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『氷石のミュージアム 』
アリア・ジェラーティ8537)&石神・アリス(7348)&(登場しない)


 猛暑も過ぎ、心なしか涼しくなった頃。
 今年も台車を引いてアイス屋さんをがんばったアリアに、母は「真面目に働いたご褒美に」という意味を込めて一枚のチケットを渡した。つぶらな瞳は、荘厳な雰囲気を醸し出すそれに躍る文字を呟くように読む。
「美術館の、オークション……?」
 幼いアリアはいろいろ考えてみるが、その想像はよく膨らまない。「美術館のバーゲン」なんて聞いたことがないし、「在庫一掃処分セール」でもなさそうだ。少女は小首を傾げる。
 すると、母が経緯を説明してくれた。母にはそういう類のものを回してくれる人が、知り合いにいるらしい。それを見た母は「アリアに氷以外の芸術を学ばせよう」と、娘にチケットを渡したのだ。
 頂き物の中には、アリアが喜びそうな遊園地のフリーチケットも混ざっていたのだが、今の時期だとアリアは遊ぶよりも商売をしてしまいそうなので、あえてこちらを勧めた……というわけだ。
「オークションも見るの?」
 アリアの問いに、母は頷く。それを聞き、娘もコクリと頷いた。


 美術館は立派な様式の建物で、少なくとも店舗改装といった雰囲気は感じられない。アリアは夏向けのワンピースを着て、財布には稼いだお金をたくさん詰め込んできた。オークションといえば、大きなお金が動く。もし欲しいものがあったら、競り落とさなくてはならない。アリアはまだオークションの流れも知らないが、とりあえず想定しうる有事に備えた格好だ。
 とはいえ、今は客足もまばら。銘々が好きなところに散っているところを見ると、まだオークションの時間ではないようだ。
 アリアは母の言われた通り、美術館の展示物を見物し始めた。
 歴史的に有名な人物の使っていた派手な羽扇子、地球に何かの危機を告げるかのような謎の形で落ちてきた隕石といった珍品に始まり、見る者を魅了する不思議な絵画のコーナーでは、アリアも自分なりに絵画の意味を直感的に考えてみる。
「どれも、絵の中から、音とか声が聞こえてきそう」
 少女の感覚は正しかった。この美術館には、ただ有名なだけの展示物は置いていない。ここにあるのは、どれも心の奥底にある何かを呼び起こすようなものばかり。アリアは本能的にそれを察知したらしく、その後も熱心に見学を続けた。

 すると、ついにアリアの興味を引くコーナーが現れた。彫像の間である。気に入ったものを冷凍保存することもあるアリアにとって、これは非常に興味深い。どれもまざまざと見つめていたが、そのうち、とてもリアルな少女の彫像を見つけた。
「これ、まるで……」
 そう、まるでアリアが作った、人の氷像のように精巧だ。今にも動き出しそうな仕草、風に揺れるかのようなドレスの裾……どこを見ても似通っている。少女は熱心に彫像を見つめた。
 そんなアリアの様子を、偶然にも石神アリスが見つける。アリアとアリス、出会うのはこれが初めてではなく、またお互いに「彫像にしてコレクションに加えたい」と思ってる者同士でもある。アリスはまだ、アリアに対する仕込みが済んでいないが、せっかくの機会なので、ここは普通に声をかけた。
「アリアさん、いらっしゃい。うちの美術館へ」
「あ、こんにちは……アリスさん、でしたよね?」
 アリスは正月に会っていることを伝え、久々の再会を喜んだ。しかし、ふたりの視線は、すぐに彫像へと向けられる。
「これが生きている人間だったら、どうする?」
 唐突な質問であり、真実を突きつけて驚くさまを見ようとするアリス。ところが、アリアの返事は真面目でまっすぐだ。
「素敵だと思います……そのままの姿で、永遠に石であり続け、独り占めすることができるから」
 さすがは、この彫像に魅入られるだけのことはある。アリスは頷いた。
「それに、石は雪にかぶせても、凍らせても映えるの」
 全身を包み込む冷気ではなく、あくまでもドレスアップの意味での冷気。これがアリス流。独り占めすることに快感を覚えるアリアにとっては、少し大人の楽しみ方だろうか。
「みんな同じ顔してるけど、こだわり?」
「そう……私にとって、人間が『恐怖』や『絶望』の表情を浮かべてる時こそが、もっとも美しいと思ってるの……」
 自分に似てるけど、どこか違うコレクターの話を聞きながら、アリアは何度か頷いた。
「そろそろオークションだけど、アリアさんも見る?」
 アリアは「うん」と答え、アリスの後をついていく。
「こんなに立派な美術館があるのに、コレクションを売って手放すの……? どうして?」
 アリアは「やっぱり美術館のセールなのかな」と思いつつ、素直な質問をぶつけた。
「お金を稼ぐ……という意味もあるけど――一番はそれを購入する人間の観察ね」
「観察?」
「ええ、こういう場では人間の本性がむき出しになるのよ――そのむき出しになった本性を観察して作品に生かすのよ、私はね」
 確かに生きてる人間の観察は、お金で買えそうもない。頼んだところで、きっとわざとらしさも出るだろう。アリアは納得した。
「そのみんなが、この大広間に集まってるの?」
「そう、ここに集まっているのは、むき出しの本性。人間の本当の姿よ」


 こうやって、オークションの扉が開かれた。ようこそ、穢れなき人間の巣窟へ。
PCシチュエーションノベル(ツイン) -
市川智彦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2013年09月05日

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