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『So Sweet 〜Side T 』
神林 智ja0459


●モーニング・コール

 部室の扉を勢い良く開き、神林智は中を見回す。
「さすがにありえない、ですよね」
 待ち合わせの相手の姿は、まだそこになかった。
 ちょっと諦めの苦笑い。
「しょうがないから先にチェックだけしておこうかなぁ」
 智は普段は誰も近寄らない、部室の闇へと近づく。

 まあ要するに、普段使わないものを山積みにしてあるわけで。
「うわ……これ一体何……?」
 顔をしかめて何やら謎の物体をつまみ出し、智が顔をそむける。
「新しく買わずに使えるもの、何かあるかなぁ?」
 暫く見回し、謎の道具類を引っ張り出してはまた押し込む。
 そこでふと時計に目をやった。
「うーん。先輩、やっぱり寝坊しちゃたのかな」
 携帯電話を取り出し、息を吸い込み。
 コールの音が途切れると同時に声を上げた。

「起きろー!」
「やだ、神林ちゃん、ちょっと怖い……」

 意外にも近い声に驚いて振り向くと、携帯を耳から遠ざけ、当惑顔の百々清世が立っていた。

「ご、ごめんなさい……モモ先輩、皆の集まりだと良くそういう感じでしたし」
 智がうつむき、体を縮める。
「ちゃんと起きてますしー。俺が神林ちゃんとの待ち合わせに遅れる訳ないでしょー?」
 ふんわりという形容がぴったりくるような笑顔で、清世が智の頭を、軽くぽんと押さえた。
「んじゃまず、買い物リスト作りますか」


 看板に掲げた『演劇部』とは仮の姿。通称『英雄部』というのが2人が所属する部活だ。
 ともすれば溢れる活気を持て余し、暴走気味になりがちな部員達の中で、智は中等部の学生でありながらとりまとめ役を担っている。
 そして部活恒例の夏合宿が、すぐ間近に迫っていた。
「あらま、やっぱ結構ガタきてんの多いねぇ……」
 さっき智が迷い込んでいた備品の山から、清世が必要そうなものを引っ張り出している。
「うちの部員ってば、物使い荒いやつ多いから……あっ」
 持ち上げた金属製の大鍋の取っ手が壊れ、大きな音を立てて床にぶつかった。
 智は生真面目な表情で、必要な物品の購入リストを広げ、眉根を寄せる。
「これだけの数だと車が入用ですかね?」
「だねー。ちょっとレンタ借りて来よっか。神林ちゃんちょっとここで待っててー」
 ひらひらを手を振り、清世は部室を出て行った。


●ホームセンター・ワンダーランド

 入口に整然と並んだカートの中から、清世は迷うことなく一番大きな物を引っ張り出した。
「んじゃ早速、いこっかー」
 夏休み期間中ということもあって、店内は買い物客でいっぱいだ。
 買い物リストを広げながら歩き出す智に向かって、あらぬ方向からカートが突っ込んでくる。
「ちょ、前見て前、神林ちゃん!」
「あっ、えと、すみません!」
 清世に腕を引かれ、智は難を逃れた。

「むう、どういう順番で行けばいいでしょう」
 智が店内案内図を睨む。
 買い物の量が多いのと、店内が広いのとで、漫然と回っていては大変なことになりそうだった。
「そりゃー、先に軽い物からでしょ。重い物先に籠に入れたら、動くのめんどいじゃん? テントとか最後ねー」
「そういえばそうかもしれないですね」
 いかにも感心したような顔で、智が大きく頷いた。
 一見ふわふわしているように見えて、やっぱり色々と頼りになるな、と思うのだ。


 やがてひと際賑やかな一角が目に入る。
 キャンプ用品や海水浴など、夏のイベント用品を集めたコーナーだった。
「バーベキューに使う着火剤でしょ、それから使い捨ての食器類、洗剤、たわし……」
 清世はリストを確認せず、並んだ商品を勘で取り上げる。
「あ、モモ先輩、紙皿はそっちのお徳用の方にしてください。数がたくさんある方が便利です」
 智がそれを厳しくチェック。
「神林ちゃんてば、ほんとしっかりしてるよねー」
 そう言って笑いながらも、清世はマイペースで次のアイテムを放り込む。
 水中ゴーグル、簡易式のアクアラング、などなど。
「そういえば。浮き輪か救命胴衣も要りますか?」
 智が真顔で言うと、清世が手を止めた。
「そーいや、去年は川に二人も流されたね……?」
 念には念を。
 続けて練炭や鍋、簡易式のガスボンベ。
 ちょっと大きめのそういった物をカートの下段に収め、必要な物はあらかた揃った。

 ここからがある意味勝負だ。
「まあどうせ部費で落ちるだろ。ちょっとネタっぽいのも買っとこうぜ」
 そう言って清世が取り上げたのは、エジプトの黄金ミイラのイラストが描かれた寝袋。
「罰ゲームで負けた奴は、これで寝かせよーぜ」
「あ、これも要りますよね!」
 智はパーティーグッズのコーナーで、白装束に三角布がついた『お化けセット』の袋を取り上げる。恒例の肝試し用だ。
「後は、闇鍋の材料ですね」
 キリリとした表情のままで、智は怖いことをさらりと言ってのける。
「闇鍋、やるの……?」
 清世の笑いが、どこか固いものに変わった。
 それでなくても、去年も相当ヤバイ缶詰が出てきたりしたわけで。
「……まあ、俺はなんにもしてないけどさ。今年は何もないといいよねー」
 まるで他人事のように、清世が呟く。


●ショート・ショート・デート

 大量の買い物を借りてきたワゴン車に押し込み、清世はエンジンをかけた。
「神林ちゃん、暇あるー? 折角だし、ちょっと海の方寄ってみよっか」
「わ、行きたいです!」
 智の顔がぱっと明るくなった。

 青い空に、入道雲が白く輝いている。
 走る車に照り返す太陽の光がまぶしくて、清世はさっき買ったばかりのサングラスをかけた。
 半分はノリ、残りの半分はネタで買ったサングラスは、怪しいことこの上ない。
 智は失礼だと思いながらも、景色を見るふりをして左側に顔を向け、笑いをかみ殺していた。
「……神林ちゃん……?」
「え、えと、似合ってますよ。すごく似合ってます!」
「ったりまえっしょー? 俺だもん、なんでも似合うのよ?」
 今度こそ声を出して笑いそうになった智が、全く違う声を上げた。
「あっ海です!」
 道路の脇を覆う緑の木々が切れると、ガードレール越しに青い海が見えてきた。


 駐車場から石段を降りると、目の前に白い砂浜が広がる。
 あちらこちらにビーチパラソルの花が開き、歓声と打ち寄せる波の音が満ちていた。
 智は履物を脱ぎ、素足で砂を踏みしめる。じんわりと熱い砂に埋もれる感触が心地よい。
 爪先で砂に描いた線は、打ち寄せる波にさらわれ、すぐに消えて行く。
「ああ……水着持って来ればよかった」
 智がいかにも恨めしそうに、音を立てて波を蹴り上げた。
「むしろ、さっき買っておけば……不覚です!」
「あーそういえば。神林ちゃんの水着、見たかったなー」
「えっ」
 こういうとき、男なら短パンのまま海に入っても構わないのだが。さすがに女の子はそういう訳にも行かないだろう。
「ちょい残念かなー」
 赤面して固まる智に、清世は悪戯っぽく笑いかけた。
 智はプイと横を向くと、落ちていた棒きれで砂浜に何かを書きつける。

 セ ン パ イ ノ

 だがここまで書くと、波が来て、綺麗に文字を消してしまった。
「何なに?」
 楽しそうに眺めていた清世が問うが、智は答えない。
「教えません!」
 智は棒を放り投げる。と、水をはね上げ、駆け出した。
「ヤドカリ!」
 もぞもぞと動く貝を目ざとく見つけ、持ち上げる。
「ほら、こんなに大きいの!」
「ほんとだ、良く見つけたねー」
「あっ、あっちにもいます!」
 目を輝かせる智の背中に、清世が声をかけた。
「神林ちゃん、転ぶなよー」


●マイ・ブラザー

 清世が笑顔で手渡すソフトクリームを、智は両手で遠慮気味に受け取った。
「ありがとうございます」
 試しにせがんでみたら、本当に買ってくれたのだ。
 コンビニの駐車場から海を見下ろし、智は黙って甘みを味わう。
 きらめく海は、夏休みの象徴だ。
 智はほんの少しの間、物思いにふける。

 この夏休みが終われば進級試験。それを通過すれば、晴れて智は高校生だ。
 中学生は子供ではないが、大人でもない。
 笑って泣いて喧嘩して、ですまないような世界があって。
 でも大人のように、割り切れない繋がりがあって。
 いいこともいやなことも、極彩色の絵のようにいりまじっていた。
 それは目もくらむ程の激しさ。
 そんな中学時代も、もう終わるのだ。

 それを寂寥と呼ぶには、智はまだ幼なすぎた。
 だが何か無性に胸が締め付けられる。その感覚は確かだ。

(モモ先輩にもこんな感じ、あったのかな)
 なんだかんだで、皆のための買い物に付き合ってくれて。
 アイスをふるまい、他愛無いおしゃべりに耳を傾けてくれる。
 久遠ヶ原学園に転入してきたときから、先輩はいつもそうだった。
 いつも元気に明るくふるまっている智の中にある、人に踏み込まれたくない領域。
 この先輩はそれを知っているかのようだ。
 一見馴れ馴れしく見えて、実際は必要以上に近寄ってこない。
 でも頼りたくなったときは、いつでも笑って手を差し伸べてくれる。

 ……上手く言葉にできないこの感じを、先輩ならわかってくれるだろうか。

 あまり他人に甘えることを知らない智が、そう思うぐらいに。
 清世は智にとって、頼れる兄のような存在だった。


●レディ、ゴー

 ――良くもこんなに積み込んだものだ。
 そう思う程の荷物が、ワゴン車から降ろされた。
 智がテントセットに手を伸ばすと、さっと伸びた清世の手が、あっという間に持ち上げてしまう。
「運び入れは任せときなって」
「でも……」
「男が、女の子に重いもん持たせるわけねぇでしょ……?」
 智が不満げに、抗議する。
「私だってちょっとぐらい手伝えますっ」
 ここで女の子扱いは、ちょっと違う気がする。少なくとも智にとっては、そうだった。
 引きそうにもないその顔に、清世がちょっと考えるような表情になる。
「ま、どうしてもって言うなら。座席に置いてあるの運んできてー」
 そう言いつつ、大荷物を軽々と運びこんで行く。
 智が急いで座席を覗き込むと、紙皿などだけが入った、軽い紙袋が残されていた。

 部室の一角に、荷物の山が出来上がる。
「よし、準備完了! お疲れ様です」
 既に部室にあった備品を含め、智がリストに丸をつけた。
「あー、働いた働いた。俺、部員全員に感謝されるべきだろ?」
 思わず智が笑い声を上げる。清世も笑った。
 後は出発の日を待つばかりの荷物を見ながら、智が呟いた。
「私、夏休み終わったら高校生ですから。中学最後の夏休みだから、絶対楽しくしますよ」
 清世はただ、頷く。
「合宿、楽しみだねぇ」
 そこでふと真顔になった。
「……遭難者とか、でねぇと良いけどな」


 ドキドキとワクワクを、いっぱいに詰め込んで。
 Are you ready?
 さあ、夏を楽しもう!


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja0459 /  神林 智 / 女 / 16 / ルインズブレイド】
【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / インフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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色々な思いを籠めて臨む中学生最後のキャンプ。
準備はとても楽しくてワクワクするけれど、ちょっと覚悟の様なものもある。
そんな感じが上手く出ていればいいのですが。
一緒にご依頼いただきましたもう一本と、四章目が対になっております。併せてお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
流星の夏ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月26日

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