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『ふたりでひとつの星を 』
森田 霙ja9981


 ふたり、同じ姓になって迎える初めての夏。
 近くで夏祭りがあると聞いて、大きな打ち上げ花火があるのだと聞いて、顔を見合わせる。
 確認は不要、準備ができたら出かけよう。

「直也さん、まだですの?」
 普段は降ろしていることの多い、淡青の髪をポニーテールに結った森田 霙が、夫である森田直也へ呼びかけた。
「!? 女の支度って、もっと時間かかるもんじゃねえのか!?」
「日頃の本気ですの」
 髪よりいくらか薄い色味の浴衣、丈は眩しくちょっと短めを着こなし、霙は本気を見せつける。
「くっ、俺だって!」
 青地に黒の縞の入った浴衣の着付けを終えて、直也も出て来る。
 スタート時点から肌蹴ているが……まあ、合格ライン。
 霙は背伸びをし、襟元を少し正してあげて、銀の瞳を細めた。
「それでは、行きましょうか」
「おう」
 夫婦、という響きも照れ臭い。
 改めてのデート、というのもどこかくすぐったい。
 それでも今日は。

 時に素直になり切れないこともあるけれど、手を繋いで歩き始める。




 ど派手な花火を満喫するなら場所取りが重要!
 近隣の地図を、まるで宝のそれのように手にしては眺め、直也は絶好のポイントへと向かう。
「この会場なら、河原が間違いねえな」
 河原ならどこでもいいというわけではない。
 遠すぎず近すぎず、首を痛めずに楽しめる――
「直也さん」
 作戦を立て、瞳をキラキラさせる直也の浴衣の袖を、霙がクイと引いた。
「あちらに、出店がありますの」
「あー、商店街のか」
 花火大会スタートには、まだ時間がある。
 慌てて出発したせいで、少し腹も減ったかな?
「行ってみるか」
「祭りには火遊びがつきもの、激辛な挑戦メニューがあると信じてるの」
 それは…… どうだろう。
 嬉しそうに直也の手を引いて、霙は賑やかな商店街へと飛び込んだ。


 商店街主催、というだけあって、肉屋や八百屋が本気を出した出店が並ぶ。
 たこ焼き、焼きそばの定番はもちろん、揚げたてコロッケや自家製フランクフルトなど。
 いい匂いが空腹を刺激する。
 二人で分け合うことを考えて、少しの量を、たくさんの種類買い込んで。
 テーブルが並ぶ広場で飲み物も買って小休憩。
「霙、こっちもすげえ美味い…… なにを かけている」
「マイデスソースですが? 野菜の風味が引き立つの」
 可愛らしい巾着に、まさかの。いや、らしいというべきか。
 霙は辛い物が好きで、普段から唐辛子を齧っていることもあるから不思議ではない。
「……一口、俺も貰っていいか?」
 辛みの効いた焼きそば。
 夏の暑さを吹き飛ばすのに、ちょっと魅力的な響き。

 数秒後、直也は絶叫することになるのだが、それもまた予定調和。


「お。霙、ちょっと待ってな」
 小腹を満たして、落ち着いて食べ物以外の店を回り始める。
 射的小屋の前で、直也が足を止めた。
「好きなの当ててやるよ。どれがいい?」
 ぬいぐるみや子供向けの玩具、ちょっとした日用雑貨などが棚に並ぶ。
 おもちゃの銃を手に、直也は少年のような無邪気な笑顔で。
「それじゃあ……」
 霙が指差す傍から器用に撃ち落としていく。
 自分で言うだけあって、なかなかの腕前だ。
 うさぎ、うさぎ、ねこ、ねこ。
 大きさ、触り心地それぞれのぬいぐるみ。
「今度は私の番なの」
 大きなうさぎを抱きしめて、霙は紐籤に挑戦。
「……」
「…………」
 ねこ。
「直也さん、任せるの。うちの子いっぱいですの……」
 総勢5つのぬいぐるみを抱きかかえることになり、直也は微苦笑した。
 抱えきれない分は、浴衣の袷へ。
「直也さん、ここのかき氷激辛味がありますの!」
「まさか!? ほんとだ……。って、待てって!!」
 ぐいぐいと引っ張られ、取りこぼしそうになる戦利品に慌てながら直也は霙の後を追う。




 ポン、

 遠く夜空に、花火が上がった。
「ってオイ! 花火始まってるじゃねえか!」
 パシャン、
 見上げた瞬間に金魚に逃げられる。
 完全に、出店を満喫してしまっていた。
 そうだ、花火を見に、絶好スポットへ向かう途中だったのだ。
「直也さんが遅いのが行けないんですの!」
 霙が頬を膨らませる。
 今から向かって…… 間に合うだろうか?
 ここからでは、小さくしか花火は見れない。
「行ってみようぜ。諦めんのは好きじゃねえ」
 直也は自身の頬をペチッと叩き、気持ちを切り替える。
 ここで罵り合いにはならないから、霙も遠慮なく本心を伝えられる。
 今度は、直也が霙の手を引っ張って。
 二人は、花火を目指して河原へと向かった。
 遠く頭上では、絶え間なく花火が夜空を彩り続けていた。


 走るうちに、少しずつ花火が近づいてくる。
 音が、光が、色が……
 パラパラと降る夜空の花の名残を追って、首が痛い。
「もう少しだ」
 適度なところで妥協するのも選択肢だったけれど、直也は霙に、一番いい花火を見せたかった。
 馴れない草履で足先が痛くなり始めていたけれど、直也の気持ちが伝わるから、霙もついていく。
「ほら、ここ――」
 視界が開ける、周辺にも観客が詰めているけれど、その頭上から十分なパノラマで打ち上げられる花火が広がる。
「……!!!」
 滝のように。
 花のように。
 時には豪快で、時には繊細に、光を放ち、弾け、消えてゆく。体の奥にまで響くような音が遅れてついてくる。
 痛みも、疲れも、すべて吹き飛ぶ光景に、二人はただただ魅入った。


「直也さんが忘れていたのがいけないの……」
 派手だったはずだ。
 二人が到着した頃には、ファイナルのスパートだったのだ。
「……祭りを堪能しすぎたな。ま、少し見れただけでも良いか」
 ぽり、気まずそうに直也は頬をかく。
 わずか数分、それでもクライマックスを目にできたのはラッキーだろうと思う、けれど。
 落ち込む霙の背を、元気付けるように直也が叩く。
 祭りは終わったと、人々が三三五五に帰ってゆく中、どうしても諦めきれないで駄々をこねる子供のように霙はその場に立ち尽くす。
 それ以上は掛ける言葉が見当たらず、直也は霙を誘い、河原の斜面へ腰を下ろした。

「無理、させちまったよな。足、大丈夫か?」
「直也さんこそ」
「ちょっと待ってろ」
 直也は、川の水にタオルを浸し、霙の足先を冷やしてやる。
「涼しくもなるよな」
「……」
 ふて腐れる自分へ、呆れるでもなく接してくれる直也へ、こんな時にどういう顔をすればいいのか。
 年にそぐわず少年めいた一面を持つ彼は、案外に手先が器用で気も回る。
 自分を『宝』と、そう呼んでくれる。
(今が…… 夜で、良かったの)
 うっかり赤らめた顔も、きっとわからないから。
 無言を肯定ととらえた直也は、そのまま再び霙の隣へおさまった。




 やがて静寂が訪れ、虫の音が響くようになるまで、二人は星明かりに照らされる川面を眺めていた。
 手持無沙汰にうさぎのぬいぐるみを抱きかかえ、手先を動かして遊びながら、ふと直也は空を見上げる。
 色とりどりの花が咲き終え、名残の煙も散り切った空…… そこに広がるのは、自然の輝きを放つ星々。
「見ろよ霙、星も綺麗なもんだぜ?」
「確かに綺麗ですの……」
 直也は、そっと霙の肩へ腕を回し、優しく抱き寄せる。
「あ、流れた」
「ひとつ、ふたつ…… 流星群ですの」
 花火に満足して帰っていたなら、きっと気づくことのなかった自然の奇跡。
 霙は銀色の瞳を震わせて魅入った。彼女の輝きこそ、まるで一対の星のよう。
 飽きることなく流れ続ける星の軌跡を眺め、やがて寄り添う二人の体温が溶けあう頃。
「ここにも…… 星、見っけ」
 霙を抱き寄せる直也の手に力が籠められる。
 星が降るような、不意打ちのキス。
「この、バカさん……」
 軽く触れた唇が離れ、霙は精いっぱいの憎まれ口を……けれど、その先は続けられなかった。
 身体を支えようと手を当てた直也の胸から、弾けそうな心臓の音が伝わったから。
「……本当に」
「言うなよ」
「楽しい、お祭りでしたの。花火も、流れ星も」
「そうだな」
 笑い合い、そしてもう一度、二人は唇を重ねた。



 恥ずかしがるように夜空の星が一滴、流れては消えていった。




【ふたりでひとつの星を 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb0002/ 森田直也 / 男 /22歳/ 阿修羅】
【ja9981/ 森田 霙 / 女 /14歳/ ダアト】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼、ありがとうございました。
初々しいご夫婦の、夏祭りデートをお届けいたします。
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月19日

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