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『ロン青年とタマス氏 』
ロン・リルフォード8405)&タマス(NPC4877)



 ここはとある図書館。美しい薔薇園の中央に位置するこの建物には、これまた美しい司書がおりました。ロン・リルフォード青年です。
 彼は書物に関してのあらゆる知識を得ていましたが、それを図書館の来館者にひけらかすことはありませんでした。代わりに、彼は静かに微笑みかけるのでした。例えそれが少し奇妙な来館者であっても――。
 今からお話することは、この美しい司書・ロン青年とある奇妙な生き物との対話の記録です。


 ある日のことです。色とりどりの本の背表紙に囲まれて、ロン青年は首を捻っていました。
 彼が手にしているのは一冊の書物。タイトルは『ヒポポ ポッ ポポヒー!』。
 カタカナを覚えたばかりの子供が書きそうな言葉ですが、ロン青年にはこれがヒポポ語の本であることがわかりました。
 ページをめくってみます。
 クレヨンで描かれた可愛らしいカバの挿絵が現れました。
 隣に、このような文章が載っています。

 ヒポポ、ポッ、ポーヒポ。
 ヒポヒポポヒヒポヒポヒヒ。
 ヒポポ
 ポヒヒポ
 ヒポポ ポ
 ポヒポ。
 ヒポポ―!

 意味がサッパリ分かりません。
「ひ……ヒポポ、ポ、ポーヒポ……?」
 好奇心から口に出してみたものの、それが正しい発音なのかも分からず、ロン青年は一人顔を赤らめました。
 そもそも、タイトルの意味からして分からないのです。ヒポポ語というのはとても癖のある言語で、ヒポポ語圏で育った者から直接教わらないと理解し難いのです。残念ながら、ロン青年はヒポポ語を習ったことがありませんでした。
 そこへ突然の来館者。
 反射的に穏やかな笑顔を向けてから、ロン青年は内心驚きました。神様の悪戯でしょうか、来館者は二足歩行のカバ……もとい、ヒポポ語の教師であるタマス氏だったのです。
 ヒポポ語を知りたい青年に、ヒポポ語を母国語とする教師。何て素敵な組み合わせでしょうか。ヒポポ語を教えてもらわない手はないのです。


 タマス氏は膨大な本の中、とてとてと歩いていきます。
 あっちをウロウロ、こっちをウロウロ。書架を見ては首を傾げ。目当ての本が見つからない様子です。
「何をお探しですか?」
 口元に笑みを湛えたロン青年、まずは声をかけました。
 その静かな声を聞いて、大きな体躯のカバ……打ち間違えました、タマス氏が振り返ります。
「ヒポポ、ポッポ、ヒヒポ? ポッポー!」
「………………えっと……」
 ロン青年、さすがにこれは困りました。
 タマス氏はヒポポ語しか話せなかったのです。タマス氏が教鞭を取る中学校では、生徒たちから「わからない!」と評判のヒポポ語ですが、無理もないことだったのです。基礎がない状態からの勉強がこれでは……。
 タマス氏も少し困った顔をしています。そう、タマス氏も言葉が分からなくて困っていたのです。彼がこの図書館に来たのもそのためでした。
 事情を察したロン青年は、そっと一冊の本を差し出しました。日本語の発音練習の本です。
 表紙のシンプルな本でしたが、中身はとても特殊なものです。ページをめくると言葉がリズミカルに飛び出してくる、文字通り“飛び出す本”なのですが、それが読み手にあったレベルの文章で出現するのです。日本語を勉強しようとしては何度も挫折してきたタマス氏も、これなら学ぶことが出来るでしょう。
「ポッポー!」
 満面の笑みで本を受け取ったタマス氏、さっそく椅子に腰かけて読み始めます。本に集中しきっているのか、その眼差しは真剣です。
 タマス氏を気遣って、ロン青年はお茶を出すことにしました。
「何が良いですか? どんなものでもお出し出来ます」
 タマス氏はしばし考え込んでから。
 短い両手を握り締め、こめかみに当てました。そして、グリグリと手を動かします。タマス氏ったら、自分でやっておきながらキューキュー苦しんでいるくらいです。
 その仕草を眺めて、ロン青年……。
「梅干しですね?」
 大きな湯飲みに、塩のみで漬けた昔ながらの梅干しを入れ、熱い緑茶を注ぎます。
 それを手にしたときのタマス氏の嬉しそうな顔と言ったら!
 お茶を飲み飲み、梅干しを美味しそうに頬張ります。
 ボリッ、ゴリゴリゴリ、ボリリリリ……!
 タマス氏は種ごと食べるのが好きなようです。
 ――ロン青年は知りませんでしたが、タマス氏の梅干し好きはとても有名でした。タマス氏の勤める中学校では、生徒たちが梅干しを餌にタマス氏をおびき寄せたくらいです。
 生徒たちの意図は何か?
 期末テスト前の闇討ちです。
 タマス氏はまんまと罠にひっかかり、夜道に落とされた梅干しを無邪気に頬張りました。悪ガキの作戦は成功したかに思えます。
 しかし、です。
 暗闇の中、巨大な生き物がボリボリとモノを貪っている様は、中学生には恐ろしすぎました。闇討ちしようと構えていた彼らは一目散に逃げ出し、布団に潜り込んで震えたそうです……。

 五時間後。
 タマス氏は本を開いたまま、ロン青年を見つめました。その目は自信に満ち溢れています。果たして、タマス氏は日本語を話せるようになったのでしょうか?
 聞いてください、と目で合図するタマス氏。
 ロン青年も目で頷くと、一言一句聞き洩らすまいと耳を傾けました。
「ワ…………………………………………」
「ワ…………………………………………!」
「ワタシノ クニ チュウゴクデハ」
「すみません、少し確認させて下さい」
 早口で言うと、ロン青年は開かれたままの本を注視しました。どうやらテレビのコマーシャルがいくつか出現しているようです。短い文章の中に意味が込められたものが多く、発音しやすいかもしれませんね。
「イ、イトウニ、イク……」
 これ、タマス氏が行う授業で使える言葉なのでしょうか?
 しかしタマス氏は初めて日本語を話せたと大喜び!
 勉強では学ぶ喜びを得ることが何よりも大切だと言う教師もいます。ロン青年もこれで良いのだと思いました。タマス氏にとって大切な一歩なのです。


 タマス氏の用事が済んだので、ロン青年は小さなお願いをしてみました。ヒポポ語について学んでみたかったのです。
 外国語を学びたい気持ちは同じ。タマス氏は大きく頷いてくれました。
「ヒポポ。ポポポ、ヒッヒ」
 しかしこれでは……。
 タマス氏とて、教師です。普段のほほんとした生徒たちを相手にしているのですから、これくらいではへこたれません。
 タマス氏は、リュックからホワイトボードとマジックペンを取りだしました。
 なるほど。どうやって生徒たちにヒポポ語を教えているのかと思えば、文字を書くという手があったのですね。
 ……発音は出来ないけれども、言葉なら書けたのですね。
 タマス氏は下手な字でホワイトボードに書きました。
「ヒポポ。ポポポ、ヒッヒ」
 同じじゃないですか!
 しかしそこは聡明なロン青年。ホワイトボードの文字をじっと眺めて、あることに気付きました。
「……トメとハネが重要なんですね?」
 笑顔で頷くタマス氏。
 確かに、タマス氏の書いたカタカナには不自然なトメとハネがありました。例えば同じ「ポ」でも、ある字では左側にハネがあり、またある字ではないのです。
 ヒポポ語は「ヒ」と「ポ」しかないのですから、小さな変化をつけて意味を区別していたのでした。このハネとトメが微妙な発音の変化に通じているのです。
 ロン青年はとても優秀な生徒ですから、タマス氏の教えをどんどん飲み込んでいきました。
「ポッポ」
 帰り際、タマス氏はそう言って手を振りました。
「ポッポ」
 ヒポポ語で挨拶を返したロン青年、まだ拙い自分の発音に少し恥ずかしげに微笑みました。


 ここは何種類もの薔薇が咲き誇る図書館。
 朝。紅い薔薇に水やりをしながら、漆黒の髪をした美しい司書・ロン青年が口を開きます。
「ヒポポ ポッ ポポヒー!」
  ヒポポ ポッ ポポヒー
   ヒポポ ポッ ポポヒー……
    ヒポポ ポッ ポポヒー…………
 澄んだ声が、そおっと風に乗って流れていきました。
(……うん、大分掴めてきた)
 ロン青年は一人図書館に戻りました。
 捩じれた書架に、色とりどりの背表紙の本。その中にはヒポポ語の本があります。
 ……理解してしまえば、何てことのない本だったのです。


『ヒポポ ポッ ポポヒー!』(お口のあそび!)

 ヒポポ、ポッ、ポーヒポ。 (お口のたいそう)
 ヒポヒポポヒヒポヒポヒヒ。(みんなで言ってみましょう)
 ヒポポ          (きょうも)
 ポヒヒポ         (げんきだ)
 ヒポポ ポ        (ごはんが)
 ポヒポ。         (うまい)
 ヒポポ―!        (ワンモア!)



終。
PCシチュエーションノベル(シングル) -
佐野麻雪 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年08月01日

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