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『宵闇金魚、お祭り花火 side敦志 』
如月 敦志ja0941


 空気ごと染まってゆく、夏の夕暮れ。
 縁日の楽に人々のざわめき。
 熱い風に包まれるのも、悪くはない心持になる。

 待っているかな。
 待たせていないかな。
 そわそわとした感情は、笛や太鼓のリズムに似ていた。



●宵闇の中、君を待つ
 誰もが、自分を気にすることなく通り過ぎてゆく。
 そんなことなど意に介さず、如月 敦志は上機嫌。
 待ち合わせ場所は縁日の入り口。時間は少し早めに到着。
 多少の待ち時間は予想のうち。
 夏といえば、で引っ張り出した浴衣は涼やかで、誰かが走り過ぎていく度に裾が翻る。
 紺地のそれが着崩れてないか時おり確認し、それから腕時計へと目を落とした。
 ホワイトデーの時にもらった、お気に入りの腕時計。
 大切に大切にしている。
(女子の準備は、時間がかかるもんだしな)
 恋人である栗原 ひなこがルーズではないことを知っている。
 知っているから、先に来て待っているのだ。
 待たせてしまってるんじゃないかと、ハラハラしながら駆けてくる姿は、きっととてもかわいいだろうから。




「ごめんね、お待たせー!」
 ポニーテールがひなこのトレードマークだけれど、今日はハーフアップに。
 髪型一つで、印象は変わるもの。
 息せき切って、ひなこが姿を見せた。
「お、中々大人っぽい浴衣だな。似合ってるぜ」
 どれくらい待っていたとか、どの地点から気づいていたとか、その辺りには触れることをせず、敦志はさらりと感想を伝える。
「あ、ありがと……。敦志くんは、やっぱり浴衣がサマになってるよね」
「そうか?」
「……うん」
 上目でチラリと、敦志を見上げる。
(やっぱり、いつもより格好いい……な)
 和服が似合うことは、知っているけれど。
 ひなこなりに大人っぽい浴衣を選んだつもりだけれど、ごくごく自然体で着こなす敦志に、見惚れてしまったり何だか悔しかったり。
 巾着を握る手に、自然と力が入る。
 ひなこの視線の意味を知ってか知らずか、敦志は微笑を返すだけ。
「さ、行きますか。まずは定番からかな」
「うん! あのね、りんご飴たべたい!」
「了解」
 先に到着していた敦志は、縁日のチラシを手にしている。
 ノープランで歩いても楽しいけれど、何処に何があって何時どんなイベントがあるか、大まかにでも把握していた方が動きやすい。
(……あ、腕時計)
 ふとした拍子に敦志の浴衣の袖口から腕時計がチラリと覗き、ひなこはドキリとした。
 和装にはどうだろう、と迷われても仕方ないはずなのに。
 着けてきてくれたんだ。
(半年…… かぁ)

 敦志とひなこが、お付き合いを始めて半年を迎える、夏祭り。
 今日は、特別な日なのだ。


 いくつかのりんご飴屋台を通り過ぎていく。
 買わないの? と後ろ髪を引かれるひなこに、敦志は片目を瞑るだけ。
「あー、あったあった。ひとつお願いします。――確か、好物はコレだったよな?」
 敦志が買ってくれたのは、巨峰の耳付のりんご飴。
 何処にでもあるようで、売切れだったり置いていなかったり。それで、ずっと流していたのだ。
「わー! 嬉しい、ありがとう!!」
 両手で大切に受け取り、ひなこは巨峰の耳を舐める。
「美味しい!」
 ちょっとした悩みも、子供っぽい拗ねた感情も、りんご飴の甘さに溶かされる。
 嬉しさも悔しさもひっくるめて、ひなこは大切に味わう。




 金魚すくいの屋台を見かけ、敦志の瞳が輝いた。
 ふ、と隣を見ると、それ以上に、ひなこのハートに火が点いていた。
「花火の打ち上げまで、まだ時間あるよな。挑戦するか」
「敦志くん、ちょっと預かってて!」
「お、おう」
 巾着を敦志に預け、ひなこ、本気モード。

 裸電球に照らされ、白い水槽を赤に黒の金魚が鮮やかに泳ぐ。
 屋台に置かれた扇風機が、ぬるい風を送る。
 しゃがみ込むと、周囲の雑踏も気にならなくなる。
(なんだか、懐かしいなー、こういうの)
 金魚すくいには、コツがある。
 それさえ掴んでしまえば容易いもので、敦志は一つのポイで次々とすくい上げ――
 3つ目のポイ交換を頼んでいるひなこの姿に、笑いを誘われた。
「あまり器用じゃないひなこには、ちょっと難しかったかな? これにはちょっとしたコツがあるんだよ……っと」
「もう! どーせ、不器用ですよーだ」
 見せつけるような敦志の技に、ひなこは解りやすく拗ねた。
「敦志くん、凄いけどずるい!」
 ――不器用だって、熱意があれば!
 はらり。
 ひなこは落ちてきた黒髪をかきあげるようにして横に流し、再戦を挑む。
(…………)
 普段はサイドを降ろしているから、こうしてひなこの横顔を見るのは新鮮だな、と敦志は何の気なしに視線を流し、言葉を呑んだ。
 いつだって好奇心に満ち溢れた大きな瞳は、今は真剣勝負に染められていて。
 流した髪から覗く耳元、白い首のライン。まるで、知らない女性だ。
「? 敦志くん、どうかした?」
 奮闘むなしく、獲得金魚ゼロという結果に落ちたひなこは、いつものひなこだ。
「ん、いや……。なんでもねぇ……」
(言えるかよ、大人っぽく見えてドキッとした、なんて……)
 照れ隠しに追い込みで大量の金魚をすくい、碗いっぱいになったところで試合終了。
「赤と黒、一匹ずつだけでいいんで」
 さすがに、全てを連れ帰るわけにはいかない。
「ほら、ひなこ」
「ありがとう、敦志くん。綺麗だねぇ」

 巾着と合わせて持つと布地の柄が透けて、そこを舞うように二匹の金魚がひらり。もうひとつの世界を作り出していた。

「さ、次のお楽しみへと行きましょうか」
「はーっい!」
 敦志が差し出した手に、ひなこが小さな手を重ねて。
 祭りの夜は、まだまだこれから。




 花火の打ち上げに向けて、敦志は場所取りに余念がない。
「そんなに、違うものなの?」
「大違い。今までと違う花火、見せてやるぜ?」
 花火好きは、伊達じゃない。
 得意げな敦志こそ子供っぽく見えて、ひなこは笑いながら、握る手にそっと力を込める。
(大人っぽいとか、子供っぽいとか……)
 お祭りって、不思議。
 普段は意識しても見ることができない表情が、くるくる万華鏡のように浮かび上がる。
(あたしは、どんな風に見えてるのかな?)
 『敦志くんをドキッとさせよう計画』、成功しているのかどうかなんて自分じゃわからない。
(けど)
 手をつないで、巨峰のりんご飴を食べて、金魚すくいをして、
 周りにはたくさん人がいるのに、人の目なんて気にならなくて、
(楽しいな)
 この気持ちは、きっと共有できてる。それが大事だなって思う。
「ほら、ここ! もうすぐ始まるぜ――」
 敦志が振り返る。

 3,2,1,――……‥

 夏の夜空に、大輪の花が咲き誇る。
 腹の底まで響くような音を伴って。
 力強さと繊細さ、それはまるで敦志が得意とする魔法のようだ。
「わ、あ……」
「花火はやっぱりいいな。これを考えた人は天才だと思うぜ……」
 彩り豊かな花々に、敦志は魅入った。
 毎年見ても、何度見ても、飽きることなんてない夏の風物詩。
「うん、綺麗だね……」
 答えるひなこは、敦志を見ている。
 幸せそうな彼の横顔が、何よりも見ていて飽きない。
 拗ねても、いじけても、決して離さない手の力強さが頼もしい。




 花火が散り切り、胸の中には満足感と、ちょっとした疲労感が波のように押しては引く。
 高揚した分の反動が来たようだ。
 余韻を味わうように、ゆっくりと歩くことにした。
 店じまいの準備が始まった屋台の間を抜けていく。
 空では星々が覇権を取り戻し、輝きを強めていた。


「今日はありがと。凄く素敵な思い出がいっぱいだよ」
「って、待てよ、ひなこ」
「え?」
 待ち合わせ場所まで戻り、そのままバイバイしようとしたひなこの手首を、敦志が改めて掴む。
「撃退士とはいえ、彼女を一人で帰らせるほど甲斐性ナシじゃないぜ? 俺は」
 くすっと笑い、もう一度手をつなぎ直す。
「……!!」
 見る見るうちに、ひなこの顔が真っ赤に染まる。

「よ、よろしくお願いしまっす……」
「お任せあれ」


 ドキっとさせられたのは、ひなこの方? 敦志の方?
 言葉少なな帰り道、答えはそれぞれの胸の中に。




【宵闇金魚、お祭り花火 side敦志 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0941/ 如月 敦志  / 男 /20歳/ ダアト】
【ja3001/ 栗原 ひなこ / 女 /14歳/ アストラルヴァンガード】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
夏祭りデート、糖度特盛でお届けいたします。
待ち合わせシーンを、それぞれの視点で差し替えしております。
楽しんでいただけましたら幸いです。


流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月23日

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