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『真夏の昼の夢 』
工藤・勇太1122)&羅意・−(8630)&留意・−(8631)&阿部・ヒミコ(NPCA020)


 叩き付けるような暑さだった。
 激しい蝉の声が、それに拍車をかけている。
 体力が汗と一緒に流れ出してしまいそうな猛暑の中、しかし工藤勇太の心は弾んでいた。
「暑いなあ……よしよし、思った以上の暑さだ」
 今日が、近年稀に見る猛暑となる事は、数日前から天気予報で知っていた。
 だから、アイスを大量に買い込んである。少し高めのクッキー&クリームやチョコブラウニー、駄菓子感覚のアイスバー、かき氷……様々な種類を揃え、冷凍庫に入れてある。
 昨日も暑かったが、1つも手をつけずに我慢した。今日の、この猛暑のために。
 一番暑い日に、買い置きしてあるアイスを一気食いする。この至福は何物にも代えられない。
 腹を壊しても構わない。明日からは、夏休みなのだ。
 それもまた、心が弾む理由の1つだった。
「休みを楽しみに学校へ行くってのも……どうかなって感じだけどな」
 ハンカチで汗を拭いながら、勇太は苦笑した。
 今の学校では、それなりに上手くやっている。
 新聞部に入り、そこそこ社交的な学校生活を送る事は出来ている。
 隠しておきたい力を使うような事件が、今のところは起こっていないからだ。
 何かあれば、また転校しなければならなくなる。叔父に、また迷惑をかける事になる。
 あの叔父が何故、これほど自分の面倒を見てくれているのか、勇太は今ひとつ腑に落ちなかった。
 例の研究施設から助け出されたばかりの頃、心を閉ざしかけていた勇太の目の前に、1人の親切そうな男が現れた。
 それが叔父との初体面だった、と言っていい。赤ん坊の時に、顔くらいは見ているのかも知れないが。
 母の弟である。
 心が壊れたまま、入院生活を強いられている母。
 その原因を作ったのは、勇太自身だ。
 姉を廃人同様の状態に叩き込んだ甥を、しかし叔父は責める事もなく、援助をしてくれている。
 何故なのか。訊いてみたいと勇太は思うが、多忙な叔父とはなかなか話をする機会がない。
 多忙を理由に避けられているのかも知れない、と思う時もある。
 世間体もあるから、親族として経済的な支援はしてやる。が、顔を合わせたくはない。話もしたくない。姉の心を破壊した、化け物などとは。
 そんなところではないか、と思う時はある。
「……ま、当然だよな」
 勇太は呟いた。
 何であれ、叔父には恩がある。一生かけて返すべき恩だ、と勇太は思っている。
「……壊れてしまうわ、貴方が……」
 声が聞こえた、ような気がした。
 若い女性、と言うより女の子の声。
 絶叫のような蝉の声に、掻き消されてしまいそうでありながら消される事なく、勇太に語りかけてくる声。
「貴方には、この世界を憎む理由がある……この世界を滅ぼす、力がある……」
 木陰に一瞬、人影が見えた。
 勇太は、足を止めた。
 目の錯覚、であろうか。自分と同い年くらいの少女の姿が、見えたように思えたのだ。
 その少女が、言う。
「それを無理に抑えようとすれば……貴方、いつか壊れてしまうわよ」
 まるで入院患者のような、パジャマ姿の少女。
 視界の隅に、確かにいた。
 勇太は振り返り、木陰を見据えた。
 そこには誰もいない。声も聞こえない。
 蝉が、やかましく鳴いているだけだ。
 幻覚、それに幻聴。
「後遺症……か」
 勇太は、頭を押さえた。
 あの研究施設で、一体どれほどの薬物を投与されたのか。その影響からは、未だ逃れられずにいる。
 おぞましい記憶が、経験が、この先、一生付いて回る。
 勇太は、頭を横に振った。そんな事をして、振り払えるものでもなかった。
「……そんな事より、アイスだよアイス。バーゲンダックが、ガチガチ君や白熊さんが、俺を待っているっ」
 立っているだけで汗と一緒に流れ出て行く体力を振り絞り、勇太は帰り道を急いだ。


 以前は、寮のある学校に通っていた。
 何度か転校を経た今は、アパート住まいである。家賃や保証人その他、面倒な事は全て叔父が済ませてくれている。
 自室のドアを開け、誰もいないのに、
「ただいまー……っと」
 などと言ってみる。
 そうしながら、勇太は固まった。
 誰もいないはずの部屋に、珍妙な生き物がいる。
「うまし、アイスうまし」
「あに者あに者、あたまいたいよー」
 クッキー&クリームが、抹茶トリュフが、チョコブラウニーにクリスピーサンド、レモンスライス入りの氷菓にバニラアイスバー……この日のために買い込んであったものが、恐るべき速度で食い尽くされてゆく。白い、小さな生き物2匹によってだ。
 お揃いの和装をした、幼い男の子の姿をしている。
 片方は赤毛、片方は金髪。それぞれの頭ではピンと獣の耳が立ち、小さな尻からは豊かな尻尾がふっさりと伸び揺らめいている。赤毛の尻尾と、金色の尻尾。
 付け耳ではない。作り物の尻尾ではない。こういう生き物なのだ。
 固まっていた勇太の身体が、その場にヘナヘナと崩れ落ちた。
「あに者あに者、ゆう太が溶けてる」
「……放っといてくれ、俺は死んだ……」
 呻く勇太に、赤毛の方がとてとてと近付いて来た。
「何だか知らんが元気を出すのだ。ほら、当たりくじが出たのだぞ。お前にあげよう」
 1本当たり、と印刷された木の棒が、勇太の頭をぴたぴたと叩く。
「我たちは『かみのつかわしめ』だからな。一緒にいると、こういう良い事があるのだぞ」
「ごりやくなのだ。えっへん」
 おぞましい記憶が、後遺症が、1発で吹っ飛んだ。
 立ち上がれぬまま勇太は、これも御利益なのか、と思う事にした。


 名は、赤毛の方が羅意。兄である。
 金髪の方が留意、弟だ。
 こう見えても、神の眷属である。
 この兄弟と勇太は以前、九州で出会った。ちょっとした厄介事に、巻き込まれたのだ。
 思い返しながら、勇太は言った。
「で……2人とも、今度は何をやらかしたんだ?」
「失敬な。我たちは、この坂東の都を守るために来たのだぞ」
「いまは『とうきょう』と言うらしいのだぞ」
 羅意が、留意が、小さな胸を張りながら偉そうな声を発する。
「大変な事が起こるかも知れないのだ。何だか悪い力が、この地に集まって渦を巻いているのだぞ」
「とうきょうが、のみこまれてしまのだぞ」
「我らは『かみのつかわしめ』として、それを阻止するのだー!」
「ゆう太も、いっしょに行くのだー」
 留意が、小さな両手で、勇太の腕を掴んだ。
「な……何で俺が?」
「つべこべ言わず一緒に来るのだ。そして『とうきょう』を案内するのだ」
 羅意が、勇太の背中と言うか尻を押した。
「そしたら、また何か良い事があるかも知れないのだぞ?」
「ごりやくだぞー」
「ち、ちょっと待てって。案内なんか出来るほど俺、東京に詳しくない……」
 などと言いながらも勇太は、狛犬の兄弟に運ばれていた。


 巨大な提灯の左右で、雷神と風神が雄々しく厳めしく立っている。
 東京の観光案内と聞いて、勇太の頭にまず浮かんだのが、この寺だった。
「おお、雷神様だ」
「ふうじん様だー」
 自分たちよりも遥かに格の高い神々の御前で、羅意と留意がぴょこぴょことはしゃいでいる。
「だけど雷神様も風神様も、ほんとはこんなにおっかなくないぞー」
「でも、おこるとこわいぞー」
「普段はとっても優しいぞー」
「だからって、よじ上ろうとするなよっ」
 柵を越えて雷神像・風神像に飛びつこうとする羅意と留意を、勇太は掴んで引きずり寄せて両脇に抱えた。
「……で、どうなんだ? 例の悪い力が集まってる場所、こことは違うのかな」
「うん、ここは違うぞー。雷神様と風神様が、しっかり守っておられるのだぞ」
 言いつつ羅意が、勇太の腕からぴょーんと抜け出し、提灯の下をくぐって行ってしまう。
「だから、ちゃんとお参りをして行かないと駄目なのだ」
「お、おい待てって!」
 留意を抱えたまま、勇太は慌てて追った。
 この兄弟にも本来ならば、神仏を守護する雷神・風神のような使命が、あるには違いなかった。


 2人とも、実年齢はともかく見た目が5歳児なので、幼児料金で済むのは助かった。
「おおおお、泳ぐ泳ぐ! 我も泳ぐー!」
 プールに飛び込もうとする羅意の首根っこを、勇太は慌てて掴んだ。
 屋内開放のブールで、岩場もある。
 プールの中では何羽ものペンギンが楽しそうに泳ぎ、岩場では肥満したオットセイがのんびりと寝そべっている。
 留意の方は、どちらかと言うとオットセイの方に興味津々のようであった。
「こまいぬの仲間にも、あんなのがいるのだぞ。おっきくて、ぐうたらで寝てばっかり」
「アイスばっかり食べてると、お前らもそうなっちゃうぞ」
 じたばたと暴れる羅意を脇に抱えながら、勇太は言った。
 水族館である。
 東京の観光案内と聞いて、勇太が次に思いついた場所が、ここだ。
 東京都の新しいシンボルとして建造された、あの電波塔である。
 子供でも知っているような有名どころしか思いつかない自分が、勇太はいささか情けなくはあった。
 そこそこ社交的な学校生活を送っている、とは言え、女の子と一緒に東京を遊び歩くような生活とは無縁である。
 草食系男子と一括りに分類されてしまう方に、自分は属しているのだろう、という自覚はある。
 とにかく電波塔の展望台ではなく、敷地内の水族館にまず入ってみた。展望台は、混んでいたからだ。
 勇太の腕の中で、短い手足をじたばたさせながら、羅意が興奮している。
「何だ何だ、あやつらは何なのだ。琉球のキジムナーの親族か?」
「あれはペンギンと言って、沖縄よりもずっと南の方に棲んでる鳥だよ」
 勇太は答えた。
 この兄弟は相変わらず、現代日本に関する知識が若干、偏っている。
 ペンギンとキジムナーが似ているのかどうかは、よくわからなかった。
 展望台と比べて、水族館の中は空いている。
 青く照らし出された闇の中、勇太は羅意を抱えたまま足を止めた。
 大水槽の前に、見覚えのある人影が佇んでいる。
 どこかの病院から抜け出して来たかのような、パジャマ姿の少女。
 種類様々な魚たちの泳ぎ回る様に、じっと見入りながら、独り言を漏らしている。
「人間の世界なんて……何もかも潰れて、海の底へ沈んでしまえばいい……」
 否、独り言ではない。
 じっと魚たちを見つめながら、その少女は間違いなく、勇太に話しかけている。
「どうしようもなく醜い世界が、魚たちの綺麗な世界に覆い尽くされて2度と浮かび上がって来なくなる……こんな素敵な事ってないわ。ねえ、そう思うでしょう?」
「あんた……」
 勇太の声に応じるが如く、その少女が振り向いた。
「……いつまで、そんな事をしているの?」
「俺が……何をしてるって言うのかな」
 羅意を脇に抱えたまま、勇太はとりあえず会話をしてみた。
「私たちを苦しめる、この汚らしい世界に……いつまで、自分を合わせているの? しなくてもいい苦労を、いつまで続けるつもりなの?」
「俺、別に苦労なんてしてないけどな」
 幻聴だ、と思いながらも勇太は応えていた。
 これは幻覚、単なる後遺症だ。会話など、するべきではない。
「あに者あに者、ゆう太がこわれた。ひとりで、だれかとはなしてる」
「うむ、聞いた事あるのだぞ。頭の中にしか話し相手がいない、こうゆうのを『ひきこもり』とか『にいと』と言うのだ。かわいそうなのだ」
「あに者はものしりなのだ! ……うーん、でも何かおかしいのだ」
 思った通り、この兄弟には少女の姿が見えていない。が、留意は何かを感じているようだ。
「わるい力が、このあたりに集まってるような感じなのだぞ……ここには、らいじん様もふうじん様もいないのだ。あぶないのだ」
「……まさか、2軒目で当たりなのか?」
 東京中を探して回る羽目にはならずに済みそうか、と思いながら、勇太は少女を睨んだ。
「あんたは、誰だ?」
「私は、貴方……貴方は、私」
 魚たちを背景に、少女はゆっくりと両腕を広げた。
「さあ行きましょう、私たちの街へ……誰もいない街へ」
 微かな震動を、勇太は感じた。
 水族館が……いや、電波塔の敷地全体が、ほんの少しだけ揺れた。
 地震ではない。特に何の根拠もなく、勇太はそう確信していた。
 少女の姿は、いつの間にか消えている。まるで、最初からいなかったかのように。
 彼女が本当に幻覚であったのかは、わからない。
 わかることは、ただ1つ。水族館の外で何かが起こっている、という事だけだ。
PCシチュエーションノベル(グループ3) -
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東京怪談
2013年08月07日

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