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『並行宇宙に浮かぶ星 』
七種 戒ja1267


 出会った時のインパクト。
 言葉を交わした時のインパクト。
 チカチカと星が爆ぜるようなインパクト。
 事実は小説より奇なり、なんて言葉は最近知った。
 すれ違って、噛み合わなくて、わからないことも多いけれど
 手を延ばせば、そこに居る。触れられる。
 同じ世界に居るのだということに、安堵する。



●並行宇宙の反転 
 ふわふわとしたそれを、口元へ運び女が笑う。
 それはとても幸せそうな表情で。
 家族のような彼女の、そんな表情を眺めながら、ランベルセの胸に一人の少女がふわりと浮かぶ。
(あれも、このような顔をするのだろうか)
 いつだって人の生を全力で謳歌しているような少女だから、それはそれは幸せそうな顔をするに違いない。
(見たい、な)
 七種 戒の反応を想像し、ランベルセの口元が知らず緩んだ。



●並行宇宙の蒼
 うだるような暑さ。
 溶けるような暑さ。
 もういっそ、溶けて茹で上がって天へ昇ったならひんやりできるだろうかと、血迷うような暑さ。
「あー…… 死んでも良いな」
 いやその前にやり残したことがひとつ、ふたつ、あつい。
 教室で、戒は蒼い瞳を閉じて不毛な夢を描いては暑さにやられていた。
 机に突っ伏し、両腕を前方へ投げ出す。
 ぷらり、垂れ下がる手首に時折当たる風が気持ちいい。唯一の癒し。

「探した、行くぞ」

 更なる涼を求めた先を、不意に掴まれた。――誰、そう思ったのも一瞬。
 この態度、声は。

 


「ランゼ」
 ランベルセ、を戒はそう呼ぶ。
 名前を間違って覚えられていることを訂正するでなく、ランベルセは淡々と。
 黒翼の堕天使は、太陽色の瞳で戒を見下ろしていた。ひんやりとした手で、彼女の手首を捕まえて。
「予定があるか? ないなら行くぞ」
「あ? 行くって何処にだね」
 遊ぶ約束、していたろうか?
 いや、していない。
「どこへ? どこへでも。――飛ぶか?」
 飛んでいるのは、彼の言葉だ。発想だ。繋がらないったら。
「私は動きたく ええい人の話を聞け!?」
 強気な、傲慢とも取れるランベルセの笑みは何処までも涼やかで、抗う気力も奪う。
「……もうなんでもいいから、はよ行くよろし」
 ぱさり、戒は長い黒髪を背へ流す。
「冗談、今日は潜る。地下街だ」
 地下。
 嗚呼、それは確かに涼しそうだ。
 やかましく照り付ける太陽から逃げるように潜り込むのは良いかも知れない。
「デートだ。暑かったから思い付いた、さっき」
 いい加減に思えるランベルセの言葉に、ツッコミを入れる気力もないまま戒は並んで歩き始めた。
 デート。その言葉の意味を深く考えるランベルセでもなければ、ランベルセから発せられるその言葉の意味を重くとらえる戒でもなかった。


 空調の利いた地下街へ降りると、戒の機嫌もいくらか和らぐ。
 道すがらにすれ違う、真夏の天使――カワイコちゃんたちに目を奪われては、繋いだ手を強く引かれる。
「……っ」
 加減を間違えたか、数度目の時に戒は目を見開き、ランベルセを見上げる。
「嫌か?」
 カチリ、視線が合う。
「……手? 好きにしてくれ、もう」
 驚いただけ。
 暑くてだるくて、受け答えも面倒なだけ。
 おざなりな戒の言葉に気を悪くするでなく、ランベルセは手を握り直した。
 恋愛関係に発展するでも、厚い友情に至るでもない、不思議な距離感を保ち始めてどれくらいか。
 他者から見てどう、などとどうでもいい、独特な関係だった。

「おまえの手、好きだ。二番目に」

 ――一番は瞳。我が蒼。
 そう含みのある言葉を掛けても―― 流されるのも、慣れている。
 なかなかに、少女漫画とかいう資料通りにはいかない女。
 それもまた、面白い。




 地下街を歩き回り、辿りついたのは蒼を基調とした小洒落たカフェ。
 どこかの系列店ということはなく、こぢんまりとした佇まいは何処かの絵本から飛び出したよう。
 学生は夏休みとはいえ平日の真昼間。先客は少ない。
「へえ、ランゼがこんなとこ知ってるなんてな」
「紅茶のフラッペを二つ」
 通された席へ腰を下ろし、戒は物珍しくキョロキョロと店内を見渡す。
 一方で、既にオーダーを決めていたランベルセは短く店員へ伝える。
「紅茶のフラッペ! ランゼが! なんかほっといたら水だけで延々過ごしてそうなランゼが!?」
「うるさいぞ、子供か」
「んぐ」
 涙目で爆笑する戒の唇へ、ランベルセは無造作に手を伸ばして摘まむ。
 アヒルのようになったそれに一笑し、直ぐに離してやる。
「先日来て、……それで今日、連れて来ようと思った」
 暑かったから。
 喜ぶだろうと思って。
「……ああ、前に食べたことあるんか」
 まあ、フラッペも戻れば水になる。
 眼前の男にはお似合いなのか?
 いや、それでも種類はいくらでもあるだろうに、紅茶とは。
 ひとしきり笑い、落ち着いたところでもう一つの疑問が戒の中に沸いた。

「誰に連れてきて貰ったんだね?」
「忘れた。おまえの事しか考えてなかった」

 笑う。
 真正面から、蒼い瞳をじっと見つめて。
 少女漫画ならば、おそらくは大ゴマを使ってのキメのシーン。
 しかし、そんなセオリーは戒には通用しない。
「ここのウェイトレスさんの制服、清楚で絶妙よな」


 紅茶のシロップにバニラアイスをトッピングされたフラッペは、程なくして二人の元へやってきた。
 香り高く、甘さ控えめ。
 涼しげなデザインのグラスに品よく納まっている。
 夜店で食べるカキ氷とは一線を画していた。
 感心しながら、幸せそうに戒は味わう。
 その姿に、ランベルセは満足そうに切れ長の目を細めた。
「食べろ」
 冷たいのはいいが、甘いものはこんなには要らない―― ランベルセはスプーンの先にアイスを乗せて、戒へ差し出す。
「は? まぁいいけどもだな……」
 自分が食べたくて連れてきたわけではないのか……?
 ランベルセが、戎にとって理解に苦しむ行動を取ること自体は珍しくない。
 考える分だけ、アイスが溶ける。
 てらいなく、戒はアイスを頬張り――

「まあ、こうなりますよね…… ぐおおお……」
「そうなるのか」
「ちくしょう、その口いっぱいに氷を突っ込んでやろうか……!」
 頭キーンに蹲る戒を淡々と眺めるものだから、可愛さ余って憎さ百倍である。
 どこかすっぽ抜けたこの弟分へ、どんな愉快なことを擦り込んでやろうか……!
 痛む頭を押さえて、戒は呻いた。

 フラッペは、とても美味しかった。




 食べ終えて一息つくと、二人は再び地上へと戻った。
「ん? もう帰るのか」
 てっきり、まだまだ連れ回されるかと思っていた戒が、首を傾げてランベルセを見上げる。
 陽は傾いたとはいえ、まだ明るい。
 一番暑い時間帯を地下で過ごせたのは幸いだった。
「送る」
 それを答えに、堕天使は少女の手をとる。ごく自然な動作で。
「明るいから別に一人で帰れるけども?」
「嫌か?」
「まぁ、ついてくるなら止めはせんが」
 ドキン、とかするべき場面なのだろうが、戒にとってランベルセに対してはそういった思考回路が切れている。
 清々しいほどの、恋愛対象外。
 暑い夏の夕暮れ、それでも手を繋いで歩くことは厭じゃない。
 言葉少なに、もう少しだけ一緒に歩こうか。


「忘れ物だ」
 別れ際、くいと強く手を引かれる。
「?」
 とん、戒の頬がランベルセの胸に当たる。一瞬、心臓の音が大きく耳に響いた。

「キスしてくれ。……デートだったろう?」

 至近距離で、視線が交差する。
 若干の、沈黙。

「え、これデートだったん? 誰だそんなこと教えたヤツはおもしr げふんけしからん!」

 からの、爆笑。
「はっはっは、強請るようじゃまだまだイケメンの道は遠――」
 笑い飛ばす戒の唇は、ランベルセに取られた自身の手の甲にふさがれる。――その指先に、ランベルセはキスをする。
 さらりとした銀の髪が、戒の鼻先をくすぐった。
「回りくどいのは難しいな」
 意地悪い笑みとともに、押し付けられた柔らかな唇は指先から離れた。
「そういうのは…… いや、教えるのは止めとくか。面白いし」
 最後は小声で、戒はプイと顔を逸らす。


「また誘う」
「カワイコちゃんの居る店情報、よろしゅうな」
 噛み合うような、噛み合わないような、会話も考えも平行線。
 いつものやり取り、いつもの別れ。
 瞳と同じ色の空へ、ランベルセは黒い翼を広げていった。

 すれ違って、噛み合わなくて、わからないことも多いけれど、楽しいと感じることは共有しているのだろう。
 だから、一緒にいる。
 
(さて、次は……)

 何をしようか、何処へ行こうか。
 背を向け合ってそれぞれの道を歩きながら、同じことを考えていることを二人は知らない。




【並行宇宙に浮かぶ星 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja1267/ 七種 戒 / 女 /18歳/ インフィルトレイター】
【jb3553/ ランベルセ/ 男 /25歳/ 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました!
真夏のフラッペデート、お届けいたします。
そこはかとなく、少女漫画度増し増し仕様で。
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月17日

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