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『夏の終わりの向こう側〜裏 』
彪姫 千代jb0742


 立ち止まろうが、歩き進もうが、時は流れる。季節は巡る。否応にも変化は訪れる。
 永遠に続くような暑さは、一夜ごとに和らいでゆく。
 もうすぐ、夏が終わる。



●溢れかえる、一色の黒
 好き。大好き。
 一緒に居れるのが凄く嬉しい。
 名前を呼んでくれるのが凄く嬉しい。
 あの優しい笑顔で見てくれるのが好き。
 大きな手で頭を撫でてくれるのが好き。抱きついた時のあの優しい匂いが好き。
 好き。……大好き。

 降り注ぐ雨粒のように強い想いが溢れだしては流れて行く。止める方法がわからない。
 だけど。
 知ってしまった。見てしまった。知りたくなかった。見たくなかった。
 自分へ見せたことのない表情を、知らない誰かに向けているのを。
 突然、自分との間が見えないガラスで区切られたような気がして、動けなくなった。
 堰き止められても、気持ちは止まらない。
 純粋な感情は、得体のしれない黒くてドロドロとした何かに変わっていく。
 こんな気持ちは初めてで、どうすればいいのかわからない。

 誰にも言えない。
 知られたくない。
 苦しい。

 ……助けて…… 誰か助けて……
 父さん、助けて……




「千代?」
 夕飯の食材の買い出しに出向いていた強羅 龍仁は、夕立に顔をしかめながら見慣れた姿に驚いて、その名を呼ぶ。
 彪姫 千代……だとは思うのだが、龍仁のよく知る彼らしくない。
 野性味を帯びた銀の瞳は光を喪い、傘もささずに雨に打たれて喜ぶでなくボンヤリと立ち尽くしている。
 そもそも、ここは学園から離れていて、『通りがかり』で居るような場所ではない。
(俺の家を知って……る、わけもないよな)
 明らかに様子がおかしい。
「千代!!」
 語気を強めても、反応なし―― 他人の空似とするには、見間違えようのない半裸である。
「来い」
 強引にその手首を引き、龍仁は自宅へ向かう。
 いくら元気が売りの少年だろうが、雨に打たれて放置では風邪を引いてしまう。
 放っておける龍仁でもない。
 それでもまだ、千代はただボンヤリと、覇気のない状態だった。
「……とうさん」
 人形のように生気のない千代の口から、ただ一言が零れ落ちた。


 龍仁は、持ち家に息子と二人で生活している。
 運よく――というべきか、今日は息子は外泊していた。
「風邪を引くぞ。とりあえずは風呂だな」
 反応が無いなら、ひとまず割り切るしかない。
 落ち着いてから話を聞こう。
 龍仁は、ぐいぐいと千代をバスルームへ引っ張ってゆく。
「夕飯、作っておくから。しっかりあったまれよ」




 熱いシャワーが頭の上から降りそそぐ。
 水に濡れて、寒くて、
 そこに、熱いお湯、
 狭い狭いバスルーム、憶えがある。

『千代に会ってからは、初めて尽くしかもな』

 明るい笑い声、めちゃくちゃに髪を洗う指先の強さ。
(俺も……父さん、初めてだぞ…………)
 咽かえるような蒸気が室内を包み込む。
 苦しい。
 苦しくて、苦しくて、涙が出る。

『よくできました』

 眩しい笑顔が、今は見えない。
 どうすれば楽になるのか、出口が見えない。
「……たすけて」
 吐きだせなかった四文字が、掠れた声で音になる。

「千代!? 大丈夫か!!!?」

 冷えて閉ざされた扉を開けたのは、思い浮かべる父ではなかった。




「とりあえず、食え! そうしたら、全部聞いてやる」
 ドライヤーで念入りに髪を乾かしてやりながら、ぐったりとした千代へ龍仁は言葉を掛けた。
 腹が減っては、良くない方に考えが行きがちになる。
(夕立と一緒に、千代のモヤモヤも晴れればいい。……晴れた後には虹がかかるからな)
 外ではまだ、雨粒が激しく路面を叩きつけていた。
(……雨)
 あの日も、雨が降っていたな。ふと、龍仁は思い出す。
(二度とも、か……。雨男のつもりはないが…… 向こうか?)
 千代が『父さん』と呼ぶ、赤毛の男を思い出す。
 赤毛の男の元を訊ねた日のことを思い出す。
「置いて行かれる身の気持ち……か」
 今、あの男は恐らく一人で戦っていて、自分たちは助けることができない。
 無事を祈るのが精いっぱいで。
 千代の心が不安定になるのも、あいつが居ないせいだろう。
 あれがホイホイと窮地に立たなければ―― などと、言ったところで仕方がない。
 向こうにも生活がある。
 『父さん』千代は彼をそう呼ぶが、二人の間に血縁が無いことは深く事情を知らない龍仁も把握していた。


 食欲をそそる手料理を前にして、微かに千代の瞳に光が戻った。
 身体は正直なものだ。
 ひとくち、ふたくち―― 手を付けるうちに、箸がどんどん進む。
 その様子に、ようやく龍仁は安堵の溜息をついた。
 食べる元気があれば、大丈夫だろう。
「……どうして、あそこにいたんだ?」
 食後に熱い日本茶を淹れながら、龍仁が落ち着いた声音で問う。
 満腹になった千代は、きょろきょろとリビングを見回している――どうやら、ここが何処なのか解っていないようだ。
「俺の家だ、安心しろ。近所のスーパーの軒先で、濡れ鼠になっていたから驚いて連れてきたんだ。その前のことは、憶えていないか?」
「お、おー……」
 ようやく焦点が定まったようだ。
 両手で湯呑を受け取り、ふぅっと息を吹きかけてから、千代はゆっくりと飲む。
「父さん…… 笑ってたんだぞ」
「うん?」
「俺、あんな顔……知らなかった…… あんな風に、誰かと、話……」
「まあ、顔が広いからなあ」
 学園卒業生のその男は、神出鬼没に学園へ現れては、その度に誰かしらに囲まれている印象だ。
「父さんが何処か遠くに行ってしまう気がして……そんなこと無いってわかってるけど…… 俺、なんか変なんだぞ。病気なんだぞ……」
 そうして千代は、クッションを抱いて、ソファに丸くなってしまう。
「父さんに心配掛けたく無いから言えない…… 俺じゃない見たいで怖い……」
「千代、それは……」
(可愛い所もあるじゃないか)
 子供らしい感情、独占欲だ。
 何より自分が一番で居たいと子が思う、それは自然な感情だろう。
(……親、か)
 千代の、実の両親について―― 疑問に思わないでもなかったが、今は聞き手専門でいる方が、千代にとってもいいだろう。
 千代と『父さん』についても経緯を知らない以上、迂闊な発言をしないことを選ぶ。
「父さんに言えないんなら、俺ならどうだ?」
「……たつひとに?」
「信じろ。父さんには言わんよ」
 うぐ、真正面から見つめられて、千代は一瞬だけ言葉を呑む。
「俺、……父さんが好きなんだぞ」
「うん」
「好き……大好き……。一緒に居れるのが凄く嬉しい。でも、父さんを好きだって思えば思うほど胸の奥が痛くて苦しくて……でも、父さんが好きで……」
「……そうか」
「どんどん俺の中で黒いドロドロ気持ちの悪いのが心に溜まってきて…… こんなの、見られたくないんだぞ……」
「でも、好きなんだな」
 こくり。無言で頷きが返る。
「俺も鷹政が好きだが、それはどうだ?」
「お、おー……?」
「知らない人が、鷹政に笑いかけていることに驚いたようだが。俺と鷹政が二人きりだったら、どうだ?」
「母さんと父さんは…… ふーふだから」
「そうだな、夫婦    ……違うな?」
「違うのか?」
 問い返されて、龍仁が唸る。しまった、千代の思考回路はこうだった。
 何故か自分を『母さん』と呼ぶ。それは、母親として慕うというよりは、やはり鷹政ありきの関係なのだろうと思う。
(……俺と鷹政の関係?)
 まさかのドツボにはまる。
「夫婦はさておいて……俺にも、少しは解るぞ。鷹政は、お前を置いて行ったりなんかしない」
 やや間をおいてから、龍仁は千代の髪へ手を伸ばした。幼子へするように、優しく撫でてやる。
 『父さん』『母さん』親愛の情をこめて、千代はそう呼ぶ。
 父さんへの親愛の情は、やや激しいようにも思うが…… 『父さん』も、半端な気持ちでその情を受け止めてるわけではないことは、解る。
 パワフルな千代の全身での愛情表現を、いつも真正面から受け止め、そして笑っているのだから。
 中途半端に突き放すようなことはしない男だ。

『発狂した強羅さん、面白かったからさ。またなんかあったら俺のとこ来てよ』

 中途半端に、誰かと接することはしないと――交わした言葉を思い出して、そう信じる。
(いや……これは)
 もしかして。
(あいつ、誰にでもそういう言葉を掛けるのか?)
 まさかのドツボ二つ目。
 優しさを裏返せば八方美人。
 誰にでも気のあるような言葉を掛けて、その気にさせて、そんなつもりはございませんでした――
(だったら、結婚詐欺には遭わないか)
 あの事件はむしろ、誰にでも心を開きすぎ故の災害だった。
 だから。
 だから、信じられるのだと思う。
「ちゃんと、帰ってくるよ。息子のお前が信じてやらないでどうする」
「……おー?」
 龍仁の言葉に、千代は目を大きく見開いた。
「帰ってきたら、真っ先に出迎えてやれ。きっと喜ぶ」
「俺……こんなに、ドロドロな気持なのにか?」
「まだ、ドロドロしてるか?」
 本音を、本人には吐きだせない思いを、洗いざらい龍仁へぶつけて。
 ドロドロな、黒い、厭な気持も全て言葉にして夕立に流して――
 ふるふると、千代は首を横に振る。
「じゃあ、大丈夫だな」
 ニカリ、龍仁は笑い、千代の肩を叩いた。
「そうだ、寝室だが――」
 立ち上がり、準備をしようとしたところで……
 安心しきった千代は、そのまま電池切れで眠りに落ちた。


 あどけないその寝顔に、龍仁の胸が暖まる。
 愛おしく、微笑ましい。そう、感じる。
「『男子三日会わざれば刮目して見よ』だな……」
 成長期の男子を軽々と抱き上げ寝室へ運びながら、龍仁は小さく呟いた。
 さて、こんな『息子』の姿を見られなかった『父親』へ、どう勿体ぶって教えてやろうか。
 龍仁は、意地悪なことを考えてみる。


 いつの間にか、夕立は上がっていた。
 もうすぐ、夏が終わる。
 季節が、変わる。




【夏の終わりの向こう側〜裏 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8161/ 強羅 龍仁 / 男 /29歳/ アストラルヴァンガード】
【jb0742/ 彪姫 千代 / 男 /16歳/ ナイトウォーカー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
う、裏側、お届けいたします。
冒頭部分を、それぞれに差し替え・調整しております。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月12日

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