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『響く音、祭りの温 』
炎海(ib8284)


 小規模ながら、賑わいを見せる夏祭り。
 楽しむ人々、呼び込みの声、食べ物の香りに独特の熱気。
 何処からとなく楽が響いてくる。
 宵闇を押し上げるような屋台の明るさが目に優しい。
「見て、炎海さん。あっちの屋台、何かな? あ、待って。ここ、覗きたい」
 手を伸ばせば届く距離で、修羅の子・朧車 輪は目を輝かせてはしゃいでいる。
「……」
 こんな人混みの中、小柄な少女を弾むままに歩かせ、手の届く距離に居ながら炎海はうんざりした表情を隠そうともしない。
「炎海さん」
 何かの夜の夢のように、雑踏の中、自身を呼ぶ声だけがふわりと浮いて聞こえた。




 時は、少々遡る。


 祭りの日。
 昼間から、準備だなんだと周辺が騒がしい。
 が、蛇竜の獣人は我関せずといった風に古家の二階で寛いでいた。
 風の通りがよく、外にいるより幾分か涼しい。
 祭りだなんだと振り回されることなくのんびり過ごすのだと……ここから、道を行き交う人の姿を眺めようと、そう考えていた時のことであった。

 ――ぱた、 ぱたぱたぱた

 軽い体重の足音が、階下から響く。
 炎海の眉が、神経質にピクリと動いた。
「炎海さん。お祭り楽しそうだよ。一緒に行こう」
「断る」
 振り返るまでもない。
 ヒョコリと顔を覗かせたのは、輪。
 どれだけ邪険に扱おうとも、諦めることなく何が楽しいのか己に付きまとう目障りな鬼。
「行こう」
「行かんと言っ…… 服を引っ張るな!」
 だって、こっちを向いてくれないんだもの。
 少女は、毒気のない笑顔で炎海の服の裾を引く。
 どこで用意したのか、自分で着付けができたのか、輪は珍しく浴衣姿。橙色の布地に、紫陽花がちらりちらりと踊っている。
「行こう?」
 三度目の誘いに、断りの声は上がらなかった。




 そして今。
 先ほどまで遠巻きにしていたはずの喧騒の中に、炎海は居た。


 夜の訪れとともに花火が打ちあがり、食べ物や見世物の屋台に人々が列を作る。
 規模が小さいからこそ、人の入りが多く感じられる。
 多少は気温が下がったといえ、夏の夜は蒸し暑い。そこにきて、この人の波。
 じっとりと噴き出る汗が肌に張り付く。
 人の子は嫌いじゃない、しかしそれとこれとは別である。
 涼やかな風の通る我が家の二階が恋しい。
「去年の夏も、炎海さんと一緒にお祭りに来たね」
 下手をすれば通りすがりに蹴り飛ばされそうな小柄な輪は、気温など気にしない風に祭りを楽しんでいる。
「忘れたな」
「私は、憶えてるよ。あの時は色んな人とも出会えたし、炎海さんに綿飴も買って貰えたもの」
「さてな」
 遠い花火を見上げながら嬉しそうに語る輪へ、炎海はあくまで興味なさげに返した。
 嘆息と共に、白銀の長髪を額からかき上げる。
 この子供が、早いこと祭りに飽きてくれればいいと考えていたが、一向にその気配はない。
(去年、か)
 輪に言われるまでもない、炎海とて憶えている。
 依頼の帰り道でギルドへ届けるはずの簪を持ったまま輪は夏祭りへ消えてき、おかげで探す羽目になった。
(……考えてみれば)
 この一年半を思い返す。
(私は、この餓鬼に振り回されていたばかりだったような……)
 自身も獣人でありながら、炎海は故あって亜人種を嫌う。亜人種と、ただそれだけで嫌う。
 その態度から、炎海と距離を置こうとするものもあろう。
 だのに。

『炎海さん』

 輪は、離れることをしなかった。
 何故、そこまで自分へ執着するのかはわからない、しかし共に過ごす時間は増えていた。
 その事実は、少なからず炎海の心に石を投じ、波紋を広げた。



●祭りの温
「――……」
 ふ、と炎海が物思いに耽ったのは僅か一瞬のこと。
 我に返ると、輪の姿が無い。
 ざわり、胸中に広がる波紋が大きくなる。厭な音を立ててさざめく。
 顎を、一筋の汗が伝う。
 周囲を見回すが、この人混みだ。小さな輪の姿を見つけることは適わない。
 宵闇の中にあって目立つ、橙色の浴衣姿が見当たらない。
「輪」
(何処へ)
 自身の心を誤魔化すように、名を呼んでから舌打ちを一つ。
 見えない。
 手が届かない。
 何処へ――



●響く音
 押し黙った炎海が、さて何を考えているのか。
 ちらりと見上げ、気難しそうな表情に輪はそっと微笑する。
(いつも邪険にされてばかりいるけど、炎海さんは本当は優しい人)
 恩人の手掛かりを掴めるのではないか――行動を共にするきっかけはそんな考えだったけれど、一年半という時間を共に過ごして、見えてきたことは幾つかある。
 気まぐれのように覗かせる優しさ。
 時おり、炎海の瞳に浮かぶ悲しみの色を輪は知っている。
 何か、自分にできる事があればいいのに―― そう思っても、手が届かないもどかしさ。
 信じて、傍にいる。できることは、それだけ。
「わあ、大きな花火」
 一段と大きな花が夜空に咲いて、輪は足を止めた。
 散ってゆく火花の欠片をゆっくりと目で追って、その下に……

「輪」

 遠く呼び声が響いて、輪は振り向いた。




 人の波に押され、いつの間にか離れていた炎海の、服の裾を輪が引っ張る。
「あっちに金魚掬いがあったよ」
 いつもと変わらない、無邪気な笑顔で炎海を見上げる。
 いつもなら、その小さな手はすぐさま振り払われるだろうに、それはなかった。
 短い沈黙、炎海が輪を見詰める。
 赤い瞳が、真っ直ぐに炎海へ向けられていた。
「行こう、炎海さん?」
「……そうだな」
 珍しい表情を見せるものだから、輪は小首を傾げる。
 炎海から、ああやって呼ばれるのもどこか珍しい。
 けれど、それはこの人混みだからで……
(やっぱり、炎海さんは優しい人)
 迷子になったのかと、心配したのだろう。
 何だかんだと言いながら、その手を延ばすことはしないのに、根の部分で払いきることはしない人。
 先ほどに比べ、ぐっと言葉数が減ってしまった炎海を不思議に思いながらも、共に過ごす祭りの夜を、輪は大切に過ごしたいと思った。


 金魚に逃げられてしまったり、型抜きが上手くできなかったり、業を煮やした炎海が手伝ったり。
 楽に合わせて踊り子たちへ輪が飛び込んだ時には、炎海は盛大な呆れ顔を見せた。
 そうしている間に、祭りの間中ポンポンと上がっていた花火も静まり、終わりの時間がやってきた。
「結局、最後までか」
 炎海がぽそりと呟く。
 輪が飽きるか、適当に促して切り上げるつもりだったのに。
「楽しかったね」
 おっとりのんびり。普段から隙だらけに見える輪は、興味のあるものに対しては活動的であった。
 振り回されるだけ、こちらが消耗する――わかっていたはずなのに。
 ケロリとした笑顔で見上げられ、炎海の胸にむず痒いものがこみ上げる。
「帰るぞ、輪」
「うん」
 手を繋ぐでも、髪に触れるでもない。
 けれど並んで、二人は歩く。
 それぞれが眠る場所への、分かれ道まで。



●震える温度
 家へ戻り、戸を閉めて。背を預け、炎海は震える自身の手を見詰めた。
(まさか)
 まさかと思う。
 祭りの波で、輪を、あの鬼を、見失ったときに感じた『焦り』。
 当たり前のように名を呼ばれ、見上げられた時の『安堵』。
 それは、己の内から湧き上がる――懐かしく暖かな感情と、恐怖だった。
 どれだけ冷たく接しても、包み込むような輪の笑顔に、いつの間にか馴染んでしまっていた。
 家族のような、情を抱き始めていたのだと…… 目を背けていた変化を、突きつけられた。
 炎海の背を、冷たいものが走る。
 家族。大切な。大切な友人。
 喪った記憶もまた、彼の心には深く根ざしていて。根ざしているから。大切な存在を作れない。
(離れ、なければ)
 早く。
 あの、無邪気な笑顔から。柔らかなひだまりのような声から。小さな、手から。


 もう一度、喪ってしまうその前に。



●刻まれる響き
 花火の音に、楽のリズム。
 わくわくとした祭りの空気は、終わって尚、輪の心を躍らせる。
(来年もこうして、一緒に夏祭りに行けるといいなあ……)
 輪。
 最後まで、そう呼んでくれた。
 機嫌が悪くなると、名前で呼ぶことを避けるとを知っている。
(途中で様子がおかしくなったみたいだけど……。きっと、炎海さんも、楽しんでくれた)
 輪は空に浮かぶ真ん丸の月を見上げ、ふんわりと心に浮かぶ幸せを抱きしめて、嬉しそうに微笑んだ。



 ひらり、ひらり。
 橙色の浴衣が宵闇に舞う。
 それは、誰に刻まれた記憶か。




【響く音、祭りの温 了】


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ib7875/ 朧車 輪 / 女 /13歳/砂迅騎】
【ib8284/  炎海 / 男 /45歳/ 陰陽師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
とても繊細なお二人の関係、描けていればと思います。
互いの心の動きを対照的に表現できれば、と考えまして今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年09月18日

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