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『スカウト 』
伊座那・奈美8680)&(登場しない)







 ――ここは戦場である。

 ひしめき合う人々の睨み合いが、これから始まろうとしている戦いが過酷である事を物語る。それぞれの悲喜こもごもが、これから始まろうとしている短い戦いの向こうには待っている事だろう。

 買って喜ぶか、あるいは負けて悔し涙を流す事になるのか。
 全ては己次第であり、泣いても笑っても次はない。

 戦いの合図を固唾を呑んで待つ者。
 そして、既に勝者としての確固たる自信を持っているのか、それを体現しているかの様に笑みを噛み締める者。

「あの、すみません……」

 これから始まろうとしている戦いに水を差す様な弱々しい声に、群衆の中にいた一人は僅かな苛立ちを感じつつ口を開いた。

「悪い、少しは待ってくれね? 今からココは、戦場になるんだ……!」

 口を開いた女性は、女性とは思えない程の高身長でありながらも、烏の濡羽色とも言える艶のある長い黒髪を下ろしている。その瞳は赤く、既にその鋭い視線は戦場へと向けられ、一瞬たりとも外される事はない。

 その美しくも鋭い気迫に、声をかけた男は一言短く謝ると、改めてその飲み込まれそうな程の美しいその横顔に目を向けた。

(この人なら、きっと……ッ!)

 男はそう心の中で呟き、確信する。






 ――そして、戦いは始まる。






 時計の針が、長身を真下へと落とした。時刻は18時半。
 戦場は今まさにその戦士達を招き入れんとばかりに口を開き、その戦いの合図を示す見届け人が口を開く。

「えー、こちらの商品は今からタイムセールになりまーす。シールを貼り終えている物はタイムセール対象になりますので――」



「「「「「「――おおおぉぉぉぉッ!!!」」」」」」



 特売セールのコーナーへと駆け寄る戦士達――もとい、主婦達。
 その雪崩の様な怒涛と、地響きすら起こしそうな程の怒号が、激しい戦いの幕開けを物語る。

「あんた、邪魔よ!」
「え、あ、すいま――」
「――ちょっと! 邪魔しないで!」
「うわああああぁぁぁぁ――――!」

 人の波の、なんたる力強さか。
 男は声をかけていた女性が既に近くにはなく、彼女もまたこの激しい闘いの渦中に身を投じた事を確信しながらも、ただただ波に呑まれて押し流されていく。




 僅か数分程度で、既にそこは兵どもが夢の跡。
 陳列されていた商品はなくなり、この激しい死闘に乗り損ねた主婦が、圧倒的に人気がなく残された商品を悠然と手に取って去っていく。
 そんな様子を見つめて呆然としていた男のもとへと、先程声をかけた高身長の女――伊座那 奈美が歩み寄る。

「いやー、取った取った。まぁアレが取れなかったのは残念だったけど、これだけあればどうにか出来るよ」

 どちかと言えば勝者なのだろう。奈美はその綺麗な顔を破顔させて勝利の余韻に浸る。どうやら完全勝利とはいかなかった様だが、それでも戦果は上々だったのだろう。
 そんな奈美の表情を見て、唖然としていた男――スカウトマンはようやく話が出来ると嘆息し、そして自分の手に握られている食材を見つめた。

「あ、取っちゃった……」
「――ッ!」

 奈美が男に顔を寄せる。思わず綺麗な顔が近付いてきた事に胸を高鳴らせた男は、飾り気の無いシャンプーの様な匂いが鼻をくすぐった事に、その胸を更に高鳴らせた。
 しかし奈美の視線は、スカウトマンの手に握られていた食材に向けられ、そしてようやく自分を見た。

「あ……あんた凄いよ。これって狙っている人が多いんだ……!」

 尊敬の眼差しを向ける奈美に、慌てて男はその言葉を否定する。

「そうなんですか? でも、別にこれが欲しかった訳じゃないんですけど……」
「だったら譲ってくれ! 頼む、この通りだ!」
「あ、頭を上げて下さい! 話さえ聞いてもらえれば、僕としては嬉しいんですから!」
「ホントか!? いやー、良いヤツだな!」

 奈美のペースに終始巻き込まれる様に、スカウトマンはその手に取っていた食材――ジャガイモを手渡した。
 ほくほく顔の奈美から買い物籠へと視線を移したスカウトマンは、奈美が何を作ろうとしているのかを改めて理解する。

「カレー、ですか?」
「おう!」

 なんとも見た目とのギャップが多い奈美であった。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇





 二人は現在、奈美の家に向かって歩いている。とは言え、これはスカウトマンが食い下がっている訳ではない。

「い、良いんですか? 急に押しかけちゃって……」
「んー、まぁ一応あたしは成人してないしな。そういう話はあたしの一存じゃ決められないよ」

 あっけらかんと告げる奈美は、ジーンズにシャツというなんとも無骨な格好である。女性とは思えない程の高身長のおかげか、そういった服装を着ていても映えるその長く細い足と身体のラインは、下手に着飾る必要性を一切感じさせない美しさだ。

 ――スカウトマンは、奈美を是非自身の事務所で今度売り出すアイドルグループに欲しいと考えていたのだ。

 もちろん、アイドルとは言ってもただ可愛いだけではいずれ飽きられる。そこには三者三様とも取れるそれぞれの味がなければ意味がないのだ。
 そこで目をつけられたのが、さながら宝塚の男役でもさせればこれ以上の逸材はいないだろう奈美という存在であった。

 スカウトマンが芸能界への話を切り出した結果、奈美は親に聞いてみなくては答えられないと告げた。それはよくある常套手段の断り文句であるとも言えるが、そこは仕方ないと名刺を手渡し、今日は退散しようとしていた心算であるスカウトマン。
 しかし奈美は、そんなまだるっこしい真似を好まない為か、家に来いと告げたのであった。

 かくして、スカウトマンは言い知れぬ緊張感を胸にしながら奈美の家へと向かっているのである。






「――成る程」

 ひと通りの説明を終えたスカウトマンに対峙するのは、奈美の両親であった。
 まるで結婚の報告でもしているかの様なその雰囲気に、奈美の弟や妹達はしきりに部屋を覗きこんでいる。
 奈美はどうやら、大家族と呼ばれる家庭の長女のようだ。

 そんな長女をアイドルという道に連れ込むのは父親として良い顔はされないだろう。厳格そうな雰囲気を放っている父親は腕を組み、そしてようやく次の言葉を紡いだ。

「奈美、お前はどうしたいんだ?」

 頭ごなしの否定が飛んで来るものだと思っていたスカウトマンであったが、その言葉に僅かに動揺した。どうやらこの家庭は、あくまでも個人の意志を尊重する家庭らしい。

「興味がない訳じゃない。まぁ、それでうちに金も入るなら万々歳って感じかな」

 淡々と答えているものの、長女として家庭の経済状況は気になるらしい。
 そんな奈美の男らしいとも取れる言葉に、再び父は小さく唸り、そして母を見つめた。どうやら母は父と奈美に任せ、どんな道を選んでも良いと考えているのか、柔らかく微笑んで頷いた。

「……良いだろう。今しか出来ない挑戦だ。今のうちにチャレンジしてみろ」
「ホントに良いのか?」
「構わん。今まで家事ばかりやらせて不自由させてきたからな。やりたい事が見つかったなら、それを応援するつもりだ」
「……ありがとう、父さん……」

 思わずその短いやり取りの中に固い絆を感じたスカウトマンは、改めて頭を下げた。それは深い感謝と、自分が何処かに忘れてきた家族の絆を感じたからかもしれない。



 かくして、奈美は後にデビューするアイドルグループ、【プロミス】への一歩目を踏み出す事となったのであった。






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ご依頼有難うございます、白神怜司です。

この子もまた他のキャラクターとは異質で、
楽しく書かせて頂きました。

今後の活動が楽しみになってきますねw
お楽しみ頂ければ幸いです。

それでは、今後とも宜しくお願いいたします。

白神 怜司
PCシチュエーションノベル(シングル) -
白神 怜司 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年08月02日

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