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『カラクリ屋敷で探しもの 』
橘・エル6236)&清水・コータ(4778)&(登場しない)

 この世には諸々、釈然としない事と言うのは――結構ある。

 例えば、今何故か自分たちが二人連れで――いざ往かん、とばかりに謎の洋館の前に佇んでいる事とか。
 二人連れの片方――清水コータはそんな事を考えつつ、改めて謎の洋館――やたら増改築を繰り返していると思しきとある古い大きな洋館、まともな神経の者なら近付かない場所だとか何とか近隣のホラースポットの一つにもなっていると言うその正面玄関――のすぐ側に立てられている、何事かが書いてある立札――を見る。

 そこには簡潔にただ一言。

 ――――――『来たれ、挑戦者!』

 …これだけである。

「…」
「…」

 正直、意味不明。
 そして色々と調子も狂う。
 まず元々、この謎の洋館に対しては、秘密裏の潜入、をするつもりで――その事前の準備の為に、軽く様子を窺うつもりで来た。…少なくとも民族系の動き易そうな衣服に身を包んだコータはそう。が、二人連れのもう片方――橘エルの方が先に正面玄関に堂々とあるこの立札に気が付き、お兄様お兄様とコータもすぐにそこまで呼び付けられ――結果、仲良く並んで正面玄関前で間抜けに阿呆面晒している今の状況に至る訳である。

 …どうしろって言うんだろう、これ。…思い、コータは俄かに途方に暮れる。が、エルの方は、そんなコータの様子に気付いているのかいないのか、特に気にした気配が無い。…服装や髪形からしてやや時代がかった英国貴族の女家庭教師然とした佇まいの中、掛けている丸眼鏡のせいかその奥にある筈の瞳さえ良く見えず、表情も良くわからない。ただ、コータ同様『来たれ挑戦者』の立札を黙して見つめているだろう顔の向きではある。
 エルは暫くそのままでいたかと思ったら、何故か――何処からともなくテーブルにティーセットを用意した上でいきなりお茶を淹れ始めていた。それを見てコータはまた無言。…いや、余所様のお宅?の前でいきなりこれは――どう反応するべきか正直困って。

 いや、そもそもこのコータとエルの二人で連れ立ってここまで来ている事からして、コータとしては事の成り行きがいまだに頭に確り入っていないような――理解し切れていないと言うか、咀嚼し切れていない、いまいち納得出来ていないところがある。

 まず、何故今こんな場所でこうしてこの橘エルと共に居るのか。
 …それは、依頼だからである。
 本日、傍若無人な依頼人から受けた依頼を果たすには、この謎の洋館の中に赴かなければならなかったりするので――二人は今この場に居る、と言う事になる。

 ――――――【何か面白いブツがあるようだから取って来い。罠とかあるらしいがまあ頑張れ】。

 コータに言い渡されたのはこれだけである。
 で、何やら依頼の詳細はエルの方が承知しているとかで――それもそもそも、目当ての「面白いブツ」とやらがエルでないとわからないもののようなので、今回はエルがコータに同行する事になったのだとか。…と言うより実際は逆で、コータの方がエルの手伝いをしろ、と同行させられた事になるのかもしれない。
 と、この説明だけで一応エルとコータが二人連れでここに居る事に説明は付く。付くのだが…コータとしてはエルの姿を見れば見る程本当にそうなのかと疑問に思えて来る。…このエルの姿はどうにも場違いな気がしてならなくなって来る。…そもそも罠とかあるらしい場所に何か取りに行く格好じゃない。そしてどういう訳かテーブルごと現れるティーセットも色々とコータの思考をぶち壊してくれる小粋な小道具と言うか大道具。取り敢えず彼女を見る限り――えーとこれから何処に何しに行くんだったっけ? とコータとしては反射的に自問自答してしまいたくなるところがある。

 どうぞ、と微笑むエルに淹れて貰ったお茶を成り行きのまま素直に飲みつつ、コータはまた自分が何をしているのかわからなくなって来る。来るが――何か、このままだと永遠に依頼が終わらない気がしてならない。
 が。
 それにしては予想外な科白がコータの耳に届くのが先だった。

「では、お兄様、そろそろ御準備は宜しいでしょうか?」
「あー…うん。って言うか準備は元々出来てるんだけど…エルちゃんこそその辺大丈夫なの?」
「わたくしですか? わたくしはいつでも構いませんけれど…ひとまずはお茶にしようかと思いまして」
「ってなんで今」
「ほほほ、それはお兄様がわたくしと共に今ここにいらっしゃるからですわ」
「…」
 答えになってない。
「…って言うかなんでおれ、エルさんに兄って呼ばれてんの…?」
「お兄様はお兄様だからですわ」
「…。…何か前にも何処かでこんな事があったような…あー、まぁいいや。何だかよくわからないけど取り敢えず『来たれ挑戦者!』って事だから…」

 御言葉に甘えて往かせて貰いましょーか。



 …謎の洋館前で何故かやらかす羽目になった紅茶一服の後。
 テーブルとティーセットを何処へともなく片付けて、二人は改めて謎の洋館の探索開始。来たれ挑戦者と言う事なのでもう堂々と正面玄関から入ってやってみる――と。
 入ってすぐ目の前、天井までブチ抜きになっていると思しき広い玄関ホールのど真ん中に何故かいきなり箱が置いてあった。確りした造りの、微細な彫刻が施されている箱――有態に言っていかにも宝箱のようなその箱。そんな意外なお出迎えをされ、エルとコータは思わず顔を見合わせる。
「…この中にあるのでしょうか」
 例の面白いブツとやら。
「…いやまさかね」
 入ってすぐって何。いかにも罠じゃん。…そう思いながらも――逆に、いかにも罠なここに本物を置いておけば逆に誰も手を出すまいと言う捻くれた考えの基、こうされている――と言う可能性も否定出来ないような。
 どちらにしろここはひとまず、罠である事前提で確かめざるを得ない。
 エルとコータは頷き合い、コータがまず宝箱(仮)の外側や周辺を調べ始める。取り敢えず罠らしきものがちらっとあったので解除するだけし、宝箱(仮)の上蓋を開ける。
 と、そこにあったのは一冊の分厚い本。装丁も確りした、古めかしい書物である。
 それですわ、とエルの声。受けてコータは今度は中を確認し――書物を取るとどうかなるとか、その手の罠がある可能性も鑑みて――大丈夫と判断した時点で、書物をエルに手渡した。
 有難う御座います、お兄様、と恭しく書物を受け取ったエルは表紙を開いてぺらぺらとページをめくり、中を確認。
 書物はすぐにぱたんと閉じられた。
「…良く似てはおりますが違うようですわね。残念ですわ」
 心底残念そうに頭を振りつつ、エルはコータに書物を返却。
 やっぱそーだよなそんな都合良く行く筈無いよなー、とぼやきつつ、コータはエルから返された書物を箱の中に更に返却。上蓋を閉じ、んじゃ次はどっちに行く? とエルに振る。そうですわね、ではこちらに、と指したのは右奥の扉。んじゃあそーしますか、とばかりにコータはそちらに先回り、罠が無いかを調べてから扉を開ける。
 中は――いきなりダイニングのような雰囲気の場所。と言うか、ダイニングテーブルの上に何故か諸々の御馳走が並べられている。肉料理やスープ等からは湯気も立ち、鼻孔をくすぐる匂いも――おお、とばかりにコータは感嘆。駆け寄って確かめたくなったが、一応場所が場所、注意深く確かめる事を優先する。
 因みにテーブルの上には生クリームやフルーツでデコレーションされた大きなプリンもある。うわ食いたいと反射的に思いつつその周囲や皿自体を確かめていたが――確かめる過程でコータはがっくりと項垂れた。
「何これレプリカじゃん…」
 所謂食品サンプルと言うか、あれ。それも非常に精密な。…そして湯気とか匂いとかは――何やら機械でその場に漂わせていたと言う御丁寧かつ無意味な仕掛け。何だよこれー、とコータがぼやいていると、はあああ、とエルからも何やら重苦しい嘆息が聞こえて来た。
「…これでは飲めませんわ。残念です」
 エルが確認していたのは、テーブル上のティーポット。そちらもなみなみ紅茶が入っている――ように見える形に作ってあるレプリカだったらしい。

 …なんだこの微妙な嫌がらせ。

 そうコータの頭に過ぎるが、二人は取り直して先に進んでみる事にする。次の扉。今度は応接間のような場所に出る――箱らしきものは無い。
「んー、ここには無いのかなー?」
「そうですわね…いえ、お待ち下さいお兄様」
 こちらの本棚を確かめて頂けませんこと? とエルが向かったのは部屋の壁一面に造り付けてある本棚。…まぁ確かに、ブツが書物であるならここに紛れている可能性もあるか。
 思いつつ、コータは本棚を確かめる。
「んで取り敢えず橘さん、ぱっと見それらしい本はある?」
「そうですね、無さそうですわ…ああ、こちらは本棚が二重になっているようなのですが…」
 こちら、奥の棚も確かめたいですわね…。
「あー、はいはい。ここの二重部分ッスね…」
 ちょいとお待ちを、とエルの前に出、コータはエルに示された二重部分の本棚に罠が無いかを確認する。
 したところで、あー、と唸る。
「…これがっつり罠付きだ。それもなんか手持ちのツールじゃ解除出来ない」
 って訳で、安全圏に居る状態で予め発動させてみるしか解除方法が無いっぽいけど、どうする?
「宜しくお願い致しますわ」
 依頼人様の為にも絶対に手に入れなければならないのですもの。こちらにブツがあるかどうか確かめなくてはなりませんわ。
「りょーかい。って訳でエルちゃん下がってねー」
 と、エルを部屋の反対の隅に下がらせ、コータは何処で見付けたのか長い棒のようなものを持って来た。で、その棒を使って――二重部分の本棚を離れた位置からそーっと器用に開けて奥の棚を表に出す。
 途端。
 ぐわっしゃああんと派手な音を立てて、金属製の大きな盥が本棚の前、普通ならば本棚を開ける時には開けた人物が立っているだろう場所に連続して二つ落ちていた。

 …。

 何故に金ダライ?
 何処のコント?

 そんな当然の疑問が湧くが、その金ダライのそこここがべっこり不穏に凹んでいたり、直撃していたら何か結構洒落にならない事になっていたのでは無いかと思わせる感触もある。
「…。…なーエルー、やっぱ止めて帰んない?」
 依頼。
 …何か嫌な予感がする。ここ。
「ほほほ、嫌ですわお兄様ったら」
 わたくし、ブツが見付からない限り帰りたくありませんわ。
 折角わたくしを見込んで依頼を任せて下さったのに手ぶらで帰るなどと、あの方に顔向け出来ませんもの。
「…いや、見込んでと言うか顔向けと言うか、無茶振りはどー考えても依頼人サンの方だよね?」
 この依頼。
「あら、そんな事はありませんわ。あの方は適材適所の采配をするお方ですもの。わたくしの事もお兄様の事も信じて任せて下さっているのですから」
 その信頼を裏切る事などわたくしにはとても。
 と、エルは緩く頭を振りつつ当然のようにコータに返し、避難していた部屋の隅からすっと歩み出る。これまた当然のように本棚前の金ダライを退かし始め、改めて本棚の前に立った。勿論、目的は直接確認が出来るようになった奥の本棚。エルは並ぶ背表紙にざっと目を通し、コレと見た一冊に指を伸ばした。…確かにぱっと見さっき本と似ている――って言うか。
 エルがその本に指を伸ばすと同時に、あ、とコータが声を上げる。が、それだけ。…エルのその所作が自然過ぎて、何かそれ以上は止めそびれた。
 そしてエルが指を伸ばしたそのまま、当の書物を抜き出したところで――今度は。

 ストーンと足元がいきなり抜けた。



 落とし穴。

 そう気付いたのは落下中。…何だかんだで本を取ったエルだけでは無く、咄嗟の救助を試みたコータも一緒に落ちていた。そして程無く落とし穴の底と思しき何処ぞに着地。…するなり、こんどは強烈な張り手でも食らったような衝撃とばっしゃーんと派手な水音が鳴り響いた。
 要するに、着地点にあったのは――何故か張られていた水。

 …。

 そんなところに落ちた訳なので、当然、二人とも水浸し。…但し、どうやら怪我は無し。
 その事実にコータは、はぁ〜、と安堵の溜息を吐きつつ、ぽつり。
「くあー、エルちゃん怪我しなくて良かった〜」
「あらあらまあまあ大変ですわ、落ちてしまいましたわよお兄様」
 これも何かの罠なんでしょうか? …先程、発動させて解除なさったのでは無かったんですの?
「…あー、いや、うん。あの時点じゃ奥の棚までは確認出来て無かったんで、奥の棚は奥の棚でもっかい確かめないとだったんだー…」
 あの金ダライはあくまでその手前の棚の罠の結果って言うか…もうこれは別の罠なんだよねー。ぽりぽりと頬を指で掻きつつ、コータは言い難そうにエルに言う。が、そうですか、とエルもまた軽く溜息を吐いたかと思うと――はたと思い出したように慌てて先程落ちる前に掴んだ本――落ちる最中にも確り持っていた――を確かめていた。が、程無く安堵の溜息が洩れる。
「…えーと、エルさん?」
「良かった…本当にほっとしましたわ。この本は目当てのブツではありませんでした」
「あーまぁ、確かにそりゃ良かった…水浸しになっちゃったからね…」
 さっき上でエルが取っていた本が当の目的のブツだとしたなら、今の時点で色々台無しになっていたかもしれない。確かにここまで来ておいてそれは困る。
 と言うかそもそも。

 …何このわかりやすく胡散臭い地下空間。

 改めて周囲を見渡し、コータは悩む。取り敢えず、上に戻るのは無理そうな深さと壁の垂直振り。そして同時に――こっちだよとばかりに横道がある。それも三本。認めて、コータとエルは思わず顔を見合わせる。…勿論、手分けしてと言う訳にはいかない。となると、どの道を行くか決めないとなのだが――。
 ――どうしよっか? とコータがエルに訊くだけ訊こうとした時、エルは当然のように服の水を絞りつつ、スタスタと水から出、一本の道の方に歩を進め出していた。
「お? エルはそっちだと思うんだ?」
「…わかりませんわ。ですがひとまずは水から出ませんと」
 然り。
 聞いたコータもそりゃそうだとばかりにざばざばと水から出、ひとまずエルが出た方向――コータ的にそちらに進むのかと見えた方向の道を先に確認。やっぱりひとまず罠の有無を確かめる方が重要だから。
 と。
 コータが軽く罠の有無を確かめ、エルを振り返ったところで――何故かエルはまたも何処からともなくテーブル及びティーセットを――…。

「…ねえねえ橘エル様」
「はい、お兄様。いかがなさいましたか?」
「それは何?」
「テーブルセットにティーセットですわ」
「いやそうだけどそうじゃなくてね…」
「服が濡れてしまいましたから、乾かそうかと思いまして。で、乾くのを待つ間にお茶でもと」
 折角ですから、とエルはにっこり。

 ………………いや、服が乾くまで待とうと言うのは別に悪くは無いんだが、それでもやっぱりいきなりティータイムってどうなんだろう。



 そしてエル開催なティータイム(結局した)も終わり、服もある程度乾いたところで(さすがにこの状況で完全は望めないが)、取り直して先へと進む。…三本の横道を棒倒しで選び、またその先の別れ道は紅茶占い(また淹れた)で選択。結構枝分かれが多く、何やら迷宮と化して来たので――コータ独自に編み出したプリン占い(?)なども使ってみた。…まぁ、有態に言ってどれも運任せとも言うが。
 そしてどの道に向かう場合もまず先に行くのはコータ。持ち合わせている観察眼と技術で出来る限りの罠を見付けて解除し、エルは後から来させる――途中、時々玄関ホールにあったのと同じような宝箱(?)が置かれており、玄関ホールでのあの成り行きを知る以上、その中身もやっぱり一つ一つ確認の必要が出て来る。
 と、ここにもいちいち微妙な罠があるようで、中身を確かめる為に中の本を取り上げたら――取るなり道幅いっぱいの大玉が転がって来たり、また別の宝箱では確かめた後に箱に戻しても――床自体が勝手に移動し始めたり、と地味に嫌なアトラクションと言うかカラクリがひたすらに続く。

 …そして結構疲れ果てて来た頃に、またこれ見よがしな宝箱。

 いいかげん、開けるのも嫌になって来る頃合いである。…なんかもう「この箱の中身の本を確かめる」と言う行為をすると、シーフ的な視点で言う罠とか関係無く最早『自然の摂理』で何だか嫌な事が起こってるんじゃないかと思えて来るくらい、避けようが無い何かがあるのではと言う気がして来る――その辺諸々の想いをひっくるめて、箱を前にしたコータは物問いたげにそーっとエルを振り返る。
 が、エルにしてみれば――コータにどう思われようと箱を開けないと言う選択肢は、端から無い。それらしきブツを見付けたならば確認しなければ絶対にブツは手に入らない。ひとまずそれだけは言い切れるので。
 有無を言わさぬ笑顔なエルに、コータは諦めてこれ見よがしな宝箱を開ける。と、今度は何を反応する間も無く何故かパイ投げ用のパイが大量に飛んで来ると言うか降って来た。そして直後にパイ塗れなコータに向かって――何処ぞの古典ホラー映画のようにカラスらしき鳥が群れを成して来襲と言う二段仕立て。
 …結構洒落にならない事態に、ここに来てコータは、うおあっ、とか何とか喚きつつ大慌てでカラスの嘴や爪から頭部や顔を庇おうとする――額に着けているゴーグルを咄嗟にちゃんと掛けて防御したりもする。…パイ塗れなので色々と滅茶苦茶なのだが、それでもせめてもの防御の足しとして。
 と、程無く鳥の来襲が止む。が、カァカァと喧しく鳴く声は特に遠ざかりも止みもしていない――カラスが居なくなった訳でも無い。コータは、何で襲って来なくなったの? と思うが、実際に目で確かめるより、お兄様お兄様大丈夫ですか、と心配そうなエルの声が飛んで来るのが先だった。
「ッ…つーかエルちゃんは大丈夫!?」
「はい。こちらの皆さん、話のわかるカラスさんで良かったですわ」
 わたくしの説得で攻撃を止めて下さいましたから。
「そしてお兄様、今度ばかりはお兄様がパイ塗れになってカラスさんに襲われた甲斐がありましたわよ」
「? あ、そうなの?」
「はい。見付かりました、これですわ」
 間違い御座いません。
 にっこりと微笑み、エルはコータが開けた宝箱の中から取り出していた書物を掲げて見せる。それから大切そうに抱え持ち、ふふ、と含み笑い。
「…コレでこのカラクリ屋敷の主様をギャフンと言わせて差し上げられます。わたくしの大切な依頼人様にもこのブツをお渡しする事が出来ますし、入手過程で色々ありましたけれど、首尾は上々ですわ」
 お手伝い頂けまして本当に有難う御座いました。お兄様。
「はぁ。…見付かったってんなら良かったけど…」
 で、結局目当てのブツって何だったの?

 …今、エルが大切そうに持っているそれ。

 取り敢えず、見た目通りに書物は書物であるようなのだが――内容もわからないし、実は書物じゃないんだよと言われてもコータには否定出来ない。何かのギミックとか術とかで書物に見せ掛けてるだけ――と言う事も充分有り得る。
 そして、ここまでこの無駄にアトラクション染みた謎依頼に付き合った以上は――その辺教えてくれてもいいのでは無いか。
 思い、コータは自分に塗れたパイを拭きつつ何の気無くエルに聞いてみたと言う事なのだが…。

 訊かれた当のエルの瞳は、何故かまた塩梅良く眼鏡に遮られて見えない。ふふふ、と相変わらず含み笑う唇だけがただ見える。エルはそこにそっと人差し指一本を立てて見せ、とっておきの秘密を明かすように、ぽつり。

「それは勿論」
 言わぬが花ですわ。

【了】
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年08月09日

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