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『清純系、夏の夕べのすごしかた。 』
七種 戒ja1267

●折角の夏休みなので課題と補習に反逆してみました

 夏休みも半分が過ぎた。そんな今日も空はそれはそれは素晴らしい群青色を湛えている。
 蝉の声は今日も今日とて大合唱。耳を劈くように響き渡る蝉時雨。
 そんな蝉達と同じように元気の良いお天道様は殴り飛ばしたい程の熱気を伴って燦々と照りつけている。
「やっと、終わった……」
 ぷっくりと膨れた汗の玉が、額を伝い流れ落ちた。
 補習を終えて開放感に包まれる予定だった午後二時半過ぎのこと。けれど、七種 戒の気分が晴れないのはこの夏の暑さと課題の厚さのせい。
 残酷な暑さの中、帰路までの道のりは憂鬱で仕方が無かった。
 まさに、心身ともにぐったりと形容するのが相応しい。また、ひとつ汗が流れ落ちるのを感じながら鈍く重たい歩を進めていく。
「七種ちゃんさー……今年の夏はどこ行った?」
 その時、不意に額に感じたのはひんやりとした冷たさ。軽く声を上げて見上げるとスポーツドリンクのペットボトルを手ににっと笑った百々 清世の姿。
「……。学校と学校と補習と課題だな!」
「…………。どこも行って無くない?」
「………………。うん」
 清世の冷静で真理をつくような鋭いツッコミ。戒はぐったりと頷くしかなかった。
 しかし、そんな様子を見た清世は悪戯っぽい笑みを増してこう誘う。
「俺とちょっと変わった所、遊びに行かねぇ?」
「行く!」
 高速の速さで頷いた。
 そんなお誘い。速攻で飛び付くしかないじゃないですか。課題と補習に反逆して清純な夏の想い出作りが始まった。


●清純派なので。

 一度家に戻り、軽く支度を済ませてから清世の車に揺られること1時間。
 漸く目的地に近付く頃には少し日が傾き欠けて、茜色の空にほんのりと藍色が混じり始めていた。
「なんだか混んでるなー」
 道もやや渋滞気味。窓硝子に手を当てて外を眺める戒。
 浴衣や甚平を着た人の波がわいわいと賑やかに流れていっている。
「なんか屋台とかも出てんねぇ、なんかあんのかしら」
「お祭りとかだろうか! 清純派必見のイベントだな!」
 素直に瞳を輝かせるように外を眺める戒を微笑ましく見つめる清世。昼間の無慈悲な熱気とはまた違う熱気が車窓越しにもひしひしと伝わってくる。
 そんな雰囲気にまるで心まで浮き立つようで。
 やがて目的地である川辺の宿へと到着した。
 車を降りると同時、出迎えた女性従業員に予約していた名を告げるとそのままロビーへと通された。
 早速、抱いていた疑問を口にしてみる。
「なんか屋台とか出てたけど、今日何かあるのー?」
「ええ、今日は花火大会があるのですよ。あ、よければ浴衣着ていかれますか?」
 宿泊客には無料でレンタルしているのだという。
 戒と清世は目配せをして頷く。
 清世がと自分で着付けられないと言えば、着付けのサービスもあると教えて貰った。
 じゃあ出来れば女の子が良いと希望を告げれば従業員の女性は少し困ったような笑みを浮かべたが、高校生くらいの従業員の少女を呼び止めて清世のことを任せると、女性は戒に付き添い更衣室へと向かった。
 其処には沢山の浴衣が並べられた。浴衣好きの戒にはまるで宝物箱のよう。
 ただ、見ているだけで楽しいがそれでは本末転倒。
「どのような浴衣をお探しですか?」
「ん、清純系だろうか……」
 顎に手を当てて真面目に考え込む戒の様子を見て訊ねてきた従業員に、そう答える。
 従業員は暫く悩んで白地の浴衣がある一角へ。
「清純なイメージと言ったら。人気なのは薄桃色ですけれど、貴女には寒色系の柄の浴衣の方が似合いそうですね」
 浴衣と戒を見比べながら、少しだけ悩んだ従業員は白地に青紫の紫陽花が描かれている物を選択し手渡し、早速着付けた。

 ふたりが出てきたタイミングはほぼ同じ。
「お、似合ってるじゃんー。さすが清純系乙女」
 先に声を掛けたのは清世。浴衣美人少なくても見た目はうん、清純派だ。
(まあ、見た目的には間違ったこと言ってねぇな……?)
 そんな清世の視線に何か含みを感じつつも、戒はあえて振り切る。
「……まぁいいか、清にぃも似合ってるな!」
 にぱと笑いかけると、清世は手を差し出して。
「じゃー、そろそろ行こっか」
 そう、誘った。

●夜が来るまで、少しの間

 川岸は心無しかひんやりとした空気を纏っていた。
 ほんのりと薄暗くなってきた空。柔らかな紫色を浮かべて夜までの少しの間をほんのりと彩っていた。
「川岸のお散歩は、涼しくゆったりするなー」
 軽く背伸びをする戒。
 祭りの喧噪。川辺の涼しさ。全てが心地良く思わず風に身を任せたくなる。
「って、うぉ……っ!?」
 ぼーっとしていたら足を踏み外し川辺へと落ちそうになった戒の手を掴んだ清世はそのまま、胸の中に抱き寄せる。
「あ、ありがとう……」
 そう言って見上げる。ちなみに手は掴まれたままだから、暗に離して貰おうとするけれど、そんな戒に清世は悪戯気に微笑んで。
「また、滑って川に落ちられても困るしな……?」
「いやなんかすみませ……」
 なんか、すごくいたたまれない。色んな意味で。
 イケメンとのデート。夢のようなシチュエーション。課題と補習で疲れた心を癒しに来たのに。
「花火大会かー、タイミング良いね。日頃の行いがいいからかな」
 早口でそう告げた。気にするなの合図だ。
 内心はあんまり落ち着かないけど、そのまま屋台を見て回る。

 ぴかーん。清純系乙女のレーダーに何かがひっかかった。
「これは……イカ!」
 そう、目の前にはそれはそれは美味しそうに牡丹色に焼けたイカ。それを売っている屋台。美味しそうな香りを辺りに漂わせて獲物を今か今かと待ち侘びている。
 ふらふらとその香りに釣られるように寄っていってしまう戒。
「戒ちゃんー、宿のご飯あるでしょー?」
「ぐぬっ ……が、我慢」
 財布に手を伸ばしかけたところで、清世の声に我に返る。
 辛い。日頃の行いは、もしかして余りよくなかったのかも知れない。


●夜空に大輪の華

 屋台を一通り見て再び宿に戻ってきた頃にはすっかりと空は宵の色を湛えていた。
 美味しそうな屋台の料理を見ていたら、余計食欲をそそられてしまって。だから、従業員のお食事の用意が出来ていますよなんて言葉にあなたが神かだなんて思わず返しそうになった。
 そのまま川床の席へと用意される。机にはふたり分。曰く地元の川や畑で取れた素材を活かした料理なのだそうだ。
 早速席に着き、そわそわと待ち侘びる。
「おおおっ! 川床とか清純派っぽいですよね! ね! 清にぃ!」
 きらきら。戒に眩い視線を向けられて頷くけれど、グフフとにやにやする彼女はあくまで清純系だ。
(まぁ、いっか)
 もう、何も言うまい。清世は戒の隣に腰掛けると、戒は更に瞳の輝きを強くして。
「ね、清にぃ! もう食べていいよなっ?」
「うんー、俺も腹ペコだし食べよ食べよー」
 その言葉を待ちに待っていた戒。今度こそ待ちに待ったお食事タイム。
 元気よくいただきますと挨拶をして、早速机いっぱいに広がるご飯を口に運ぶ。
「涼しいねー」
 川魚の塩焼きをつつきながら、清世はのんびりと呟く。耳を澄ませば聞こえてくる水のせせらぎが涼やかに。
 川床で同じく食事や酒を楽しむ達の喧噪も耳に心地良く、とても楽しそうな戒の様子を見ながら、誘ってよかったとしみじみ感じる。
 その時、どぉん、と大きな音が轟いた。ひとつ、またひとつ。
 静かな夜の空気を揺らす炸裂音。見上げると夜空をキャンバスにいっぱいに広がる火の花。
「たーまやー」
「おー、すっげ……」
 思わず、食事のことを忘れて見入る。
 次々と打ち上げられる光の花々。よく考えられて出された川床から眺める花火は、迫力満点。
「そういや、今年まだ花火見てなかったわ」
「私も今年初だ。お揃いだなー」
 心まで揺らすような花火を夢中で眺めた。
 そうして、暫く夜空を見ていると、花火の音と人々の歓声に混じり小さな寝息が聞こえてきて、ふと目を向けるとむにゃむにゃと眠る戒の姿。
 清世は少しだけ考えて、起こさないようにそっと体を動かして、戒の頭を自分の膝へと乗せてやる。
(いつも、お疲れさん)
 少しでも気が紛れたらいいのだけれど。膝の上で眠りこける戒の頭を撫でる。眠り続ける戒を見つめる眼差しも、その髪を梳くように撫でる手も何処か優しい。
 そのタイミングを見計らったのように声を掛けてきたのは近くの席で酒宴をしていた真っ赤な顔の男性達。
「おう、兄ちゃんも飲むかい?」
 差し出したのは酒瓶。少しだけ、お酒が飲みたい気分だったから清世は笑って。
「じゃー、いただっこかなー。ありがとー」
「いいってことよ! 花見酒ならぬ花火酒だ、楽しもうぜっと嬢ちゃん起こしちゃうな!」
 すっかりと出来上がってしまっている男性達の声に少しだけ苦い笑みを浮かべて、再び視線を空へと戻した。
 空には、次々と様々な色の花火が開いては散って、また咲いては零れていく。
 夏の夜空を彩る一瞬の花々に心を奪われながら、ただ時は過ぎていく。

(あれ、いつのまに寝ていたかな……)
 戒が目を覚ますと、まず眼に入ったのはお酒を片手に夜空を見つめる清世の顔。
 仄かに包む温もりに、なんとなく察したのは自分が膝枕をされている状態だという状態。本当は眼が覚めてしまっているけれど、何だか勿体なくて、今度は寝たふりをしてみた。
 夢かな、そうじゃないのかな。けれど、どっちでもいい。
 ただ、優しい温もりに微睡んでいたかった。

 花火が散る先。夏の夢。幸せな時間はただ、少しずつ流れていった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3082 / 百々 清世 / 男 / 21 / イフィルトレイター】
【ja1267 / 七種 戒 / 女 / 18 / イフィルトレイター】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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何だか、此処数日一気に涼しくなってきましたね。水綺ゆらです。
気付けば、既に8月も終わり。空は少しずつ秋の色を浮かべ、夜には涼やかな虫の大合唱。そんな、ふとした瞬間に季節の流れを感じます。
いつまた気温が上がるか、怖くて仕方が無いのですけれど、秋に変わってしまったらしまったで何だか少し寂しいと感じてしまって、少し複雑です。
自分は今年は花火を見に行けなかったので、憧れを込めて描かせて頂きました。
この度はご発注有難う御座いました!
流星の夏ノベル -
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エリュシオン
2013年08月29日

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