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『夏の光 〜包み込む橙〜 』
花見月 レギja9841


●いざなう瞳

 青い空と、白い雲と、緑の葉陰から響く蝉の声。
 夏の盛りを彩る全てが、ガラス窓の向こうに追いやられていた。
 図書室に響くのは、空調の低い唸りとページを繰る微かな音だけ。 
 花見月レギは検索結果を記したメモを頼りに、高い書棚の隙間を巡っていた。
「ああ、これか」
 ようやく見つけた分厚い本を、長身を屈めて引き出す。

 そこにできた空間に、思わぬ物があった。
 キラキラ光る黒曜石の瞳が、こちらを見ている。
「……ちょっと、驚いた、よ」
 レギの精悍な小麦色の頬が緩んだ。
「いっししし! やっと気付いたか!」
 書棚を素早く回り込み、大狗のとうが満面の笑みを覗かせた。
「折角の夏休みを、こんな所でじじむさく過ごしてたらもったいないのにゃ! 遊ばなきゃ損だぜ?」
 一応は場所をわきまえ、囁き声で。
「っつーわけで、行くぞレギ!」
 返事も待たず、のとうはレギの腕を引っぱり書棚の間から連れ出そうとする。
「……ん? うん。そんなに引っ張らなくても、君が行きたい所までちゃんとついて行くよ、だからちょっと待って」
 奇襲からの有無を言わせぬ強制連行。逆らい難い、黒い瞳の誘うままに。
 レギは急いで、貸出し手続きを済ませる。

 しっかりと床を踏みしめるような、力強さとしなやかさで歩を運ぶレギ。
 その傍らを、散歩が嬉しくてたまらない仔犬が飛び跳ねるような軽やかさでのとうが歩く。
「それにしても……どうして、俺の居場所が、わかったんだろう?」
「うん?」
 レギを見上げるのとうの目が、悪戯っ子のようだ。
「……ナイショ!」
 扉の外へ飛び出す後ろ姿は、目が眩むほどの夏の光に包まれる。


●海辺にて

 連れて行かれた先は白い浜辺だった。
 大きく息を吸いこむと、潮の香りが胸いっぱいに広がる。
 そこでレギははたと気付く。
(……これは、ブーツは脱いだ方が良さそうだな)
 まさかここまで連れて来て、一緒にお散歩しましょう、という誘いではあるまい。
 レギは周囲を見渡し、乾いた岩の上に腰かける。
 ブーツを脱ぎ、靴下も脱ぎ、スラックスの裾を膝まで捲り上げ、果てはきちんと着こんでいたワイシャツをも脱いで、几帳面に畳んで岩の上に並べる。
 借り受けた本も、勿論汚れたりしないように服の下に。
 黒いタンクトップ姿になったレギを、のとうが満足そうに見た。
 よろしい、良く判っているじゃないか、という顔だ。
「レギ、ほら!」
 呼びかけに顔を上げたレギは、放り投げられた物を受け取った。
 その形状に、ほとんど反射的と言っていい流れるような手順で動作確認。
「うん、作りは悪くない。いい……水鉄砲、だ」
 染みついた軍人としての習慣から、つい反応してしまった。
 レギはほんの少しの気恥ずかしさを感じ、困ったように眉を寄せる。
「人生は常にガチバトルだ! 真剣勝負だ! つまり、遊びも真剣にやってこそ面白いんだ!」
 のとうは自分の分のウォーターガンを構え、レギを見据えた。
「……さぁ、闘いの始まりだ」
「成程、分かった。……受けて立つ、よ」
 くるくる変わるのとうの表情は、今や真剣そのもの。
 ならば、こちらも全力で。
 ほぼ同時に、砂浜へ飛び出した。

 スキルもV兵器も使わない戦い。
 たかが水鉄砲、いやだからこそ、自分の身体能力をどれだけ上手く使えるかが勝負を決める。
 先に仕掛けたのはのとうだ。レギの足元に狙いを定め、追撃を阻止しようとする。
 だが高性能ウォーターガンの鋭い放水は、虚しく白砂を抉るのみ。
 つい先刻までそこに立っていたレギは、横っ跳びに攻撃を避け、砂浜に膝をつく。
 と見るや、砂を巻き上げ猛進し、一気にのとうとの距離を詰めてきた。
「なんのっ!」
 身を捻ったのとうは、思い切り砂を蹴りあげる。
「くっ……!」
 砂が目に入らないよう咄嗟に腕で顔を庇った分だけ、レギに隙ができた。
「貰ったぁ!」
 のとうは低い姿勢から突進。正面から突っ込むと見せかけて、片足に力を籠め獣のように跳ねる。
 着地と同時に、発射。
 その水流は、真っ向から激突する水流と相殺され、辺りに水しぶきを撒き散らす。
「そう簡単には、ね」
 いつも通り穏やかなレギの表情の中、青い瞳だけが真剣勝負の鋭さを湛える。
 悪ノリであっても、こちらが全力なら全力で応えてくれる相手。
「それでこそレギなのな!」
 のとうは嬉しくてたまらないという顔で、水鉄砲を構え直した。


●撃ち抜いた物は

 全力の水鉄砲戦がしばらく続いた後。のとうが突然、背中を向けて走り出した。
「……?」
 訝しがりながらもレギは後を追う。
 前を行くのとうの弾む背中が、不意に岩場の向こうに消えた。
 岸壁に身を寄せ、レギは慎重に気配を探る。
 息を整え、タイミングを計り。銃を構えて飛び出したレギの眼前に、丸く大きな物がいきなり飛んできた。
「な……!」
 咄嗟に撃ち抜くと、それは砕け、辺りに赤い破片と滴が飛び散り……
「スイカ……?」
 屈みこんで良く見れば、大小に割れて散らばるのはスイカだった。
「お見事なのにゃー!」
 座り込んでいたのとうがぱちぱちと手を叩く。

 潮風が吹き抜ける堤防に、のとうとレギ、そして割れたスイカが並ぶ。
「ちょっと予想より飛び散ったけど、まあまあ残ってるにゃ。さ、食おうぜ!」
 のとうはひと際大きな欠片をレギに差し出した。
 外で食べるスイカの醍醐味。種が散ろうが汁がこぼれようが、思い切りかぶりつくのが最高に美味い。
「なかなか良い勝負だったのにゃ。喉も乾いたし、ちょうどいいのだ」
 のとうは赤い果肉を口一杯に頬張ると、遠慮なく黒い種を吹き飛ばす。
「スイカ割りにしては、ちょっと乱暴だったかもね」
 レギも少し遠慮がちに、スイカの欠片に齧りついた。


●光の在り処

 水鉄砲に興じ、大きなスイカを二人で食べているうちに、太陽は西に傾きつつあった。
 ただ座って、スイカを食べる。
 それだけの時間なのに、レギは不思議な充足感に満たされていた。
 いや、理由は判っている。
 隣でスイカを食べているのがのとうだからだ。

 のとうはいつも笑っている。
 それはもう、見ているこちらが幸せになるような笑顔で。
 この学園に来たばかりの頃、まだ何をすべきか、何ができるのかも判らず戸惑うレギにとって、その笑顔はただただ眩しかった。
 息を顰めるように佇むレギを、明るい方へと連れ出すのとうの手。
 戸惑いながらも、不思議なことに不快感は全くなかった。
 そうして一緒に過ごす時間が増えて行くうちに、その理由がおぼろげながら判って来る。
 一見底抜けに明るく元気な、のとうの背後に垣間見える『何か』の存在。
 余りに眩しい光がそれを覆い隠してしまっているので、却って何処か危なっかしくて。
 そんな物を背負っているのとうだから、傍若無人なようでいて、踏み込むラインは見極めているのだと思う。

 今のレギには、それが判る。
 もしもレギが『何か』に気付いたと知れば、のとうはそれをもっと深い所にしまいこんでしまうだろう。
 だから自分からも、必要以上に踏み込まない。
 もしのとうが自分に傍にいて欲しい、話を聞いて欲しいと言うならば、いつでも駆けつけよう。
 だから今は、ただ見守って、一緒に笑って。
 それが心地よい距離感だと思うから。


●幸いの種

 スイカを食べ尽くし、のんびりと海を眺めていると、風の向きが変わる。
 西の空はいつしか、燃えるような茜色に染まりつつあった。
 のとうが立ち上がり、思い切り伸びをする。
「んー、思いっきり暴れて、楽しかったにゃ!」
 レギはそれを見上げて、のとうの放つ光は夕焼けと同じだと思った。

 アウルの光もそうなのだが、彼女自身が放つ光。
 切ないくらいに優しくて、とても遠くて、どこまでも高く温かい。
 昼が夜に領域を明け渡すほんの僅かな時間、陽も月も星もそして雲も、全部包み込んでしまう夕焼けの空の色。鮮烈なまでの、橙。
 夏の高い空から光を注ぐ太陽ではなく、少し寂しい黄昏時に、そっと心に寄り添うような暖かく懐かしい太陽の色。
「ありがとう。今日はとても、楽しかった、よ。西瓜も美味しかった」
 黒い種を幾つか拾い、レギも立ち上がった。
 
「スイカの種なんか拾って、どうするのだ」
 のとうが不思議に思って尋ねると、レギはいつもの優しい微笑を向けた。
「来年、蒔いてみようかと思って、ね」
「……芽が出るかにゃ?」
 レギの発想は時々とてもユニークだと思う。
 でも今日食べたスイカの種がいつか芽を出したら、とても楽しいだろう。
 何より、今日の思い出が、レギの中にずっとずっと残ることがとても嬉しい。
「それは、わからないけど」
 少しはにかむような笑顔が、いかにもレギらしかった。
「出るといいにゃ! そしたら来年はもっといっぱい、スイカが食えるぜ!」
 ごろごろ転がるスイカと、その傍に立つレギを想像し、のとうはまた笑う。
 ぜんぜん似合わない。でも、なんだか無性に面白い。


 帰り道、並んで歩いていたのとうがぴょんと前に出る。
 そこでくるりと振り返って、レギを見上げた。
「レギ、また遊ぼうね」
 子供の様に無防備なのとうの笑顔。こぼれる光は小さな種になって、心に届く。
 いつかそれは少しずつ芽を伸ばして、花を開いて実を結び、次の種を撒くのだろう。
「いつでも。……喜んで」
 今日こぼれた種は、どこでどんな花をつけるのだろう。
 それはきっと、とても綺麗な幸せの花。

 拾い上げたスイカの種は、掌の中で心なしか暖かく思えた。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja3056 / 大狗 のとう / 女 / 18 / ルインズブレイド】
【ja9841 / 花見月 レギ / 男 / 27 / ルインズブレイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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砂浜での楽しいスイカ割り(?)、如何でしたでしょうか。
ご発注いただいた文章がとても素敵でしたので、ほぼそのまま引用させて頂いた部分があります、ご容赦くださいませ。
4章目『光の在り処』の部分が、併せて依頼いただいたもう一本と対になっております。
ご一緒にお楽しみいただければ幸いです。
この度のご依頼、誠に有難うございました。
流星の夏ノベル -
樹シロカ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月06日

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