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『ゼロに近づく〜Side I 』
雨鵜 伊月jb4335


●海へ行こうよ

 まるで何かのついでの様な伊月の言葉に、すみれは目を見開いた。
「せっかくの夏なんだし。一度ぐらい泳ぎに行ってもいいかなと思ってさ」
 考え込むように無言でうつむくすみれに、伊月は少し不安になる。
(あれ? ……もしかして警戒されてる?)
 別に変な下心なんかないんだぞ。そう言い訳しようと口を開きかけた所で。
「お天気だったらいいのにね」
 すみれがただ、そう呟いた。

 そして当日は申し分のないお天気。
 早々に水着に着替えて出てきた伊月は、待ち合わせのベンチでぼんやりと海を眺める。
(すみれ、本当は乗り気じゃなかったのかなあ)
 単なる幼馴染ではない特別な存在。
 伊月にとってのすみれは、もうずいぶん昔からそうだった。
 それでも本心を告げたら、引っ込み思案なところのあるすみれの心が、自分から離れて行ってしまいそうで。
 だが自分でも判っているのだ。
 いつまでもこんな状態のままでいられるわけではない。
 だから機会を作っては、なんとか進展させようともがいて来たのだ。
(せめてすみれの気持ちがわかればなあ……)
 伊月は溜息をつき、頭を掻いた。


●魅惑のマーメイド

「いっくん、おまたせー!」
 すみれの声に、いつも通りの柔和な笑顔で伊月が振り向き、そのまま一瞬固まる。
 ……思っていたより、はるかに可愛い!
 そこで止めておければいいのだが、そこは健康な男子の事。
 息苦しいまでに小さな水着に押し込められた胸元の谷間や、すらりと伸びた腿の白さに、思わず見入ってしまう。
「お……おかしいかな……?」
 伊月の固い反応に戸惑うすみれがビーチボールを抱きしめると、胸が透明なビニールに押さえつけられてまたもや大変なことに。
「えっ、あっ……ごめん。み、水着にあってるよ」
 ほんの少しだけ後ろめたい気分で、思わず視線を逸らした伊月。
 そこでようやく、通り過ぎる男たちの視線がすみれに注がれるのに気付いた。中には小さく口笛を鳴らす者もいる。
(何見てんだよ……!)
 温和な性格の伊月だが、流石にこれにはカチンとくる。
 すみれは、少し怯えたように目を伏せている。
 その目線の先に、伊月の手が差し出された。
「行こうか」
「……うん!」
 すみれは顔を輝かせて、その手を握り返す。
 子供のころからずっと知っている、優しくて暖かい手だ。

「そのビーチボール、どうすんだ?」
 並んで波打ち際へ歩きながら、伊月がふと尋ねる。
「えっと……」
 実はすみれは泳ぎが苦手だ。
 さすがに浮輪は恥ずかしいと思い、代わりにビーチボールを持ちこんだのだが。
「それちゃんと空気入ってる? ちょっと見せて」
 伊月はどこか力不足なビーチボールを軽く押さえると、空気栓を引っ張り出す。
「もうちょっと空気入れた方がいいな」
「すっごく頑張ったんだけどなあ」
 すみれが口をとがらせる。自分としては限界まで挑戦し、危うく貧血で倒れそうになった程だ。
 それでも伊月が息を吹き込むと、ボールが膨らむのが見て判った。
「こんなもんかな? やりすぎると割れるかもしれないし」
「わあ、ありがとう!」
 手渡しながら、ふとあることに気付き、伊月は顔に血が上るのを感じた。
(あれ? これってもしかして間接……)
 すみれは知ってか知らずか、ボールを抱きしめ波を蹴散らして行く。


●波間の出来事

 眩しい日差しを照り返し、輝く波は穏やかだった。
 浮輪を引っ張られてはしゃぐ子供や、大きなイルカの浮袋につかまった女の子の間に、ビーチボールを抱えたすみれもぷかぷか浮いている。
「海、きれいだね……!」
「さすがにここまでくると、青く見えるな」
 伊月が爪先立ちになる位の深さのところまで来ると、水が少しひんやりと感じられるようになった。
「あんまり離れないでね?」
「判ってるって」
 すみれの強張った顔に、伊月は思わず笑ってしまう。
「でももう少し沖に行くなら、浮輪があった方がいいかな?」
「ううん、ここでいいよ。あんまり遠くは怖いもん」
 よいしょ、と勢いをつけて、すみれはビーチボールに乗っかった。
 が、そのとき。
「きゃああっ!?」
「すみれっ!!」
 ビーチボールは思わぬ方向に回転し、すみれを海へと放り出した。
「いっくん! もがもがもが……」
 パニックになりながら、すみれは必死の思いで手を伸ばし、伊月を呼ぶ。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
 足のつく所とはいえ、溺れている者に正面から近付くのは得策ではない。
 伊月は軽く潜ると、背後からすみれを抱き締めた。

「こ、怖かった……! 怖かったあ……!!」
「わ、判った、怖かったな……!」
 おうむ返しに返事しながら、伊月は軽いめまいを感じていた。
 一度意識しだすと、状況は余りに異常だった。
 裸同然で、これ以上ない位に密着しているのだから。
 冷たい水の中で、回した腕にすみれの暖かく柔らかいバストが密着。遮るのはただ、薄い水着の布だけだ。
 おまけに、滑らかで張りのある内腿が、自分の片腿に絡みついている。
「ちょっと、ごめん、すみれ、ほんと落ちついて……!」
 次第に息が上がるのは、泳ぎが苦しいからではない。
 咄嗟に足を引き離そうとして身体を捻ると、両手がすみれの胸を掴む形になった。
「きゃっ……!?」
「あっごめん……!!」
 それですみれもようやく落ち着いた。向き直ると、伊月の首にやや遠慮がちに腕を回す。
 だがそのお陰で、否応なしに伊月の眼前には谷間の眺めが。
 赤面し、思わず目を逸らす伊月の様子に、さすがのすみれも気付いた。
 ほんの僅かの間考え込むような眼をすると、小声で囁く。
「えっと……触りたかったら触ってもいいよ……?」
 伊月は捕まえたビーチボールを、思わずすみれの頭に押しつける。
「むぎゅ!?」
「な、何言ってんだよ。とりあえず……岸行くぞ!」
 ビーチボールにつかまり、すみれはほんの少しだけ泣きたいような気分になった。


●岩陰

 子供のころからよく知っている相手だから、すみれの感情の動きは伊月には良く判る。
 とりあえず今は、何か不満があるようだ。だが伊月にだって言いたい事はある。
 日に照らされた砂浜を歩くと、すみれもとぼとぼと後をついて来た。
 黙って歩いているうちに、海に突き出た岩山に行く手を遮られる。
 海水浴場はここで終わりだ。この辺りでは砂も荒くなり、シートを広げる人もいない。
 足を止めると岩壁に手をかけ、伊月は黙ったまま足元の海を覗き込む。
 暫くの後、沈黙に耐えきれなくなったすみれが、たまらず口を開く。
「いっくん、何か怒ってる……?」
 すみれの小さな、何処か頼りなげな声に、伊月の中で何かが切れた。
 突然向き直ると、珍しくきつい目つきになる。
「……さっきのあれ、なんだよ」
「え……?」
 すみれは思わず身を引いた。
 幼馴染の優しい少年が、突然『男』の顔になる。
 自分の知らない何かが伊月の中に潜んでいることを、本能が告げた。
 思わず後じさりすると、ほんの数歩で背中が岩に当たる。
 と同時に、顔のすぐそばに、伊月の手が力強く突き出された。
 少し……怖い。
 でも何故か頭の隅には、背中が少し痛いな、と、どうでもいいことが浮かぶ。
「俺はすみれにとって、その程度の相手ってことかって聞いてるんだよ」
 身体を寄せて、際どい言葉でからかって。
 それでも怖くない『幼馴染』でしかないのかと。
 自分はいつまでも『仲良しのいっくん』で、一人の男としては見られないのかと。
 伊月の胸の内に沸き起こった、少し凶暴な感情。
 泣き出しそうに僅かに歪むすみれの表情に、それが一層煽られる。

 その瞬間。
「ちがうもん」
 すみれが大きな瞳を潤ませ、伊月を見上げた。
「別に幼馴染だからってわけじゃないもん……いっくんだからだもん」
 桜色の唇が、震えていた。
 いっくんだから、水着姿を見て欲しかったのに。
 いっくんが一緒だから、足の届かない沖まで行ったのに。
 いっくんが抱きしめてくれたから、だから……
(私、そんな女の子じゃない。どうして分かってくれないの……?)
 悔しくて、悲しくて。
 睨みつけるように見つめた伊月の顔が、揺れた。
(え……?)
 見間違いかと思った。スローモーションのように、伊月の顔が近付いて来る。
 すみれは戸惑いながらも、長い睫毛に覆われた瞼を、ゆっくりと閉じた。
 胸の鼓動がどんどん大きく、早くなる。
 薄く開いた唇が、微かに震えた。

 だが甘く切ない予感は、予感のままに霧散した。
「おー、なんかここ魚いそうじゃねー?」
「ヤドカリとってー! ヤドカリー!」
 賑やかな声が近付き、伊月は素早く身体を離してしまったのだ。


●殻の距離

 少し傾いた太陽の光に、蝉の声が湧き上がる。
 海沿いの道をすみれと並んで歩きながら、伊月の心は空気の抜けたビーチボールのようだった。
(なんか、すごい恥ずかしいんだけど……)
 あれからずっと、まともにすみれの顔が見られないのだ。
 思えば、今日の自分はどうかしている。
 一人で熱くなって、一人で怒って。
 引っ込み思案なすみれが、自分が誘えばいつでも嫌がらずについて来てくれる。
 それこそが他の誰よりも自分を信頼している証ではないか……。

 すみれは漏れ出そうになる溜め息を、何とか抑え込んでいた。
(なんでこう間が悪いのかな)
 だがそう思うのは、心の中が嬉しい気持ちで満たされているからだ。
 いっくんは他の男の人と違って、周りにいた水着の女の子を見たりしなかった。
 いっくんはただ、私が幼馴染だから遊びに誘ってくれてる訳じゃないと思っていいんだよね。
 私のこと、特別な女の子だって思ってくれてるんだよね。
(でも……)
 すみれは黙って、伊月の手に自分の小さな手を添えた。
(ちゃんと付き合ってって言葉にしてくれないと、いつまでも幼馴染のままだよ?)
 幼馴染という、安全で快適な殻の中。
 それはとても心地よい場所だけど、もうそろそろ叩き壊して、もっと近づいて。

 少女は少年より、ほんの少しだけ先に大人になる。
 だから時々、少年が思うよりもちょっと大胆で。
 思わぬ仕草で、心をざわめかせたりもする。
 不意に無言のままで添えられた手の感触に、伊月の心臓は跳ね上がる。
 そっと横目で伺うと、すみれは何食わぬ顔で前を見つめていた。
 見慣れた横顔が、ちょっと普段より大人びて見えるのは何故だろう。
 しなやかに自分の指に絡まる指を、伊月は躊躇わずに捕まえた。
 今は、言葉の代わりに。ギュッと力を籠める。
 でもいつか、この気持ちを素直に言葉で伝える日が来ると良いと思うのだ。


 いつか二人の距離がゼロに近づく、その日まで。
 急かすように惜しむように、愛おしい日々を重ねて行こう。
 二人らしく、一歩ずつ。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja6392 /  菊開 すみれ / 女 / 16 / インフィルトレイター】
【jb4335 / 雨鵜 伊月 / 男 /  19 / ディバインナイト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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自分比で限界までラブラブにしてみたつもりですが、いかがでしたでしょうか。
なんだか彼氏の方がかなり振り回されているように見えるのですが、それもまたよし。
頑張ってください、と声援をお送りいたします。
最初の段落が同時にご依頼いただいたもう一本と、少し内容が変わっております。
併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠にありがとうございました。
流星の夏ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月05日

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