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『凍てついた想いを解かす、魔法の言葉 』
御空 誓jb6197


――届かなかった。

 いつだって脳裏を過ぎるのは、あの日のこと。
 目の前に広がる鮮血の海。平凡で当たり前の日常が壊れた最初の日。

 何かを、為せてきたのだろうか。何かを、護れてきたのだろうか。
 今もただ、逃げているだけなのではないだろうか。そう、剣を振るうことで逃げてきた。

 思う度に、忘れられない胸の痛みがちくりと刺す。



 何処までも澄み渡るような深い藍色を湛えた夜空に、同じ色を映す宵の海。
 昼間の喧噪は程遠く、夜の静寂は何処か切なくて。潮騒だけが静かな夜の空気を揺らしていた。


「っと……」
 御空 誓はサンダルですっかりと冷たくなった砂浜を踏みしめる。
 夜の潮風は思うよりも冷たくて、上着を羽織ればよかったかなと少し考えたけれど、何だか面倒臭かったからそのまま歩を進めていた。
 時刻は午後11時半。誰も居ないと思っていたら、視線の先に人影がひとつ。
「あ、誓ちゃんもまだ起きてたんだね」
 誓の足音に気付き、振り向いた風早花音が穏やかな笑みを浮かべた。静かな夜風に淡い栗色の毛が踊って、月光を受けてふわりと揺れる。
「ああ、なんか寝付けなくてな」
「私も同じようなもの……かな。ううん、こんなにも、お月様が綺麗なんだもの。寝るのが勿体ないだけかもしれないね」
 そう言って、花音は再び夜空を仰ぐ。
「お昼楽しかったねぇ」
 ふたりは、友人達とともに海に程近いホテルへとやってきた。
 昼は一通り定番の遊びで過ごしてあっという間に迎えた夕暮れ。
 ホテルでも何だかんだ騒いだ火照りがまだ体を抜けきらなくて、少しだけ寂しさを感じる。
「そうだな……ダイオウグソクムシさえなければ。ていうか、花音は昔っからそういうの好きだけど、何がいいのか全くわかんねぇ……」
「だって、グソクたん可愛いもん」
「理由になってねぇぞ、おい……」
 けろりと当たり前のように言う花音に、思わず呆れ誓も夜空を見上げた。
 深い藍色と同じ色を湛えた海。ひとりぼっちで浮かぶ月が水面に同じように映って、ゆらゆらと揺れていた。
 言葉も無く静かな夜。呼吸の音さえ聞こえてきそうな程に透き通る宵の空。
 こんな静かな夜には、どうしても過去のことを思いだしてしまう。
「あの頃は、楽しかったなぁ……。って思うようになっちゃったらいけない気がするけど、どうしてもそう思っちゃうんだ」
 視線は夜空を見たまま、呟くような花音の声は潮騒と絡み合って消えていく。

 幼馴染みという関係は、ずっと変わらないと思っていた。
 春には一緒に進級して、夏には沢山冒険をした。秋には枯れ葉の間をはしゃぎ回って、冬は寒いのも気にせず雪遊びをして一緒に風邪をひいたっけ。
 ふざけあって、一緒に夢を見て。喧嘩をしたこともあったけれど、暫くしたら同じようなタイミングで謝って。
 互いが隣にいるのが当たり前だって思っていたし、何を考えているのかさえ解っているつもりだった。
 ずっと、隣に居られることを。ずっと、笑い合えることを、明日が来るのと同じくらいに当たり前のことだと信じ込んでいた。

――けれど、今はこんなにも遠い。

 考えるだけ、寂しくなるだけなのに。
 でも、戻れないかって今でも信じている。信じていたかった。

「ねえ……まだ、あの事を気にしているの?」
 花音は勇気を振り絞って告げてみた。
 今まではなんとなく誓を傷付けてしまいそうで聞けなかった言葉。
 暫くの静寂の後。花音の予想通りに誓は背中を向けて俯いてしまった。
「忘れられる、わけねぇだろ」
 ぽつり、と。ともすれば簡単に消えてしまいそうな弱々しい誓の声。

 まだ、天魔や撃退士という存在が遠いものだって思っていたあの頃。
 1年前、ゴールデンウィークが明けた最初の日だった。
 通学途中に遭遇したのは、はぐれサーバント。
 最初は何か解らなかった。理解してからも、恐怖で足は地面に縫い付けられたように動けなくて――。
 そうして、目の前で花音が襲われて始めて手に入れたのがアウルの力。
「…………結局、さ。俺は自分が助かりたかっただけなんだよ」
 もしも、何か変えられていたら。あの時何か出来ていたのなら。
 何度も何度も胸の中で反響して、突き刺し続けたのはそんな想いだった。

 真っ白な天井と、真っ白な壁。無機質な電子音だけが響く静かな病室。
 白いベッドで横たわる花音は、まるで目覚めぬ童話の姫のよう。

 自分はアウル能力に目覚め、花音は昏睡状態。
 久遠ヶ原に入学した自分は。ただ、我武者羅に訓練と任務の日々を繰り返して、剣を振るっていた。
 アウルは何も出来なかった自分の罪の形。
 そうして、何も考えないようにしていた。
 誰かを救うという理由を付けて無茶をして、戦うことで許されようとしていた。
 悲鳴を上げる心なんて知らない、聞こえないふりをして。
 そうして過ごした一年間。花音が目覚めるまで。目覚めてからも振るう蒼空の剣は何処か贖罪の哀しい色をしていた。

「それでいいんだよ。誓ちゃんは生きてて、わたしも生きてる。それだけでいいよ」
「違……っ だって、俺のせいで花音は一年も意識不明で、留年して……おまけに撃退士なんて危険なこと、させちまって……全部、俺のせいだ」
 生きてるだけでいいなんて、そんなことは無いのに。
 想いの強さだけ、思わず強くなる誓の口調。熱していく想いを冷ますには夏の夜風は弱い。
 そんな誓の背中に、花音は抱き着いて。
「ねぇ、誓ちゃん。誓ちゃんはどんな世界を見てきたの? どんな物を感じてきたのかな?」
 けれど、花音の口調は柔らかく、優しい。まるで幼子に言い聞かせるかのようなぬくもりを織り込んだ響き。その音は夜風にのって、そっと消えてゆく。
「わたしは、それを知らない。誓ちゃんから見たら、久遠ヶ原に入学したばかりの私は頼りなく見えるのかもしれないね?」
 埋められない時間。変えられない過去。どう頑張ったって、戻らない昨日。
 くすんだ記憶だって、大切な想い出の一頁。それを涙で終わらせたくなんか、ない。
「けど、わたしはもう子どもじゃない。戦える……ううん。願えるの」
 太陽みたいな笑顔が好きだった。いつも、ひだまりのように暖かかった愛しい日常。戻らない過去だって、あの時みたいに笑い合えたら。そう願える。
 だからね、せめて。
「……ねぇ、泣いても、いいんだよ? 大丈夫、月以外に誰も見て居ないから」
 暫く、無言だった。誓も泣くこともなく、頷くこともなく淡々と時間が流れてゆく。
 背中に抱き着くような花音からは誓の表情は見えず、月もただ静かに見守っているだけで何も教えてはくれない。
 そうして、流れてゆく時間。
 不安そうに誓を抱く花音の腕に、少しだけ力が籠もる。
「わたしはね、誓ちゃんのことが好き。好きだから、そんな笑顔を護りたくて撃退士になったの。誓ちゃんのせいなんかじゃない。――これは、わたしが選んだ道だから」
 先程よりは、やや弱かった声も次第に強くなっていく。
 それすらも答えない誓。花音は、思い切ってパッと離して誓の目の前へと回り込む。
 いつの間にか随分と伸びていた幼馴染みの身長。
 躊躇いは無かった。背を伸ばして誓の唇に、花音の唇が触れる。誓の瞳が見開かれる。
 そうして呆然としている誓に、花音は決意を込めて言う。
「わたしが危ないって誓ちゃんが思うなら、誓ちゃんがわたしを護ればいい……そうでしょう?」
 それでも黙り続ける誓。けれど、今度は、恥ずかしさで何も言えなかった。

 空は深い藍色を湛えていた。
 同じ色を浮かべた海に揺れていたのは夜空にひとりぼっちで浮かぶ白い月。
 潮騒だけが響く静かな夜。月だけが見守る夜更け。

 ひとつだけ、星が流れていった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【jb5890 / 風早花音 / 女 / 16 / ダアト】
【jb6197 / 御空 誓 / 男 / 17 / ルインズブレイド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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お待たせしてしまい申し訳ございません!
心情をたっぷりと込めて描いてみましたが、如何でしょうか?
何かありましたら、遠慮無く言ってください。

この度はご発注有難う御座いました!
流星の夏ノベル -
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エリュシオン
2013年09月24日

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