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『夢花火が散る夜、約束のゆびきり 』
桜木 真里ja5827

●夏の夕暮れは、いつもより少しだけ

 蒸し暑い日が暮れれば浮き足立つ夏の喧噪。
 空は藍色。境界線に混じる朱色はほんのりと少しだけ空を染めていた。
 日が沈んでもちっとも鳴き止まない蝉時雨は遠くから聞こえる祭り囃子に賑わいを添えている。
 解いた朽ち葉色の髪がふわりと風に靡く、紫の浴衣に花開く撫子は巾着とお揃い。嵯峨野 楓は街灯が灯り始める神社に続く道を下駄を鳴らして歩いていた。
 いつもより可愛くなるように。そんな想いを込めた装いだけれど、少しだけ照れくさい。慣れない装いも少しだけ落ち着かなかった。
「遅れちゃダメだよね……」
 巾着から取り出した携帯で時間を確認すると待ち合わせ時間まではまだ少しある。ふと立ち止まって街角の硝子に映る自分の姿を確かめてみた。
(うーん、変じゃない、かな……)
 内心ちょっと……否、凄く不安だ。気に入って貰えるだろうか。
 少なくても乱れていないことを確かめて、小学生達が声を立てながら漕ぐ自転車に追い越されながら、神社へと向かう。
 その先に待っていたのは桜木 真里。彼は落ち着いたダークグレーの小雨柄の浴衣を纏っていた。
 楓を待つ間、通りがかる人々を眺めていたのだろうか。やってきた楓にもすぐ気付いた真里はそっと微笑みかける。
「……ごめん、待たせたね。どう、かな? 似合ってる?」
 そんなことを告げながら寄ってきた楓。その内心は期待と不安。そんな想いを込めて真里を伺うように上目遣いでちらりと見てみる。
「うん、すごく似合ってる。綺麗だよ」
 そんな視線に答えるように、真里は微笑んで応えた。

――じゃあ、行こうか。

 そう、頷き合って提灯が照らす石段を昇ってゆく。
 すると広がる祭りの風景。人で溢れかえっていた。祭り囃子と人々の喧噪が折り重なり合い独特の雰囲気を創り出している。
「人、多いね……」
 予想以上の混み具合に思わずげんなりとした表情を浮かべる楓、
 少しでもぼんやりとしようものなら人にぶつかってしまうような。包む熱気も会場の外とは段違い。
「手、繋ごうか」
 そんな、真里の誘い。俯いたまま静かに頷いて、立ち並ぶ祭りの灯りに照らされた楓の表情はほんのりと赤く染まっている。
 真里はほんの少しだけ先を、楓を気遣いずつ人の少ない道を選びながら歩く。
 普段と違う楓の姿。なんだか普段より大人っぽく見えて、綺麗だな。そんな想いを胸の中で反響させる真里。
 手を繋いだのも、はぐれないように。けれど、本当はただ繋いでいたいだけだった。

 ほんの少しだけ前を歩く真里の背中を楓は眺めていた。
 見慣れない装いの彼。なんだか普段より大きく感じる背中。
 火照った顔を冷ますように道中寄った出店で買ったイチゴ飴を舐めるけれど、よく味は分からなかった。

「あ、あれなんだろ?」
 くいくい。そう手を引かれる感覚に気付き真里は振り向くと楓が指差す先にある出店の前には一組の男女が居た。
 楽しそうな表情を浮かべて出店に並ぶものを見ているようだった。寄り添い合うふたりを羨ましそうな表情で見つめる楓。
「行ってみる?」
 そんな真里の声に楓は頷いて出店に近付き覗き込んでみると、其処には電球に照らされてきらきらと光る簪達が有った。
「どれも綺麗で可愛いねー」
 花や蝶、小鳥の羽。星とターコイズが揺れる簪。
 どれも素敵で思わず目移りしてしまう。
「あ、これとかどうかな?」
 そんな中、真里が手に取ったのは黒の本体に桜の装飾と小さなガラス玉2つが飾られた簪。
 自分の名を持つ本物この花を、いつか君に送れるように。そんな願いを込めたのは
「うん、可愛いね……これにしようかな」
 真里の手から簪を取ろうとしたけれど、その前に真里が店員に簪を渡しさっさと買い物を済ませてしまった。
 ありがとう。そんな、なんだか凄く照れている楓を愛おしそうに見た真里は微笑んで。
「良かったら、俺がつけてもいいかな」
「えっ、と……じゃあ、お願い」
 簪を託すと結い始める。その手付きは意外にも手慣れたようなもので、簡単に楓の髪をふわりと結い上げてしまった。
「真里、不器用なのに髪は結えるんだね?」
 普段より距離が近い彼の顔。なんだか、凄く緊張してしまう。
「うん、妹によくやっていたからね」
 その緊張を解くような真里の口調。
 そうなんだ。そう楓が言葉を紡ごうと口を開いたその刹那。
 鈍く大きな炸裂音が、夜の大気を振るわせた。
 同時、わっと沸き立つ歓声。気付けば20時を過ぎて花火が打ち上がり始めていた。
「綺麗だね……」
 楓と真里も空を仰ぐ。何も無かった夜空というキャンバスに描かれる無数の花々。
 咲いては散って、刹那の夢のようにただ輝いた。
「本当に綺麗だ」
 クリスマスに観覧車から見た時も遊園地で見た時も、勿論今日も夜空に咲く花はとても綺麗に咲いていた。
 花火は綺麗。それは誰もがごく当たり前に感じることかも知れない。けれど、きっと。
「きっと、それはいつだって君が隣にいたから……かもしれないね。真里」
 鈍い炸裂音に弾ける花火の光。赤、青、黄、様々な色の光りが上がっては消えてゆく。
 その色に染められる世界。
 そうだね、と頷いた真里は横顔の楓を見る。
 この綺麗な花火も、夏の匂いも、きみといる幸せも出来る限り全て焼き付けておこう。そんな誓いを込めて――。

 ふたつの人影がそっと、寄り添いあった。


●夢花火の跡に

 花火が終わり、帰路につく人々。
 あれだけ居た観客も神社から一歩一歩遠ざかるにつれて、少なくなってゆく。
 嫌でも終わってしまったのだと、実感させられるようで歩を進める。
 祭りで火照った心身を冷やすように街灯も無い道を夜風が吹き抜ける。
(前は、こんなんだったかな……)
 祭りの余韻に少しだけ寂しさを感じる心に戸惑いを覚えてぽふりと真里に寄り添う楓。視線の先には時が止まったような静かな夜空にひとりぼっちで揺れる上弦の月。
 夜空のようにこの時間が止まればいいのに、願う心に比例するように少しずつ歩むスピードが遅くなる。声も無く、響くのはふたりの足音だけ。
「楽しかったね」
 そんな静寂を打ち破ったのは真里の声。少しだけ夜の空気を揺らして空に溶けた。
 真里は手を伸ばして、少し楓を撫でる。
 そうして、少し考えて。
「……そうだね。ちょっとコンビニ寄っていこうか」
 そんな真里の言葉に、きょとりと首を傾げる楓。だから、真里は柔らかく微笑んで告げる。

――もう一度、花火を見にいこう。
 


●未来のきみに、ゆびきりを

 道中寄ったコンビニでは生憎線香花火しか売っていなかったけれど、それもまたいいよねとふたりの間を暖かな空気が満たす。
 近くの公園に移って準備を済ませた真里は線香花火を楓に手渡して。
「折角だし、どっちのが長く持つか勝負しない?」
「望むところ」
 それに応えた楓も同じように笑い返す。
 早速火を着けて、揺らさないようにそっと持つ。パチパチと弾ける線香花火をふたりで眺める。
 何か言おうかな、何か聞こうかな。様々なことが胸の中でこだまして、中々声にはならない。だから、声は夜の闇を揺らすこともなくただ線香花火が弾ける音だけが響いていた。
 そんなことを考えていたら楓の手の中にあった線香花火の火の玉がぽとりと落ちて、俯いた。
「俺の勝ちかな」
「なんだか、ちょっと悔しいな」
 ぽとり。最期に大きく弾けた線香花火は零れるように地面に落ちた。
「終わっちゃった、ね」
 小さく上がる声。惜しむような諦めるような視線を向ける。線香花火の短い命が堕ちた先。
 いつかは終わる。どんなに願っても変わらない。時計の秒針を指で止めても進み続ける。止まることなく流れる時間の中。

 永遠の愛。それを誓うにはどれだけの勇気が必要なんだろう。
 待っているだけでは、俯いているだけでは何も変わらない。歩かないといけないのに。
 けれど、全てを知ってしまったら、知られてしまったら。怖くて踏み出せない、先へと進めない臆病者。
 白紙に書いた願い事だって――。

 ただ、ずっと互いの幸せを願っている。共にいられることを祈っている。
 一緒に居られる今が何よりも嬉しくて、笑い合えることが何よりも幸せで。
 けれど、ただ言葉に出してしまえば壊れそうな想いが、怖かった。
「これは……蛍?」
 何処からともなくふわふわと浮かび上がる夢蛍。それは、直ぐに消えてしまいそうな儚い光だった。
 けれど、それでも、愛しいと、その想いを力の限り伝えようとしている。
「綺麗だね」
 愛しい想いを精一杯に告げる蛍の火。何処までも純粋な気持ちを伝えるか弱い光。
 こんな光のように純粋に愛を叫べたのなら、そんなことを考えて軽く首を振った。
「ねぇ、楓」
 楓の名を呼ぶ真里の声に振り向くと。
「来年もまた、来ようね」
 真里はただ、それだけを行った。
 先のことは解らなくても、それだけは誓おう。未来なんて解らなくても、誓いで繋げれば導は出来るはず。
 だから、また未来にゆびきりがしたい。ただ、それだけは伝えたかった。
「うん。来年も、きっとまた」
 未来のことは解らない。永遠の愛を誓うどころか、未だ踏み出すことを怖がっている臆病者だけれど。
 今はただ、そのきっとを信じよう。

 絡み合う小指。誓ったのは、何よりも尊い約束。


 静かな夜だった。
 深い藍色を湛えた宵の空に浮かぶ上弦の月はただ揺れている。
 祭りの喧噪を冷ますような夏の夜風にのって蛍が舞い上がった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja5827 / 桜木 真里 / 男 / 19 / ダアト】
【ja8257 / 嵯峨野 楓 / 女 / 19 / ダアト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、水綺ゆらです。
この度は『流星の夏ノベル』ご発注有難う御座いました。
WTRPGで担当させて頂いたPCさんと、またご縁を結ばせて頂けるなんて、感激です。
過去の心情も織り交ぜつつしっとりと、心情気味に描かせて頂きましたが如何でしょうか? 何かあれば遠慮無く仰ってくださいませ。
まだまだ夏は続きます。真里さんも、楓さんも、どうか、素敵な夏をお過ごしくださいね。
流星の夏ノベル -
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エリュシオン
2013年08月12日

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