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『ショート・サマー・トリップ side White 』
宇田川 千鶴ja1613


 海へ行きませんか。ちょうどほら、ここに旅行券が。
 ……何もしてませんよ? ただ『頂いた』だけです。

 にこにこにこ。
 いつも通りの笑顔を崩すことなく、石田 神楽は卒業生から譲り受けたというチケットを宇田川 千鶴へ提示した。
 対する千鶴の表情は、やや、引き攣っている。
 海。
 夏の海。
 石田 神楽と、夏の海。
 想像してみる。
「……海? 神楽さん、夏の太陽とか溶けへん? 大丈夫?」
「大丈夫だと思いますよ。溶ける前に一瞬で気化しますから」
 にこにこにこ。
 失礼かな、とも思った素朴な疑問に対し、更に不穏な返答と笑顔。
「というわけで、水着の準備、お忘れなく」
「は? え? 水着……? 水着……」
 予定があるからと、先に席を立った神楽の背を、呆然として千鶴は見送った。
 学園の食堂の冷房が、心なしか強くなったように感じた。



●side White
「どうしてこうなった」
 暑さにやられた冗談、というわけではないようで。
 学園からの帰り道、着ていく水着を選ぶために慌てて店へ駆けこんで、千鶴は遠い目をして呟いた。
(神楽さんの性格的に、海は絶対ないと思っとった……)
 油断ならない、とはこのことか?
 ファッションショーでなし、道行く人すべてが自分の水着姿を見るでなし、見てどうこう言うでなし、
「…………」
 かといって、かといって!
(スタイルとかの文句は受け付けんからな!)

 なんとか選び終えた帰り道、日帰り旅行に必要なものを買いに雑貨店へ立ち寄る。
「神楽さん、強い日差しの下にいたら即倒れそうよな……。防止アイテムとか回復アイテムとか、ええのあるやろか」
 帽子、とか?
(ないな)
 想像して、却下する。確かに必需品ではあるだろうが、破壊的に似合わなかった。少なくとも想像の中では。
(お洒落とは程遠そうやしなぁ……。ダサイんとは違うし、いきなりお洒落になってもびっくりやけど)
 本人が聞いたら苦笑いしそうなことを考えながら、あれこれと買い込んでいく。
「あ、宇田川さん」
「筧さんや。旅行券、おおきにでした」
 卒業生がこの時間に久遠ヶ原に居るということは、やはり神楽とのやりとりはあったようだ。
「うん、二人で海、楽しんできてね」
「…………」
「どうかした?」
「あ、いえ」
(そういや、なんで旅行券? 神楽さんに何か弱み握られた?)
 こうして会話をしている分には、様子に変化は見られない、が。
「なんで、二人分の旅行券なんて持っとったんです?」
「え?」
「え」
「…………」
 ふい、と卒業生が目を逸らす。
 旅行券…… 神楽が持ち帰ったのでしっかりとは見ていなかったけれど、期限があった?
 今は、8月、で……
「…………」
「…………」
 互いにそれ以上は言及せず、曖昧な笑顔で別れた。




 列車を降りるなり、強い潮風が吹き付けてくる。
 小さな駅だったが、海を目指す人々でごった返していた。
 海水浴場は、最寄駅から徒歩10分。
 陽光を受けてキラキラ輝く海面が、ここからも見えた。


「人が多いのは流石夏、という感じですか」
 軽い荷物を肩にかけ直し、神楽が周囲を見渡す。
 芋洗い状態、とまではいかないが、ビーチチェアで日光浴、は確実に無理な様子だ。
「家族連れが多いねぇ。なんや、見てて和むわ」
 オシャレなリゾート地ではないあたり、あの卒業生が持っていた旅行券らしいといえば、らしい。
「それでは、着替えたらここへ戻ってくるということで、よろしいですか?」
「……う、うん。ほな。たどり着くまでに気化したらあかんで、神楽さん」
「はっはっは」
 小さな緊張を笑いに変えて、二人はそれぞれの脱衣所へと向かった。


(日焼け止め…… いや、遅いですね)
 黒地に白のラインが入ったトランクスタイプの水着にパーカーを羽織り、暑いのでたまらずフードも被りながら神楽は千鶴を待つ。
 上半身は上着で保護できても、脚まで考えていなかった。……大丈夫だとは思いたい、が。
「遅なってごめん、神楽さん。思ったより混んどって…… ……なんやねん、何が言いたい」
 神楽の視線を受けて、じりりと千鶴が後ずさる。
 白いロング丈のパーカーの下には、ショートパンツを重ねるタイプのビキニ。すらりと伸びた白い足の先に、水着と色を合わせたビーチサンダル。
 突拍子のない色合いでもなし、じっくり見せるようなものでも…… ものでも……

「神楽さんにお洒落させるより、水着姿を先に見ようとは」

 逆に、千鶴が神楽をまじまじと見つめてしまう。自身の照れが一気に吹き飛んだ。
「……ノーコメントでお願いします」
 何が突拍子のないといえば、自分と海と水着という組み合わせなのだろうと思う。
 皆まで言うな。
「千鶴さんは水着お似合いです。こうして見るのは初めてですね〜」
「ん……。海、入ろか。神楽さんが溶けへんか心配になってきたわ」
 少なくとも、水の中で熱中症にはなるまい。
 互いに気まずい話題を避けつつ、波打ち際へと向かっていった。


 ひと潜りして、飛沫をあげて海面から顔を出す。
「はーー、人は多いけど、水の中は気持ちええね」
「ええ、なんとか溶けずに済みました」
 あとはビーチボールを抱いて、互いに泳ぐでもなく水中の浮遊感を楽しむ。
 家族連れは浅瀬で遊んでいるから、沖まで出てしまえば静かなものだった。
 波は穏やかで、マリンスポーツを嗜む若者も少ない。
 時折、小魚が足先をすり抜けていく感触がくすぐったい。
 一度海水に身を浸せば、日差しの強さも少しは和らいで感じられた。
 プールとは違う、撃退士ばかりの久遠ヶ原の海とも違う、ありのままの自然を全身で受け止める。
「なんや……自分がちっぽけに感じるなぁ」
 スイ、と青空を眺めながら、千鶴が手足を伸ばした。体の力を抜いて、波に任せて水面に浮く。
 空の青、海の青、互いに限りなく広がる青に、挟まれて。
 飛行機雲が伸びてゆくのを、ぼんやり見送る。
 天使だ悪魔だ、血で血を洗う喧騒から遠く離れた場所で、自分ひとり、そして大切な人ひとりの命だけを傍に感じている。
「すべてを忘れてしまいそうになりますね」
 余計なものが何もない景色。何一つとして余計なものにはならない景色。
 同じ青に浸り、神楽もまた、のんびりとした声で呟いた。


 夏休み。
 学園ではそう銘打っても、天魔を巡る依頼が無くなることはない。
 それでも、たまにはこうやって。
 体と心を休めるための時間を、与えてくれているのかも知れなかった。
 穏やかな波に身を任せ、こうして二人で過ごす時間を、きっとこの先に何度も思い返すのだろう。




 存分に海を楽しみ、浜辺の混雑が収まってきた頃合いを見計らって海の家へ向かう。
 折角だから行きましょうか――、そう言ったのは神楽だが、海から上がるなり足元がおぼつかない。
「だ、だいじょうぶ? 神楽さん」
「いやぁ…… 体力、消耗しますねぇ」
 戦闘時は比較にならないほど体力を使っているはずだが、リラックスした状態だとまた違うらしい。
 できるだけ日差しのきつくない場所を選んで、二人は軽食と冷たいものを頼む。
 オーダーを済ませ、千鶴もまた、溶けた。
「するねぇ、消耗……」
 椅子に座ったところで、反動がようやく来たらしい。ぱたりとテーブルに突っ伏す。
 体は重いけれど、耳には元気な子供たちの声が届く。
 夏の海は大人気で、ひっきりなしに人が訪れる。
 観光客もいれば、地元の人間もいるようだ。言葉や表情から、なんとなくわかるから面白い。
 浮き輪を肩にかけ、走り回る子供。
 バケツ一杯に貝やらヤドカリやらを収穫し、得意げにしている子供。
 良いところを見せようとしては、波に流される砂の城に打ちひしがれる大人もいた。
「楽しそうやねぇ」
 眺めながら、千鶴は呟いた。
「楽しいですねぇ」
 そんな千鶴を優しく見下ろして、神楽が笑った。
 味付けの濃い焼きそばも、潮風と一緒なら美味しく感じるから不思議だ。
 自分たちで作るのもいいけれど、こうして見知らぬ誰かが作ったものを味わうのも楽しい。
「かき氷は、ちょっと冒険でけへんかったな……」
「コーラミルクは、また別の機会に別の方に挑戦してもらいましょう」
「せやねぇ」
 さらりと酷い言葉を交わし、千鶴は宇治金時に目を細めた。


「少し、歩きましょうか」
 休憩を終えた頃には太陽の位置も変わっていて、日差しもキツくなくなっていた。
 遠くに岩場があるのを海から確認していたから、そこまで行ってみようと神楽が提案する。
「こっちまで来ると静かやねぇ」
「ええ、子供たちが先にはしゃぎ倒したようですね」
 そういえば、蟹やらなにやら収穫していた子供らは、こちらから走ってきたように思う。
 良い具合に、すれ違いとなったようだ。
 喧騒から離れ、会話のほかには波の音だけ。
 岩がちょうど影になり、涼しい風が吹き込んでくる。パーカーを羽織ったくらいで心地良い。
 時折、小さな蟹が岩の間を駆けては消える。

「今日は、誘ってくれておおきにね」

 乾き始めた髪に指を通しながら、千鶴がポツリと。なんだか照れくさくて、正面からは伝えにくい。
 海、太陽、水着
 単語だけを並べれば、物怖じしてしまう要素ばかりだったけれど、来てよかったと今なら思う。
 神楽から誘われなければ、二人でこうして来ることもなかったかもしれない、とも思う。
「こちらこそ、お付き合い頂き感謝です。また来たいですね」
 そんな千鶴の内心を知ってか知らずか、神楽も常と変らぬ笑顔で。
「うん」
 当たり前のような約束が、嬉しい。




 夕暮れの、赤い光で列車内が包まれる。
 定期的な振動だけが響く。
 互いの肩にもたれ合い、神楽と千鶴は程よい疲労感を睡眠に落とし込んでいた。


 過ぎてしまえばあっという間の、夏の一日。
 目をつぶっても、鮮やかな青が記憶に焼き付いていた。




【ショート・サマー・トリップ side White 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485/ 石田 神楽  / 男 /22歳/ インフィルトレイター】
【ja1613/ 宇田川 千鶴 / 女 /20歳/ 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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『日帰り旅行in夏の海』お届けいたします。
旅行前日、準備タイムをそれぞれの視点で差し替えております。
水着と言えば女子の華であるはずなのに……真っ先に我が目を疑ったことを告白いたします……。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月05日

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