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『愛憎と運命の糸車 』
月雲 左京(ib8108)


 近くの神社で盛大な祭があるという。左京は本当の姉のように慕う熾火を誘い、見物へと繰り出した。
 熾火は左京の長兄と婚約する予定だったが、アヤカシに村を滅ぼされ死別。それでも左京は彼女を「義姉」として慕っている。熾火もまた、それを受け入れていた。
 そんな姉は永久の闇を模した浴衣を、妹は鮮やかな真紅の着物を身に纏い、賑やかな祭の中を歩く。すでに夕暮れを過ぎ、夏の匂いも冷ややかなものになっていた。行灯や提灯の火は、時折やさしい風に揺られながら、周囲をぼんやりと照らす。それはまるで夜の陽炎のようだ。

 この時から、運命の糸車は廻っていた。カタカタ、カタカタと‥‥

 左京は他の祭では見たことのない屋台や売り物を見つけては「これは珍しゅうございますね」と、熾火に話しかける。姉は「ああ、そうじゃな」と微笑む。左京の好みは、義姉から勧められた朱いもの。小さな人形も甘い菓子も、朱があれば大満足。自然と笑みもこぼれるというものだ。

 祭を堪能していた左京だったが、いつの間にか真剣な表情になった熾火に「話があるから」と、わざわざ人気のない境内の片隅へと誘われた。左京は思わず不思議そうな表情できょとんとする。
「熾火様、どうなされたのでございますか?」
 ふたりの立つ場所は光も薄く、祭囃子もやや遠く聞こえる。熾火は一息つくと、不思議そうな表情を浮かべる妹の瞳を見て話し出した。
「私は、左京に謝らねばならぬ‥‥言っておかぬ事が、あるのじゃ」
 左京は姉の表情が冴えないのを悟り、ここは黙って聞くことにした。彼女が語るのは、今まで隠していた過去の真実である。


 糸車は廻る‥‥クルクル、狂ル、狂ル、ト‥‥


 左京が生まれた村は、アヤカシの襲撃を受けて滅ぼされた。これはふたりの知るところである。
 しかしこの時、熾火が状況を察知し、村に駆けつけていたというのだ。彼女がやってきた時には、すでに壊滅状態。家や畑に飛び火する邪な炎が踊り、息絶えた同胞も多かったという。そんな状況を横目に見ながら、熾火はひたすらに走った。彼女の目指す先は、左京の家族の元である。

 だが、たどり着いた先にも絶望が待ち構えていた。左京の長兄であり熾火の婚約者、そして父となるはず男は虫の息。村の状況と同じく、もはや手遅れであった。
 それでも熾火は唇を噛みながら、ふたりを揺り動かす。
「私が‥‥私が参ったからには、もう安心じゃ」
 彼女の必死さを肌で感じ取ったのか、婚約者は目を覚まし「それは、頼もしいな」とやさしく笑ってみせた。あまりにもか細い声‥‥熾火は言葉を失った。
「ハハ‥‥見ての通りだ。私も父も、今に命の火が尽きる。だからひとつだけ、頼みを聞いてくれ‥‥」
 熾火は無心で「なんなりと」と応えるが、帰ってきた言葉は驚くべきものだった。
「アヤカシの手にかかって死ぬのではなく、愛しい熾火の手で死にたいのだ‥‥」
 それを聞いた熾火の眼光が鈍く光った。死の間際に自分と出会い、望むことがこれだとは‥‥彼女は戸惑い、思わず獲物を地面に力なく落とす。
 ところがその音を掻き消すかのように、父が大声で笑ってみせた。
「それは面白い! さすがは我が息子、見事だ‥‥我が愛娘、そなたが殺せ。息子も、この私も」
 身動ぎできぬ父はカッと目を見開き、その時を待つ。婚約者も「さぁ‥‥」と声をかける。自らの最期を望むふたりが、熾火にすべてを託したのだ。

 糸車は嘲笑う‥‥カラ、カラカラカラカラ‥‥

 焼け落ちる家の轟音も耳には届かない。熾火はとっさに獲物を握り直し、婚約者の胸に的を絞る。
 その時、不意に彼の笑顔を見てしまった。不意に揺らぐ。その切っ先が、その気持ちが、ひとりの無力な女に引き戻そうとする。
 刹那、彼の口が音にならぬ声であることを呟いた。
『泣くな‥‥悲しいことじゃない‥‥』
 口元から言葉を読んだ熾火は、ぐいっと現実へ引き戻される。ふと気づけば、滂沱の涙が頬を伝っていた。
 このままでは狙いを見誤る‥‥そう感じた熾火は顔を振って涙を振り払い、決別の一突きを突き立てる。
「お、おき、び‥‥」
 急所を刺されても、彼は笑みを浮かべたまま、驚くほど穏やかに逝った。

 返す刀で、今度は父の胸元へ慈悲の刃を見舞う。その的確な一撃、見事な手並みに、父もまた笑う。
「グホッ! 見事‥‥さ、さすがは、我が、愛む‥‥」
 父は本心を伝え、静かに事切れた。

 ふたりの望みを叶えた熾火であったが、冷たくなる体に触れるわけでもなく、刃に残る血を拭き取るわけでもなく、ただ呆然とその場に立ち尽くす。目を見開き、この状況をひたすらに見続けた。
 涙に揺れる景色、家族を殺めた手の感触、そして生き残った者の辛苦‥‥それらすべてが、心の中で混ざり合う。いや、これは決して相容れない感情。混ざるはずがない。それが熾火の心に、消えない傷を作った。


 糸車は廻る‥‥狂ル狂ル、狂ル、狂ル‥‥

「そ、そんなこと……ま、まさか……」
 左京の村で起きた真実をすべて吐き出した熾火は、最後に言い添える。
「許してくれとは言わぬ、私は助けられなかったのじゃ。あの人たちを、そなたを。そなたの双子の兄君も‥‥」
 話を最後まで聞いた左京はゆるゆると首を振り、静かに涙を流した。そして熾火が予想し得る範囲の言葉を切り出す。
「何を……何を仰っているのか、わかり……ませぬ……」
 目の前にいる姉のような人は、自らの口で「父と兄を殺した張本人だ」と語った。混乱するのも無理はない。
「なぜ、何故そのようなことをなされたのですか! とと様を……にに様を!」
「頼まれた‥‥からの。唯一無二の人に、な」
 苦しげな表情から出る言葉は、まるで昔話をなぞるかのよう。だが、その物言いが左京には我慢できなかった。
「なぜ、助けて……くださら……っ!!」
 少女は言葉を伝え切らずに、その場から逃げ出すように駆け出した。

 左京はまるで熾火から逃れるかのようにただひたすら走り、気づけば祭の雑踏に身を投じていた。さまざまな光が揺らめく祭の中で、いろんな気持ちが湧いては消える。
 熾火と言い合った内容を反芻する左京の顔色は青ざめている。そして、口元を手で覆い隠しながら歩いていた。義姉に対し、よくもあんな口を利いたと、自分が信じられなくなっていた。
『何故と……どうにも出来ぬという事は、わたくしにも……理解していますのに』
 開拓者となった自分が、義姉の置かれた状況を理解できぬはずがない。彼女の自問自答は続く。
『助けてなどと、どの口が言えましょう……何も出来ぬ己がいて、何故……』
 彼女の自問自答は、徐々にただの自己嫌悪へと姿を変えつつあった。熾火を責めた自分への嫌悪感、その場にいたところで何ができたわけでもないという無力さ。それらすべてを自分のせいにし、葛藤の苦しみを誤魔化そうとした。

 そんな最中、左京は祭の大きな篝火の向こうに、見覚えのある男を見た気がした。見紛うことなどあるものか。涙に濡れる顔を手の甲で拭い、大きく目を見開く。そしてただひたすらに、その影を追いかけた。
「待って! 待ってくださいませ……っ!」
 祭に興じる人の波を掻き分け、左京は追う。
「に、に……様、わたくしを、わたくしを一人にしないでくださいませ……」
 彼女が見たのは、残酷な真実から逃れるために作り上げられた幻想だったのか。望む者に二度と会えぬ悲しみのせいか、左京は祭の端で蹲るように泣き崩れた。風も光も、言葉も感じない孤独の中で、左京は音もなくひたすらに泣き続ける。


 それでも糸車は廻る‥‥カタカタ、カタ、カタと。
 この運命は、まだ苦しみを紡ぐのだろうか。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ib7959 / 華魄 熾火 / 女 / 25  / サムライ
 ib8108 / 月雲 左京 / 女 / 16  / サムライ


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、市川智彦でございます。
この度はご発注いただきまして、誠にありがとうございました。

義姉の告白が始まる前の左京、葛藤する左京など、楽しく書かせていただきました。
非常に重要なエピソードをお任せいただき、私も身が引き締まる思いでした。
またの機会がございましたら、ぜひよろしくお願いします!
流星の夏ノベル -
市川智彦 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年08月05日

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