▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『浴衣を着て夏祭りに行こう! 【奥戸 通編】 』
奥戸 通jb3571

 いよいよ夏真っ盛りとなり、夜には祭りが行われるようになった。
「……よーしっ。こんな感じかな?」
 等身大の鏡の前で、浴衣の着付け特集の雑誌を見ながら、奥戸通は自分の姿を確認する。クルッと後ろを向き、髪型もチェックした。
「何か浴衣も髪型も、ちょっと崩れているような気がするけれど……。時間がないからいっか。後はこの簪をつけて、巾着を持てば完璧!」
 赤い鼻緒の下駄を履き、通は家を出て、小走りに待ち合わせ場所へ向かう。
「浴衣と下駄って慣れていないから、動きにくいなー。でも、あの人を待たせるわけにはいかない! 頑張るのだ、通!」


 待ち合わせの場所は、夏祭り会場の入口でもある神社へ続く長い階段の前。まだ夕日が沈みかけているが、すでに浴衣姿の人々が集まりつつある。
 千庵は階段の前に立っていると、カツカツっと下駄の音が近寄ってくることに気付いた。
「ん? おお、通ではないか! そんなに急がなくても大丈夫じゃぞ!」
「おーっ、千さん! 早いですね! 待ち合わせした時間の二十分前ですよ?」
 下駄の音を響かせながらやって来た通は、笑顔を浮かべて手を振る。
 軽く汗をかきながら駆け寄ってくる姿を見て、庵は優しく微笑む。
「今、着いたばかりじゃ。それよりその浴衣、よく似合っておる」
「えへへ、そうですか? 千さんも白い浴衣が似合ってますよー」
 庵は白い生地に紺色の帯を巻いた浴衣姿。
 通が着ているのは白い生地に赤い牡丹の花模様がある浴衣で、赤いタコの簪を頭の上でまとめた髪にさしている。そして手に持っている赤い巾着にはタコ足がついているので、パッと見はタコのぬいぐるみに見えた。
「相変わらずおぬしはタコが好きじゃな」
「そりゃああだ名が『タコさん』ですからね。だからたこ焼きはダメですよ?」
 通がにっこり笑顔で冷たく言う姿は、庵の背筋に冷たい汗を流させる。
 庵は青白い顔色で、慌てて話題を変えることにした。
「おっおお、そうじゃ。下駄で走って来るのは大変じゃっただろう? どこかで転んでケガをしなかったか? 痛いところはないか? ……ああ、髪が乱れておるし、浴衣も気崩れておるぞ」
「アハハ……。千さんを待たせないようにと思ったのと、慣れない下駄で歩くと時間がかかっちゃうと思って、急いで来たんですよー。でも浴衣は自分で雑誌を見ながら着たんで、最初っから割と気崩れていましたけど」
 通が苦笑しながらしゃべっている間に、庵は手早く乱れているところを直す。
「慣れない着付けに苦労したんじゃな。今度、教えてやろう」
「ありがとうですよー。……ところでそろそろ人の視線が気になるので、移動しませんか?」
 照れたように顔を真っ赤に染めた通を見て、庵は周囲を見回した。すると近くにいる人々が少し顔をしかめながら、こっちを見てヒソヒソと話していることに気付く。
 庵にとって通は可愛い後輩であり、子供というより孫に接する祖父みたいに自然となってしまう。
 だが何も知らない人から見れば、人目もはばからず、年頃の男女が仲睦まじくしているように見えてしまうのだ。
 居心地の悪さを感じた二人の間に、微妙な空気が流れる。
「……では行こうかのぉ」
「はい」
 二人は俯きながら、石の階段をのぼり始めた。
 長い階段をのぼりきると赤い鳥居をくぐり、神社にお参りしている人々を見て、通が声を上げる。
「千さんっ! 私達もやりましょうよ! 私、お賽銭をして、お願い事をしたいです!」
「そうじゃの。たまに神社に来た時ぐらい、やっても良いじゃろう」
 二人は列に並び、そして自分達の番になると五円玉を賽銭箱に入れて、鈴を鳴らす。そして二回手を叩き、眼を閉じて願い事を思い浮かべる。
「(俺はこんなだらしないヤツではありますが、どうか見守っててください)」
「(今年も半分過ぎちゃったけれど、みんなが幸せに過ごせますように)」
 庵と通は心の中で願いを告げると頭を下げ、その場から去った。
「さて、お参りも済んだことだし、祭りを楽しむとするかのぉ。通よ、何か食べたいものか飲みたいもの、または欲しいものはあるかの? せっかくじゃ、買ってやるぞ?」
「おおっ! 買ってくれるんですか? ありがとうございます。じゃあ私はわたあめが良いです!」
「ではわたあめの屋台を見つけなければのぅ」
「はい! わったあめー、わったあめぇ♪」
 二人は神社の左側にある道を歩き出す。神社があるこの山は天辺が平たくなっており、左側の道を通ると大きな広場になっているのだ。更に広場の下は川原になっており、川をはさんだ向こう側から打ち上げ花火があがることになっている。
 広場には数多くの屋台が軒を連ねており、二人は眼を輝かせた。
「ほほぉ。なかなか盛況じゃな」
「美味しそうな匂いが至る所からします〜! それにステキな浴衣姿の人もいっぱいいますね!」
 夕食を食べてこなかった二人は、早速腹を満たすことにする。まずは通が希望したわたあめを庵が買って二人で食べて、次にイチゴ味のかき氷、クレープもイチゴ、ラムネもイチゴ味を頼んだ。
 三度の飯よりイチゴ好きの通は、満足そうにニコニコしながら次々と腹におさめていく。
「ん〜っ♪ 本物のイチゴも美味しいですけど、こういうイチゴ味も美味しいですね!」
「そっそうじゃな……」
 通に付き合って一緒に同じ物を食べている庵だが、口の中が甘ったるくなっていた。それに冷たい物続きでもある為、体が少々冷えてきている。
 しかし通は平気そうで、屋台をぐるっと見回すと残念そうにため息をつきながら肩を落とす。
「イチゴ味を出している屋台は、もうないみたいですねー。チョコバナナのピンク色はイチゴ味じゃないし……。私はもう満足しました。千さんは何か食べたい物や飲みたい物、ありますか? 今度は私が付き合いますよ」
「おっ俺は焼きそばやお好み焼き、焼きとうもろこしに焼き鳥がええのぉ」
「じゃあ今度は熱くてしょっぱいものを食べましょう!」
 乗り気になった通を見て、庵は心から安堵のため息を吐いた。
 そして庵が希望した食べ物を食べ終えた後、お面屋の前で庵はふと立ち止まる。
「おっ、通が好きなものを発見」
 庵は通に赤いタコのお面を買ってあげると、大喜びされた。
「千さん、ありがとうですー! このタコさん、ねじり手ぬぐいを頭につけているのが良いですねー!」
「そうじゃな。夏祭りらしいのぅ」
 次に一緒にヨーヨー釣りをした後、射的の店で通はとある景品を見つけて眼を輝かせる。
「千さん! ちょっと待っててください! 私、射的で欲しい物を見つけてしまいました!」
「ん? どれじゃ?」
「アレです!」
 興奮した通が指をさしたのは、頭にピンクのリボンがついているタコのストラップだ。タコの眼は少女マンガのヒロインのようにキラキラしていて、どうやらタコの女の子らしい。
「またタコか。本当に好きじゃのぉ」
「はい! ぜひ自分で手に入れます!」
 張り切って挑んだものの、体に力を込め過ぎたせいでどの景品にも当たらず。
 暗雲を背負いながら落ち込む通を見かねて、庵は射的をやってみることにする。すると見事にタコのストラップに当たり、手に入れることができた。
「ほれ、通よ。俺から贈り物じゃ」
「千さん、ゲットしたんですか? スゴイですー! ありがとうございます!」
 通はストラップを受け取ると、満面の笑みで頭を下げる。
「よせよせ。俺は射的をしたかっただけじゃ。だから気にするでない」
「えへへ、嬉しいですー」
 庵は何だか照れくさくなり、通から視線を外す。すると人の流れが変わっていることに気付いた。
 人々は屋台から離れ、川が見える場所へ移動したり、山を下りて川原へ向かっている人達もいる。
「おっと、いかん。通、そろそろ花火が打ち上がる時間じゃ」
「えっ!? もうそんな時間ですか?」
 すでに空は暗くなり、金色の満月が浮かんでいた。
 夢中になって屋台巡りをしていたせいで、すっかり時間を忘れてしまっていたらしい。
「通、俺達も移動するぞ。花火を落ち着いて見られる秘密の場所に行くのじゃ」
「そんな良い場所があるんですか?」
「ああ、ついてこい」
 庵は屋台が軒を連ねる場所を抜けて、神社に戻って来た。そして建物の裏に回り、細い山道を歩く。
「建物の裏に、道があることを知っている者は少なくてのぉ。花火を見る者は川近くに行くだろうが、山の上から見るのもまた良いものじゃ」
 道の先は小さく開けた場所になっており、屋台と川原が見下ろせた。庵が言った通りここには誰もいなくて、二人っきりだ。
「わあっ……! こうやって上から見下ろすのも良いですねー。屋台の光がとってもキレイです」
「そうじゃの。……おっ、はじまるぞ」
 
 ヒュウ〜……パァンッ! パンッ、パーンッ!

 闇色の空に、赤い大きな花火が浮かんで消える。すると次々に、色とりどりの打ち上げ花火が空を彩っていく。
「うわぁー! キレイですねー! 派手ですねー!」
「ああ、綺麗なもんじゃ」
 通と庵は空を見上げながら、花火を見つめ続けた。
 しかし突然、庵は不安そうな表情をする。
「(この美しい光景を、俺はいつまで見られるじゃろうか……。せめて通が一人前になるまでは、一緒に見ていたいものじゃ)」
 花火に視線を向けていた通は、ふと隣にいる庵が顔をしかめていることに気付いた。
 どうかしたのかと聞きたかったが、声をかけづらい空気を庵は出している。
 それに尋ねたところで、庵が子供扱いをする自分に本音を打ち明けてくれるかどうか、分からなかった。庵は通を心配させない為に、優しく誤魔化す人だから……。下手に気を使わせることは、逆効果だと通は思った。
 一生懸命考えた後、通は庵の為にできることを思い付く。そしてこっそりと、彼の手に自分の手を絡ませる。
「通、どうかしたのか?」
 庵は通の突然の行為に驚いて、花火から視線を外して彼女の顔を見た。
「エヘへ。花火を見上げていると千さんのお顔、見れないでしょう? こうやって手をつないでいれば存在を感じられるから、安心できるんです」
「そう、か?」
「はい」
 通があまりに嬉しそうに微笑むので、庵はそのまま手をつなぐことにする。
 そして二人は花火を再び見るも、その表情に暗い影はなかった。


 やがて打ち上げ花火は終わり、二人は元来た道を歩いて神社まで戻って来る。そして階段を下りた所で、二人は向かい合う。
「千さん、今日はとっても楽しかったです!」
「いやいや、俺の方こそ誘ってくれて感謝しているのじゃ」
「ふふっ、来年もまた一緒に夏祭りに行きましょうね!」
「ああ、そうじゃな。……っと、家まで送って行った方がいいかの? 祭りは人が多いし、怪しい者も出ると言われておるしな」
「そうですか? じゃあお願いします!」
 通が再び手を絡ませてきたが庵は何も言わず、二人は帰り道を歩き出した。


<終わり>


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb3993/千 庵/男/28歳/ルインズブレイド】
【jb3571/奥戸 通/21歳/アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
 このたびは依頼していただき、ありがとうございました(ペコリ)。
 お二人が夏祭りを楽しんでいる様子を書かせていただき、私も楽しかったです。
 夏祭りは終わるとしんみりしてしまうものですが、また来年もと約束するのは嬉しいことですね。
 また機会がありましたら、よろしくお願いします。
流星の夏ノベル -
hosimure クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.