なんだかんだで君に支えられてると思う……。だから、色々、君と一緒に居たいって思う。
この輝きにはまだまだかなわんけど、――君が本当に、大好きや」

(この、星空よりも…… もっと?)
 ヨルは、ぼんやりと考える。それは、どういうことだろう。
 ぼんやりと考える、その視界の端で、美しい弧を描いて星が流れていった。




【星降る夜に、降りそそぐ 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb3200/ 蛇蝎神 黒龍 / 男 /24歳/ ナイトウォーカー】
【jb2630/ 七ツ狩 ヨル / 男 /14歳/ ナイトウォーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
夏の畑は生命力に満ち溢れていて、夜の穏やかさは対照的で。命の強さを感じる舞台をお届けいたします。
ご要望に添えるラインになっていたらと、星に願うばかりです。
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年07月30日

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