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『流星の夏ノベル 〜紫ノ眼 恋〜 』
紫ノ眼 恋(ic0281)

 耳を澄ませば聞こえてくる蝉の声。
 息を吸い込めば胸に届く潮の香り。
 瞼を開くと飛び込んでくる色鮮やかな景色。

――夏到来!

 いざ行かん、夏の思い出作りに!!

 * * *

 燦々と降り注ぐ太陽をその身に浴びながら、紫ノ眼 恋(ic0281)は刀の切っ先を目の前の何もない空間に向けていた。
「……」
 ゆっくりと、教えられた型のままに刀を振り上げる。
 狙うは己が作り出した架空の敵。空気を見据え、気を据え、全ての神経を目の前に在る筈の相手に向ける。
「…………」
 静かに吸い込んだ息が全身に行き渡り、青く澄んだ瞳が細められる。そして――

 ブンッ!

 ぶれることの無い切っ先が風を斬り、あるべき場所へ舞い戻る。そしていま一度それを振り上げようとしたところで彼女の動きは止まった。
「……誰だ」
 目も向けずに発した声。これに潜んでいた足音が近付いてくる。
 目を向ければ誰かのカラクリだろうか。赤黒い肌のそれは恋の前で足を止めると、手にしていた文を出し出してきた。
「カラクリ……それに、この字は……」
 何処かで見覚えのある字だ。
 恋はカラクリから文を受け取ると、中に認められている文字に視線を落とした。

『今夜、陰殻の合戦が終わった事を祝して宴会でもしようじゃねぇか。もし時間が許すなら参加してくれ。時間は――』

「秀影殿の誘いか」
 文の最後には「庵治 秀影(ic0738)」の文字がある。
 これは秀影からの宴会への招待状だ。そしてそれを持ってきたカラクリは彼の相棒だろう。
 恋は文から顔を上げるとカラクリに「了承した」との言葉を返し、去って行く姿を見送った。
 そして改めて文に視線を落とす。
「確かに陰殻の合戦は色々と気に揉む事もあったが……そうか、秀影殿も出ていたのか」
 そう零す彼女は陰殻の出身。
 自らの出身地が争いの中心に置かれ、平静でいれる訳もない。そしてその戦が終わり、時は再び平常を刻み始めた。
「そうだな。悪くない」
 恋は頬を伝う汗に張り付いた髪を払うと、穏やかな笑みを零して刀を鞘に納めた。

 * * *

 河原に添って作られた並木道。その木の間を繋ぐように灯された提灯の明かりが美しい中、秀影が招いた四人は集まった。
「よぉ、どの顔も元気そうでなによりじゃねぇか」
 自分等の他にも宴会を楽しむ者が居るのだろう。其処彼処から賑やかな声が響き、近くの屋台からも喧騒に似た声が聞こえてくる。
 それらを耳にしながら言葉を発すると、恋が何処か満足げに頷いた。
「ああ。皆無事で何よりだ」
 想像以上に元気な仲間の姿に、誇らしささえ伺い見える。彼女はパタパタと揺れる尾を自らの感情に替え、その上で自身と同じ獣人であろう人物に視線を注いだ。
 その視線に集まった者達の姿、そして周囲の喧騒に呑まれそうになっていた夕雲(ic0898)がハタと表情を引き締める。
「夏祭りの宴会、お招きいただき光栄でありんす。半人前ではありんすが、お相手させて頂きんす」
 瞬間は慌てたものの、なんとか優雅にお辞儀をして見せた彼女に「ひゅ〜♪」と感嘆の口笛が漏れる。その音を辿れば、この場の誰とも雰囲気の違うジャミール・ライル(ic0451)が口元に笑みを湛えて立っていた。
「こちらこそヨロシクね、夕雲ちゃん」
 ウインクを飛ばして甘く囁く姿に、夕雲の目が一瞬だけ見開かれる。けれど直ぐに笑みを湛えると、彼女は髪飾りを揺らしながら頭を下げた。
「よろしくでありんす」
 そう言って微笑んだ彼女にもう一度口笛を零す。そうしていると、呆れたような、楽しげな笑い声が響いてきた。
「おいおい、無駄に元気そうじゃねぇか」
「そっちこそ、元気そうで何より。流石に誰か一人くらいはくたばってんじゃねぇかって心配したのよー?」
 カラリとオドケて見せるジャミールに秀影が「違いねぇ」と笑う。
 そんな二人を見て、徒紫野 獅琅(ic0392)が羨ましそうに呟く。
「庵治さんとジャミールさんってが良いですよね」
 年が近い所為もあるのだろう。意気投合するように笑い、冗談を言い合う2人に思わずそんな感想が漏れる。
「しっかしほんと、七面倒ってかお騒がせだったよねぇ……ま、俺は楽しんできたから別に構わないんだけどさ」
 ジャミール曰く、彼は同系職の仲間と共に此度の騒動を歌や踊りにする為に見に行ったらしい。
「まぁいい、細けぇこたぁ酒を飲みながらだ。今日は派手に楽しむぜぇ」
 そう言って茣蓙を広げると、皆が思い思いに腰を据えはじめる。そうして持ち寄った酒や肴を置くと、いよいよ宴会は始まりの様子を見せ始めた。
「それでは」
 並々と注がれた盃の酒。それを掲げ見せ、空に浮かぶ月を掬い上げると、恋は皆の顔を見回して笑う。
 先に秀影もジャミールも口にしたが、本当に皆よく無事に戻って来たものだ。だからこそしみじみと思う。
「生きていることを共に、祝おう」
 血生臭い祭りは終わった。ここからは生者の生きていることを祝う祭りが始まる。
 恋は自らの声を噛み締めるように盃を傾けると、緩やかにひと口自らの喉に流し込んだ。

 * * *

 茣蓙の上に広げられた数々の料理。その中の1つ牛鍋の様子を確認しながら、ジャミールは聞こえて来た声に目を瞬かせた。
「あらら、紫ノ眼ちゃんも戦場にいたんだねぇ? 何処か怪我とかしてない?」
 大丈夫? そう問い掛ける彼に、鍋に真剣な眼差しを向ける恋が頷く。
「戦いに出向いて怪我をしない訳ないがない。寧ろ何故その様なことを聞くのだ」
 刀を手にした以上は何かしらの命を狩る事になる。もし何かの命を奪っておきながら自身は傷付きたくないと言うのであれば、それは刀を手にする者として誇れる事ではない。
 だからこそ「何故」と言う言葉を向けたのだが、そんな彼女に笑みを向けると、ジャミールは「いやいや」と笑い声を零した。
「紫ノ眼ちゃんがそうでも俺は悲しいのよ?」
「悲しい?」
「男が怪我すんのは全然構わねぇんだけど、女の子の肌に傷が付くのは見てても悲しいしねぇ。シロちゃんもそう思うでしょ?」
 ジャミールにとって女の子は大事に守る存在。だからこその考えなのだが、恋にしてみればやはり「何故」でしかない。
 なので話題を他にも振って味方を得ようとしたのだが、当の獅琅は夕雲にお酌をしてもらっている最中。カチコチに固まった状態で視線だけを向ける彼に、ジャミールの口から「あー」と言う声が漏れた。
「あ、えっと……郭の女性にお酌されるなんて初めてで、何か緊張します……」
「いや、それ求めてた答えと違うから」
 こりゃダメだ。そう笑って突っ込むと、硝子の徳利を手にお酌を終えた夕雲が笑う。
「緊張されるには程遠い半人前でありんす。あまり緊張されてしまうと、あちきの方が恐縮してしまうでありんすよ」
 こうして宴会に呼ばれること自体が恐縮である。そう語る彼女は遊女らしい淑やかな仕草で周りの皆に酒を注いでゆく。そうして他にも酒が足りない人はいないか。そう視線を巡らせると、ちょうど秀影の盃が開いている事に気付いた。
「庵治様。お注ぎするでありんす」
「お、悪ぃな、酌なんざ気にするなってぇ言いてぇ所だが、将来の花魁に注いでもらうせっかくの機会だ、ありがたく頂くぜぇ」
 カラリと笑う彼に、夕雲の頬に朱が走る。
「将来の花魁だなんて、お口が達者でありんすなぁ、あちきなんてまだまだ半人前でありんすよ」
 夢は大きく。けれど着実に歩んでいきたい。
 そんな思いがあるからこそ「未来の花魁」と言う言葉自体は否定しない。そうして掛けられる言葉が、夢への糧になるのも確かだから。
「ふむ。良い具合に煮上がったようだな。では……頂きます」
 丁寧な声と共に聞こえて来た箸を掻き込む音。これに夕雲や秀影、そして獅琅とジャミールの視線が向かう。
 その目に飛び込んできたのは、凄まじい勢いで大椀に注いだ牛鍋を食べる恋の姿だ。
 注いでは食べ、注いでは食べ。
 はっきり言ってその勢いは大人の男性でも負けてしまうほどだ。
「凄いでありんすな……見ていて気持ち良いでありんす」
「む? さっきから食べておらんではないか。酌も良いが少し休め」
 夕雲の声が届いたのだろう。
 今気付いたかのように箸を止めた恋が、彼女の椀を手にする。そうして牛鍋を無造作に盛ると「ふむ」と彼女の持つ徳利に目を向けた。
「そうだな、此処はあたしが……」
 言うや否や、夕雲から徳利を拝借して視線を巡らす。
「獅琅殿。今度は私が注ごう」
 そう言って獅琅の盃に手を伸ばす。そして――
「うわぁ!? 恋さん、恋さん、酒がはみ出てる出てる!!」
 どばどばと溢れ出る酒に志郎は大慌て。対する恋は「はて?」と首を傾げて空の徳利を見詰めた。
「難しいな。やはり私にはこれしかない」
 改めて向き直った牛鍋に手を合わせ直し、新たな勢いで牛鍋を掻き込んでゆく。その姿に秀影は勿論、他の者達も微笑ましく頬を緩める。
「くっくっく、そんなに慌てて頬張らねぇでも誰も取り上げたりぁしねぇよ」
 ほうはひっても。と口にして一気に嚥下する恋に秀影の眉が上がった。
「秀影殿。良きサムライは良く食べるものだ。それは強さに繋が」
「まぁ、言ってる事は尤もだが――っと、こいつぁ頂きだっ!」
「あ、あああ! それはあたしの! 返せ、返すが良いぞ秀影殿!」
 ゆさゆさと大きな肉を攫って行った秀影の体を揺する。その傍らでは酒に濡れた服をそのままに、獅琅が楽器の準備を始めていた。
「結局リュートだけ持って来たけど……夕雲さんがいらっしゃるなら三味線なんかの方がよかったかな」
 そう言いながら弦の具合を確認する。

 ポロロンッ♪

 軽やかに響く音色に満足げな笑みを零し、獅琅は酒を肴に楽しそうに仲間を見るジャミールに目を向けた。
「そう言えばさっきの続きですけど、ジャミールさんは怪我しなかったんですか?」
「んぁ、俺? ばっか、この俺が戦いになんて行くわけないじゃないの……仕事しに行ったのよ、仕事。踊るだけがジプシーじゃねぇのよ?」
 そう言って緩やかに動かした手が、僅かにだが舞いを披露する。それを目にして獅琅の首が「?」と傾げられる。
「だーから、いわゆる伝承ってやつ? ちゃんと楽しそうな事は皆に面白おかしく伝えてやんねぇと、さ」
「ライル様も舞いをされるでありんすか?」
 ジプシーの存在は知っているが、実際に同行してその仕事ぶりを見た事はない。夕雲が興味津々な視線を注ぐ中、なんとか秀影の器から肉を強奪する事に成功した恋が言う。
「ライル殿の舞いか……見てみたいが、やはり難しいだろうか」
 今まで落ち着いた場所で見せて貰ったことはない。折角ならばこの機会に見たいものだが。
 そう零す恋の声を受け、何故か秀影が立ち上がった。
「よし、せっかくだから踊るとするかぁ? 夏祭りったら踊りだろう? っつうことでライル君、見本を頼まぁ」
「はあ? 庵治っちゃんが踊るんじゃねえのかよ。ったく、仕方ねぇなぁ……ほんとならお代取るとこだけど、今日は紫ノ眼ちゃんがいるから特別よー?」
 そう言って獅琅に目配せする。
「アル=カマルの楽曲はわからないので別の者になりますけど、良いですか?」
「おーけーおーけー」
 任せとけ。そう笑うジャミールを見て獅琅が頷く。そうして紡ぎ出されたのは即興で創りだした楽だ。
 雰囲気を出来る限りアル=カマルに似せ、踊りやすい様に軽やかな響きを持たせる。
「やるぅ♪」
 ジャミールは獅琅の楽の才に感嘆の声を零し、自らも指先を反して舞いを演じはじめる。
 妖艶に、けれどしなやかに。
 まるで猫が踊る様に軽やかに大地を蹴る姿は、ジプシーの名に恥じない素晴らしい物だ。
「ライル様は踊りがお上手でありんすなぁ」
「ああ。ライル殿は流石、美しいな」
 夕雲の言葉を拾って恋も頷く。
 月を背に踊る彼は静とも動ともつかない何とも言えない雰囲気を纏っている。その姿はいつまでも見ていたいような、そんな気持ちさえわき起こさせた。
「よし、獅琅君も参加だ。踊ろうぜ」
「え!? ちょ――」
 有無を言わさず腕を引っ張られた紫狼が慌てた様にリュートを置いて立ち上がる。そうしてまずは秀影が舞い始めるのだが、伴奏が消え、ノリだけで踊り始めた彼に皆が唖然として動きを止める。
 だが獅琅だけは律儀に秀影の踊りに付き合っていた。
「えっと、こうで…こう……あれ? 腕が……」
「はっはっ、獅琅君はまだまだ甘いな。もっと腰を入れて踊らねぇとみっともねぇぜ?」
 トンッと獅琅の腰を叩いて笑う。
 そして見本を見せるように腰をくねらせると、皆の口からドッと笑い声が漏れた。
「ぁん? なんでみんな俺の方を見て笑ってんだ?」
「知らぬは本人ばかり、ってねぇ。紫ノ眼ちゃんと夕雲ちゃんもどうー?」
 クスクス笑って2人に目配せするジャミールに、2人の目が重なる。そして気恥ずかしげに笑いあうと、2人はゆっくり腰を上げた。
「あちきなんてまだまだでありんすよ?」
「こういうのは楽しむことが重要なんだよー」
「ふむ」
 確かに郷に入っては郷に従えとも言う。
 恋は見よう見真似で手を動かすと、秀影や獅琅、そしてジャミールの動きに合わせて舞い始める。
「アル・カマル風の舞はこんな感じかね」
「そうそ、上手だねー。どっかの誰かとは大違い」
「誰のことだぁ?」
「さぁて?」
 秀影の突っ込みもなんのその。優雅にそしてゆったりと舞う夕雲の隣では、ジャミールに始動されてアル=カマルの舞いを披露する恋が居る。
 こうして宴の夜は深けて行った。

 * * *

 宴がある程度進むと、周囲の喧騒も僅かに静まり、辺りには川のせせらぎが大きく響き始める。
 その音を耳に、踊り疲れた秀影が倒れ込むように茣蓙に座り込む。
「ふぅ、俺ぁ疲れたから座って飲んでるぜぇ」
 そう言いながら酒の入った徳利を盃に運ぶ。そうして並々注いだ酒を一気に煽るとジャミールも秀影の傍に雪崩れ込んだ。
「あ、ずるい俺もちょっと休憩ー、一緒に飲もー」
 独り占めは許さない。そう言って徳利を奪った彼に秀影は怒るでもなくカラリと笑う。
「しかし賑やかに飲む酒ってぇのも良い物だな」
 思い付きで始めた宴だが、案外良い感じに納まった――否、案外なんてものではない。思った以上に良い出来だ。
「庵治っちゃん俺とそう歳変わんねぇんだからあんまり爺臭い事言わないでよ……」
 寂しくなるでしょ? としみじみ呟いた秀影に呟く。それを受けて笑うと、秀影は自分とジャミールの盃に酒を注いで口に運んだ。
「ちぃっと今のは爺臭かったかぁ」
「そうそう。年の近い俺が爺臭いって思われるから、庵治っちゃんにはもうちょっと元気に振る舞ってもらわないとねー」
「あん? てめぇだってたまには爺臭くなるだろ」
「ならねぇよ!」
 そんな2人のやりとりの傍では、甘味を調達してきた女性陣の楽しげな声が響いてくる。
「甘味! 甘味はあちきも食べたいでありんす!!」
 いつの間に用意されたのか。置かれた団子の山に夕雲が頬を紅潮させながら叫ぶ。
 どうやら大好きな甘味を前に被っていた猫が剥がれたようだ。だが恋も負けていない。
「ふふふ、こう言うものは先に食べた者が勝つのだ」
「恋様! それはあちきの……っ!」
 目の前で奪われた餡子の乗った団子に、夕雲が抱き付く。なんとかして団子を取り返したい。
 そう必死に喰らい付く彼女に、ピコピコと耳を揺らしながら恋が団子を頬張る。
 その様子を近くで見ていた獅琅は、普段飲んでいる酒と何かが違うことに気付いた。
「あれー……?」
 ふわふわとする感覚に首を傾げる。
 今まで何度も酒を飲んだが、こんな感覚は初めてだ。
「お? 志郎君は酒が弱かったか?」
 どこか据わった目で恋の耳を見詰める彼に秀影がクスリと笑う。
「恋さんの耳……んー……」
 夕雲と甘味のやりとりをしている所為か、普段以上に無防備に揺れている耳が気になる。
 実の所、はじめて会った時から彼女の黒い毛並みの耳が気になっていたのだが、流石に礼儀を掻くと触る事を断念していたのだ。
 だが今は妙な高揚感がそれは可能なことだと言っている気がする。
「し、獅琅殿?」
 ようやく自らの危険に気付いたのだろう。
 夕雲に団子をひと串分け与え、恋の顎が僅かに下がる。それに合わせて耳も伏せられるのだが、これがマズかった。
「ずーっと、会う前から気になって……ん? おかしいな、会う前なんて……そうじゃなくて、気になってたんです」
「ありゃぁ完全に酔ってんな」
 秀影の言葉通り獅琅は酔っていた。
 普段は酒に酔う事など無い。ただこの日はたまたま体調が悪かったのか、それとも場の雰囲気に酔ったのか、いずれにせよ酒に酔ってしまった事は間違いない。
「表情の代わりによく動く耳。可愛い、すごく」
 ぶつぶつと呟く獅琅に恋が後じさった、その時だ。
「いける!」
「や、やめろ獅琅殿!」
 双方が突きだした手。しかし獅琅の方が僅かに早かった。
 瞬間的に伸ばした手が恋の耳を捉えた。

 もふもふもふもふ。

「可愛い。可愛い可愛い人……あれ? 違う、間違えた。まあ大丈夫」
「大丈夫じゃない! って、どこを見ている!」
 もふもふがもう一個。
 不意に落ちた獅琅の視線。その先に在るのは弱点と言っても過言ではない尻尾だ。
「尾は狼の誇りであって安易にもふるのはだなちょっとま――ぎゃー!」
 抵抗も虚しくガッチリ掴まれた尻尾に恋が崩れ落ちる。その姿に傍で幸せそうに団子を頬張っていた夕雲が目を瞬いた。
 そして恋の尻尾にしがみ付いて動かなくなった獅琅に近付くと、秀影はひょいっとその身を引き剥がして笑った。

 * * *

 祭りの終わりは近い。
 恋は牛鍋の残りを大椀に移すと、最後のひと掻きを自らの腹に流し込んだ。
 そうして息を吐き目の前の光景を見詰める。
 酒に酔い潰れてしまった獅琅が秀影の腰に抱き付いて眠り、それをあやす様にしながら秀影とジャミールが言の葉を交わす。
 その光景が妙に眩しくて、恋は思わず目を細める。
「こうして平和に飲めることが、こんなに幸せだとはね……本当に良かった」
 しみじみと零して息を吐く。
 そうしてふと視線を動かすと、残りの酒を勧めるように擦り寄る夕雲が見えた。
「もうひと口、いかがでありんすか?」
 穏やかに微笑む彼女に微笑み返し、盃を差出す。
 並々と注がれる酒には月が浮かび、恋はそれごと飲み干す様に盃を口に運ぶ。
 自身が身を置く開拓者と言う生業は、いつ何があるかもわからない。それでもこうした楽しみがあるからこそ乗り越えて行けるのだろう。
 恋は喉を通り過ぎる酒の感触に息を零すと、今飲み干したばかりの月を見上げた。

―――END



登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ic0281 / 紫ノ眼 恋 / 女 / 外見年齢20歳 / サムライ 】
【 ic0738 / 庵治 秀影 / 男 / 外見年齢27歳 / サムライ 】
【 ic0392 / 徒紫野 獅琅 / 男 / 外見年齢14歳 / 志士 】
【 ic0451 / ジャミール・ライル / 男 / 外見年齢24歳 / ジプシー 】
【 ic0898 / 夕雲 / 女 / 外見年齢18歳 / 砲術士 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、朝臣あむです。
このたびは『流星の夏ノベル』のご発注、有難うございました。
如何でしたでしょうか。
何か不備等ありましたら、遠慮なく仰ってください。

この度は、ご発注ありがとうございました!
流星の夏ノベル -
朝臣あむ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年08月30日

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