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『たった一つのシューティグスター 』
櫟 千尋ja8564


 がたがたと、舗装のされていない車道をバスが走る。
 窓の外には長閑な田園風景が広がり、蝉の鳴き声が絶え間なく響く。
 各停留所で一人降り、二人降り。
 その度に、生ぬるい風が吹き込んでくる。
「田舎だね!!」
「田舎ですねー?」
 他意無く評する、藤咲千尋と櫟 諏訪の姿を、前の席の乗客たちがくすくす笑って見守っていた。


 夏の、この時期。
 終点の村で語り継がれている伝説がある。
 それを求めて訪れる若者たちは、村人たちにも微笑ましい風物詩であったのだ。

 ――日没から日付が変わるまでの間に、流れ星を見ることが出来たら願い事が叶う

 とある卒業生から、そんな言い伝えを聞いた時から、千尋とふたりで訪れたいと、諏訪はそう考えていた。




 過ぎ去るバスを背に、軽い荷物を手にした諏訪と千尋は、濃緑の山々に感嘆した。
 雄大な自然は、時に人から言葉を奪う。
「ん、ここが例の噂の村ですかー? お祭りも楽しみですねー?」
「お祖母ちゃん家もすごい田舎でねー、星が綺麗に見えたんだよー!! 流れ星、見えるといいね!!」
「今日は、いいお天気ですからねー」
 にっこり笑い、諏訪は空いている手で千尋の手をつなぐ。
「あわわわっ、う、うんっ、楽しみ!!」
 お付き合いを始めて、もうすぐ一年。
 それでも、ほんのちょっとしたことにドキドキしてしまう。
 そんな千尋を、諏訪はいつだって暖かく見守っていた。
「えーと、民宿は……こちらの方向ですねー?」
 くるり、諏訪の頭頂部でくるくる揺らめくあほ毛が行き先を示す。
「民宿って、初めてなの! どんな感じなのかなー!?」
「きっと、お祖母ちゃんのお家みたいだと思いますよー?」
 夏の祭りを楽しんで、それから流れ星を探して。
 事情は先方に話してあって、きっと遅くに寝て風呂と朝食を頂くだけの形になってしまうだろうけれど。
 繋いだ手から伝わるのは、ごく自然な千尋の体温。
(さすがに、初めての二人きりでの泊りがけには自分もドキドキしてるんですけどねー?)
 きっと、流れ星に夢中で千尋はそこまで気が回っていないのだろう。
 警戒されていない、というのも少し残念だけれど、意識しすぎて楽しめなくては本末転倒というもの。
 祖母の家での思い出話を続ける千尋へ相槌を打ちながら、心のどこかで少しだけ、諏訪は安心した。


 夏のこの時期だけ、空き部屋を旅人に貸し出しているという民宿は、想像通りの『田舎にある大きな家』だった。
 祭りの夜についても承知していて、非常に実用的な虫除けアイテム各種を貸してくれた。
 浴衣も、千尋と諏訪、それぞれを着付けてくれるという。
「はい、いってらっしゃい、美人さん!」
 老婆が、景気づけに千尋の背を叩く。
 玄関先では、既に諏訪が待っている。
「い、行ってくるね、おばあちゃん!!」
「気をつけるんだよ、ちゃんと帰っておいでよ」
 それほど心配しているでもない風に、老婆はカラカラと笑う。
 まるでずっと昔からの、馴染みのお婆ちゃんみたい。

 いってらっしゃい、いってきます。

 当たり前のやりとりが、なんだか千尋の胸を弾ませた。
「すわくん、お待たせ!!」
 元気よく飛び出すと、濃緑地に縞柄の浴衣姿の諏訪が笑顔で出迎えた。
「ん、千尋ちゃん浴衣似合っていて美人さんですよー?」
「あばばばあああうああ、あありがとありがと……。すわくんかっこいい、よ……」
 ストレートな感想に、ボシュッと千尋の顔から火が吹き出す。
 こくりと頷き、そのまま顔を上げられない。
 普段の結紐と髪飾りはそのままに、今日は髪型も珍しくお団子に――まとめてくれたのも、お婆ちゃんだった。
 さり気なく、遣手である。
 赤地に八重桜の浴衣、薄紅の帯に色を合わせた巾着。
 髪を上げたほうが、肌の白さに浴衣の柄も映えるさ。そう言って。
「おばあちゃん、すごいねー!!」
「すごい人でしたよー?」
 切り返しから、どうやら諏訪も何かしら仕込まれたらしい。
 宿で過ごす時間は最小限になってしまうだろうという考えが、ちょっとだけもったいなくなった。
 それもまた、田舎の醍醐味だろうか?




 笛や太鼓の音色に乗って、屋台から食べ物各種の匂い、人々の笑い声が流れてくる。
 夕暮れから宵闇への合間の時間帯。
 空気がグラデーションに染まり、それを地上から提灯が照らし出す。
 村の人だけではなくって、噂を楽しみにしている旅人たちが、自分たちと同じようにこの空間を楽しんでいた。
 狐や狸が紛れ込んでも、きっとわからない。それほどまでの、賑やかさ。


 カチコチと緊張している様子が、繋いだ手から伝わって、諏訪が表情を緩める。
(照れる千尋ちゃんもかわいいですねー?)
 だけど、このままじゃ。
「あ、金魚すくいがありますねー?」
 空気を変えようと、諏訪が先にある出店を指すと千尋はパッと顔を上げた。
 薄暗い足元に気をつけるよう、さり気なく諏訪が握る手を軽く引く。
 なれない草履にちょっとだけよろめいて、それから千尋も続いた。

 二人並んでしゃがみ込み、水槽の中を舞う金魚を虎視眈々と狙う。
「〜〜〜どれも、綺麗だね!!」
「ですねー。癒されますねー?」
 違った。見蕩れていた。
 裸電球に照らされて、ひらりひらりと泳ぐ姿は水槽丸ごと幻想的で。
 いつまでもこうしていられる、が、そろそろ足も痺れてきた。
 途切れた集中で試みる金魚すくいはなかなか手ごわく、ぱしゃんと水を跳ねかけられたり。
 満喫したところで、二人は赤い金魚を三匹だけ連れ帰ることにして、店主へ礼を告げて次の屋台へ。


 さて、次は…… と眺めていたところで、二人の足が同時に止まった。
 目に入った看板は、『射的』。
 インフィルトレイターの、血が騒ぐ。
「?? なんだか広いね??」
 広いというか、遠いというか…… 興味を持って歩み寄る千尋が、次の瞬間に口元を手で覆った。
「弓! 弓の射的だよ、すわくん!!」
「珍しいですねー?」
 これには、諏訪も驚いて目を見開く。てっきり、おもちゃの銃が並んでいるだろうと思ったら……
 いや、それもあるが、その奥……神社の境内へつながる側に、朱塗りの和弓があった。
 聞くと、経験者のみになるが、神社の破魔矢で吉凶を占うことができるのだそうだ。
(流れ星にも、お願いはしたいけど)
 どきん、と千尋の胸が鳴る。それから、隣の恋人をちらりと見上げた。
 いつもみんなに優しくて、にこにこしててすごいなーと尊敬していて。
 いつも、すごく大事にしてもらっていて。
 もらった気持ちはちゃんと気持ちで返したいけど、全然足りてないように思う毎日、で。
「すわくん、わたし、挑戦する!!」
(もっと強くなりたい)
 真っ直ぐに的を見つめる千尋の眼差しは、射手のそれだ。
 迷いなく、雑念を振り払い、目標だけをしっかりと捉える。
 この空気へは、諏訪にだって入り込むことはできない。

 ピン、 夜の空気が張り詰める。

 美しく弧を描き、破魔矢はストンと米俵の中心に突き刺さった。




 撃退士としての手腕だとか、そういったことは抜きにして。
 日頃の鍛錬は、もちろん積んでいるけれど。
 こういった場での『答え』は比べるものがないくらいに、嬉しい。
 はしゃぐ千尋へ、諏訪が熱々のたこ焼きを買ってきた。
「千尋ちゃん、かっこよかったですよー? はい、ご褒美に……」
「!!? す、すわくん、まさか、それは!!」
「『あ〜ん』」
 にっこり。
 諏訪の笑顔には逆らえない。
 熱々たこ焼きは猫舌の敵!! と固く目を瞑って、千尋は頬張る。
「はふはふ…… あふいよ〜〜〜!!」
 顔が熱いのは、たこ焼きのせいだろうか、照れからだろうか??
(かっこいいって!!)
 さりげなく言われた言葉を心の中で繰り返しては、ますます顔は熱くなる。
「すわくんにも! 『あーん』!!」
 千尋は背伸びをして、熱々のおすそ分け。
 熱くて、照れくさくて、しばらく二人で笑いあった。
 その頃には、変な緊張も千尋から抜けて、いつも通りの距離へと戻っていた。

「あっ、今度はアレにしよ! かき氷!!」
「挑戦的なメニューも揃ってますねー?」
 コーラミルク…… 誰か、頼む人はいるのだろうか。
 食べさせて、反応を見たいなと思う友人を数名、諏訪は思い浮かべる。
 それはさておき、二人は安全に、苺をセレクト。
「凄い色だねー!!」
 千尋は真っ赤に染まった舌を出して、無邪気に笑う。
「メロンやブルーハワイは、ちょっとしたホラーになりますよねー?」
 同じように、舌を見せて諏訪。




 お腹も満たされた頃には、月がゆっくりと昇っていた。
「神社の…… 後ろに山道があるということでしたねー?」
「あっ、すわくん、虫除けスプレー!!」
 千尋が巾着からスプレーを取り出す。
「お願い事が、『虫刺されが早く良くなりますように』になっちゃう!!」
 それは、困る。


「流れ星、きれいに見えますかねー?」
「他の星も、すっごく綺麗だね!!」
 ほぅ、とため息混じりに千尋が夜空を見上げる。
 月明かりを頼りに山道を進み、少し開けた場所に出て、そこで二人は腰を下ろした。
 別々の場所を見て、ひとりが流れ星を見逃したら悲しいから、一緒の空を見る。
 ぽつりぽつり、諏訪が星と星を繋いで星座の話を教えてくれる。
 二人きりで過ごすことは珍しくはないけれど、夜風にあたって聞こえる声は、なんだかいつもと違うみたい。
 お祭りの夜の高揚もあるのだろうか?

 どきどきソワソワしていた気持ちを、スッと銀色の軌跡が横切っていった。

「すわくん、見た?」
「千尋ちゃん、見えましたかー?」
 言葉が重なり、視線が重なり。
 それから二人は、体を折って笑った。

 見つけられた流れ星はひとつだけ。
 あとは、満天の星空からの光だけが降り注ぐ。
(千尋ちゃんとずっと幸せな毎日が送れますように、ですよー?)
 願わなくても叶っているけれど…… もし、もしもこの先、自分の力だけではどうしようもない波が訪れた時。
 それでも、繋いだ手を離さずにいられるよう…… 諏訪は祈る。
(すわくんと、ずっとにこにこしていられますように――)
 その為に、強くなろう。もっと、強くなろう。撃退士としてはもちろん、心の面も。
 願いの裏側に、千尋は自身の決意を忍ばせた。

「すわくん、いつもありがとうね!! 大好きだよ!!」
 星に祈らなくても伝えられること。
 正座をして向かい合って、千尋は言葉にする。
 その真っ直ぐさが、諏訪にとって何よりも変え難く、眩しい一つの星。
「これからもよろしくお願いしますねー?」
 膝を立てて、距離を縮めて。千尋の肩へ、腕を伸ばす。

 流れた星は、ひとつだけ。
 千尋へ、ひとつだけのキスが降る。




 小鳥が朝の訪れを告げる。
 寝不足顔の千尋を、老婆が笑い、風呂へと促す。
(だって、だって、夜通し起きてるつもりだったから、お泊りについてはあまり気にしてなかったんだもん……!!)
 並べて敷かれた布団、そっと手を繋いで諏訪は眠りに就いてしまったようだったけれど。けれど。けれど!!

「来年も、また来たいですねー」
「う、うん!!」
 おじいちゃんに、おばあちゃんに、すわくん。
 四人で食卓を囲む朝。
 お味噌汁が、いい香り。
 昨日のお祭りも、流れていった星も、夢のような、本当にあった出来事。
 これ以上多くは望まないけれど、こんな素敵な一日を、また味わえたらいいな。そう思う。


 大事にしたい、って、きっとこういうことなんだ。
 守りたいって、きっとこういうことなんだ。

 いつだって意識している無意識な宝物。
 大切な輝きは、それぞれの胸に。 



【たった一つのシューティグスター 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1215/ 櫟 諏訪 / 男 /19歳/ インフィルトレイター】
【ja8564/ 藤咲千尋 / 女 /17歳/ インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
夏祭りと流れ星、コメット級の糖度でお届けいたします。
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月09日

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