▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『狩人たちは眠れない ―探偵と、刑事と、怪盗と― 』
雨宮 歩ja3810)&有田 アリストテレスja0647)&雨宮 祈羅ja7600)&エリアス・ロプコヴィッツja8792)&志堂 龍実ja9408)&ヴィルヘルミナjb2952

●依頼とは、選り好みしてよい物だ
「あれ、出かけるんだ?」
 白銀の髪の小柄な少女――ヴィルヘルミナがいつものように音桐探偵事務所を訪れると、友人である事務所の主は身支度を終えて今にも出かけんとする所であった。
「依頼を受ければ、足を運ぶのは当たり前だろぉ?」
 間延びした口調で答えた事務所の主――雨宮歩はジャケットの襟元を直しながら、皮肉っぽい笑みをヴィルヘルミナへと向けた。
「そう言いながら、先日の依頼は断ってただろう?」
「あの依頼なら、別にボクじゃなくともいい訳さぁ」
 先日の事実を口にしたヴィルヘルミナへ、歩は変わらぬ口調で即座にそう切り返した。
「聞くからに愉しくないって言ってましたもんねー」
 と、事務所の奥の部屋から、ぴょこんと顔を出したのは可愛らしい顔立ちに幼さの残る金髪の少年――エリアス・ロプコヴィッツであった。
「モナミ、僕の用意は出来ましたよ」
 そう言って身支度終えて出てくるエリアス。
「モナミ? ……ああ、なるほど」
 1人納得したヴィルヘルミナに、エリアスは頷いてみせた。
「ボン。僕の愛読書ですから」
 得意げな表情を見せたエリアスの様子と、今も先程も出た単語からして、かの推理小説をかなり読み込んでいるのは間違いなさそうだ。
「見学するのは構わないけど、邪魔はするなよぉ」
 エリアスにそう告げる歩の言葉には、若干の呆れが混じっているように感じられた。いわゆる貴族と呼ばれる家に生まれたエリアスであったが、家柄というものはこの年代の少年の前では、興味ある物事の方が上回るらしく、度々屋敷を抜け出してきては、歩について回ることも少なくなかったのである。
「モンデュー、モナミ! 僕がいついかなる時、どのような邪魔をしたというのです?」
 笑みとともに返すエリアス。その言い回しは理解して言っているようにも聞こえなくはないが、実際どうなのかはエリアス本人にしか分かり得ないことである。
「……そんな訳で、お出かけだねぇ」
 それ以上エリアスに言うこともなく、玄関のドアへと足を向ける歩。その背中に向け、ヴィルヘルミナが声をかけた。
「行き先は?」
「美術館へ――」
 振り返ることなく歩が答えた。

●集まりつつある狩人たち
 夕暮れの美術館――普段であれば来館者の数も少なくなる頃合であったが、今日ばかりは様子が違っていた。大勢の警官たちの姿がそこにあったからだ。
「A班は美術館の外周を! B班、壁沿いに内周だ! C班中庭を、D班は館内の各部屋につけ! そしてE班は俺についてこい!」
「「「「「了解!!!!!」」」」」
 短髪の若い男――有田アリストテレスから指示を受けた各班のリーダー格らしき警官たちが、敬礼とともに一斉に散らばっていく。もちろん今の指示を班員たちに伝達して、末端まで徹底させるためである。
「ったく……! いつもいっつも、ご丁寧に予告状なんか送りつけてきやがって!!」
 短い髪を手でぐしゃりとやり、声を荒げる有田。
 予告状? そう、いわゆる犯行予告というものだ。何を思ったか、その犯人はわざわざ、いついつどれどれを盗むなどと、ターゲットにされた所へ送りつけてくるのだ。
 そんな犯人だからして、予告状には名乗りまで入っている。怪盗V・V(ヴイツー)――犯人は、自らをそのように称していた。この名前に何らかの意味があるのか否か、今もって不明である。何しろ、現在に至るまで1度たりとも捕まったことはないのだから。
 怪盗V・Vが犯行を重ねて、もう何度になるだろうか。少なくとも、有田が陣頭指揮を取るようになってからは、これが11回目になるはずだ。裏を返せば、10回も取り逃がしていることになる訳だが……。
「ちくしょう……奴を捕まえたら、キャバレーでキャッキャウフフしてやる! 絶対にな!!」
「あのー……警部さん?」
 自身への事件解決のご褒美という名の欲望を口にしていた有田の所へ、恐る恐るとやってきたのはスーツ姿の1人の中年男性だった。この美術館の館長である。
「ゴホッ! ……館長、何か?」
 大きく咳払いをしてから、何事もなかったかのごとく館長へと視線を向ける有田。その視線が疑いを帯びているように感じられるのは、有田の職業ゆえであろうか。疑ってかかるのが警察の仕事、対怪盗となればなおさらだ。
「実はその、紹介しておきたい方たちが……あー……ありましてですね、はい……」
 懐からハンカチを取り出し、額の汗を拭いながら話す館長。有田がふと、館長の後方へと目をやると、そこには2人ずつ、2組の者たちの姿があった。
「…………」
 有田はそちらへ目を向けたまま、無言でくいとこちらへ来るようゼスチャーを見せた。それを受け、有田たちの方へとやってくる2組の者たち。一方は青年と少年、もう一方は女性2人のように有田には見えた。
「何者で?」
 有田が説明を求めると、館長は広げたハンカチで顔中の汗を拭いながら、申し訳なさげに答えた。
「はっ、そのっ……探偵さんの方々で……はい……」
「あ? 探偵?」
 そう言って眉間にしわを寄せ、改めて2組4人の者たちを見回す有田。明らかに疑うような表情を見せていた。
「怪盗が現れるなら探偵も現れる。道理以外の何物でもないだろぉ」
 4人の中の1人、青年――歩が有田をからかうように言い、相変わらずの皮肉っぽい笑みを浮かべた。確かにそれは一面の真実ではある。
「ふん……道理と言うなら、警察が先だろう!」
 きっぱりと言い放つ有田。これもまた真実の一面。どちらが上で、どちらが下だということもなく。
「警部。エリアスは1人しか居りません」
 疑う表情を崩さぬ有田に向け、少年――エリアスがにっこりと言ってみせた。これまたどこかで聞いたような台詞であるように思えるのは、さておきとして。
「当たり前だ。同じ奴が何人も居たら、そいつは怪盗の変装だろ」
 しかし有田は、にこりともせず言った。どうやらエリアスの言葉を理解しなかったか、あるいは分かってて流したかのようである。
 ところがだ――別の方向から、それに反応する者があった。
「……灰色の脳細胞?」
 黒髪の女性がそうつぶやくと、エリアスがおやという顔を向けた。黒髪の女性はその視線に気付くと、ふふっと笑って自らの名を名乗った。
「雨宮祈羅、大学四年生」
「雨宮?」
 その名を聞いて、ちらと歩に視線をやるエリアス。しかし祈羅の名乗りに対し、歩は特に反応を見せることもなく。どうやら単に、同じ名字なだけのようである。
「僕は――」
「知ってるよ、エリアスちゃんだよね? さっき館長さんに聞いたから」
 自らも名乗ろうとしたエリアスを制すると、祈羅は歩の方へと向き直った。
「……雨宮2人かあ……。じゃ、祈羅で呼んでね!」
 そう笑顔で言い放つ祈羅。笑顔ではあるが……少々油断ならない雰囲気もあるのは、きっと間違いではないだろう。館長から名を聞いていたくらいだ、程度は分からぬが歩たちに警戒の目を向けている可能性は十分に考えられる。
「三つ巴って奴だねぇ。上等さぁ」
 祈羅の言葉を受け、そのように返す歩。皮肉げな笑みのまま、もう1人の腰まで髪を後ろで結んでいる女性らしき者の姿をしっかと見据える。まるで名乗りを促すかのごとく。
「自分は……志堂龍実。……探偵だよ」
 歩が見据えていた女性――いや違う、女性のように見えるがそのクールな話し振りは、男性のそれであった。
「あなたと同じく、ね」
 今度は逆に、龍実が歩を見据える番だった。つまり歩に助手として(勝手に)ついているエリアスのように、龍実に助手としてついている祈羅という図式が成り立っている訳である。
 歩と龍実の視線が10数秒ほどぶつかった後、2人ともに視線は相変わらず流れる汗を拭っている館長の方へと向けていた。探偵を2組も呼ぶだなんて、ああ見えて何ともしたたかな館長であろうか。
「今回はよろしくお願いします、警部」
 先に館長から視線を外したのは龍実の方であった。そしてそのまま有田の方へ向き直り、頭を下げ礼を取った。
「……協力は惜しみませんので」
「む…………」
 先程の歩とは180度異なる反応が龍実からやってきて、一瞬言葉に詰まる有田。仕事柄厳しい態度を取らねばならないのだが、警察官であろうともさすがに人の子、職務を離れれば軽口だって叩くし冗談を口にしたりもする。そんな人物だからして、このようにまっすぐこられると無下には出来ない訳で……。
「……ま、まあ警備の増強が出来たと思えば問題ない。俺たちの邪魔さえしなければそれでいい」
「それはもちろん」
 ふっと笑みを浮かべる龍実。この手際、なかなかにやるものだ。
「目的は同じだからといえ、負けないから、ね♪」
 エリアスをびしっと指差し、楽しげに言い放つ祈羅。歩に向けてではないのは、同じ名字のよしみでとりあえず避けてみたのかもしれない。
「そう、じっちゃんの名にかけて!」
「モンデュー! もしや、ご高名な……?」
 続いて祈羅の口から出た言葉に、はっとなってエリアスが聞き返すと――。
「いいえ、全く! 探偵でも何でもなく!」
 祈羅は屈託ない笑顔できっぱりと答えた。
「あー…………本当に、邪魔だけはしてくれるなよ!?」
「…………鋭意努力いたします」
 エリアスと祈羅のやり取りを見て不安になったのか、有田が念を押すように龍実に言った。答える龍実の右手が胃の辺りを押さえていたのは、きっと恐らくは気のせいだということにしておこう。

●今宵の主役
 インペリアル・イースターエッグと呼ばれし物がある。
 イースターエッグがイースター――復活祭において重要な物であるのは知っての通りだ。無論、インペリアル・イースターエッグもイースターエッグであることには間違いはない。しかしながら、これがまた違う意味合いをも持ち合わせるのは、宝石や貴金属などによる装飾が施されており、かつロマノフ王朝に関わりがあり、さらにはその多くの物にはサプライズと呼ばれる独創的な仕掛けまで仕込まれていることによるものである。
 作られた数についても定説はあるが、異説もまたあって100%確定しているとは言い難く。それに加え、定説の数に対して未だに約1/4が行方不明であるのだ。いやはや、謎が多い代物だ。
「……で、そんなインペリアル・イースターエッグが新たに1つ発見され、なんやかんやの紆余曲折を経て、この美術館へやってきた訳だよ」
「なるほど! それを怪盗は狙っているんだね、龍実ちゃん?」
 今夜午前0時に盗み出すと怪盗V・Vが予告状に示した品――インペリアル・イースターエッグについて簡単に解説し、今居る美術館へやってきた経緯にまで龍実が触れると、祈羅は納得したように大きく頷いた。
「そっか……だったらなおのこと、頑張らなくっちゃだよね!」
「ったく、もう……。あんまり無茶するなよ?」
 右手をぐっと握り締めて言い放った祈羅に対し、龍実はやや呆れながらも窘め半分心配半分といった様子で言った。
「とりあえず今は、この美術館の構造を頭に叩き込まないと……かな」
 龍実はそう言い、テーブルの上に置いてある数枚の図面に再び視線を戻る。それらには部屋や廊下、階段などの繋がりが記されていたり、配線やらが記されていたり、はたまたダクトの位置まで記されていたりする。
(……あちらさんも、どうやら同じことに気付いているようだし、ね)
 同じ部屋ではあるが、少し離れた場所に居る歩たちの方をちらと見る龍実。あちらもまた、手元には龍実たち同様の図面があった。怪盗との戦いも始まってはいるが、同じ探偵としての戦いもまた始まっているのである。今の所、甲乙つけ難い状態と言えよう。
「あのね、龍実ちゃん」
 少し思案した様子で、祈羅が龍実に声をかけた。
「やっぱりね、少しでも情報は必要だと思うのね?」
 その考え方は別に間違ってはいない。情報があり過ぎるのもあれだが、適度にあることは何ら問題ない。集まった情報の真偽を判定するのは、また別の過程であるからして。
「だから、そのために――」
 祈羅がずいと身を乗り出し、龍実に顔を近付けて言った。
「女装して聞き込みしたらどう?」
「…………何故に?」
 怪訝な顔を見せる龍実。当然の反応であろう。だが祈羅はそれを気にする様子もなく、言葉を続けた。
「え? 龍実ちゃんだったらいけると思うよ?」
 ……明らかに論点がずれていた。
「いや、そうでなくて、女装と聞き込みの関連性が全く……。第一、どこに聞き込みを?」
 思わず頭を抱えたくなった龍実。祈羅はしばし思案して――。
「大丈夫! 女の子らしい香水も用意してあるから♪」
 非常に素晴らしい笑顔とともに、祈羅は右手の親指をびっと立ててみせた。
「そういう問題じゃないんですよっ!?」
「ささ、隣のお部屋を借りて、着替えちゃお! ね、龍実ちゃん♪」
 言うが早いか、片手に香水、片手に龍実の腕をつかみ、連れて行こうとする祈羅。もちろん龍実は頑に抵抗を試みる。
「だからしないって言ってるでしょ!?」
 という風に、わーわーぎゃーぎゃーと2人の押し問答が続く中、部屋のドアが開いて有田が中へと入ってきた。
「おい、ちょっとうるさ――」
「嫌なのっ! 私はしたくないのっ!!」
 押し問答での興奮ゆえか、明らかに口調が女の子なそれに変わっていた龍実が、大きく祈羅の手を振り払おうとしたのだが、何がどうなったのか、祈羅の手にしていた香水が大きく弧を描くように飛んでいって――。
 バシャッ!
 …………かくして、頭の先からとてもよい香りのする有田が完成したのだった。
「邪魔だけはすんなって言ったろーがーっ!!!」
「すみません、すみません、すみませんっ!!!」
 怒り心頭の有田に向けて、まるでコメツキバッタがごとく頭を下げまくる龍実。その様子をじっと見つめていたエリアスが、祈羅を見てぽつりとつぶやいた。
「……強敵、かもしれないや」
 いったいどこを見てそう判断したのか、分かるのは本人のみである……。
「それにしても、この香り……早々とれそうもないよね」
 離れていても感じる香水の香り。何気ないそのエリアスのつぶやきは、歩の耳にも入っていた。

●狩りの時間
 刻々と時が過ぎる中、インペリアル・イースターエッグの置かれた部屋には、未だ香りを強く残す有田率いる警官隊が詰めていた。他の場所に居るのか、歩と龍実の姿はそこにはない。当然エリアスや祈羅の姿もそこにはなく、どうも2人を探して他の場所へ向かったようである。
 やがて――闇夜で迎える午前0時。と同時に、警官隊から立て続けに報告が入ってきた。曰く不審者発見、曰く不審物発見、曰く煙の発生……などなど。まるで狙い澄ましたかのごとく、同時多発的に状況が動き出す。
「陽動だ、惑わされるな!」
 警官隊に檄を飛ばす有田。そんな中、待望の情報もまた入ってくる。
「D班、煙に紛れて怪盗らしき姿が!!」
「よーし、E班行くぞ! 逮捕だー!!」
 有田が先頭に立って、報告のあった方へと警官たちを率いて駆け出していく。残ったのは先程の香水の微かな香りと卵と、警備のための最低限の警官たちのみである。
 その数分後、有田が1人で慌ただしく部屋に飛び込んできた。
「怪盗を取り囲んだが激しく抵抗している! ここは俺に任せて、応援に向かってくれ!」
「「「はっ!!!」」」
 残っていた警官たちが部屋を一目散に飛び出していく。残ったのは香水の微かな香りと卵と、有田のみ。有田は卵のそばへとゆっくりと近付き……何を思ったか、おもむろに卵を手に取ってみせたではないか!
 有田は卵を目元に近付け、しっかと見つめようとして――ハッとなってつぶやいた。
「違う。……これは、探していた宝石じゃない」
 その時だ、天井からダダンッと連続で音がしたかと思うと、相次いで床に降り立った者たちが居たのは。
「はい、そこまでだねぇ」
「正攻法といえば、正攻法……かも」
 有田に向けてそう言い放ったのは、天井のダクトから飛び降りてきた歩と龍実であった。もっとも……龍実の現在の姿が何故かうさ耳メイドさんだったのは、武士の情けであえて追求しないことにしよう。
「おいおい、何て所に隠れてたんだ!? 俺はただ、怪盗に盗られないようこの手で――」
「……香水の香り、いつ洗い流す暇があったか聞きたいねぇ」
 何やら言い訳をしようとした有田を制し、いつにも増しての皮肉っぽい笑みを歩が向けた。目の前の有田からは、件の香水の香りを感じることは全くなかったのである。
「変装は出来ても、イレギュラーな香りまでは無理……か。まさしく、怪我の功名だ」
 有田から目を離すことなく龍実が言った。
 歩も龍実も至った推理は同じ、混乱状況を起こした上で有田に変装して、堂々と卵を盗んでいくというものだった。だから天井のダクトに隠れ、様子を窺っていたのである。
 しかしそれだけではまた、有田本人である可能性が残っている。それを消したのが祈羅が原因となる先の香水の事故と、香りが残ることに言及したエリアスのつぶやきであったのだ。
「ふ……ふふっ……ふははははっ!」
 不敵に笑い出す有田――次の瞬間には、そこに純白のスーツに身を包み、同じく純白のマントで口元を覆い隠す、右目にモノクルをつけた怪盗……V・Vが立っていた。
「やってくれたね、まさか予期せぬ香りでバレるだなんて。……せっかくだし、名前を聞かせてもらえるかな?」
「音桐探偵事務所所長、雨宮歩。以後お見知りおきを、怪盗さん」
「探偵、志堂龍実。さあ……おとなしく、縄につくんだ」
 そう言ってじりっと龍実が距離を詰めようとした瞬間――先に怪盗V・Vが動いた!
「あいにくだけど……まだ捕まる訳にはいかないさ!」
 何と手にしていた卵を高々と放り投げたかと思うと、身を翻して窓を突き破って飛び出したのである!
「わぁっ!?」
 慌てて投げられた卵の確保へ向かう龍実に、突き破られた窓へと向かう歩。窓の外には闇夜を飛んでいく――いや違う、闇夜に紛れた黒い気球から垂れ下がる黒い縄梯子に捕まって空高く逃げ去る怪盗V・Vの姿があった。
「2人とも、名前をよく覚えておくよ! また会おう、ふはははははははは…………!」
 闇夜に響き渡った高笑いは次第に遠く小さくなっていき――やがて消え失せた。

●奇妙な一致
 それから数日後。音桐探偵事務所には、いつものように歩に会いに訪れていたヴィルヘルミナの姿があった。
「へえ、それじゃ2人とも、混乱に拍車をかけてたんだ?」
「どうもそうらしいですよぉ。おかげでこってりと絞られましたねぇ」
 ヴィルヘルミナに先日の事件の話をする中、エリアスと祈羅が独自の推理によって警官隊を更なる混乱の渦に叩き落としていたことにも触れる歩。その絞られた原因2人は何やら意気投合した部分があったようで、今日はお茶をともにしているという話だ。
「で、盗むのは阻止したけど、結局逃げられたんだね」
「結果論ですよぉ。……そう、結果論さぁ」
 いつものように皮肉っぽい笑みを浮かべる歩。この時のそれは、明らかに自らへ向いていた。有田に変装した怪盗V・Vはこう言っていたではないか、『探していた宝石じゃない』と。だとしたら、あの時2人が現れなくとも、盗まずに逃げ去っていた可能性だってあった訳で……。
 と、突然ヴィルヘルミナの携帯電話が鳴り出した。
「あ、ごめん。ちょっと出なきゃ」
 そう断りを歩に入れてから、電話に出るヴィルヘルミナ。
「はい、もしもし。ええ。そう、ヴィルヘルミナ・ヴィッテンブルグは私で……」
 『ヴィルヘルミナ・ヴィッテンブルグ』――歩の目の前に居る少女の頭文字がV・Vとなるのは、何の因果であったろうか。

【おしまい】

■WTアナザーストーリーノベル(特別編)■ -
高原恵 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.