▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『筧家、温泉に行く〜秘境編・そこにポロリは在るのか 』
彪姫 千代jb0742


 とある平和な学園風景。
 職員室の前で、レポートを提出に来た加倉 一臣は見慣れた赤毛を目に止めた。
「あれ、筧さん。今日も依頼?」
「いや、借りてた資料の礼を…… 分割払いで」
「……ご苦労さんです」
 ふっと目を逸らした卒業生のフリーランス撃退士へ、一臣は事情を察し深く追求はしない。
 一臣自身、将来はフリーでの独立を考えている。情けない所も、良かれ悪しかれ参考にしておこうと思う。
「おー! 父さんなんだぞ!!」
「来てたのか、鷹政」
「あれ、珍しい取り合わせだね」
「最近、仲良いよな。強羅と千代くん」
 そこへ、彪姫 千代と強羅 龍仁が並んで通りかかった。
「龍仁は、母さんだからな!!」
 一臣の言葉に、千代が両手を振り上げて答える。
「あっ ……そうでしたね、義姉さん」
 子供に懐かれるのは嫌いじゃない、好きに呼べばいいと半ば開き直った龍仁の表情は穏やかだ。
「ごめん、状況がわからない」
 顔を赤らめ龍仁へ視線を投げる一臣の反応の意味を、薄々感じながらも鷹政は逃げ道を探した。


 大人数で立ち話も、ということで適当に座れる場所を探して、何とはなしに近況報告や雑談が始まる。
 それぞれ戦闘任務の合間で、体を休めているタイミングだった。
「そういえば」
 負傷の話題になり、龍仁が記憶の糸を手繰る。

「とある秘境に、絶景の貸切露天風呂があるらしいな。一度は行ってみたいものだが」

「おー!! ひきょうってどんなだ!? 今から行こーなんだぞー!! みんな一緒なら、楽しいんだぞ!!」
 千代が身を乗り出し、
「強羅、その『とある』って、他にヒントある? 検索かけて速攻調べるぜぃ」
 一臣がスマホを取り出し、
「車の手配はなんとかなるか。皆、授業とかは平気なの?」
 鷹政が自身のスケジュールを確認し。

「待て、今からじゃ弁当の準備が間に合わないぞ!」

「「そこ」」
 怒涛の展開へ動揺する龍仁へ、鰹節兄弟がユニゾンで返した。




 四人を乗せたワンボックスは高速道路を降り、自然豊かな山道へと差し掛かる。
 舗装されていない道路は不安定で、体格のいい面々は都度都度頭やら肩をぶつけては呻いていた。
「兄貴、次の脇道、入ってねー。青い看板が目印だって」
「あいよ。あっ、強羅さん、俺から揚げ食べたい!」
 助手席でナビをする一臣に返事をしながら、ルームミラーで広げられている弁当を確認した鷹政が龍仁へリクエスト。
「わかったから、鷹政、前を向け。口を開けろ」
「ん。……むぐ、おいひー」
「おー!! いいな、父さん、『あーん』なんだぞ! 俺もやってほしいんだぞー!!」
「千代君…… そっとしておいてあげて、義兄さん震えてる……」
 『そんなつもりじゃなかった』
 鷹政と龍仁は後に語る。


 一臣が秘境の場所を割り出す間に鷹政がレンタカーを手配し、龍仁は家庭科室を借りて弁当の準備。千代は龍仁のお手伝い。
 そうして今に至る。
 本気を出せば何でもできる、諦めんなよとはこのことか。
 かくして、秘境の温泉旅行は幕を上げたのだった。


 車幅ギリギリの断崖を越え、強度の危うい橋を越え、その度にテンションの上がる千代により車体は揺れ、
「鷹政はハンドルを離すな。安心しろ、神の兵士は活性化してる」
 龍仁の言葉が何よりも心強く、そして恐ろしかったことは、特筆すべきこととして残しておこう。




「これは」
「まさに」
「秘境」
「すごいんだぞーーーー!!!」

 到着した温泉地を前に、四人はそれまでの疲労が吹き飛んだ思いをした。
 古風な宿、けれど手入れは行き届いていて清潔感がある。
 後ろの山並みに溶け込むように、それは存在したいた。
 道のりを思えば辿りつくことは容易ではなく、確かに秘境と呼ばれるに相応しい。
 通された部屋へ荷物を置き、日没を眺めながらがお勧めだという露天風呂へ。


「千代、ちゃんと身体あらってから入るんだぞ、準備運動はいらないから」
「おー? 準備運動は要らないのか? 溺れないのか?」
「海じゃないから……」
 勢いよく服を脱ぎ捨て、いざと走り出す千代の首へ腕を回し、鷹政が引き留める。
「筧さん、すっかり父親だよな」
「一臣にも見せたかったぞ、海での父親振り」
「強羅さんは、母親振りでしたよね!!」
 微笑ましく見守る二人へ、鷹政がグリンと振り返った。
「兄貴……それ、墓穴だから」
 耐え切れず、一臣はブワッと涙した。

 古めかしい磨りガラスの扉を開けると、黄金色に暮れる夕日が眼前に迫っていた。
「うわぁ……」
「見事だな」
 霧で微かに歪む太陽、抱くように広がる山並みが壮大なパノラマとして広がっている。
「写真を撮りたくなるね……。浴場で撮影は、男同士でも何かに引っかかりそうなので惜しい」
 温泉ならではの光景を、友人たちへも届けられたなら。
 そんな思いを抱いて、一臣は少しだけ残念そうに。
「言ってる傍から! ほら、千代、こっち来い。頭洗ってやる」
 感慨もへったくれもない鷹政の声で、龍仁と一臣は我に返り、顔を見合わせて笑った。
「じゃ、お背中流しやしょう、兄貴」
「ん、じゃあ、俺が一臣の背中か」
「……痛くしないでね、義姉さん☆」
「その呼び方を変えたら、考えなくはない」




 ぷかり、程よい温度の湯に、桶を泳がせ徳利を。
「こういうの、憧れてたんだよなー。まずは、秘境にかんぱーい!」
「かんぱーい!」
「俺の一言で、本当に来るとは思わなかったぞ……。皆、ありがとうだ。乾杯」
「おー! よくわからないけど、かんぱいなんだぞ!!」
 未成年の千代だけがオレンジジュース。
「加倉君、背中だいじょうぶ? 強羅さんに、かなり削られてたよな」
「告白すると、かなり沁みます」
「鍛え方がヤワなんだろう」
「後衛ジョブに無茶言わないで……!!」
 ライトヒールをお願いするのは、男の沽券に関わるので耐えました。
「母さんの肌がツルツルで柔らかいのは、鍛えてるからなのか?」
「柔らか…… え、千代君、今なんて」
「母さんの胸は、ふわっふわなんだぞ! 父さんのは固いけどな! だから、龍仁は母さんなんだぞ」
 さわったの? え、さわらせたの?
「……一臣、そんな目で見るな」
「義姉さん、顔を赤らめてそんな言葉はおやめください……」
「なんで男ばっかりなのに、こんな状況なんだろう」
 居たたまれない光景に、鷹政が額を押さえた。
「一臣のは……」
「わ!!?」
 一臣の胸板へ手を伸ばす千代へ、鷹政が笑い転げながら弟分の背を押す。
「ちょ! 筧さん!!」
「触られとけ、触られとけ!」
「俺の! 貞操は! 恋人だけの!!」
「男が男に胸を触られて貞操も何もないだろう、一臣」
「強羅が言うの……!? 強羅は筧さんに触らせたっていうの!?」
「鷹政には未だだ! じゃない、どうしてそうなる!」
「おー…… 母さんより柔らかくないし、父さんより厚みが無いんだぞ……」
「泣 き た い」
 筧に後ろから羽交い絞めにされての感想が、これである。子供とは残酷だ。
「あ、でもさすがに腕の筋肉っていうか、この辺はガッシリしてるな」
「どさくさに紛れて、何チェックしてんですか!!」
「いや、こうして見比べることってなかなか無いじゃん。へーー、これがインフィルの鍛え方か」
 ペタリと一臣の上腕筋を一撫でして、それから鷹政は解放してやる。
「筧さんの相棒もインフィルでしたよね……」
「狙撃がメインだったし。俺を盾にして」
「……お察しします」
 さぞ、効率よく戦っていたことだろう。
「どっちかってぇと、だから俺は脚の方が強めなんだよな。鍛えるどうこう以前に、勝手に付いてくる」
「あー」
 瞬発力が要となる立ち回りが多いからだ。

「それで鷹政は美脚が好きなのか」

 バシャン
 龍仁の言葉コメットが直撃し、鷹政は沈んだ。




 湯あたりした鷹政が目を覚ますと、そこは客室だった。
 和室が二間続きになっており、奥に布団が敷かれているようだ。
「お、ようやく起きたか。あと10分経って起きなかったらもう一度人工呼吸考えるところだったぞ」
「頭いてぇ…… 温泉でのアルコールは効くなぁ」
「千代君なら、もう寝ちゃったよ。車内から飛ばしてたしね。大丈夫? 筧さん」
「ん、ケホ。なんとか、なん――」
 ――待て。
 龍仁、さっき、なんて言った?
 もう一度?
「……ごごごごごご強羅さん?」
「冗談だ、初期対応以外は効果ないことくらいはわかってるさ」
「浴場で撮影は、男同士でも何かに引っかかりそうだからね、控えました」
「いや、え、答えになってない!」
「らきすけかー 色男は憎いねー」
「加倉君!? 加倉君!!?」
 冗談だよな? 冗談だろ。冗談じゃない!!

 真相は、温泉の底に沈んでいる。




 長時間運転の疲れもあったのだろう。
 温泉で気を失った鷹政だが、結果的に休息できた形だ。
 起き上がり、残されていた一人分の夕食を肴にしながら三人での晩酌が始まる。

「しっかし…… たった一日なのに、凄い展開だったな」
「一日が24時間とか嘘だよね」
「足りない時は、本当に足りないものなんだがな」
 過ぎてしまえばあっという間で、それでも信じられないくらいに凝縮されていて。
「この四人、っていうのも意外なんだけど…… 筧家って、どうなのさ」
「えっ、まとめるとそんな感じじゃない?」
 予約を通した一臣が、笑いを返す。
 父さん、母さん、兄貴。
 会話の端々で飛び交う単語をまとめるならば、その括りがたしかに。
「強羅さんは、それでいいの?」
 行儀悪く卓へ肘をつき、鷹政が龍仁の顔を下から覗きこむ。
「まあ、千代だしな……」
「強羅が相手なら、俺、兄嫁として義弟として、やっていけるかなって……」
 一臣が真顔で発言するものだから、鷹政は卓へ額を打ち付けた。
「ま、それは冗談としてさ。結構なところ行けるよな、このメンツ」
「あー」
 一臣から指摘を受け、鷹政は『四人』の特性を考える。
 前衛の阿修羅、火力のナイトウォーカー、壁にして癒し手のアストラルヴァンガード、後方支援のインフィルトレイター。
「いま、ここでディアボロ登場しても負ける気がしないね」
「でしょ」
 盃を受け、一臣は御機嫌に。
「固めの盃とか、やっとく?」
「構わないが…… 千代は寝てしまってるから、な」
 酒とは行かずとも、せっかくなのだから四人そろって。龍仁が気遣いを覗かせる。
 日中の暴れっぷりはどこへやら、年相応の寝顔を見せる千代。
 彼の勢いがなければ、今日の今という時間は、無かったのだから。
「強羅さんの方が、よっぽど父親だよな……。いや、実際に父親なんだけどさ」
「うん? 育児相談か、鷹政」
「そうでなく」
 龍仁独特の、少々ズレた切り返しにも慣れてきた。
 軽い笑いで首を振り、鷹政は千代の寝姿を見守る。
「父さん、って呼んでくれるけどさ。俺は千代とずっと一緒にいるわけじゃないし、何をしてやれるわけでもないし」
 祖母の事は時折耳にするが、千代が実の両親について語ることはない。そこから、ある程度の予想は出来る。
「それくらいの距離で良いんじゃないか? 親と呼べる相手が居ない撃退士だって大勢いるんだ」
「筧さんの家族サービスは、本気度高いしね」
「……そういうものかなぁ」
 クリスマスに、一緒に海へ落ちた。
 ホワイトデーでは、泣かれた。
 バイクでキャンプへ行った。
 龍仁と三人で海に行って……
 今日は四人で秘境の温泉。
「……ふえてる」
 参加人数が。
 指折り数える鷹政の、思い出を覗きこめない龍仁と一臣は顔を見合わせた。
 一臣とも龍仁とも個別に交流はあったけれど、こうして揃ったのは千代による繋がりが大きい。
「家族かー」
 鷹政の肉親は、地元に健在だ。
 遠く離れて暮らしているとはいえ、寂しさを感じる歳でもない。
 年相応、で言うなれば『増やす』方向を考えるべきだろうが―― まあ、今のところ、具体的なお相手もいない。
「こういう形、は、ちょっと想像してなかった。なんか、うれしいね」
「筧さん、酔ってるね?」
「酔ってるよ?」
「案外と弱いからな、鷹政は……」
 不意に鷹政が二人の手を握り、一臣はビクリと肩を上げ、龍仁は慣れてる風に笑って応じた。
「え、強羅、そんなに筧さんと飲んでるの?」
「そこは、なんだ…… 大人だしな」
 一臣も幾度か鷹政の事務所を訪れているが、友人たちと騒いでその日のうちに帰ることがほとんどだ。
 深く酔う鷹政を見た記憶は少ない。
 龍仁は龍仁で、軽々に話せない事情で鷹政の元へ足を運んでいる。
 なんとも気まずい空気が流れた。
(あれ? 俺は別に良いけど…… 筧さん、あれ? マジで?)
(しまった……。鷹政が酒に弱いと知られたら、周りが遊びだすか……? いや、一臣だし悪い方向に噂を広めないだろうが)
「どうしたの、二人とも押し黙っちゃって?」

「大丈夫です、筧さん。俺、理解あるから。義姉さんと上手くやっていく自信あるから」
「安心しろ、鷹政。一臣は信頼できる相手だ。悪いようにはならない」

((やっぱり……!!))
 方向は逆だが、一臣と龍仁の心は重なった。

「俺、先に寝ますね! 明日の運転、前半はハンドル握るし!! 二人はどうぞ、ゆっくりしてて!」
「ん、ああ…… 悪いな、一臣」
 そそくさと立ち上がる一臣は、奥の寝室へと向かう。ご丁寧に、襖も閉める。
 ここに来て重い話をするつもりもなかった龍仁だが、何かしらの気遣いを受けたことは感じ取った。
「強羅さんは、酔った?」
「うん? 俺はまだ平気だな」
「ナンダッテ 強羅さんにだけ、度数の強い熱燗たのんでおいたのに!」
「……お前はまた、なんでそういう小細工を」
「酔った強羅さん、見たことないんだもん」
「もん、じゃないだろうが34歳……」
 卓の上にコロンと頭を乗せ、龍仁の手を握ったまま上目づかいで睨んだところで可愛くはない34歳。
「酔った勢いじゃなきゃできないことなんて、酔った勢いでしたところで何の成果にもならないぞ」
「強羅さん、酔った勢い無くて人工呼吸すんの?」
「勢いでするものじゃないだろ……」
「じゃあ」
 悪戯をたくらむ子供のように、鷹政の手が龍仁の頬へと伸びる。
 つい、と親指が、彼の顔を横切る傷の端をなぞった。




「おー!! 朝なんだぞー!!!!」
「ごめん千代君、ちょっとボリュームダウンお願い」
「なんだ、一臣が二日酔いか」
 勢いよく布団から飛び出した千代へ、掠れ声で一臣が応じる。
「俺でも平気だったのに。運転、大丈夫?」
「音声だけのお届けってキッツイなって…… 大丈夫です、ちょっと眠れなかっただけ……」
 両手で顔を覆う一臣を前に、大人二人が小首を傾げる。
「ま、昨夜は楽しかったしな」
「だね。いやー、見たわ。俺、ついに強羅さんの新たなる一面見たわ。粘るもんだね!!」
「ちょ、こら、鷹政!! それはっ」
「辛い。なんでだろう、自信あるって言ったけどなんか辛い」
「一臣、だいじょぶかー?」
「ありがと千代君……」
 ぐすぐすと半泣き状態で、一臣は千代の髪を撫でる。


 酒が強い龍仁を『酔った勢い』まで持ち込むことに成功した鷹政が、何を見たのかは二人だけの秘密であり。
 音声だけのお届けで、一臣が何をどこまで想像したのかは彼の胸の中だけにあり。
 目いっぱい遊んで疲れて爆睡していた千代は、全く何も知らない。



 朝湯を堪能してから、再びワイルドな道のりを越えて秘境から現世へ。
 誰が何をポロリしたのか、全員ちがうことを考えているけれど、楽しかった思い出は一緒。
 温泉から眺めた絶景の夕焼けは、きっと忘れることはないだろう。




【筧家、温泉に行く〜秘境編・そこにポロリは在るのか 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb0742 / 彪姫 千代 / 男 / 16歳 / 息子】
【ja5823 / 加倉 一臣 / 男 / 26歳 / 叔父】
【ja8161 / 強羅 龍仁 / 男 / 29歳 / 母】
【jz0077 / 筧  鷹政 / 男 / 26歳 / 父】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼ありがとうございました!
誤解や理解がカオスティックに渦巻いておりますが、真相はそれぞれの胸の中に。
ポロリしないでくださいね!!
楽しんでいただけましたら幸いです。
■イベントシチュエーションノベル■ -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.