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『湯煙ぶらりバナナオレ紀行 』
百々 清世ja3082

●旅の始まりはバナナオレ
 そろそろと秋の足音が聞こえ始める今日も、外は暑く、空が近い。
 夏と言えば水分補給は欠かせない。
 商店街をゆく少女――水枷ユウ(ja0591)もまた、水分補給もとい嗜好品であるバナナオレを求めて彷徨い歩いていた。
「……コンビニ……どこ……」
 迷い子に差し伸べられる手は未だか。
 暑さが得意でないユウは乾涸びる一歩といった面持ちでよたよたと商店街を歩き、よろめいた矢先に誰かの背にぶつかった。
「……あ、キヨセ」
 ユウが顔を上げると、そこには部活の先輩百々 清世(ja3082)。
 きょとんとした顔で何かのチケットを二枚摘まんでおり、ふとユウに気付くと手をぽんと打つ。
「丁度良いから水枷ちゃん一緒に温泉デートしよう!」
 軽い。なんとも軽いイケメン大学生。
「……温泉? ん、いく」
 そして更になんとも軽い美少女女子高生。
 余りに軽いお誘いの応酬には、傍目で見ている商店街のおばちゃんや、おじちゃんさえも目を丸くしている。
「んじゃ思い立ったら吉日って言うし、早速明日出発しよっかー」
「……ん」
 清世はスマートフォンをタップしながら時間日時をてきぱきと決めていき、ついでにユウにコンビニの場所を案内してやった。そうした清世の後輩への面倒見の良い部分もまた、ユウが彼の誘いに乗った一因でもある。
「それじゃあ明日、この場所で」
「……おんせん、おんせーん」
 ――かくして、ここに湯煙ぶらり温泉旅行チームが結成されたのだった。

 翌日。
 待ち合わせをし、送迎バスが着いたのはまた数分後。
 山道でバスに揺られながら、他愛の無いお話を。
 部室の誰誰がどうしただとか、どこのお店のスイーツが美味しいだとか。
 先生の誰誰がどう言っていただとか、どこのお店でバイトを募集していただとか。
 撃退士とは言えども矢張り基本は学生、夏休みを満喫する最適の道を理解している。
「そういや、温泉ってったらフルーツオレとかあるじゃん? バナオレとかもあんのかしら」 
 知名度的には微妙なラインのバナナオレの有無について暫し話した後、ユウはリュックから魔法瓶を取り出す。
「……バナナオレ、なければ持ちこむまで」
「マジ? それ、明日まで持つんかな」
 流石の根性には清世も目を丸く。
 そんな清世を前にユウはこっくり頷きボトルのキャップを外すと、中から香るコーヒーとバナナの二重奏。
「……キヨセの分。コーヒー派、らしいから」
「えっ」
 禁忌の練成に着手したユウの期待に満ちた眼差しに、思わず清世は口篭る。
 何時の間にやら手際良くカップに注がれたのは、明らかに濃茶色であるにも関わらず香るバナナのフレーバーが際立つ不思議飲料だ。
 我が身が可愛い清世としてはここで逃げの一手を講じたいところだが、可愛らしい女子、尚且つ後輩に期待されては断れない。
 意を決して口付け呑み込む――と、味わい深い風味が口内にほんのりと。
「お」
「……おいしい?」
「案外イケるんだけど」
 意外な新発見に、お互い双眸はぱちくり。
 二人でコーヒーとバナナのハーモニーを楽しみながら、バスはタイヤを回して山頂へ。

 山奥の長閑な山頂に位置する旅館はほぼ満室状態。
 この時期に予約で滑り込むことが出来たのはラッキーだと女将さんが言っていた。
「さて、色男の柄は何にしようかしらねぇ」
「何でもいーよ。おねーさんの好きな柄にして?」
「んまっ、あんたお上手ねぇお姉さんだなんて! ……それじゃあもうアタシ好みに仕上げちゃうからね!」
 やたらとテンションを上げたおばちゃんのチョイスは、紺地に白虎の竹背景。
 粋な仕上がりに加えて帯はシンプルな黒で調えている為、柄があまり煩く見えない。
 そして襖を隔てて隣の部屋では、ユウが浴衣の袖に腕を通す。
「お嬢ちゃんはぺったんこだから浴衣がきっと映えるわよぉ」
「……ぺったんこ……」
 思わずと反芻。
 目の前の女中さんの胸に視線をやると、爆発しそうなくらいの夢が詰まった胸が着物越しでもわかる程。
「あらっ、ごめんなさいねぇ! 可愛いんだもの、きっと彼氏さんも喜んでくれるわよぉ」
 視線に気付いた女中は慌てて顔を上げさせ、両肩を励ますように叩いてやる。
「……彼氏じゃない」
「照れなくて良いったら。それにしてもそうねぇ、あなたにはどの柄……ああ、それじゃあこれなんてどうかしらねぇ」
 黒地に白、まるで雪のような桜の花びらが美しい背景に、大きな二対の蝶が描かれた綺麗な浴衣だ。
 けれどユウが袖を通すと可愛らしさが勝り、女中のおばちゃんも思わずにっこりと頬を綻ばせる。
「可愛いわぁ。ほらほら、早く色男もおいでなさいな」
「あらあらホント、お花が咲いたみたいねえ」
 襖を開けて顔を先ず覘かせたのは女将のおばちゃん。ユウの艶姿に手を打って喜ぶと、白虎を緩く着こなした清世の袖を引いてみせる。
「お、似合う似合う、可愛いねー」
「……キヨセは和服っぽい方がカッコいい、かも?」
 互いに誉め合う様子はまるで本当に初々しいカップルのよう。
 当の本人同士はまったく意に介さずとも、周りにいた女将と女中の方が照れてしまったくらいだ。
「さて、二人とも温泉にでも遊びに行ったらどうかしらね。この近所には幾つも温泉が有るのよ、若い人にも人気なの」
 咳払いをした女将のおばちゃんの提案に、二人は目を輝かせる。
「混浴ある? って、ねぇのかー、残念」
「……さすがに混浴はダメ」
 冗談めかして尋ねる悪戯な清世と、その袖をぺしりとはたくユウ。
 そんな二人の背を押して、女中のおばちゃんは朗らかに館内案内を始めたのだった。

●湯煙ぶらり二人旅
 黄昏時。
 幾つかの温泉を巡った後、旅館名物の露天風呂へと辿り着く。
 夕闇に空が染まりゆく森の奥深く、天然の囲いに蔽われた岩風呂に浸かる人の姿は疎らだった。
「あー……気持ちいー」
 男風呂にはひとけが少ない。
 先程行った滝の湯には修行僧のような男らが複数居たけれど、露天風呂はその例ではないらしい。
 日頃の疲れを落とすよう、ゆっくりと身体を伸ばして湯に浸かる。
 じんわりと指先から全体に沁みるような温かさに、思わず意図せず間延びした声が出る。
 一番星が瞬き始めた空は徐々に端から藍色へと染まってゆき、茜色を抜き去ってしまう。
 その美しいグラデーションを楽しみながら、清世は欠伸をひとつ。
「……ん」
 対して女風呂も、時間の問題か人影は少ない。
 二つ隣に位置する泥パック風呂は怖ろしい程の混雑だったが、露天風呂には若い親子連れと、老婆が二人話し込んでいるだけだ。
 暑さは得意で無いが、こういった温かさは嫌いではないとユウはひとり考える。
 そして、日々の撃退士任務で疲れた身体を癒すには打ってつけだ。
 ユウがすす、と湯を猫背でかき進め、行き着いた先は竹で出来た塀の傍。
 控え目な声量で男風呂へ向かって声をかける。
「……キヨセー、温泉あったかーい」
「おー、こっちもこっちも。気持ち良いねー」
 渡る声に、迎える声。
 正に微笑ましいワンシーンに、老婆は頬を綻ばせ合い、子どもは真似して父親を呼ぶ。
 穏やかな休息を保つ、夕刻。

 温泉を堪能した後は夕食の時間まで、地域の民芸店巡りへと赴く二人。
 清世の奢りのバナナオレを飲みつつ、ユウは指差し袖を引いて促す。
「……ね、ね、あれなに?」
 お土産売り場に鎮座するは、奇妙なお面や土偶の類。
 明らかに怪しい。それらは地元名産(笑)のシロモノであることは間違い無かった。
「や、おにーさんもちょっと悩むわ。……ハニワ?」
「……ハニワ……」
 面立ちがネットの顔文字めいた木造のお面らと睨めっこをしながら、結局二人は旅の思い出に小さなストラップ型の土偶を購入することに決めた。

 外に出ると、もうすっかり辺りは暗い。
 鬱蒼と茂る樹木が殊更夜を深く魅せていると知りながら尚、木々の合間から覘く切り取られたような美しい星空には思わずため息が出る。
 息を吸うと、肺いっぱいに入り込む緑のにおいが心地好い。
 昼間は暑過ぎて茹るようだった太陽も今は地球の裏側に沈み、湯上りで火照る身体を程よく冷やす風が頬を擽っていく。
「……風、気持ち良い」
「星も綺麗だし、いい場所で良かったねー」
「……ん、いいところ」
 見上げれば、満天の星。
 そして清世が視線を滑らせると、どこか真剣味を帯びた眼差しで空を眺めるユウの姿があった。
(折角だし、今日くらいはゆっくり出来てりゃ嬉しいなー)
 普段戦闘に赴くユウを気遣っての取り計らいは、果たして通じたか否か。
 くしゃりと乱すように頭を撫でると、僅かに驚いたように顔を上げる。
 労わるように背中をポンと押してやると、ユウも真似するように清世の背を軽く叩いた。
「……ありがとう」
 良いって良いって。可愛い後輩を甘やかすのが、おにーさんの務めです。
 なんて、聞こえないように胸中で呟く清世の声は虫の囀りの裏側で。

●おやすみなさい
 散歩を終えた後部屋に戻ると、机の上には山の幸をふんだんに使った料理が所狭しと並べられていた。
 そして、久遠ヶ原では味わうことの出来ない数々の美味しい料理に舌鼓を打った後、ユウは既にうとうとし始めていた。
「ゆっくりおやすみ、水枷ちゃん。疲れたでしょ」
「……んー……」
 清世が声をかけた時にはもう意識はほぼ夢の中。
 布団にすっかり潜り込み身体を丸めて眠るユウの姿を眺めながら、清世は袖の下から煙草のケースを取り出す。
「それじゃ、煙草だけちょっと吸いにいかせて貰おうかなっと」
 勿論小声で、ぽつりとひとりごちる。
 喫煙者でも、喫煙者だからこそ、女子の前では吸わないマナー。
 清世は小さく歌を口ずさみながら襖を閉ざし、そのまま部屋を後にした。

●旅は短く
「おはよ、よく眠れたー? おにーさんはまだ眠い系……」
 布団を畳み、隅に寄せ。
 襖を開いたユウの眼下で布団に腰を据える清世は、欠伸をひとつ逃して寝惚け顔。
「……おはよう。キヨセ、もうちょっと横になっててもへいき」
「ん、チェックアウトまでゴロゴロしてるわ」
 促すユウに、頷く清世。
 時計はまだ九時前、朝食まで時間がある。
 もう一度湯浴みしても良し、朗らかな朝の陽気を楽しみに散歩に出掛けても良し。
 再度横になり二度寝を開始する清世を置いて、ユウは旅のお礼を捜しに旅館の土産物屋へ足を運ぶ。
「……キヨセ、どんなのだと喜ぶかな」
 ありがとうの気持ちを伝えるプレゼントには、何を贈ろうか。
 開け放たれた窓から入り込む清清しい深緑の空気を吸い込みながら、ユウは感謝の意を篭めた贈り物を見繕う。

 ――それからすっかり眠りこけてしまった清世を起こす為にユウが四苦八苦するのは、また暫く後の話。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 ja3082 / 百々 清世 / 男性 / 21歳 / インフィルトレイター
 ja0591 / 水枷ユウ / 女性 / 17歳 / ダアト

ラ┃イ ┃タ ┃ー ┃通┃信┃
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 有難う御座いますの拝を篭めまして。
 可愛らしいお二人のデートということだったので、ほのぼのにほんのりコメディタッチを織り交ぜました。あまり普段書かないタイプのシチュエーション&文体でしたが、大変楽しく書くことが出来ました。
 PC様個別部分は読み比べていただければと思います。
 気に入っていただければ幸いです、どうも有難う御座いました!
流星の夏ノベル -
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エリュシオン
2013年08月29日

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