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『愛憎と運命の糸車 』
華魄 熾火(ib7959)


 近くの神社で盛大な祭があるという。左京は本当の姉のように慕う熾火を誘い、見物へと繰り出した。
 熾火は左京の長兄と婚約する予定だったが、アヤカシに村を滅ぼされ死別。それでも左京は彼女を「義姉」として慕っている。熾火もまた、それを受け入れていた。
 そんな姉は永久の闇を模した浴衣を、妹は鮮やかな真紅の着物を身に纏い、賑やかな祭の中を歩く。すでに夕暮れを過ぎ、夏の匂いも冷ややかなものになっていた。行灯や提灯の火は、時折やさしい風に揺られながら、周囲をぼんやりと照らす。それはまるで夜の陽炎のようだ。

 この時から、運命の糸車は廻っていた。カタカタ、カタカタと‥‥

 左京は他の祭では見たことのない屋台や売り物を見つけては「これは珍しゅうございますね」と屈託のない笑顔を見せる。熾火も「ああ、そうじゃな」と言葉を返した。
 しかし熾火は左京に接する際、今まで言葉と気持ちが一致した試しはない。健気な妹を見ていると、少し胸が締め付けられる。
『また‥‥この気持ちになるのじゃな』
 熾火は左京に遠慮に似た、複雑な感情を抱いている。妹の気持ちには応えられぬと、常々思っていた。
 熾火の心には左京にも関係する過去の出来事が傷痕となって残っており、ふとしたことでそれを抉られる。この苦しみから解き放たれるには真実を語るしかないが、愛おしい妹の姿を見る度、思わず言葉を飲んでしまう。しかし消し去るほど奥には押し込められず、また自然と上がってくるのだ。ただ、それの繰り返し。この熾火の苦悩は、実に1年以上に及んでいた。
『まだ早い、か? いや、もうそれもよく分からぬ‥‥』
 彼女がいつものように嘆息しようとしたその時、ふと見覚えのある男と目が合った。少なくとも、熾火にはそう見えた。胸の鼓動は内側から傷を広げるかのごとく強く響き、血の巡りは凄まじい速さとなる。運命を手繰り寄せる糸車が、けたたましく廻っていた。
 男は特段、熾火に気づく素振りを見せず、ただまっすぐ歩いてくる。もしかすると、彼女の見間違いだったのかもしれない。それを受けて、熾火は無言ですれ違った。だが、もはや心中穏やかではいられない。
 熾火は視線を石段に落としたまま「これは運命、じゃな」と小さく呟き、祭を堪能する左京を、わざわざ人気のない境内の片隅へと誘った。不思議そうな表情できょとんとする妹を見て、熾火は胸が痛んだ。

 ふたりの立つ場所は光も薄く、祭囃子もやや遠く聞こえる。熾火は一息つくと、不思議そうな表情を浮かべる左京の瞳を見て話し出した。
「私は、左京に謝らねばならぬ‥‥言っておかぬ事が、あるのじゃ」
 左京も姉の表情が冴えないのを悟り、ここは黙って聞く。彼女が語るのは、今まで隠していた過去の真実であった。


 糸車は廻る‥‥クルクル、狂ル、狂ル、ト‥‥


 左京が生まれた村は、アヤカシの襲撃を受けて滅ぼされた。これはふたりの知るところである。
 しかしこの時、熾火が状況を察知し、村に駆けつけていたというのだ。彼女がやってきた時には、すでに壊滅状態。家や畑に飛び火する邪な炎が踊り、息絶えた同胞も多かったという。そんな状況を横目に見ながら、熾火はひたすらに走った。彼女の目指す先は、左京の家族の元である。

 だが、たどり着いた先にも絶望が待ち構えていた。左京の長兄であり熾火の婚約者、そして父となるはず男は虫の息。村の状況と同じく、もはや手遅れであった。
 それでも熾火は唇を噛みながら、ふたりを揺り動かす。
「私が‥‥私が参ったからには、もう安心じゃ」
 彼女の必死さを肌で感じ取ったのか、婚約者は目を覚まし「それは、頼もしいな」とやさしく笑ってみせた。あまりにもか細い声‥‥熾火は言葉を失った。
「ハハ‥‥見ての通りだ。私も父も、今に命の火が尽きる。だからひとつだけ、頼みを聞いてくれ‥‥」
 熾火は無心で「なんなりと」と応えるが、帰ってきた言葉は驚くべきものだった。
「アヤカシの手にかかって死ぬのではなく、愛しい熾火の手で死にたいのだ‥‥」
 それを聞いた熾火の眼光が鈍く光った。死の間際に自分と出会い、望むことがこれだとは‥‥彼女は戸惑い、思わず獲物を地面に力なく落とす。
 ところがその音を掻き消すかのように、父が大声で笑ってみせた。
「それは面白い! さすがは我が息子、見事だ‥‥我が愛娘、そなたが殺せ。息子も、この私も」
 身動ぎできぬ父はカッと目を見開き、その時を待つ。婚約者も「さぁ‥‥」と声をかける。自らの最期を望むふたりが、熾火にすべてを託したのだ。

 糸車は嘲笑う‥‥カラ、カラカラカラカラ‥‥

 焼け落ちる家の轟音も耳には届かない。熾火はとっさに獲物を握り直し、婚約者の胸に的を絞る。
 その時、不意に彼の笑顔を見てしまった。不意に揺らぐ。その切っ先が、その気持ちが、ひとりの無力な女に引き戻そうとする。
 刹那、彼の口が音にならぬ声であることを呟いた。
『泣くな‥‥悲しいことじゃない‥‥』
 口元から言葉を読んだ熾火は、ぐいっと現実へ引き戻される。ふと気づけば、滂沱の涙が頬を伝っていた。
 このままでは狙いを見誤る‥‥そう感じた熾火は顔を振って涙を振り払い、決別の一突きを突き立てる。
「お、おき、び‥‥」
 急所を刺されても、彼は笑みを浮かべたまま、驚くほど穏やかに逝った。

 返す刀で、今度は父の胸元へ慈悲の刃を見舞う。その的確な一撃、見事な手並みに、父もまた笑う。
「グホッ! 見事‥‥さ、さすがは、我が、愛む‥‥」
 父は本心を伝え、静かに事切れた。

 ふたりの望みを叶えた熾火であったが、冷たくなる体に触れるわけでもなく、刃に残る血を拭き取るわけでもなく、ただ呆然とその場に立ち尽くす。目を見開き、この状況をひたすらに見続けた。
 涙に揺れる景色、家族を殺めた手の感触、そして生き残った者の辛苦‥‥それらすべてが、心の中で混ざり合う。いや、これは決して相容れない感情。混ざるはずがない。それが熾火の心に、消えない傷を作った。


 糸車は廻る‥‥狂ル狂ル、狂ル、狂ル‥‥

 左京の村で起きた真実をすべて吐き出した熾火は、最後に言い添える。
「許してくれとは言わぬ、私は助けられなかったのじゃ。あの人たちを、そなたを。そなたの双子の兄君も‥‥」
 話を最後まで聞いた左京はゆるゆると首を振り、静かに涙を流した。そして熾火が予想し得る範囲の言葉を切り出す。
「何を……何を仰っているのか、わかり……ませぬ……」
 目の前にいる姉のような人は、自らの口で「父と兄を殺した張本人だ」と語った。混乱するのも無理はない。
「なぜ、何故そのようなことをなされたのですか! とと様を……にに様を!」
「頼まれた‥‥からの。唯一無二の人に、な」
 苦しげな表情から出る言葉は、まるで昔話をなぞるかのよう。だが、その物言いが左京には我慢できなかった。
「なぜ、助けて……くださら……っ!!」
 少女は言葉を伝え切らずに、その場から逃げ出すように駆け出す。しかし、熾火はそれを追わない。その足は一歩として前に出なかった。いや、もしかしたら「追う資格がない」とさえ思っていたのかもしれない。
「先延ばしにした、私の愚かさじゃな‥‥」
 彼女は失い続ける人生を過ごしていたが、決してそれに慣れることはなかった。
 実の両親を病で亡くし、婚約者とその父を手にかけ、最近は育ての親である祖母を失っている。熾火は、ひとりになるのが怖かった。可愛がる義妹まで離れてしまっては、その悲しみは絶筆に尽くしがたい。
「話したところで、気持ちも何も‥‥晴れんな」
 痛みを堪えて話した真実でさえ、古き傷を容赦なく痛めつける。
 消えず、されど癒えず。この傷は心がある故に。そして、修羅であるが故に。


 それでも糸車は廻る‥‥カタカタ、カタ、カタと。
 この運命は、まだ苦しみを紡ぐのだろうか。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ib7959 / 華魄 熾火 / 女 / 25  / サムライ
 ib8108 / 月雲 左京 / 女 / 16  / サムライ


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、市川智彦でございます。
この度はご発注いただきまして、誠にありがとうございました。

義姉としての苦悩を描かせていただきましたが、いかがだったでしょうか。
非常に重要なエピソードをお任せいただき、私も身が引き締まる思いでした。
またの機会がございましたら、ぜひよろしくお願いします!
流星の夏ノベル -
市川智彦 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年08月05日

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