▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『再会・吸血鬼の国で 』
ヴィルヘルム・ハスロ8555)&フェイト・−(8636)&(登場しない)


 迷信深い、と言ってしまえば、それまでである。
 吸血鬼というものの存在を信じる人々が、日本と比べて格段に多いのは事実だった。
「頼む、頼むよ! 早く、うちの娘を助けてくれよう!」
 この男もまた、自分の娘が吸血鬼にさらわれたのだと信じて疑おうともしない。
「早く! 早く、助けてくれねえと……娘も、吸血鬼になっちまう……」
「落ち着いて。一刻を争う事態であるのは、私も承知しています」
 泣きじゃくる男の肩に、ヴィルヘルム・ハスロは片手を置いた。
 東欧某国の、とある村。
 ここでは最近、若い女性の失踪事件が相次いでいた。
 それを疑いもせず「吸血鬼の仕業」と信じ騒ぎ立ててしまうのが、この国の人々なのである。
「ああ……だからニンニクと十字架を持ち歩けと、あれほど言ったのに……」
 行方不明となった少女の母親が、泣き崩れる。
 吸血鬼がニンニクを恐れるなどというのは、それこそ迷信の最たるものだ。
 十字架とて、正しい信仰心を持った者が、しかるべき儀式の手順を踏んで用いなければ効果はない。
 ヴィルヘルムはつい、そう言ってしまいそうになった。
 本当に吸血鬼の仕業であるかどうかはともかく、単なる誘拐事件とも思えぬ部分があるのは間違いなさそうであった。
 ヴィルヘルムの勤める会社に、依頼が来たのである。
 民主警察では手に負えぬ事件を、専門に扱う会社だ。
 社命を帯びて現地に赴いたヴィルヘルムが、まず最初に試みたのは、聞き込みによる情報収集である。
 ただ、やはり住民の噂話では、大した事はわからない。
 吸血鬼が、娘をさらった。口々にそれだけを言う村人たちから、辛抱強く話を聞き続けた結果、その吸血鬼は村はずれの廃屋に棲み付いているらしい、という情報を入手する事が出来た。
「情報と呼べるほど、確たる話ではないが……うん?」
 もともと教会であったという、その廃屋へと向かいつつ、ヴィルヘルムはふと足を止めた。
 頼りない日本語と、怒気に満ちたセルビア語が、同時に聞こえて来たからである。
「お、俺は怪しい者じゃないです! 不審者じゃないです! いやまあ、信じてもらえないかも知れませんけど……」
「真っ黒な服なんぞ着やがって、てめえ吸血鬼だな? 昼間っから出て来やがるたぁ、ふてえ野郎だ」
 日本語とセルビア語である。当然、会話にはなっていない。
「な、何言ってんのかわかんないけど落ち着きましょう、とにかく。俺、ただの観光客ですから。ほらパスポートもあるし」
 日本語を発しているのは、マフィアかSPのような格好をした、1人の若者だった。黒のスーツが、そこそこ様になってはいるのか。
 黒髪に、彫りの浅い顔立ち。紛れもなく日本人である。いささか童顔気味で、下手をすると少年にも見えてしまう。
 そんな若者を、複数の村人が取り囲んでいた。撲殺の構えで、農具を振りかざしながら。
「俺の姪っ子をどこに隠しやがった? 言わねえと、どたまカチ割ってニンニク詰め込むぞ、おう!」
「わしの孫娘はどこにおる! 正直に言わんのなら、心臓に杭を打ち込むぞ!」
「俺の妹!」
「娘!」
「ご、ごめん嘘つきました。俺、観光客じゃありません。本当は仕事で来ました! あのですね、皆さんにちょっと、お訊きしたい事が」
 日本人の若者が、悲鳴じみた声を発した。やはり言葉は通じていない。
 彼が何者なのかは不明だが、少なくとも吸血鬼などではない事は明らかだ。人間である。
 単なる人間にしては、しかし何か妙なものが感じられなくはない。何かが、ヴィルヘルムの感覚に触れてくる。
「普通の人間ではないのは、私も同じか……それにしても」
 怒り狂った村人たちに迫られ、途方に暮れている若者を、ヴィルヘルムはすぐには助けず、じっと観察した。
 自分と同じ、緑色の瞳。
 どこかで会った事がある、ような気がする。この少年のような若者が、本当に少年であった頃に。
「まさか……勇太さん?」


「どうも、本当に……助かりました」
 どうやら日本語が通じるらしい欧米人の青年に、フェイトは頭を下げた。
 この青年が、村人たちをなだめ、穏やかに退散させてくれたのだ。
「ありがとうございました」
「悪い時に来てしまいましたね、勇太さん。今、この村の人たちは気が立っている。厄介な事件が、起こっている最中なんですよ」
 フェイトは思わず顔を上げ、欧米人の青年をまじまじと見つめた。
 彼は今、間違いなく、自分を勇太と呼んだのだ。
 青年と言っても、見たところフェイトよりずっと年上である。20代後半、もしかしたら30に達しているのかも知れない。
 茶色の髪に、ハリウッド俳優を思わせる端正な顔立ち。仕立ての良いスーツに包まれた身体は、細く見えて、実は無駄なく戦闘的に鍛え込まれているのがフェイトにはわかる。
 そして、自分と同じ緑色の瞳。
「こんな所へ、仕事で来たと言っていましたね。一体どんな仕事をしてるんですか?」
「……ヴィルさん? もしかして。うわあ久しぶり!」
 フェイトは、思わず叫んでいた。
「まさか、こんな所で会うなんて……あっ俺、今IO2って所で働いてるんだけど」
「ほう。つまり私の商売敵?」
「そういう事に、なっちゃうのかなあ」
 ヴィルヘルム・ハスロ。
 フェイトが工藤勇太という一介の高校生であった頃からの、知り合いである。IO2と似たような業務を行う民間軍事会社に勤め、様々なものと戦うために世界中を飛び回っている男だ。
「俺から見れば商売敵って言うより、先輩の同業者だよ……ヴィルさんも、例の吸血鬼事件でここに? まあ、まだ吸血鬼の仕業って決まったわけじゃないけど」
「そうですね。誰の仕業なのかはともかく、大勢の女性が危険な目に遭っているのは事実……」
 緑色の瞳が、緑色の瞳を、じっと見つめてくる。
 見られている、とフェイトは感じた。自分がアメリカに渡り、ヴィルと会わなくなってからの数年間を今、じっと観察されている。
「……力を貸してくれますか? 勇太さん」
「俺……ヴィルさんに比べたら全然ひよっ子で、思いっきり足引っ張るかも知れないよ?」
「IO2という組織は、ひよこちゃんを単独で派遣するような事はしないはずです。まあ、もう少し現地語を習得させておくべきとは思いますけどね」
 ヴィルが微笑む。フェイトは、頭を掻くしかなかった。
「……あれから、いろいろあったようですね。勇太さん」
「まあね……」
 とだけ、フェイトは応えた。
 いろいろあったにせよ、得意気に語るような事など1つもない。


 荒廃した教会の中に、ヴィルとフェイトが足を踏み入れた瞬間、光が灯った。いくつもの燭台が、端から順に燃え上がってゆく。
 吸血鬼の模倣、なのであろうか。黒い衣装に身を包んだ男たちが、葬列の如くずらりと居並んでいた。
 その中心人物と思われる1人が、言った。
「よくぞ来た、と歓迎して差し上げたいところだが……男には、用がないのだよ」
 吸血鬼でも何でもない、ただの人間である。
 フェイトは気付いた。壁に、無数の十字架が飾られている。
 それら十字架に拘束されているのは、茨を冠った聖人の像ではなく、生身の若い女たちだった。年頃の少女もいる。幼い女の子もいる。
 行方不明であった娘たち。全員、恐らくは薬によって意識を失っている。生きてはいるようだ。
 フェイトは、とりあえず訊いてみた。
「これは……どういう趣味なのかな」
「今宵、偉大なる御方がお目覚めになられる。この乙女たちの清らかなる血が、大いなる目覚めの活力となるのだ」
 黒衣の中心人物が、得意気に語る。
「吸血鬼信仰……か」
 ヴィルが、ぞっとするほど重い呻きを漏らした。
「この娘たちは、生贄というわけだな」
「その通りだが、男どもの汚れた血は要らぬ。ただ死ね。貴様たちの汚らわしい屍を片付けた後、生贄の儀式を執り行う」
 中心人物……吸血鬼信仰の教祖が、告げる。
 その言葉に合わせて、男たちが一斉に動いた。彼らの黒い衣装が、破けて散った。
 現れたのは人間の男ではなく、犬であった。
 コウモリのような皮膜の翼を生やした、獰猛な大型犬。それらが数十匹、触れただけで狂犬病に罹りそうな牙を剥き、あらゆる方向からヴィルとフェイトを襲う。
 遺伝子工学だけではなく、魔術妖術の類も混ざっているであろう。とにかく、人工的に作り出された生物である事は間違いない。
 もしかしたら、虚無の境界あたりから技術が流れ出しているのかも知れなかった。
 フェイトは左右2丁、拳銃を構えて引き金を引いた。
 嵐のような銃声が、聖堂内に轟いた。
 翼を生やした狂犬が5、6匹、フルオートの銃撃を受けてズタズタに吹っ飛んだ。
 壁一面に、村の娘たちが捕えられている。流れ弾が、彼女たちを襲う。
 フェイトは念じた。
 念動力の渦が生じ、吹き荒れた。
 流れ弾が全て、それに巻き込まれて勢いを失い、娘たちに当たる事なく落ちてゆく。
「お見事です、勇太さん」
 言いつつヴィルが、拳銃を構えた。フェイトでは両手で保持するのも難しそうな、大型の拳銃だ。
「禍々しい力と正面から向き合い、自分のものにしている……本当に、うらやましい」
 それを、ヴィルは左手だけで軽やかに操り、引き金を引いた。
 轟音が、響き渡った。
 翼を生やした狂犬が10匹近く、一瞬にして原形を失った。
 肉片と体液の混ざり物がビチャビチャッと飛び散る中、ヴィルが舞うように身を翻し、銃口の向きを変える。そして引き金を引く。
 嵐のようなフルオート射撃が、狂犬の群れを薙ぎ払い、不味そうな挽肉に変えてゆく。
 大型拳銃を軽やかに振り回し、銃撃の嵐を正確に叩き込む。傭兵として戦場で鍛え上げてきた、腕力と技量。
 超能力頼りの自分とは下地の強さが違い過ぎる、と感じながらフェイトは、念動力の放出に専念した。
 いかに正確な射撃でも、流れ弾というものは、どこに飛んで行くかわからない。
 念動力の気流が、捕われの娘たちを防護する形に吹きすさび、跳弾や流れ弾を叩き落としてゆく。
「馬鹿な……」
 教祖が、絶望の呻きを発した。血走った両眼が、ヴィルに向けられている。
「馬鹿な……まさか、貴方は……」
「それ以上は言わずにいてもらおう」
 翼を生やした狂犬たちを1匹残らず粉砕した大型拳銃が、ヴィルの左手の中でくるりと回転した。
「馬鹿げた夢は、ここまでだ……お前の言う『偉大なる御方』など、この世にはいないのだよ」
「貴方は……貴方こそが、偉大なる御方の……」
「黙れ……!」
 大型拳銃を、ヴィルは教祖に向けた。
「何度も同じ事を言わせるな。吸血鬼など、この世には存在しない」
「それは、どうかな……」
 教祖が、銃口を恐れた様子もなく笑った。
「この世で最も気高く邪悪なるもの……その末裔たる御方が、確かにここにおられる。今は、人間の味方の真似事をしておられようが……その血は、いずれ」
 言葉と共に息を詰まらせ、真紅の飛沫を吐き出し、教祖は倒れた。
 舌を、噛み切っていた。
 その屍を見つめながら、ヴィルが言う。
「独り立ちしたIO2エージェントには、コードネームが与えられると聞いてます……勇太さんは、どんな名前を?」
「フェイト」
 いささか気恥ずかしさを感じながら、フェイトは答えた。
「名前負けしないよう、努力はしてるつもりだよ」
「運命と、あるいは破滅と……正面から、向き合おうとしているんですね」
 ヴィルは天井を見上げた。天井ではない、どこか遠くを見つめている。
「私も貴方みたいになれるんでしょうか、勇太さん……いえ、フェイトさん」
 なれるよ、という言葉をフェイトは呑み込んだ。無責任な返事が許される問いかけ、ではなかった。
 今はとにかく、十字架に捕われたまま意識を失っている娘たちを、解き放ってやらなければならない。
 村人たちに、手伝ってもらう必要がありそうだった。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年08月30日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.