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『ショート・サマー・トリップ side Black 』
石田 神楽ja4485


 海へ行きませんか。ちょうどほら、ここに旅行券が。
 ……何もしてませんよ? ただ『頂いた』だけです。

 にこにこにこ。
 いつも通りの笑顔を崩すことなく、石田 神楽は卒業生から譲り受けたというチケットを宇田川 千鶴へ提示した。
 対する千鶴の表情は、やや、引き攣っている。
 海。
 夏の海。
 石田 神楽と、夏の海。
 想像してみる。
「……海? 神楽さん、夏の太陽とか溶けへん? 大丈夫?」
「大丈夫だと思いますよ。溶ける前に一瞬で気化しますから」
 にこにこにこ。
 失礼かな、とも思った素朴な疑問に対し、更に不穏な返答と笑顔。
「というわけで、水着の準備、お忘れなく」
「は? え? 水着……? 水着……」
 予定があるからと、先に席を立った神楽の背を、呆然として千鶴は見送った。
 学園の食堂の冷房が、心なしか強くなったように感じた。



●side Black
 時間は、少々遡る。
 学園は夏休みといえ、常時、依頼は斡旋所に貼り出されていて。
 自分の能力を生かせる何かはないかとチェックするのは日課の一つ。
 昼には、冷房の効いた学食で千鶴と雑談をしたり互いの成果を報告しあったり…… そんな具合の、穏やかな日常を繰り返していた。
「あれ、石田君だ」
「ああ、筧さん。お久しぶり……でしょうか」
 斡旋所の前で貼り出された依頼を見上げている赤毛の卒業生が、神楽の足音に気づいて振り向いた。
「かもね、顔あわせるのは。元気だった? 白いけど」
「……白い、ですか」
 筧 鷹政の一言に、少しだけ神楽の笑顔が動く。
「日焼けしにくい肌質ってあるよなー。女の子たちは、この時期大変そうだけど。羨ましがられるんじゃないの、石田君」

 にこにこにこにこにこにこにこにこにこ。

 地雷を踏みぬいた。鷹政はそう思った。


 そんな流れから、日帰りの海水浴チケットを『頂いた』わけである。
 神楽は何もしていない。そこに嘘はない。何も、していない。
「とはいっても、日焼けは勘弁なんですよね……」
 白い、と言われたことを気にしているわけではない、日光に弱いのだ。
 長袖のパーカーを用意し、
「水着……」
 自分で千鶴に念を押したはいい、が。
 購入したきり、一度も日の目を浴びていない物を引っ張り出す。
(気化、しそうですね……)
 夏の海、遮るもののない日差しの強さを思い浮かべる。
(まあ、なんとかなるでしょう)
 千鶴と二人で、遠出をするなんて思い返せば初めてかも知れない。
 自分のことはともかく、なんて考える程度に、神楽も少しだけ浮かれているようだった。




 列車を降りるなり、強い潮風が吹き付けてくる。
 小さな駅だったが、海を目指す人々でごった返していた。
 海水浴場は、最寄駅から徒歩10分。
 陽光を受けてキラキラ輝く海面が、ここからも見えた。


「人が多いのは流石夏、という感じですか」
 軽い荷物を肩にかけ直し、神楽が周囲を見渡す。
 芋洗い状態、とまではいかないが、ビーチチェアで日光浴、は確実に無理な様子だ。
「家族連れが多いねぇ。なんや、見てて和むわ」
 オシャレなリゾート地ではないあたり、あの卒業生が持っていた旅行券らしいといえば、らしい。
「それでは、着替えたらここへ戻ってくるということで、よろしいですか?」
「……う、うん。ほな。たどり着くまでに気化したらあかんで、神楽さん」
「はっはっは」
 小さな緊張を笑いに変えて、二人はそれぞれの脱衣所へと向かった。


(日焼け止め…… いや、遅いですね)
 黒地に白のラインが入ったトランクスタイプの水着にパーカーを羽織り、暑いのでたまらずフードも被りながら神楽は千鶴を待つ。
 上半身は上着で保護できても、脚まで考えていなかった。……大丈夫だとは思いたい、が。
「遅なってごめん、神楽さん。思ったより混んどって…… ……なんやねん、何が言いたい」
 神楽の視線を受けて、じりりと千鶴が後ずさる。
 白いロング丈のパーカーの下には、ショートパンツを重ねるタイプのビキニ。すらりと伸びた白い足の先に、水着と色を合わせたビーチサンダル。
 突拍子のない色合いでもなし、じっくり見せるようなものでも…… ものでも……

「神楽さんにお洒落させるより、水着姿を先に見ようとは」

 逆に、千鶴が神楽をまじまじと見つめてしまう。自身の照れが一気に吹き飛んだ。
「……ノーコメントでお願いします」
 何が突拍子のないといえば、自分と海と水着という組み合わせなのだろうと思う。
 皆まで言うな。
「千鶴さんは水着お似合いです。こうして見るのは初めてですね〜」
「ん……。海、入ろか。神楽さんが溶けへんか心配になってきたわ」
 少なくとも、水の中で熱中症にはなるまい。
 互いに気まずい話題を避けつつ、波打ち際へと向かっていった。


 ひと潜りして、飛沫をあげて海面から顔を出す。
「はーー、人は多いけど、水の中は気持ちええね」
「ええ、なんとか溶けずに済みました」
 あとはビーチボールを抱いて、互いに泳ぐでもなく水中の浮遊感を楽しむ。
 家族連れは浅瀬で遊んでいるから、沖まで出てしまえば静かなものだった。
 波は穏やかで、マリンスポーツを嗜む若者も少ない。
 時折、小魚が足先をすり抜けていく感触がくすぐったい。
 一度海水に身を浸せば、日差しの強さも少しは和らいで感じられた。
 プールとは違う、撃退士ばかりの久遠ヶ原の海とも違う、ありのままの自然を全身で受け止める。
「なんや……自分がちっぽけに感じるなぁ」
 スイ、と青空を眺めながら、千鶴が手足を伸ばした。体の力を抜いて、波に任せて水面に浮く。
 空の青、海の青、互いに限りなく広がる青に、挟まれて。
 飛行機雲が伸びてゆくのを、ぼんやり見送る。
 天使だ悪魔だ、血で血を洗う喧騒から遠く離れた場所で、自分ひとり、そして大切な人ひとりの命だけを傍に感じている。
「すべてを忘れてしまいそうになりますね」
 余計なものが何もない景色。何一つとして余計なものにはならない景色。
 同じ青に浸り、神楽もまた、のんびりとした声で呟いた。


 夏休み。
 学園ではそう銘打っても、天魔を巡る依頼が無くなることはない。
 それでも、たまにはこうやって。
 体と心を休めるための時間を、与えてくれているのかも知れなかった。
 穏やかな波に身を任せ、こうして二人で過ごす時間を、きっとこの先に何度も思い返すのだろう。




 存分に海を楽しみ、浜辺の混雑が収まってきた頃合いを見計らって海の家へ向かう。
 折角だから行きましょうか――、そう言ったのは神楽だが、海から上がるなり足元がおぼつかない。
「だ、だいじょうぶ? 神楽さん」
「いやぁ…… 体力、消耗しますねぇ」
 戦闘時は比較にならないほど体力を使っているはずだが、リラックスした状態だとまた違うらしい。
 できるだけ日差しのきつくない場所を選んで、二人は軽食と冷たいものを頼む。
 オーダーを済ませ、千鶴もまた、溶けた。
「するねぇ、消耗……」
 椅子に座ったところで、反動がようやく来たらしい。ぱたりとテーブルに突っ伏す。
 体は重いけれど、耳には元気な子供たちの声が届く。
 夏の海は大人気で、ひっきりなしに人が訪れる。
 観光客もいれば、地元の人間もいるようだ。言葉や表情から、なんとなくわかるから面白い。
 浮き輪を肩にかけ、走り回る子供。
 バケツ一杯に貝やらヤドカリやらを収穫し、得意げにしている子供。
 良いところを見せようとしては、波に流される砂の城に打ちひしがれる大人もいた。
「楽しそうやねぇ」
 眺めながら、千鶴は呟いた。
「楽しいですねぇ」
 そんな千鶴を優しく見下ろして、神楽が笑った。
 味付けの濃い焼きそばも、潮風と一緒なら美味しく感じるから不思議だ。
 自分たちで作るのもいいけれど、こうして見知らぬ誰かが作ったものを味わうのも楽しい。
「かき氷は、ちょっと冒険でけへんかったな……」
「コーラミルクは、また別の機会に別の方に挑戦してもらいましょう」
「せやねぇ」
 さらりと酷い言葉を交わし、千鶴は宇治金時に目を細めた。


「少し、歩きましょうか」
 休憩を終えた頃には太陽の位置も変わっていて、日差しもキツくなくなっていた。
 遠くに岩場があるのを海から確認していたから、そこまで行ってみようと神楽が提案する。
「こっちまで来ると静かやねぇ」
「ええ、子供たちが先にはしゃぎ倒したようですね」
 そういえば、蟹やらなにやら収穫していた子供らは、こちらから走ってきたように思う。
 良い具合に、すれ違いとなったようだ。
 喧騒から離れ、会話のほかには波の音だけ。
 岩がちょうど影になり、涼しい風が吹き込んでくる。パーカーを羽織ったくらいで心地良い。
 時折、小さな蟹が岩の間を駆けては消える。

「今日は、誘ってくれておおきにね」

 乾き始めた髪に指を通しながら、千鶴がポツリと。なんだか照れくさくて、正面からは伝えにくい。
 海、太陽、水着
 単語だけを並べれば、物怖じしてしまう要素ばかりだったけれど、来てよかったと今なら思う。
 神楽から誘われなければ、二人でこうして来ることもなかったかもしれない、とも思う。
「こちらこそ、お付き合い頂き感謝です。また来たいですね」
 そんな千鶴の内心を知ってか知らずか、神楽も常と変らぬ笑顔で。
「うん」
 当たり前のような約束が、嬉しい。




 夕暮れの、赤い光で列車内が包まれる。
 定期的な振動だけが響く。
 互いの肩にもたれ合い、神楽と千鶴は程よい疲労感を睡眠に落とし込んでいた。


 過ぎてしまえばあっという間の、夏の一日。
 目をつぶっても、鮮やかな青が記憶に焼き付いていた。




【ショート・サマー・トリップ side Black 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja4485/ 石田 神楽  / 男 /22歳/ インフィルトレイター】
【ja1613/ 宇田川 千鶴 / 女 /20歳/ 鬼道忍軍】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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『日帰り旅行in夏の海』お届けいたします。
旅行前日、準備タイムをそれぞれの視点で差し替えております。
水着と言えば女子の華であるはずなのに……真っ先に我が目を疑ったことを告白いたします……。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月05日

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