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『橙色の灯火の中。 』
浅間・咲耶ja0247

 ほんのり感じるようになった肌寒さが、確かな季節の移り変わりを否応なしに感じさせた。いつまでも続くかのような夏が確かに過ぎ去り、木の葉色付く秋すらも駆け足で過ぎ去ろうとしている――そんな季節。
 もう少しすれば、暦の上では冬になる。それを追い掛けるように季節の方も、やがて芯から凍えるような、張り詰めるような冷たさを伴って、やがて世界を白く閉じ込めて行くのに違いない。
 ――彼らが『ハロウィン・パーティーをしてみようか』と話したのはちょうど、そんな頃合いのことだった。それは浅間・咲耶(ja0247)が提案したのだったか、伊那 璃音(ja0686)がやってみたいと言ったのだったか――けれどもそんなのは、些細な事で。
 黄昏時。誰そ彼時とも言われるその、昼と夜が混じり合い、現と夢が混じり合い、アチラとコチラが曖昧になる時間。
 璃音が部長を勤める散策同好会の部室は、今日ばかりはハロウィンに相応しく、咲耶と璃音で飾り付けが済んでいた。カーテンレールにセロテープで折り紙の飾りを貼り付けたり、壁に如何にもハロウィンらしい、パンプキンモンスターの大小様々なぬいぐるみを吊したり。
 それは黄昏の光の中で見ると、昼間に飾り付けた時よりもずっと、アチラとコチラの境を繋ぐのに相応しい。ハロウィンは一説には、かつてケルトの人々が、人々に害悪を成す悪しき魔女や精霊から身を守るため、魔よけの焚火をたいて夜を過ごしたのが始まりだと言われている。
 だから今、部室の中を照らすのももちろん、魔よけの焚火から始まったとされるカボチャのキャンドルだけ。散策同好会の、咲耶と璃音の他にもう1人居る部員は、今日は外出中で姿が見えない。
 だから――今日、このハロウィン・パーティーに参加するのは2人の他には、咲耶の飼い猫のサクラだけ。真っ白な毛並みが美しい子猫は、今はあちらこちらに飾られたオレンジの飾りを興味深そうに、尻尾をゆらゆらしながら見つめている。
 その眼差しが、ひょい、と飼い主達に向けられて、キョトンと小さく首を傾げた。それを見た咲耶と璃音は、くすりと微笑んで顔を見合わせる。
 ハロウィン・パーティーなのだから、今日は2人もせっかくだから、それぞれに趣向を凝らした仮装に身を包んでいた。それがきっとサクラには、普段は見ない人を見るかのように、不思議な心地がしたのに違いない。
 互いに互いを見やっても、やっぱり不思議な心地だった。咲耶は黒いシルクハットのドラキュラ、璃音はエルフ耳の魔法使い。どちらもとても幻想的で、キャンドルに照らされた部室の中ではなおさらに、まるで本当に曖昧になった境の向こうから、アチラの生き物がやって来たのではないかと錯覚をしてしまいそうだ。
 くすり、友人の距離で顔を寄せて笑い合って、用意しておいたお茶のポットにお湯を注ぐ。咲耶が切り分けたパンプキンケーキをお皿に取り分けて、幾つか用意したお菓子をパーティー開きにしてテーブルの真ん中に広げておいた。

「サクラの分は、これ」
「はいサクラちゃん、これもあげる」
――ぅなー。

 そんな様子をじっと見ていた白い子猫の前にも、小さく切り分けたケーキと、それからミルク皿に注いだ真っ白なミルクがカタリと置かれる。満足そうに鳴いた子猫に柔らかく目を細め、咲耶と璃音もそれぞれのケーキの前に座った。
 紅茶で乾杯なんて、似合わない。けれどもそんな気分だから、ほんの少しだけカップを掲げて、微笑みを交わして口を付ける。
 パンプキンの鮮やかな、ちょっぴりくすんだ黄色いクリームに彩られたケーキは、スポンジもカボチャ色で、口に含むとふぅわりと甘かった。ん、と思わず頬を綻ばせた璃音に、咲耶がクリームのようにふぅわり目を細める。

「気に入った? 知り合いのお勧めのお店で買ってきたんだ」
「うん。美味しい。ありがとう、咲耶君」

 そうして小さく首を傾げた咲耶に、璃音はこっくり頷いて礼を言った。甘いケーキは優しい味で、心の中にまで染み渡って行くようで。
 美味しいと、もう一度呟いてもう一口ケーキを口に運んだ、璃音に目を細めて咲耶も、パンプキンの甘いケーキを口に運ぶ。彼女が気に入ってくれて、良かったと思う。
 ゆらゆらと、揺れるキャンドルの灯りがオレンジ色に部室を照らし出して、ゆらゆらと揺れる影がまるで別の生き物のよう。サクラがそれに目を丸くして、捕まえようと小さな手を一生懸命伸ばすのが、微笑ましくて可愛らしい。
 くすくすと、笑って折り紙の鎖を揺らして見せると、途端に走ってきたサクラが両手で抱え込むようにじゃれついた。そうして、あっという間にくしゃくしゃになった折り紙を、それでもしっかりと両手で抱えたまま、がじがじ噛み付いていて。
 困ったなというように、咲耶がそんなサクラを折り紙ごと抱き上げて、膝の上に乗せた。そうして璃音が淹れてくれた紅茶を飲んで、そうだ、と思い出す。

「ヴァイオリン、持ってきたんだ。せっかくだから、記念に一曲。どうかな」
「記念? 何の?」
「んー……璃音とのハロウィンの夜に」

 ふわり、硝子のような笑みを浮かべて立ち上がった咲耶に、何かを言わなければと思って、けれども何を言ったら良いのか判らないで居るうちに、サクラがとんと璃音の膝の上に乗せられた。良い子にね、と告げたのは、サクラにだったのか、それとも璃音にだったのか。
 部室の片隅に立て掛けられた、ヴァイオリンケースを手に取った咲耶は、パチンと留め金を外して飴色に磨かれた楽器を取り出した。緩めた弓を張り直し、松脂を塗って弦の上へと滑らせて、幾つかの和音を弾いて調整し。
 すぅ、と小さく、細く息を吸い込んで、奏で出したのは彼が浮かべたような、硝子のごとき繊細な音色。泣くように響く弦はまるで、奏でる彼自身の思いを写し取っているかのようで。
 この胸に満ちる、何とも言えず切なく、悲しく、愛おしく、優しく、狂おしい気持ち。どんな言葉でも、どれほどの言葉を尽くしてもきっと、この胸の中にある彼女への想いを表す事は、出来やしないから。
 代わりに語りかけるように、歌うように、叫ぶように――懇願するように、祈るように。

(……いつか)

 もう一度、彼女の手を取れたら良いと、願う。願っている。彼女がこの手の中からすり抜けてしまった今でも、ずっと、本当は今だってこのまますぐにどこか、もう二度と彼女を失わない場所に、彼女が自分しか見えない場所に、閉じ込めてしまえたら良いのにと。
 願うのもまた、咲耶の本当の気持ち。けれどもそうして、己の思うがままに振る舞ってしまえばまた、彼女を壊してしまいそうで――彼女にはただ幸せに、いつだって幸せに笑っていて欲しいのも、また咲耶の本当の気持ち。
 その笑顔の理由が、自分であれば良いと思った。けれどもそうでなくともただ、彼女が幸せに笑ってくれれば良いと、今の咲耶は切なく願っている。
 だって璃音は大切な、誰より大切な人だから。

(――ありがとう)

 一度は、この手の中にいてくれて。今もまだ、傍に居てくれて。――友と、優しく笑ってくれて。
 そんな願いと想いを込めて、奏でられるヴァイオリンに璃音は静かに、膝の上のサクラと一緒に耳を傾けていた。白く滑らかな子猫を優しく撫でながら、ごめんなさい、と小さく呟く。
 それは、声にはならない呟き。胸の中でただ小さく紡いだ、声に出しては告げられないけれども、いつも心のどこかで彼に抱いている想い。
 ごめんなさい。――ありがとう。

(………)

 小さく痛む胸を押さえて、璃音はわずかに瞳を伏せる。咲耶の滑らかな演奏は、いつでも優しい彼そのもののようで、包まれていると居心地が良くて、だからこそ居心地が悪い。
 彼の腕からすり抜けてしまった事に、それを選んでしまった事に、璃音は今でも申し訳なさを感じている。彼の何かが嫌で、彼の腕の中には居られないと思ったのなら――そうして、それを彼が怨んでくれたならきっと、これほどに罪悪を感じはしなかったのだろうけれども。
 それでも今でも、咲耶は優しい。今でも、彼の傍らは居心地が良い。
 だから璃音は、咲耶の腕からすり抜けてしまった事が、戻れないことがただ申し訳なくて、それでも優しい咲耶にただ感謝する。だから胸の中で小さく、ごめんなさいと、ありがとうを繰り返す。
 ごめんなさい。――ありがとう。あなたの一番傍に居られなくて、それでも優しく傍に居続けてくれて。ただ、感謝と謝罪を繰り返す。

(――本当は)

 この世界からすらも、すり抜けてしまえれば良いという気持ちもこの胸の中にはあった。咲耶が奏でるこの、幻想的なヴァイオリンの音色のように。だって今日はハロウィンの夜、ならばこの泣き声とともに、アチラ側にだって行ってしまえるかもしれない。
 そんな事を、夢見るように思う。窓に映った自分の、エルフのような長い耳が妙にしっくり馴染んで、まるで自分の本当の姿のような錯覚を覚えてしまうから、なおさらにそう思ってしまう。
 本当は、ここに居る璃音の方が誰かが見ている夢で。本当の自分である『誰か』はアチラ側の世界で、こんな風に魔女のローブを纏ったエルフで、ハロウィンでコチラに渡る夢を見ているのかもしれない――なんて。

 ――……ィン

 最後の一音が弦の上で震えて弾け、束の間の静寂が訪れた。弓を僅かに宙に浮かせて、軽く息を弾ませたまま動きを止めた咲耶に、璃音は精一杯の笑顔と拍手を贈る。
 それに、少し照れたようなはにかむ笑顔を浮かべた咲耶は、ヴァイオリンを肩から下ろしてテーブルへと置きながら璃音に尋ねる。

「――どうだった?」
「すごく上手だったよ。ね、サクラちゃん」
――んなぁ
「サクラはよく練習を聞いているから、聞き飽きてるのかも」
「――そうなの?」

 もったいないねと、ほっとしながら笑いかけた。いつも通り、の彼に、いつも通り、で返す。
 そんな璃音に咲耶もまた、いつも通りを心掛けて微笑んだ。――彼女が幸せに笑えるように、それが今の咲耶の一番の願いで、祈りだから。
 弓を緩めてヴァイオリンと一緒にケースに仕舞い、咲耶は微笑んで彼女にこう尋ねた。

「璃音、ケーキのお代わり食べる?」
「う、ん。じゃあ、せっかくだからもう1つ、もらっちゃおうかな」
「了解。――サクラはそろそろ、止めておいた方が良いかな」
「ふふ。じゃあサクラちゃん、私と半分こしよう?」

 揺れるキャンドルの灯りの中で、璃音はそう笑って白い子猫の前にちょっとケーキを分けてやる。それに、サクラがぴんと嬉しそうに髭を動かして、ぺちゃぺちゃクリームを舐め始めたのに微笑んだ。
 幻想的な、和やかな時間。ほんのちょっぴり切なくて、ふぅわりと優しい時間。

「紅茶、淹れなおすね。咲耶君、どれが良い?」
「うーん……じゃあ、その飲んだ事のないお茶にしようかな」
「これ? この間ね、お茶屋さんで見かけて気になって買ってきたの。うん、じゃあこれにするね」

 こぽこぽと、ポットにお湯を入れる音が優しく響く。ゆらり、ゆらりと揺れるキャンドルの中、2人きりのハロウィンの夜は、まだまだもう少しだけ続くようだ。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /  PC名  / 性別 / 年齢 /    職業   】
 ja0247  / 浅間・咲耶 / 男  / 18  / ディバインナイト
 ja0686  / 伊那 璃音 / 女  / 17  /   ダアト

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

特別な関係から、ちょっとだけ特別な関係になられたお2人の物語、如何でしたでしょうか。
初めてお預かりさせて頂くお子様がたでしたが、えぇと、蓮華で良かったのでしょうかとここに到っても心配しきりです;
幻想的で、切なくて、ちょっと触れただけでも崩れ落ちてしまいそうな、繊細な夜のイメージだったのですが……
何かイメージの違う所があられましたら、いつでもどこでもお気軽に、リテイクは新鮮なうちが命ですので!(もはや何を言って居るのか

お2人のイメージ通りの、幻想的に不思議なひと時のノベルであれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
■イベントシチュエーションノベル■ -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月06日

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