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『sunny,sunny,summer days 』
花見月 レギja9841


 食堂の窓から覗く入道雲が、真白に力強く青空に存在を主張している。
 学園は夏休みに入ったけれど、撃退士としての依頼が途絶えることはない。


 花見月 レギは斡旋所をチェックしてから、クーラーの効いた食堂へと場所を移していた。
 生徒の数もまばらで、この時期は案外と穴場だ。
「うーん…… どれも迷うけど」
 受け取ってきた幾つかの依頼内容に目を通し、さてどうしようかと思案する。
「あっれー? レギちんじゃーん」
「あ、もも君。こんにちは」
 入り口からレギの姿を見かけ、友人の百々 清世が通り過ぎかけた足を戻してやってくる。
「外、あっつーい ちょっと休憩ー」
 くたりと溶けるように、清世はテーブルに突っ伏す。その様子に、レギが小さく笑った。
「??? お仕事?」
 清世がひんやりとしたテーブルに頬を当てていると、レギの手元の書類に気づく。
 視線だけを上に動かすと、それを受けてレギが困ったような笑みを浮かべた。
「うん。どうしようかな、と思って、さ。期間と内容のすり合わせで、悩んでて」

「えーっ 夏休みだよ、遊びに行くべ?」

 清世は、実に鮮やかに友人の悩みを一刀両断した。
「遊びに? うん、楽しそうだけれど……お金がない、な」
「じゃあ、バイトしながら遊べばいーじゃん」
「アルバイト?」
 清世の言葉は、レギの不安を一つずつ砕いてゆく。
 ごくごく自然な口調で。
 流れる動作で、レギが持ち込んでいたボトルのアイスティーも一口頂いて。
「ま、おにーさんに任せなってー。どうせだし、昼とか海で遊びてぇじゃん?」
「海で? うん、働くのは好きだよ。けれど……」
 ふわーっとした口ぶりだが、清世の頭の中には、いくつか候補があるのだろうか。
 嬉しいな、楽しそうだな、そう思うと同時に、レギの表情は微かに曇る。
「……そもそも、君はその労力と時間を俺に使っていいの、か?」
 友人が多くて。さり気ない気配りが上手くて。
 レギにとっても、気兼ねなく気遣いなく遊べてしまう存在だけれど。
 それ故に、自分一人の為だけに、そこまで……とも思ってしまう。
「レギちん、真面目系ー? 俺、自分が楽しくないことはやらないから平気よー」
 もっともだった。
 これ以上ない返しにレギは笑い、そして清世に任せることにした。


 15分後。
「つー訳でー、海近くのホテルのバーのバイト探して来ました、可愛い子いると良いねぇ」
「本当にバイト、見つかったのか。君は、なんというか……凄いな。うん」
 唖然としながら、レギは詳細がまとめられた書類に目を落とす。
 リゾートホテルのバーで、ギャルソンを募集しているとのこと。
 なるほど、清世らしい選択だ、とも思う。
 バーということは、日中は空いているわけで。
「行くよ。ふふ、楽しそうだ」
 仕事なのに、楽しみだなんて。
 胸のどこかが、くすぐったい。


 かくして、リゾート地での超短期バイトへ向けての準備が始まった。




 現地へ降り立つなり、照り付ける真夏の太陽。熱気を帯びた潮風。
 さすがのリゾート地、ごった返しとまでは行かないが人の群れ。
「綺麗な空だな。晴天だ」
 駅で配布されているガイドのパンフレットを片手に、レギが周囲を見渡す。
「うわぁ……。すごいな」
 久遠ヶ原も、たいがい人種のるつぼだけれど…… ここはまた、違った様相を呈していた。
 開放的な夏の空気へ合わせるように、様々な男女が入り乱れている。
「あっつー! レギちんジュースぅー」
 ホテルへのシャトルバスを待つ間に、清世は既に溶けていた。
 少し時間があるから、と周辺を散策していたレギは、
「うん。買ってきたよ」
読んでましたと言わんばかりに、キンキンに冷えたスポーツドリンクを手渡す。
「ありがとー、レギちんだいすきー」
 缶へキスを一つ、それから清世は喉を鳴らす。
「仕事は夜だし、昼は適当に海でも見るかにゃあ……。レギちんはどうする? 俺と来んなら一緒にナンパでもしましょーか」
「ん? うん。……じゃあ、ナンパ、しに行こうか」
 無糖紅茶の缶から唇を離し、レギが悪戯へ便乗するように応じた。
 

 バイト先となるバーの内装を軽く確認してから、二人はホテルのプライベートビーチへ。
 白い砂浜、透明度の高い海。
 水着姿の可愛い女の子たち。
「夏はいーよねー」
 ひと泳ぎしてから、すぐに御一行様とお知り合いになる。
 出会いを求める者同士、アンテナを張ればすぐに引っかかった。
 労せず多人数を侍らせている清世の『らしさ』に、レギは肩を震わせる。
 ――お兄さん、どこの国の人ー?
 急に自分に話を振られ、レギはビクリとする。
「うん、俺は――」
 小麦色の肌に、海のような青い瞳。欧風の外観に反し、流暢なレギの日本語へ黄色い声が上がる。
 徐々に、レギの雰囲気も夏の暑さに馴染んでゆく。
(んー、好みの子も居るけど……。今日は連絡先聞くくらいにしとこーかなー)
 友人の様子を横目で確認し、清世は新しい煙草に火を点けた。
 自分も楽しく。連れも楽しく。
 それでこその遊びだ。そんなことまで、深く考えるでもないけれど。
 みんなが笑顔でいられるのが、一番。




 夕暮れが訪れる前に、ビーチを後に。
 女の子に捕まってしまって、ほとんど泳げなかったことは残念だけれど、海は明日もそこに在る。
 二人は仕事着へ着替えると、従業員用の通路からホテルの最上階へと向かった。
 レストランから客が流れてくる前に、準備や覚えておくことが色々とある。
 特に今日は初日。立ち居振る舞いから始まり、詰め込むことは多い。
(んー、まぁ…… どこも同じだよねー)
 繰り返し言われなくたって、清世には基本からある程度の応用までなら一発で覚える。
 時折あくびをしては支配人に睨まれ、へらりと手を振り返した。
「……肩の可動域が狭いと窮屈、だな」
 キッチリ締めたネクタイも。長身のレギたちには、やや窮屈な制服だ。
 この姿を崩すことなく数時間。
 なかなかに難儀だけれど、それゆえの大きな報酬。しっかりやらないと――
 レギが海に面して一枚張りのガラスを磨いていると、反射した向こうには、すでに胸元を緩めている清世が映っていた。


 食後に、ゆっくりと語り合うためのバー。
 相応の年代の男女の姿が目立つ。
 しっとりとしたBGM、シェイカーの音、アルコールの香り、囁くような笑い声。
(うん、……悪くない)
 動き始めると不思議なもので、するするとメニューなども覚えていける。
 一人客との、ちょっとした会話も楽しかった。
 『何かと気を遣いがち』というレギの一面を、プラス方向で生かすことのできる業種だ。
 そこまで考えて、彼は今回のバイトを見つけてきてくれたのだろうか?
(あれ、もも君は……?)
 ヒョイと振り返ると彼の姿は無い。

「あー、来ちゃったのー? いいよ、おにーさんがサービスしたげるー」

 ゆるい声。真面目に仕事しようと正した清世の姿勢は、開店頃には崩れてしまっていたようだ。
 昼間のビーチで知り合った女の子たちの一人が、清世にエスコートされて窓辺のカウンター席へ進んでいく。
(うん。確かに、彼が好みそうな感じ、か?)
 後腐れなく、遊びと割り切り、楽しむことを知っている。悪い意味ではなく、重さを感じさせない話し方をする女性だとはレギも感じていた。
(ここは、見ないフリ…… だな)
 心の中でそっと笑い、レギは支配人から清世が見えないよう、立ち位置を変えた。




 空が明るくなり始めるまで、仕事は続いた。
 目を覚ますと、朝というより昼近く。
 心身共に疲労は大きい。
 小さく呻きながら、レギはベッドから身を起こす。
「うーん…… もも君は起きたかなぁ」
 コールを掛けてみるも反応なし。女の子も途中で帰っていたから、一緒というわけではないだろう。
 今日もまた、開店準備までは自由行動だけれど…… さて、どうしようか。

「レギちーん、お昼たべに行こーぜー」

 トントン。
 思わぬタイミングで、ドアは優しくノックされた。




 軽い足取りで、二人はホテル周辺を歩く。
 飲食店に土産屋が雑多に並び、到着した者、去りゆく者を歓迎している。
「何が、いいだろう」
「なーんか、美味しそうなものー」
 相変わらず、清世はふわふわしている。
 肉派と野菜派――どうしてもこっち、というほどでもないけれど、互いの好みは大切にしたい。
 それぞれ別の物を食べても構わないが……
「あ、あれとかどうよ」
「サンドイッチ、か。うん。美味しそうだね」
 清世が見つけたのは、ワゴン車での移動販売。
 付近にいくつか、テーブルセットが展開されている。
 直射日光を避けた位置で、潮風が程よく吹き込んでいた。小休憩には最適だ。

「へえ…… ローストビーフか」
 清世がドリンクとセットでトレイを持ってくるのを受け取り、レギは言葉には出さず少々驚く。
 彼の配慮か、リゾート地としてのセンスなのか…… それでも『妥当』へ着地しないのは、やはり清世のセンスだろう。
「んぐ」
「あはは、どう? トロピカルアイスティーだってー。ほんとは、目印にグラスへお花を飾るみたいなんだけどね」
「お、おいしいよ」
 普通の無糖紅茶だと思って口にしたドリンクが、予想しない方向の鼻に抜ける香りだったから、レギが咽こむ。
 本当に不味いものなら店には並ばないし清世だってオーダーしない。驚いただけで、味は良い。
 思い込みだけで行動すると、思わぬところで転ぶものだ。
「な? 撃退士のお仕事も良いけど、こうゆうのも楽しいべ?」
 にこにこと、ローストビーフのサンドイッチへ噛り付きながら清世が言う。
「うん。こういう日も素敵だな」
 ほどよく頭と心を使って、見知らぬ誰かと会話して、気を許せる友と居て。
 いたずらを仕掛けたり、仕掛けられたり。
「やっぱ遊び方知らねぇのは勿体無いってー」
「バイトの話じゃなかったの、か」
 清世の返しに、レギは笑う。
 そうだ。
 もともと『遊びに行こう』と誘ってくれたのだ。
 渋る自分へ、だったらと言ってバイトをくっつけてくれた。

「ふふ。引っ張り出してくれて、ありがとう」

 清世じゃなかったら。
 清世とじゃなかったら、こんな夏の過ごし方なんて、知らなかっただろう。
「バイト終わったら水着買い行こーぜ、今度はバイトじゃなくって、普通に遊びに行こうなー」
「うん。楽しみだな」
 バイト代が入れば、余裕もできる。
 普通に遊ぶこともできるだろう。


 夏は、まだまだ始まったばかりだ。
 砂浜へ付ける足跡のように、思い出はこれから幾つでも、幾らでも。




【sunny,sunny,summer days 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3082/ 百々 清世 / 男 /21歳/ インフィルトレイター】
【ja9841/花見月 レギ / 男 /27歳/ ルインズブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
遊びもバイトも楽しくね☆ そんな二人のお話、お届けいたします。
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。

流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月01日

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