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『叶えられた願いの果てに〜『水着』しかない世界 』
弓亜 石榴(ga0468)

 時は西暦2017年。異性人との過酷な戦いに一応の終結を見て数年、人々は新たな道を歩み始めていた。
 そしてここにも。
 あまり変わっていないかもしれない娘が、今日もまた不思議の国へと招かれる――

●再会!?
 初夏の頃、日本のとある場所にある看護学校の資料室で、高城 ソニア(gz0347)はレポート作成用のファイルを探していた。
 浪人を経て入学した看護学校も最終学年を迎えていた。曲りなりにも進級し卒業を控えている大事な時期で、明日からまた実習が待っていたから何としても今日中に仕上げておきたいのだけれど。
(先生、この棚って仰ってましたよね‥‥)
 目当てのファイルが見つからない。
 持ち出し制限のある資料で、鍵付きガラス戸の付いた棚に保管されているはずだと教員は鍵を貸してくれた。今、資料室にはソニアしかいないし、資料自体そうそう持ち出せるものではないはずなのに、見つからない。
(方向音痴って物探しも苦手なのかしら‥‥)
 自他共に認める方向音痴ではあったが、さすがにあるはずの物を見つけられないほど間が抜けているとは思いたくなかった。
 そうだ、こういう時は落ち着いて、物の名を呼んでみよう。

「「「ソニアさん、ソニアさん」」」

 名を呼ぶ声がした。違う、それはファイルの名前じゃない。
 相当テンパっているようだ。大きく吸った息を吐き、ソニアは再び息を吸いファイル名を口に出そうとした。

「ソニアさん、ここですよ」

 嗚呼、ファイルが私を呼んでいる――そんな訳はない。
(最近は実習続きでしたし‥‥私、少し疲れているのかしら?)
 そんな事を考えて、本棚に視線を巡らせたソニアの視界に、白っぽくてふにっとした物体が目に入った。
 誰だ脱脂綿を置き忘れた人は、と思う間もなく、それはもぞもぞ動いてファイルの隙間からすぽんと赤い髪の頭を出した。

「ソニアさんったらぁ」
「気付いてくださいよぅ」

 それは、カンパネラ学園時代に頻繁に遭遇した人達。
 小さくて、うじゃうじゃ居て、饅頭頭をした――不思議の国の女王様の家来達。
「饅頭、兵士さん、たち‥‥?」
 あまりに唐突な再会に、ソニアは目を丸くして呟いた。

●下着のない世界?
 あれだけ探したのに見つからなかったファイルから、饅頭兵士ズがわらわらと湧いて出て来る。
 とりあえずファイルと兵士達を引っ張り出して、ソニアは黙ってガラス戸を締めた。
「番号!」

「いち!」
「に!」
「さん!」
「し!」
「ご!」
 ――以下略。

 点呼して全員揃っているのを確認し、黙ってファイルだけを棚へと戻し施錠する。
「ソニアさん、何だか悟ってませんか?」
「大人になりましたねー」
「‥‥だって、ご用件があって、来られたのでしょう?」
 整列した饅頭兵士ズに、ソニアは首を傾げて言った。
 今までの経験上、饅頭兵士ズは彼女に難題解決を求めて来るのがお約束だ。饅頭兵士ズと逢ってしまったからには、明日までにレポートを仕上げようなどとは考えない方がいい。少なくともソニアは自分がそこまで器用ではないと自覚していた。
「お話、聞きますよ? 此処ではお茶は出せませんけれども」
 資料室で飲食する訳にはいきませんからと微笑む。お構いなくと兵士達は順繰りに話し始めた。

「ソニアさんのせいなのです!」
「あんなお願いをしたから!」
「だから女王様が下着を無くしてしまったのです!」
「代わりに『四六時中水着で過ごす法』を作ってしまわれて!」
「このままでは結婚式ができません!」

「えっと‥‥」
 下着がないから結婚式ができないのか、水着以外着られないから結婚式ができないのか。
 前者は大変ゆゆしき問題だ。
 女王が法で下着を無くしたのであれば、花嫁はウェディングドレスの下に何も履いていない事になる。花婿は公衆の面前で花嫁を辱める事になるし、ガータートス自体が成立しなくなる――つまりはイベントの存続に関わる。
「‥‥これからの時期、水着でウェディングというのも素敵じゃありません?」
 とりあえず後者の可能性を期待して、プールサイドで水上ウェディングというのも涼しげで良いだろうと振ってみた。ところが兵士達は違うんですと首を振る。
「いいえ、いいえダメなんです!」
「女王様は『下着を全て水着と呼ぶ法』も作ってしまわれたのです!」

「‥‥‥‥え?」

「だからですね?」
「従来の下着を『水着』と呼ぶ事で、下着は無くなりました」
「今後ぱんちら写真は無いんです!」
「「「だけど!!」」」
「四六時中水着で過ごす法があるので、わたし達はいつも下着姿です!」
「そして、水着以外着られないので、花嫁さんがウェディングドレスを着られないんです!!」

「えーっっっっ!!!!!」

 想像以上にゆゆしき問題だった。
 確かに良く見れば兵士達の格好も奇妙だ。制服模様の全身タイツを着込んだ上にマントを羽織っている。
「その格好も、下着の内に入るんですね‥‥」

「そうです! 実は結構恥ずかしいんですよ!」
「盛れる所は盛れますが、引っ込ませたい所が目立ってしまって‥‥」
「「ダイエットしなきゃ!」」
「色だって気を遣うんですから‥‥」
「「肌色なんて着られない!!」」
「ペイントして誤魔化しているんですよぅ‥‥」

 なるほど、これが花嫁であればと想像するだに痛ましい。
 白いドレスもレースも無し、水着と称して公衆の面前で下着姿を晒し、挙句お色直しとペイント全身タイツなんてした日には新郎新婦揃って物笑いの種にしかなるまい。余程風変わりな花嫁花婿ならともかく、大多数の新婚夫婦にとっては人生最良の日どころか最悪の日、墓場の穴から地獄へダイブする儀式でしかないだろう。
「それは‥‥止めさせなければ駄目です!」

「でしょう、でしょう?」
「ソニアさん、何とかしてください!」
「「「このままでは花嫁のぱんちら写真が撮れません!」」」

 ――いや、花嫁のぱんちら写真は撮れない方が良いと思うけれども。
 そんな微妙な表情は兵士達に伝わってしまったようで。

「何とかしてくれなかったら、流しますからね!」
「結婚式のスライドショーで!!」
「「ソニアさんのぱんちらコレクションを!!」」

「待ってくださいっ! 何でまだネガを持っているんですかっ!!」

 兵士達が取り出したネガフィルムの束を見て、ソニアは悲鳴を上げた――

●下着しかない世界!
 赤の他人の結婚式で過去の恥辱を晒されては堪らない、用意もそこそこにソニアは不思議の国へと向かった。
 やって来たのは白い砂浜――かつて此処に落っこちた雷様を助けに訪れたことがある、海だ。

「ソニアさん? 海開きはまだですよ?」
「うーん、やっぱり下着姿ですねぇ‥‥」
 小手をかざしてソニアは呟いた。
 晴れた空の下、人影まばらだ。
 犬連れで散歩中のおばさんはブラスリップ、釣りをしているおじさんは白のランニングシャツにトランクス姿。水着と言い切るには、どう見ても無理があった。それに、肌の露出が少なくても下着は下着、ソニアにはインナーにしか見えない。
「下着が普段着みたいなものなのですね‥‥でもこれじゃブティック潰れちゃいません?」
「代わりに下着屋が大儲けしてます」
「洋服から下着へ転職する針子も多いです」
 それはそれで自然というか、不自然というか。
「ところで、元々水着と呼ばれていたものはどうなったんです?」
 聞けば、本来の水着もまだ存在しているらしい――より過激に高露出度を誇るファッションとして。
「うーん、それはそれで何だかねぇ‥‥」
「スク水もありますよ!」
「旧式新式どちらも健在です!」
 コアな方向へ進化を続けているようだが、相変わらずソニアは鈍いままだ。首を傾げつつソニアは次に不思議の森へと足を向けた。

 不思議の森には教会がある。
「まさかここも‥‥ああ、やっぱり」
 人々の信仰の拠り所であり、多くの夫婦が永遠の誓いを立てる厳かな場所――そこもまた、女王の法は生きていた。
 ソニア達を出迎えた神父の姿はラクダ色の上下。ジジシャツにハラマキとモモヒキの、ぬくぬくコーディネイトで。
「‥‥熱くないですか?」
 ソニアの問いに、老いた神父は「祭服を着ていないと、どうも肌寒くて‥‥」苦笑して言った。どこからどう見ても、ただの隠居爺さんにしか見えない。
「今の時期は夏物の下着‥‥いえ水着の上に祭服を着るのが丁度良いのですが、水着のみで過ごせと女王様が仰せですからなあ」
 神父に非はないというのに祭服の有無だけで印象は随分変わる。足元を見れば普通に革靴を履いていて、これではまるで変質者だ。
 ソニアに特定の信仰はない、しかしだからこそ思う所もあって。
「あのう、後でお城へ来ていただけませんか?」
 日時を指定し、ソニアは兵士達を連れて教会を後にした。
 その後も国内のあちこちを見て回り、ある人には声を掛け、最後に一向は城へと向かった。女王様に気付かれないように、こっそりと城内へ入ったソニアは、兵士達の控え室で仕度を始めた――

●新作水着これくしょん?
 不思議の国の女王様は退屈を持て余していた。
「何か刺激が足りぬのう」
 高飛車な口調で、気だるげに息を吐く。そんな女王様の姿は黒の上下にガーターベルト、黒いストッキングにピンヒールの下着姿――もとい、この国では水着と呼ばれる姿であった。
「時期だと言うに、最近めっきり挙式の話も聞かぬのう」
 初々しい花嫁、緊張する花婿、幸せそうな新郎新婦と参列者――入籍が減るという事は、将来的に子の数が減る事でもある。ゆくゆく爺婆だらけの不思議の国になるのは困るのだがと、女王は思案を巡らせる。
「そうじゃ、いっそ水着も廃して婚姻も無くしてしまおうか。さすれば皆が素裸、きっと本能の赴くままに‥‥」

「「女王様にお願い申し上げますっ」」

 女王の危険な思案は、家臣が呼ぶ声に遮られた。何じゃと見下ろせば、ちんまい饅頭兵士が膝を付いている。
「女王様、夏から秋への新作水着が揃いましたので、ご覧いただきたくっ!」
「おお、それは良い。すぐに此処へ通せ」
 女王は弄んでいた鞭をぴしりと床に打ち付けて命じた。既に待機させていたのだろう、鞭の音を合図に謁見の間の重厚な扉が開くと別の饅頭兵士が金のラッパを吹き鳴らす。
 ぴっぴっぴっ――
 先頭の饅頭兵士が呼笛を一定の感覚で吹き鳴らし、その後ろにずらりと鼓笛隊の姿の(全身タイツを身に纏った)饅頭兵士ズが笛や太鼓を鳴らして続く。一糸乱れぬ行進の後、両端に寄った兵士達は、笛に合わせて一斉に行進を止めた。

「「「この夏のー 最新水着これくしょん!」」」
「まずは休日にお勧めのデザイン!」

 饅頭兵士の司会に合わせて、謁見の間にモデルが一人現れた。素人モデルだろうか、何だかそわそわ落ち着きがない。
「夏は海、釣りに出かけるのに最適なふぁっしょんです!」
 司会に紹介された釣り人のおっさんは、麦藁帽を取って一礼すると女王の前に進み出た。日に焼けた肌に、白のタンクトップと青いトランクス姿が涼しげだ。女王の前でくるりと一回転して、おっさんは猫背気味に下がっていった。
「‥‥‥‥」
 モデルをもう少し何とかできなかったのかと不機嫌そうに、女王は兵士達が始めたファッションショーを眺めている。
 お次は、と紹介されて出て来たのは機能性重視のブラキャミを身に着けた中年の女性であった。恥ずかしげに前へ進むと膝を折って礼をし、おっさんと同様くるりと一回転して下がってゆく。
「‥‥‥‥」
 ああ、これがドレス姿であったなら。女性の仕草は優雅そのものだったが、その所作は裾丈の長いドレスを着ていてこそ映えるというものだ。しかしながら、この素人臭いモデル達は一体何なんだ。
 女王の不機嫌などお構いなしに、兵士は声を張り上げた。

「続きまして‥‥最新ウェディングこれくしょん!」

 前座が終わってこれからかと女王は身を乗り出した――のだが、出て来たのはラクダ色のシャツにモモヒキとハラマキを着込んだ爺さん。がにまたで、しかし堂々と女王の前に進み出た老人は、女王に恭しくお辞儀をした。
「陛下にはご機嫌麗しゅう。森の教会の神父にございます」
「神父? そんな格好で神父とな? 不敬ではないか!」
 女王が声を荒らげるも、兵士達はぴくりとも動かない。神父も落ち着いたもので、真っ直ぐ女王を見上げて言った。
「不敬ではございません。『下着をすべて水着と呼び、四六時中水着で過ごす法』に従いますれば、これがわたくしめの祭服にございます」
 女王は手の鞭をしごいた。かの法を定めたのは彼女自身だ、神父はそれに従っているに過ぎぬ。先ほどのモデル達も法に従った姿をしているに過ぎないのだ。どんなに相応しからぬ格好であろうと、それが法が定めたものであれば。
「む‥‥」
 神父がこの調子であれば、新郎新婦も当然水着――もとい下着姿であろう。確かにお洒落な下着もあるにはある、しかし一生一度の晴れ舞台を下着で迎えようという酔狂な花嫁はそう居まい。
「最近挙式の報告がなかったのは、こういう事であったか‥‥」
 女王は横暴ではあったが愚かではなかった。ただちょっと破廉恥な傾向があっただけで、君主としては優秀だ――と思われる。
 深く深く溜息を吐き、女王は法の撤廃を宣言した。

「今、これを以て『下着をすべて水着と呼び、四六時中水着で過ごす法』を廃する! 皆、それぞれの役務・用途にあった服装を着用せよ!」

●ちらちずむ?
 不思議の国の女王様が法の撤廃を行ってから数日後、ソニアは自宅で饅頭兵士達とお茶を飲んでいた。
「皆さんも大変ですねぇ」
 同情混じりにソニアは言って、お茶請けにと荒塩を練りこんだビスケットを皿に出した。饅頭兵士ズは器用に割って皆で分けると、かりかりと良い音を立てて齧りだす。
「絶妙な塩加減!」
「これからの時期、塩分は大事ですね!」
「我々も汗を掻きますから!」
 そんな事を言いながらビスケットを齧る饅頭兵士ズの格好は、まるでボールか着ぐるみのよう。
 何でも、かの法を撤廃した女王が今度はチラリズムに目覚めたとかで、不思議の国では全身を覆う重装備に僅かな隙間を空けてチラリズムを競うのが流行しているらしい。
「ごく偶の、一瞬だけ、ちらりとするのが刺激的なのです」
 夏場に流行らせる事じゃないと思うが、サウナスーツ効果で痩せられると挙式前の花嫁達には中々好評なのだとか。まあ、体温調節以上や脱水症状にさえ気をつければ大丈夫かと、看護学生はお茶のお代わりを注ぎつつ兵士達に釘を刺した。
「くれぐれも‥‥適度な塩分と、水分補給は忘れないようにしてくださいね?」

 時は初夏、一年で最も多くの花嫁が幸せを願う頃の話である――



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ga0468 / 弓亜 石榴 / 女 / 19 / 饅頭兵士ズ 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 鈴蘭を夏の終わりに‥‥大変お待たせしてしまいまして申し訳ありません!
 いつもありがとうございます、周利芽乃香でございます。

 まさか「ソニアのぱんちらが無い世界」を願って、こういう結果を引き起こすとは予想もできませんでした!!
 下着のない世界‥‥これって下着という名称がない世界なだけじゃないですか! しかもネガが残っているのなら完全消滅してませんしっ!!
 女王さまをどう説得するか悩んだ末、新たなフェチを呼び覚ましてしまったような気がしなくもないのですが、こんな形に落ち着きました。この結果、新たな問題を引き起こしてしまうかもしれませんが‥‥それはまた別のお話、という事で。

 今年の酷暑に着膨れは大変辛いかと存じますが、饅頭兵士さま方、お元気にお過ごしくださいませ‥‥ねv
鈴蘭のハッピーノベル -
周利 芽乃香 クリエイターズルームへ
CATCH THE SKY 地球SOS
2013年08月26日

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