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『そして、歩いていく 』
夜来野 遥久ja6843

「なあ、遥久。ちょっと出掛けねえ?」
 残暑厳しい八月の終わり。
 親友である月居愁也から切り出された言葉に、夜来野遥久は怪訝そうに聞き返した。
「それは構わないが……どこにだ?」
 つい先程まで暑い、眠いと騒いでいたのに。なだめるつもりで「そろそろ夏も終わりだろう」と言った一言が、どうやら何かを喚起させたらしい。
 開け放った窓の外からは、蝉の鳴き声が聞こえている。夏が終わる前に、その命を目一杯花開かせるかのように。
 愁也は一旦黙り込むと、ふいにこちらを向く。
 出てきたのは、意外な一言だった。
「水木坂高校」

●登る

 目前に伸びる、緩やかな上り坂。
 私立水木坂高校は、この坂を登った先にある。
 中央アスファルトの両脇には、薄茶色の煉瓦道。そこに植えられた並木を見上げながら、愁也が呟く。
「もうすっかり青葉が繁ってるなあ」
 前に来たときは、淡い桃色の花弁で埋め尽くされていたのに。
 同じく周囲を見上げていた遥久も、頷き。
「見事な花水木だな。満開の頃はさぞかし見応えがあっただろう」
「ああ。すっげぇ綺麗だったんだぜ」
 意識が朦朧とする中、花の色だけが脳裏に焼き付いていて。あの日見た花水木は、一生忘れることは無いから。
 二人はゆっくりとした足取りで坂を登る。辺りは驚くくらい、静かだった。
 途中でふと、愁也が立ち止まる。木の幹に残された傷跡を、そっと撫で。
「……傷つけちゃったな」
 ヴァニタス・シツジが放った、花吹雪のような刃。幹に付いた無数の傷跡は、自分の代わりに木が受け止めてくれた証。
 側で見ていた遥久は、しばらく沈黙した後。
「お前を守ったその木は、きっと来年も再来年も花を咲かせる。その強さに、感謝すればいい」
 その言葉に愁也は頷き、幹に額を付けてみる。日陰のせいかほんのりと冷たい感触が、肌に伝わる。
「生きてるんだよな……」
 物言わぬ命が、確かにそこにはあって。
 その力強さと優しさが、何故か無性に愛おしかった。

「――俺さ、シツジの最期を見届けられなかったから」
 決着を付けた、この上り坂。互いに斬り結んだあの日、自分の記憶は途中までしか無くて。
 愁也の呟きを聞いた遥久は、前を見据えたまま。
「お前が重体だと聞いた時は、さすがに驚いたが……理由を聞けば納得せざるを得なかった」
「うん。俺も戦いの結果に後悔はしていない」
 仲間を護るために、本気で向かった。それに応えてもらったことも、結果競り負けたことも納得している。
 ただ、最後まで立っていられなかったこと。奪ったその瞬間を、自身に刻むことができなかったことが――悔しいだけで。
 遥久はほんの少し考える素振りを見せた後。
「俺はその場にいなかったからな。けれどお前に後悔が無い理由も、何に悔しいと思っているかも、理解はしているつもりだ」
 だから愁也がここに来たいと言ったときも、敢えて何も問わなかった。
 自分には想像することしか出来ない。それでも何となく気持ちがわかってしまうのは、恐らく自分であっても、同じ事を思ったに違いないから。
 愁也は何も言わず頷いた後、坂の頂上へ来たことに気付く。その先にあるのは、水木坂高校の校舎。
「夏休みだから、生徒はあまりいないみたいだな」
 姿を見かけるのは、部活動を行っている生徒のみ。すれ違うジャージ姿の生徒達を見て、遥久が微かに笑む。
「俺たちも学園に来る前はこんな感じだったな」
 目の前のことに精一杯で、一生懸命だった。今だって、大して変わりはしないのだろうけれど。
 それでも彼女達が眩しく見えるのは、年を重ねるにつれ失ったものもあるからなのだろう。
 多くのものを得た、引き替えに。

 二人は校舎沿いをゆっくりと歩き、遠くから聞こえてくる学生の声に耳を傾けていた。
「あ、三好先生」
 グラウンドを通りがかった時に、愁也が三好薫の姿を見つける。
「遠くてよく分からないけど……一緒にいるのは、あの日叱った生徒かな」
 生徒達と部活に励む彼女は、とてもはつらつとした笑顔に満ちている。その姿に、思わず笑みを漏らし。
「シツジ……片桐教諭もこんな日常を送っていたのかな」
 人としての生を終えるまで、この学校の教師だったと聞いている。遥久も頷きながら。
「ああ……きっとそうだろう」
 季節が巡る度に。
 新しい生徒を迎え、教え、見守り、そして――先の未来へと見送った。
 グラウンドで走る薫に、目を細めて。
「片桐殿の生きた証は、未来にこそあるのかもしれないな」
「……なんかそう思うと、教師って仕事はすげえな。ずっと先まで続いていくんだから」
 それ故にシツジが語った言葉――人は未来のために生きる――は、実に彼らしいとも思ってしまう。
 蝉の声が、残響のように意識内へとこだまする。
 校舎沿いを一周した二人は、そのまま坂を下り始めた。

●下る

 二人はたわいの無い話をしながら、坂を下り続ける。
「なあ、遥久」
「なんだ」
「お前はさ、『人間の本質』って何だと思う?」
 問われた遥久は軽く首を傾げたものの。特に考え込む素振りも無く、即答をする。
「陰と陽。光と影。表に見えるものには必ず裏があり、だが互い無くしてはあり得ないもの、かな」
 それを聞いて一旦沈黙した後、笑いながら頷く。
「小難しいな。らしいけど」
 物事は常に表裏一体で。切っても切り離せぬ、万物の道理であると言うのなら。
 愁也は考えてみる。
 なら自分と言う存在も? 何が光で影になるのだろう。何が表で、何が――
 歩みを続けながら、遥久が口を開く。
「対峙する者に見えている自分は、きっと鏡のように本質を映す。互いに向き合っている相手は常に自分の表でもあり、裏でもある……俺はそう思っている」
「じゃあ、あの時対峙したシツジも……」
 一瞬のことだったかもしれない。けれど放たれた全力の一撃を受け止めたとき、確かに自分は彼と向き合えたと信じている。
 あの刹那、シツジの中に自分の本質を見たのだとしたら。
「あー……俺、やっぱり後悔してないんだなって確信した」
 シツジにとって、致命的なミスとなった一撃。けれど彼の瞳に、後悔の色など映し出されてはいなかった。そのことに気づけたのは、きっと自分も同じ思いだったから。
「そうだな。互いに誘われるように命をぶつけ合った。どちらかの意志が欠けていては、成り立たなかっただろう」
 そう言って微笑む親友の姿を見て、愁也はふと思う。

 ――じゃあ遥久に映る自分の姿はどうなんだろう。

 小さい頃から常に向き合ってきた相手。
 道標として、目標として、憧れ追い続けてきた最高の男。
 久遠ヶ原に来て、撃退士になった今でもそれは変わらない。

 ――ちっとも近づけた気はしねえけど。

 それは自分も相手も成長しているからなのだろうか。そうであればいい、とも思う。
 でもやはり、気になってしまう。いつだって、願ってしまう。
 共に闘い続けたいと。隣に立って恥ずかしくない自分に、少しでも近づいていて欲しいと。

「愁也、どうした」
 かけられた声にはっとなる。気付けば遥久が不思議そうな表情でこちらを見つめていて。
「あ、ちょっと考え事してた」
 はぐらかしながら、空を見上げ眩しそうに目を細める。夏の陽差しは、まだその熱を失ってはおらず。
「――遥久。俺はどんな時でも、光に向かって進みたいって思う」
「え?」
「眩しくてしんどい時もあるかもしれねえけど」
 それでも、その先にある未来を信じていたいから。
 愁也の言葉を聞いた遥久は黙り込んだ後、同じように空を見上げ。
「……ああ。そうだな」
 目もくらむ陽差しを、そっと片手で遮る。陽光を遮る手のひらは、黒く影のように見えて。

 ――お前が光に向かって進むなら、俺はそこに出来た影を見つめていこう。

 自分にとって愁也は光だ。
 どんなに隠そうとしても、裏の裏まで映し出されてしまう鏡。だからこそ、互いに嘘はつけないし誤魔化しもきかない。
 そしてそう思える相手がいることが、どれほど幸せなことかもわかっている。
 物事は常に表裏一体。
 光が生み出した影は、自身の投影。
 彼の目標であり続けたい自分にとって、それは知り続けなくてはならない永遠の標だから。
「遥久、また難しいこと考えてるだろ」
 かけられた声に視線を戻す。愁也はにやっと笑いながら。
「お前はいつだって『世界一のオトコマエ』だよ。この俺が保証する」
「お前の保証とか心許ないにも程があると思うが」
「あっひでえ!」
 言いながら互いに笑う。一匹のトンボが、目の前を通り過ぎていき。
 澄んだ空は、いつもより何故か高く感じた。

 坂の途中で、並木に水やりをしている女生徒達に気付く。
「へえ、水やりとかしてるのか。大変だな」
 彼女達は散水用のホースを使って、水を注いでいる。
 その後ろを通り過ぎる時、会話が聞こえて来た。

「あー暑いーー」
「この水頭からかぶりたくなるよね」
「わかるー」

 そんなたわいないやり取りに、二人は思わず頬を緩めながら歩く。

「この木の名前って何だっけ」
「ああ、花水木だよ。知ってる? 花言葉は『私の想いを受け止めて下さい』なんだって」
「へえ、なんかいい感じ。でもどうしてそんなこと知ってるの」
「三好先生に教えてもらったんだー。先生の一番好きな花らしいよ」
「マジで。先生って結構ロマンチストじゃん」
「だよね。私その時聞いてみたんだ。『じゃあ先生は想いを、受け止めてもらえたんですか』って」
「そしたら?」
「先生は『たぶんね』って言って笑ってた」
「えーなにそれ意味深〜!」

 彼女たちの弾むような声は、坂を下りると共に徐々に小さくなっていく。
 二人は並木へと視線を馳せながら、無言で歩き続ける。水を浴びた花水木は、その美しい青葉を目一杯輝かせていて。
 来年も、再来年も、またきっと満開の花を咲かせるのだろう。
 たくさんの生徒達の想いを、穏やかに受け止めながら。

●そして、歩き出す

「さあ、そろそろ帰るか」
 坂を下りきった愁也が立ち止まり、一度だけ振り返る。
 目に映るのは、緩やかに登る坂と周囲に並ぶ花水木。坂の頂上は、強い陽差しのせいかゆらゆらと輝いていて。
 その先は、ここからでは見えない。
 じっと見つめていた愁也は、微かに笑んでもう一度前を向く。
 その姿を横目で見ていた遥久も、同じように前を向き。
 共にもう一度、歩き出す。
 今はただ、前へ。

 未来のために、歩いていく。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号/PC名/性別/外見年齢/ジョブ/互】

【ja6837/月居 愁也/男/23/阿修羅/光】
【ja6843/夜来野 遥久/男/27/アストラルヴァンガード/導】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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一つが終わり、また始まる。
生きていくことは、その連続なのだなとも。
件のリプレイを大事にして頂いて、嬉しかったです。
少しでも想いが伝わりますように。

※今回は内容上個別パターンはありません。
流星の夏ノベル -
久生夕貴 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年08月29日

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