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『破れ寺にて観る月は 』
姥梅(ic0817)


 村外れの竹林が、微かな風に揺れる。
 揺れるその向こう、目を凝らしてみると、ひっそり佇む寺がある。
 その存在に、気づく者もいれば通り過ぎてしまう者もあるだろう。
 寺、であるはずなのに、読経ではなく賽を振る音が聞こえる、だの
 化かす狐と生臭坊主の格闘が垣間見える、だの
 碌な噂は流れてこないが、触れずにいれば害はない。そんな近隣の認識。

 ――さて。触れて、覗いたら、どうなると?




 その日は、とても美しい夕焼けで、暦を見れば望月の日で。
「仲秋のってなわけじゃアないが、月見も粋かねェ」
 ふぅむ、と考え込むのは破れ寺の主・姥梅。
 かつては数多の男を誑かし手玉にとった女狐だというが、現在はマイペースに日々を愉しんでいる。
 寄る年波とはいうけれど、艶のある表情、仕草にはなお磨きがかかっていると言えよう。
「お月見ってなぁに? 何をするの?」
 耳聡く独り言を聞きつけたのは、いつの間にか寺に居ついた染井吉野。
 桜が散り切っても彼女の存在そのものが桜花のようで、ふわふわ幻想的な雰囲気を纏い、ふわりひらりとした身のこなし。
 たれさがった兎の耳が、好奇心でピクリと動く。
「さぁて、何しようかねェ。月見団子こさえて、それから酒の肴と……」
 指折り数えて考える姥梅へ、吉野が小首を傾げる。
「お団子……作るの?」
「吉野は初めてかい?」
「うん!」
 興味津々で大きく頷く吉野へ、ふっと姥梅が顔を綻ばせた。

「ばーさーん、居るかぁ? きてやったぞー」

 支度にとりかかろうというところへ、聞き慣れた少年の声が外から飛び込んできた。
 姥梅の孫、竜峡だ。
 大きな金色の瞳が、恐る恐るといった風に奥を覗きこんでいる。
 祖母の住まいなのだから気後れなど不要のはずなのに、寺の佇まいから住み着いている居候まで、どうにもこう…… 個性的すぎて、いつ来ても気後れしてしまう。
「竜坊、いいところへ来たねェ。手土産はあるんだろうね?」
「……味しめやがったか。ほ、ほらよ! 見ての通りだ」
 ぐい、と竜峡は『手土産』であるところの酒瓶を突き出す。
 銘柄は背伸び気味のセレクトで、店の主人に勧められるがままに購入してきたのは内緒。味も、本人はよくわからない。
「おう、坊主。また来たか。……これまた、極上の酒じゃねぇの、でかした!」
「坊主じゃねぇ、もう成人してんだ!! って、あんたに持ってきたわけじゃねぇし!」
 酒、と聞きつけ奥から姿を見せた生臭坊主――蒼秘が銘柄を目にしてゴキゲンに竜峡の頭を撫で、竜峡は牙を剥いてそれを払いのける。
 吉野と、もう一人の居候である蒼秘は、身なりこそ坊主だが実質……そうでもない。姥梅との腐れ縁から、この寺へ転がり込んでいた。
「ハイハイ、どいつもこいつも元気なようで何よりサ。月が昇る前に、下準備するよ。そこの穀潰し、お前さんもだ」
 穀潰しと呼ばれ、居候の生臭坊主は気を害すでなく口の端を歪める。
「何言ってやがる、俺ァ何もしないのが一番の貢献だろうが」
「蒼秘、蒼秘、あの高いところにある粉がとれないの。お願い」
「……だ、そうだよ?」
 吉野のお願いを受け、姥梅がニヤニヤと視線を投げかける。
 口が悪く素行も悪い蒼秘だが、根の部分は保護者気質であることを知ってる程度の腐れ縁。
「チッ」
(ババァ、わざと置きやがったな……)
 簡単な罠にはめられた気分で、蒼秘は棚の上へと手を伸ばした。




「お月様、浮いてきたの……!」
 不器用ながらに丸めた団子が、熱湯へ投じると程なくしてぷかぷか浮いてくる。
 吉野は踏み台を用意して、その様子に魅入った。
「おい、気を付けろよ。湯が跳ねると危ないぞ」
 真上から覗きこんでいるものだから、竜峡は吉野を心配して思わず声を掛ける。
 ちまい兎は、おっとりした外見とは裏腹にぴょんぴょん動き回るので気になって仕方ない。
「はい、これを冷水でシメて出来上がりだ」
 子供たちの、そんな交流を微笑ましく見守りながら、姥梅は手際よく、用意した氷水へと掬い入れてゆく。
 月見団子の作り方は幾つか知っているが、ただ丸めるよりは湯を通した方が子供たちには楽しいだろう。そう考えてのことだったが、思いのほかに好評のようで何より。
「ばーさん、これは? いい匂いがする」
「お前さんたちが団子を丸めている間に用意したのさ。嫌いじゃないだろ、みたらし団子。あとで団子に付けて、おあがりよ」
「おお……」
 小鍋に作られた、食欲そそる香りのみたらし餡。
 竜峡は小指で一すくいして、味を見る。……どこか懐かしい風味。
 団子屋で食べるのと違うのは、姥梅が作ったからだろうか。
 一方で、吉野が出来上がった月見団子を積み重ねてゆく。
 つるつるの感触に驚いて、耳がやっぱり震えた。
「さァさ、そろそろ本物のお月さんも昇る頃合いだ。縁側へ行こうかね」
「はぁい」
 途中で、躓いて転ばないように。
 気を付けて気を付けて、吉野は月見団子を乗せた皿を運んだ。勢い余ってたくさん作って、ずしりと重い。
「おい、大丈夫か。片方、持つか?」
「ん、大丈夫」
「そうか? ……足元、気を付けるんだぞ」
 自分たちで作った団子を楽しみに、竜峡も他に必要な道具の確認をした。




 そよぐ風に、薄っすらと浮かぶ雲が流れては月を横切る。
 月見団子の他に、焼いたお揚げや魚の干物、簡単な肴を並べてワイワイと。

「……あら。こんなところで月夜の宴? 楽しそうね」

 人の声が気になって、竹林を通り抜けてきたのは文殊四郎 幻朔、美しい赤髪の女性であった。
「こいつは綺麗なお客人だね。あたしは姥梅、此処の庵主だよ。なァに、取って喰いはしないさ。一緒にどうだい?」
 来る者拒まず、合縁奇縁。
 姥梅は警戒するでなく、煙管の灰をトンと落としてから来訪者へ声を掛けた。
「私は幻朔。嬉しいわね、お邪魔しようかしら……」
 髪を後ろへ流し、幻朔が姥梅へ会釈をする。
 一歩、足を踏み出し――
「!!」
 月見団子を手に、きゃっきゃとはしゃぐ吉野と竜峡に、視線が釘づけになった。
(あらやだかわいいぴんくのうさぎさんにしろいおとこのこやだかわいいかわいいかわry)

「ゲンサク、てなぁ、これまた男みてぇな名前だな。その乳は詰め物か?」

 年少組へ釘づけになると同時に抱き付かんばかりに手を伸ばしていた幻朔の背へ、蒼秘が揶揄の言葉を掛ける。
 ピタリと動きを止め、幻朔が振り返る。
「やあね、自前と虚飾の区別もつかないだなんて。日照り上がったお坊様ったら気の毒で仕方がないわァ」
「どこ見て言ってやがる、誰がハゲ上がってんだよ、これは剃ってんだ」
「剃…… そんなソロプレイ、悲しすぎて涙が止まらないわね!!」
「……物理的すぎるんだよ、お前さんらの話し合いは。見な、子供たちが引いてるじゃァないか」
 カン、と姥梅が盆で蒼秘の後頭部を叩いた。
「なんで俺だけ殴るんだ。……高尚過ぎてついてこれてねぇってのが実際だろう、ありゃ」
「何が高尚だい、何が」
 話の内容はよくわからないが、竜峡は身の危険を感じたらしく、毛を逆立てる勢いで幻朔を見守っている。柱の陰から。
 怖がらなくていいのよ、幻朔はにっこりと微笑みかけるが逆効果。何故だ。
「餓鬼どもは大人しくこれでも食ってろ。そら、酒盛りだ酒盛り」
 いつの間に用意していたのか砂糖菓子を放って渡し、蒼秘は月見酒の続きを促す。
「やれやれ、花より団子とは言うけどね……。こんな綺麗な月の夜に、争うのも馬鹿馬鹿しいのは確かだね」
 姥梅は肩を竦め、諦めるように腰を下ろす。
「ちょっとだけ…… ちょっとだけでいいから……」
「ちょっとだけ、なの??」
 警戒心の薄い吉野が、幻朔にぎゅっと抱きしめられる。
 ほんのり冷たい夜の風に、幻朔の体温が心地いい。
「ふわふわ、なの……」
 きゅー、と抱き返す吉野。
「……ふわふわ」
 どこに鼻先を埋めての言葉か。
 興味はあっても態度に出したら負けな気がする竜峡が、悟られないようにと月見団子を頬張って。
「そっけないのも可愛い!」
 顔を逸らしたのが敗因だった、背後から抱き着かれて背中に例の『ふわふわ』を喰らうことになる。
 声にならない悲鳴を上げる孫の姿に、姥梅は喉の奥で笑いを零した。
 中々に愉快な客人のようだ。




 熟した果実のような、濃厚な色の月を肴に穏やかな、時としてやや荒っぽい談笑は続く。
「気の合う仲間と月を眺めるってぇのも、乙なもんだね」
 竜峡の手土産の酒に目を細め、姥梅が夜風を愉しむ。
 すっきりした後味の酒は、焼いたお揚げと相性がいい。
「お月様、綺麗。皆も、綺麗。綺麗がいっぱいで、吉野はとても困る」
「あらー。吉野ちゃんも綺麗よー。お姉さん、もふもふしたくて困っちゃう」
「きゃー」
 言った時はすでに行動している時。
 幻朔に抱きしめられて、吉野は嬉しそうに耳をパタパタさせる。
「うふふ……何を警戒しているのかしら竜峡くん。大丈夫よ、ふたり同時にもふるくらい朝飯前よ」
「……い、行かないぞ、俺は行かないぞ」
 じり、と竜峡は眼差しで威圧しながら、みたらし餡を付けて月見団子を―― のどに詰まらせて茶をあおる。
 そんなところも可愛らしい、と幻朔に笑われて、反撃したくとも咽こむばかり。
 どうして竜峡がそこまで頑なななのか、吉野にはわからない。
 だって幻朔はふわふわで、いい匂いがする。
 もふもふされて、厭なことなんてないのに。
「月見酒はやめられねーな。っと、ババァ、この前持ってきた干し肉があったろ。アレを出しな!」
「何時の間に上げ膳据え膳のご身分になったのさ、この穀潰し。肴を運ぶ位は自分でおやり」
 こちとら、ゆっくり愛でていたいのサ。
 姥梅が返すと、蒼秘は舌打ち一つで――腰を上げるかと思えば、そうでもない。
 しばらくは、あるものでじっくり楽しむ考えに変えたようだ。
 酒も肴も時間だって、無尽蔵にあるわけではない。
 限られているから加減して、なんて常であれば考えもしないが、今日という夜はどこか大切に思えた。
 こうして改まって、人が集まり月を見るなんて、なかなか無いからかもしれない。
 一人で見る月と、気心の知れた相手と見る月と――それによって、酒の味が変わる?
 そんな、青臭いことを考えるわけではないが。
 焦るこたァない、そう思い直しただけだ。



 月が傾く頃には、いつの間にか子供たちは寝入っていて。
 風邪を引いてはいけないからと、奥の間に寝かしつけて。
 戻ってきた姥梅は、自身の酒瓶を持ち出している蒼秘の姿に呆れて肩を竦める。
「まだ飲む気かい」
「そういうババァこそ、干し肉もってきてるじゃねぇか」
「あらあら、うふふ」
 憎まれ口を叩きあう姥梅と蒼秘を眺め、幻朔が口元に手を当て微笑む。
「手ぶらでお邪魔しちゃって、申し訳ないわね……。知っていたなら、何か用意してきたのに」
「なァに、その気持ちだけで嬉しいサ。そうさね、次には何か、とびきりのものでもお願いしようか」

 次――明確にはしない、いつかの約束。
 頼りないものだけれど、きっとそれくらいでいい。
 程よい距離感に、幻朔は頷きを返す。

「お前さんとは、気が合いそうだしね」
「そう言っていただけると、嬉しいわね。小さくてかわいいものは、大好きよ」
「……なんで、そこで俺を見やがるんだ」
「あら、あなたの肝っ玉の話なんてしてないわよ、かわいいわけでもないし」
「聞いてねぇよ」
 ガタタ、――カンッ
 蒼秘が立ち上がったところで、その腰を姥梅が盆で叩いた。
「ババァっ、いま、角ッ……」
「静かにおし。まったく、のんびり酒も飲めないのかい、この生臭坊主」
「俺だけかよ……」
「あらあら、うふふ」
 対岸の火事であるかのように幻朔が笑う、姥梅がにっこりと笑い盆を幻朔へも構える。幻朔が両手を挙げた。
「物理的お話は…… そうね、またの機会にしましょうね」
「するのかよ」
「かわいい子たちが眠っている今は、もう、我慢しなくちゃ。大人なんだから」
 既に随分と、殴り合った気がしないでもないのだが。
 こちらもまた、『次』へと持ち越し。




 風の温度がやや下がり、堂の中まで吹き抜ける。
 月明かりは煌々と、静かに闇に降り注いで。
 子供たちの穏やかな寝息。
 大人たちの、密やかな話声。
 それらを包み込むように、淡い光を放っていた。




【破れ寺にて観る月は 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ic0817/ 姥梅    / 女 / 45歳 / 武僧】
【ic0969/ 竜峡    / 男 / 16歳 / サムライ】
【ic0942/ 染井吉野  / 女 / 10歳 / 泰拳士】
【ic0825/ 蒼秘    / 男 / 38歳 / 武僧】
【ic0455/文殊四郎 幻朔/ 女 / 26歳 / 泰拳士】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございました。
気心の知れたりこれから知っていったり、ほのぼの月見、お届けいたします。
普段の皆様の雰囲気を、出すことができていれば。
楽しんでいただけましたら幸いです。


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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年09月06日

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