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『海に抱かれて〜黒の宝石・緋色編〜 』
帝神 緋色ja0640


●白砂の上で

 何処までも青い空の端に、絵筆で描いたような白い雲。照りつける日差しは何処までも明るく。
 どういう訳か、夏の海はいつだって特別。
 毎日の色んなものを放り出して、誰もが子供みたいな笑い声を上げる。
 潮の匂いで胸を満たして。
 眩しい白砂を蹴り上げて。
 波を追いかけて、走って行こう。

「偶にはそんな風にはしゃぐのも、悪くはないと思いますわ」
 桜井・L・瑞穂は、帝神緋色をそう言って誘った。
 行き先はフランスにある、瑞穂の実家のプライベートビーチ。
 普通の日本人なら目を白黒させるような誘いに、緋色は顔色ひとつ変えずに答えた。
「まあ、行ってもいいかな? 瑞穂となら」
 退屈がまぎれるなら何処でも構わない。
 そして少なくとも、瑞穂は自分を退屈させたりはしないだろう。
 緋色は少女のように、首を傾げて微笑んだ。


 青いガラス天井のような空の下に、白いパラソルの花が開く。
 見渡す限り他に人影はない。
 まるで楽園のアダムとイブのように、空と海と砂浜に二人きりだ。
 広げたシートの上で、瑞穂が身じろぎする。ペディキュアを施した両足の爪先が、絡み合うように触れた。
 まるで象牙でできた彫像のような、滑らかな白い身体を包むのは、青と白のビキニのみ。
 優美な曲線に沿って、ローライズのボーダー柄がたわんだ。
 緋色はその動きを眼で、掌で、存分に堪能する。
 瑞穂の形の良い薄紅色の唇が緩むと、長く熱い吐息が漏れた。
「はぁ…… あ、案の定ですわ……わたくしとしたことが……!」
 頬を紅潮させ、見上げた先には緋色の微笑。
「ふふ、瑞穂ったら凄い敏感なんだもん……楽しくてつい♪」
 白く細い指が仕上げとばかりに、つっと、瑞穂の背中を撫で上げた。
「やっ……!」
 自分では塗れない背中に、サンオイルを塗って欲しいと頼んだのが間違いのもとだった。
 黒地に白のフリルをあしらった水着の小悪魔が、そんな頼みを普通に聞いてくれるわけがない。可憐な少女にしか見えないが、れっきとした少年だ。
「でもこれで、日焼けはしないですむよね♪」
 まだ治まらない体の火照りに瞳を潤ませ、瑞穂は無邪気に笑う緋色を睨んだ。


●薄紅に染まる

 ようやく身を起こし、溜息ひとつ。
 瑞穂はそのまま真っ直ぐに足を投げ出す。
 すんなりと伸びた白い腕を思い切り伸ばすと、ぐっと身体を伸ばし、そのまま上体を伏せた。
 そのしなやかな肢体を遠慮なく眺めながら、緋色が尋ねる。
「焼かないの?」
「身体を焼く気分ではなくなりましたわ」
 瑞穂はツンと横を向いた。が、すぐに向き直る。
「それよりも泳ぎますわよ!」
「オイル塗ったのに? まあ何度でも塗りなおしてあげるけど」
 緋色がくすくす笑うと、瑞穂の頬にさっと赤みがさす。
「気が変わりましたの! ほら、緋色も早く準備なさい!」
「準備? 何の?」
「柔軟体操ですわ!」
 何事にも全力、何事にも生真面目。
 完璧主義者の瑞穂は、例え水遊びのためであっても、準備に手を抜かない。

「ふうん? じゃあちょっと手伝ってあげる♪」
 身体を伏せた瑞穂に、緋色の眼に宿った悪戯っぽい光は見えない。
 その代わりに、緋色の柔らかな掌を通じて、両肩にかかる力を感じた。
「ダメだよ、ほら、もっと力を入れないと、ねぇ……♪」
「えっ、ちょっと!?」
 掌の熱が肩から背中、そして脇腹を通って身体の前へと移動していく。
 そして緋色の少年らしからぬ、柔らかな髪の感触が頬に触れた。
「どうしたの、瑞穂。手が止まってるよ?」
 そっと囁く声が耳にくすぐったく、瑞穂は思わず身体を固くする。
 緋色の重みと体温が背中に心地よくて、暫し陶然となった。
 とどまることなく肌を滑って行く繊細な指が、思わぬところに触れる。

 もう、準備運動どころではなかった。
 瑞穂は固く目をつぶったまま、悲鳴のような声を上げた。
「ちょ、緋色っ! くっつき過ぎですわ!?」
 それでも、瑞穂が寄りかかる緋色の身体をはねのけることはなかった。
 直接肌から伝わる熱と、眩暈するほどの潮の香りに混じる緋色の髪の香り。
 本気で力を込めれば、それは確実に振り払えるだろう。
 だが瑞穂はためらった。
 本気で振り払われてまだ縋りついて来るほど、緋色の興味が長くは続かないかもしれない。
 だからそれを手放すのが、少し惜しくて。
「……もぉ、貴方って子はぁ……!」
 そう呟いて、緋色の腕に自分の手を重ねてみる。
 ――わたくしより年下のくせに。
 だが何故か瑞穂は、そんな緋色に翻弄される自分も嫌いではないのだ。


●青の宝石

 頬を紅色に染め、瑞穂が青い瞳を伏せる。
 大好きな青と白の水着が、均整のとれた身体をどうにか覆っているという風情だ。
 どんな場所にいてもどんな場面でも、常に毅然と顔を上げている瑞穂が、何処か頼りなげに座りこんでいるのは滅多に見られない光景だ。
 幼い頃、初めて会ったとき。緋色にとっての瑞穂は、頼りになるお姉さんだった。

 やがて緋色は色々な物を見て、色々な事を知る。それは決して、愉快なことばかりではなかった。
 だが緋色はそれらを全て受け止め、今もまだ立っている。
 視線の先にはいつも、光を纏う少女がいたから。
 綺麗で、強くて。でも何処か危なっかしくて。
 そんな瑞穂の内にある物を、緋色は好ましく思う。

 だからそっと触れてみた。
 触れるといつでも強く抱きしめてくれた『お姉さん』は、いつの頃からか、ちょっとだけ困った顔をするようになった。
 やがて緋色は、瑞穂の困惑の理由を知る。
 色々な物を見て、まだ純粋な心を失わない瑞穂。
 それを確かめるように、緋色は事あるごとに瑞穂に悪戯をしかけてみる。
 この退屈に満ちた世界の中で、緋色の興味を引き続ける稀有な存在。
 とても強い輝きを放つ、青の宝石。
 今はまだ掌で、そっと包み込むように愛でておこう。
 いつが時が満ちれば、その時は――。


●波間の二人

 何処までも続く白い砂浜には、海藻ひとつ落ちていなかった。
 完璧に整えられたビーチは何処までも美しく、海の水は透き通っている。
 打ち寄せる波が、火照った足を心地よく冷やす。
「気持ちいいですわよ、緋色! 早くいらっしゃいな!」
 心からの笑顔で、瑞穂が手を振る。
「ふふ、瑞穂ったら、子供みたいだよ」
「こういうときは楽しんだ者勝ちなのですわ! 誰にも見られていないのですし」
 脛の中ほどまでの浅瀬で、瑞穂が腰に手を当て胸を反らした。
 真夏の日差しと波の照り返しを浴びて、剥き出しの白い肌が眩しく輝く。
「そう? じゃあ僕も楽しもうかな」
 緋色は優雅な所作で、爪先を波間に滑りこませる。

 そこに、ひと際大きな波飛沫が襲いかかる。
 青い瞳を輝かせ、瑞穂が笑いながら水を跳ね飛ばしていた。
「おほほほ、油断大敵なのですわっ♪」
 両手で水を浴びせる瑞穂を、手をかざした緋色が眩しそうに振り向く。
「ふうん、僕を本気にさせるんだね?」
 言うが早いか不穏な笑み。波を蹴って、一息に飛び込むように瑞穂に接近した。
 思い切り広げたしなやかな両腕を絡め、瑞穂の身体を捉える。
「きゃーっ!?」
 派手な水音を立て、もつれ合った二人の身体が波間に倒れ込んだ。
「あ、危ないですわっ! 頭を打ったら大変ですのよ!?」
 息を弾ませ、瑞穂が頭を起こす。
 だが肩から下は、緋色の身体によって抑え込まれている。
「ふふ、お返し。やっぱり油断大敵だよね?」
 瑞穂の足に自分の足を絡め、緋色が笑う。濡れた髪が、艶やかに頬を縁取っていた。
 捕えられた人魚の様に、瑞穂は為す術もなく浅瀬に横たわり続ける。
 瑞穂の黒髪が波間に広がり、ゆらゆら揺れるさまはとても美しかった。

 ぼうっとするほど、身体が熱い。日差しのせい? ……わからない。
「お、お放しなさいな、緋色!」
 瑞穂はやっとのことで、声を上げた。
「楽しまないと損、なんだよね?」
 微笑む緋色の顔は、あまりにも近過ぎる位置に。肩にかかる力は思いのほか強い。
 瑞穂の胸の鼓動が速くなる。
「お待ちなさい、物事には順序が……って、ええっ!!!??」
 予想、あるいは期待と異なる展開に、一瞬瑞穂の反応が鈍った。
「あはは、瑞穂のその顔、すごく可愛いよ」
 素早く起き上がった緋色は、瑞穂を残して数歩離れた。
 その手にあるのは、青と白のストライプの布地。瑞穂の水着のトップスだ。
 ――余りにも手際が良すぎる。オイルを塗った時にでも、少し緩めていたのかもしれない。
 上体を起こした瑞穂はほんのわずかの間、ぽかんと緋色の手元を見つめる。
 はっと気がついた瞬間、瑞穂は真っ赤になって胸元を覆い隠した。
「な……っ!? 緋色、何をしますのっ! 悪戯にも程がありますわっ!」
 片手の自由がきかない危ういバランスで、瑞穂が慌てて駆け出した。
「あはは、別に良いじゃないか、誰も見てないんだしー♪」
 緋色の楽しそうな声が響く。
「そういう問題ではありませんわ! か、返しなさいなぁー!!」
 必死で追いすがる瑞穂をわざと追いつかせて距離を詰めたかと思うと、またひらりと身をかわし、緋色は戦利品の水着を振って見せる。
「僕がいいって言ってるのに? じゃあ『お願い返してください』って言ってみたら♪」
 緋色は当然知っている。瑞穂がそのようなことを承諾しないことを。
 そして緋色は、瑞穂がこんなことを承諾する女なら、元々興味などもたなかっただろう。
 緋色の期待通りに、瑞穂の目に闘志が燃え上がる。
「言う訳が、ありませんわっ! 自力で取り返して見せますわよ! 覚悟なさい!!」
「そうこなくっちゃね」
 瑞穂の耳にその声は、届いたかどうか。

 くるくる回る、二つの影。
 波音に包まれて、その舞踏はいつまでも楽しげに。
 太陽が祝福の光を投げかけていた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0027 / 桜井・L・瑞穂 / 女 / 17 / アストラルヴァンガード】
【ja0640 / 帝神 緋色 / 男 / 16 / ダアト】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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大事な夏の思い出作りをお任せいただきまして、有難うございます。
二人きりのバカンス、存分にお楽しみいただけたでしょうか。
可愛い顔して鬼畜な弄りっぷりというのを、目の当たりにした気がします。ご馳走様です。
サブタイトルの『黒の宝石』と、第三章『青の宝石』の部分が、同時納品のもう一本と対になっております。
併せてお読みいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
流星の夏ノベル -
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エリュシオン
2013年08月15日

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