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『一夜限りの出会い 』
天谷悠里ja0115


 ――二〇一三年、夏。
 天谷悠里は夏休みということもあって、実家に帰省していた。
「悠里ちゃんも随分立派になったもんだねえ」
 撃退士という存在は、まだまだ世間ではヒーローと同義語のことが多い。
 天魔を屠ることのできる、特殊能力『アウル』の持ち主――。
 その撃退士を育成するための機関である久遠ヶ原学園はリベラルな校風ゆえ、いろいろな生徒が所属している。最近でははぐれ天魔の生徒としての受け入れも順調に進み、一層混沌とした雰囲気を醸し出しているのだが……そんな内情まで知っているのは生徒くらいのものであろう。
 元々ひょんなことからアウル能力を手に入れてしまった悠里としては、そんな光景が面白くも興味深くもあって、でも生来の引っ込み思案が会話をするにはなかなか至れないという感じである。それでも学園で過ごす生活はいつも面白くて、そんな話を家族に話したりするのだった。
「それでも、悠里が学園に馴染んでいるようでよかったよ」
 両親にはそんなことを茶化されたりする。
 もともと普通の家庭の普通の女の子だった悠里なのだから、撃退士という特殊な環境になれることができるかどうか――というのは親の懸念でもあった。
「そういえば、今年もおばあちゃんの家に行くのか?」
 父親が尋ねてくる。父方の田舎は、悠里の好きな場所でもあった。
「うん」
 無邪気に悠里は笑う。そう、そこで何が起きるかなんて、想像していなかった。


 田舎で祖父母は悠里を歓迎してくれた。
 久遠ヶ原に通うことになり、一人暮らしをしている悠里にとって、やはり年老いた家族のことは気にならないわけもなく。
「悠里ちゃん、よくきたね。もうすぐ夏祭りの時期だしねぇ、羽根を伸ばして楽しんでいくといいよ」
 撃退士という立場にあっても元気な孫娘を見て安心したのだろう、以前よりも朗らかそうに見える笑みを浮かべながら、祖母が言う。久遠ヶ原に編入して二年ほど。ここまでに大きな天魔事件もあったというが、悠里が元気なのは祖母にしてみればとてもありがたいことなのだ。
 この夏祭りは、悠里が毎年楽しみにしている祭だった。田舎町の小さな夏祭りだけれど、悠里にしてみればその雑多な雰囲気がむしろ好みであった。
「浴衣は去年のでいいかい? 気に入っていただろう」
「うん、ありがとう」
 悠里はニッコリと微笑む。
 祖母の仕立ててくれた、ごく淡い水色に朝顔の柄の浴衣は黒髪黒目の悠里によく似合う。それもあって、大好きな浴衣だ。やや童顔もあって少し幼く見えるけれど、花の大学生、おしゃれを楽しみたい年頃でもある。それでも伝統的な朝顔柄は、変にモダンな柄よりもよく似合うのを、彼女自身がわかっていた。


 そして、祭りの日。
 祖母に手伝ってもらいながらそれを着付け、祭りの会場となっている広場へと出かける。赤い鼻緒の草履も、彼女のお気に入りだ。
(今年もわたあめは食べるでしょ、それからりんご飴に……)
 色気より食い気という感じだが、のんびりと楽しむならそういうならやはり色々食べ歩くのも面白い。
 ――と。
 目の前で何やら悩んだ様子でいる男性を目にした。後ろ姿からわかるけれど、決して背の高い人物でない。やや白髪交じりの頭に添えるようにつけた狐の面が少し滑稽にもうつるが、それにしても何かあったのだろうか? 妙に気になって、思わず悠里は問いかける。
「どうかしたんですか?」
 すると、男性は少しホッとしたような声でこう返してきた。
「いや、ちょいと道に迷ってしまってな。なあになんとかなるだろうとは思うが……何しろ久しぶりで」
 そう言いながらくるりと振り向いた男性――いや、老人と言っていいだろう――は、ははっと笑った。角ばったメガネが特徴的だ。どこかで見たような笑顔の持ち主だったが、あいにく悠里はすぐに思い出せないでいる。
「……ところでお嬢さんはこれから祭りに行くのかね」
 矍鑠とした――そんな言葉がよく似合う老人だ。しかしどこか若々しく、そしてきりりと着こなした様は粋という言葉の似合う人物である。
 その隙のない動きに悠里は思わず一瞬見とれてしまったが、相手は初対面の老人、むしろどうして見とれてしまったのかと考えてしまった。その狼狽えぶりが顔にでもでていたのだろうか、老人はまた呵呵と笑う。
「愛らしいお嬢さんじゃないか。もしよければ儂も祭りに向かうところだが、道中ご一緒しないかね」
 そう言って茶目っ気のある笑顔を向ける。
「なにぶんさっきも言ったとおり久々でな、ご覧の有様だ。お嬢さんがいると何かと助かるんだがね?」
「私でいいんですか?」
 見ず知らずの人に声をかけられたら気をつけろと子どもの頃に教わった。そのうち困っている人がいたら声をかけるようにしましょうと教わった。
 けれどどちらが正しいのかしら?
 そんな詮無いことを思い出しながら、悠里は思わずくすりと笑みを漏らす。
「構いませんよ。ただ私もここが地元ではないから、案内が上手かどうかわからないですけどね?」
「なあに構わんさ。すべての道はどこかに通じているはずだろう?」
 豪胆な笑いを浮かべながら、老人はそっと悠里の手をとった。


「おじいさんはどちらからきたんですか?」
 悠里は思わず尋ねてみた。老人はわずかに片方の眉を上げて、
「む? ……うーむ。遠いところ、だな」
「それじゃあ説明になってませんよ」
 曖昧な返し方をするものだから、悠里は思わずくすくすと笑ってしまう。そして、お返しとばかりに自分がどこから来たか言う。
「私は――茨城から。久遠ヶ原に通っているんです」
 日本で茨城の久遠ヶ原といえば、撃退士養成機関の久遠ヶ原学園を指すとわかるだろう。
「ほう。お嬢さん、見かけによらずすごいな」
「いえいえ。まだまだです」
 老人に手放しで褒められて、嬉しいと同時に照れてしまった。
「まだまだひよっこで、わからないことも多くて。……そうですね、正直見た目通りのただの女子大生ですよ」
 そんなことを言っているうちに、祭りの会場へはあっという間だった。
「ありがとうよ。折角だし、菓子のひとつくらいは礼をしないとな」
 例を言いながら、老人はまた笑う。
「いえいえ。ただできることをしただけですし」
 むしろこれくらいでおごってもらうなんて申し訳ない、と悠里は慌てて首を横に振る。それでも何か、と言われて――
 ふと目に止まったのは、可愛らしい飴細工。
 あまりに可愛らしくて食べるのももったいないので、普段は手を出すこともない品だ。
「……それなら、あの飴細工を」
 悠里はそっと飴細工の屋台を指さした。老人は笑って、その中の一つを買い、そして悠里に手渡してくれる。
 それは、白いうさぎの飴細工。
「わぁ……、どうして一番欲しかったのが分かったんですか?」
 悠里は大きく目を見開いてそれを受け取ると、深く礼をした。
「若いお嬢さんのことなら――ってね。それじゃあお嬢さん、お元気で」
 老人は、後頭部につけていた狐面を顔にはめた。
「え、あ……はい。お爺さんも、お元気で」
「――お爺さん、か。うん、お嬢さん。ありがとうよ」
 狐の面をつけた滑稽な姿のまま、老人は手を振る。そして彼は、祭りばやしの向こうへと姿を消したのだった。


「ただいま!」
 夕闇の色がだいぶん濃くなってから、悠里は祖父母のもとへと帰宅した。
「おやおや、今日は随分と機嫌がいいねえ。祭りは楽しかったかい?」
 元気な声で帰宅を告げた孫娘を、老夫婦は笑顔で迎える。
「うん、親切なお爺さんと会ってね。道案内したら、飴細工をもらっちゃった」
 そう言いながら、悠里は老人との出来事を話す。はじめのうちは楽しそうに聞いていた祖父母だったが、その老人が角ばったメガネを掛けた白髪交じりの男性――と告げると、祖父の顔からすっと血の気が引いた。
「……まさか」
 祖母はそんな祖父の言葉に、首をそっと横にふる。
「あなた、今はお盆ですから。お面をつけていたというのなら、もしかしたら本当にそうなのかもしれないですよ」
 そうたしなめられるように言われた祖父は、うーむと唸った。
「……? どうしたの?」
 不思議そうにそのやりとりを見つめる悠里を、祖父はそっと手招きする。
「悠里、ちょっとこっち来い」
 呼ばれて連れて行かれたのは仏間だった。悠里はよくわからないままに、祖父に何かをつきつけられる。
「……お前が見たのは、この人じゃないかい?」
 そう言われて見たのは、随分古ぼけた写真だった。しかしその中にいたのは、角ばった黒縁メガネをかけた男性――
「……さっきのお爺さん? え、でもどういう……?」
 悠里は混乱してしまった。だって、その写真はどう見てもセピア色、というか白黒写真だったから。それも、かなりの年月を経た写真だ。
「これは、死んだ俺のおやじだよ、悠里」
「え?」
 素っ頓狂な声を思わず上げる。もしそうだとすれば、先ほどの老人は幽霊で、しかも曽祖父ということになるではないか。
「この辺りでは、時々あるのよ。亡くなった人が、夏祭りにこっそり遊びに来るってよく言われててね」
 祖母が解説するように言葉を加えた。
「そうか。おやじ、悠里に会いたかったんだな」
 生きて会うことのかなわなかったひ孫を一目見ようとこっそり現れた――どうやらそういうことらしい。見覚えがあるような気がしたのは、以前に仏間にあった若いころの曽祖父の写真をぼんやりと覚えていたからだろう。
「おやじは明治生まれの、典型的に頑固なクソオヤジだったけどなあ……ひ孫には甘いんだな」
 くくっと、祖父が笑みをこぼす。それを見て、先ほどの老人と何処か笑顔が重なり、ああそうなのだなと悠里も妙に納得した。
「ねえおじいちゃん、もしよかったら教えて。おじいちゃんって、どういう人だったか」
 悠里は笑う。自分の知らない自分のルーツを垣間見ることが出来て、思わず笑顔が浮かんでいた。
「よし、今日はじいちゃんがたっぷり話してやるとするか」
 そう笑う祖父も、どこか嬉しそうだった。


 ――盆には、死んだ人が還ってくると言うよ。
 その人たちは優しくあたたかく、子孫を見守るのだというよ――




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ja0115/ 天谷悠里 / 女性 / 大学部二年 / アストラルヴァンガード】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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このたびはご発注ありがとうございました。
亡き曽祖父との一瞬の邂逅。
優しい時間を書きとどめたいと、そんな思いで書かせていただきました。
お気にめしてくださるとありがたいです。
なお、ご家族の特徴などは特に指定ありませんでしたので、そのあたりはアドリブですが……いかがでしょうか。
それでは重ねて、ありがとうございました。
流星の夏ノベル -
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エリュシオン
2013年09月17日

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