『夏色 』

一条常盤（ja8160）

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　夕暮れ時になると秋の訪れを肌で感じる。
　熱気を含んだ風は、どこかひんやりとし、頬を撫でていく。
　そっと瞼を落とせば、色鮮やかに思い出せる夏の思い出――
　私はこの色を鮮明にここに焼き付けた……。

　長くも短くもある夏休みがあけると学園は進級試験モードに入る。最初から、落第を心に熱く決めて居るもの。華麗なる土下座を練習するもの。主席を目指して更に尽力するもの。
　一条常盤も一学生である以上、落第することなく進級を目指す。しかし、彼女の場合は不正を働く者への粛正も捨ておけないのだが――

「……っと」
　かすかにひんやりと感じるようになった風が、高い位置で一つに結い上げた常盤の髪を舞い上げ、腕の中に抱えた教科書の端を捲る。風に遊ばれ露わになった額を隠すように髪を抑え本を抱え直し、常盤は中庭を突っ切って図書室を目指していた。
「――　……ん」
　日向はまだ熱い。日陰を狙って歩いていると隣にした特別教棟は調理室の裏手だったようだ。ふわりと風に乗ってカレーの香りが漂ってくる。すんっとその香りに鼻を鳴らすとお腹が空いていなくても何となく食べたくなるとか、カレー不思議すぎる。
　そして、ふと思い出す。
（カレーの香りで思い出すというのも……）
　普通に考えれば何の関連性もない二つだ。けれど、脳裏に浮かんだのは、今年の七夕での出来事。
　学園の特別授業で、迎え火の手伝いをした。そのときのことだ。

●
　粛々と準備が整っていく中、これでもかというほどきっちり安全面を確保し、無事にこの行事を終えられることが一番だと思った。
　常盤自身に近しい人を亡くした経験はない。けれども、この場をともにした仲間たちには、思いを馳せるものたちが居る。その場を整え、例え一方的な自己満足であったとしても故人との対話を十分に行って欲しい。
　火をつけた葦からあがる細く長い煙は、空高くゆらりゆらりと上っていき本当に天まで届いてくれる気がする。
　そうであって欲しいと切に願う――

　柔らかな笛の音。バイオリンの音、それぞれが言葉の代わりに用いた調べは満天の星空に吸い込まれていった。
　目を閉じれば今もなおその様子は鮮明に思い起こすことが出来る。
「――　……」
　小さな篝火に照らされてそんな仲間達を確認するようにゆっくりと見回したあと、常盤はそっと空を仰いだ。
（任務をともにした人、刃を交えた相手の最期を目の当たりにしてきた）
　そして、静かに双眸を伏せ……
（救いたいと願いながら救えなかった人も居る）
　自然と、身体の横に降ろした手は拳を作った。ぎゅっと握る手に力を込めて誓う。
（この手で抱えるものを守れるくらい強くなろう――）

　今はただ……そんな全ての人たちが安らかであるようにと祈る。

●
（そのあとカレーパーティーになったのですよね）
　ふふっと常盤はそのとき様子を思い出しくつくつと笑いをこぼした。

「……あれ」
　テスト期間だ。図書館などは生徒で溢れていると思った。時間帯が良かったのだろうか、人気がまるでなく使いたい放題だ。
　数冊の参考書を本棚から拝借してきた常盤は、読書スペースとワークスペースにと並べてある机の一角に腰を落ち着ける。
　机に広げられたのは『諦めるにはまだ早い！　これで完璧！　英語問題百選』『ゴロで覚える英単語』『幼児教材：歌って楽しい♪　ＡＢＣ』三冊目は必要ない気がする。
　パラパラとページをめくれば溢れるアルファベット。日本語を完全にマスターしろというのだってそれなりに難題なはず。それなのに、異国語まで学べとはどういう了見だ。
　常盤は深い溜息と共に絶望感に溢れて、思わず幼児教材に手を伸ばす。

「えーびーしーでぃー……♪」
　誰にも届かないような小さな声で歌いながら、特に見咎めるものもいない。常盤は椅子を斜めに傾けた。窓の方を振り仰げば、昼下がりの青空が伺える。
「良い天気です」
（勉強をしているより、ぼっくん（木刀）を振り回している方が有意義な気がします）
　思わずそう辿り着いてしまう思考に、ぶんぶんっと頭を振った。いつでも実直な常盤本人と同じように、その勢いは強く椅子ががたがたっと大きく鳴ってバランスを崩す。
「わわっ」
　視界に蛍光灯と窓枠が交互に入る。倒れると怪我しないまでも流石に痛い。反射的に身を翻そうとしたところで揺れは止まった。
「大丈夫ですか？」
　くすくすと微かな笑い声と共に、椅子の背を支えたのは、久遠ヶ原学園外国語教師：常盤楓だ。
「――　……」
　常盤は無言で大きく二度瞬きする。
「本当に大丈夫ですか？」
　見上げてくる常盤の視線に、楓は今度は心配そうに眉を寄せて首を傾げ、支えていた腕に力を込めて椅子を元の位置に戻す。それを追いかけるように常盤の長い髪が揺れた。

●
　ことんと棚に本を納める心地良い音が拾い館内に響く。
「先生は、夏休みどう過ごしましたか？」
　教材に使った資料を返却しに来ていたらしい楓の作業を手伝いつつ、常盤は話しかける。本棚に本を滑り込ませながら楓は、そうですねぇとわずかに思案した後
「大変有意義だったと思いますよ？　海にも行きましたし、露天も楽しみました」
　学園島からは出ていませんが……と、付け加えたところに多忙さを感じる。
「一条さんは……」
　当然返ってくる質問を口にする前に、常盤のポケットが震えた。音は消しておいたが急なことがあってはと電源は落としていなかったのだ。
「すみません」
　短く詫びて、スマホを取り出す。届いていたのはメールで急ぐものではなかった。
「おや、二人ともお綺麗ですね。どこかのお祭りですか？」
　話の腰を折ってしまったことを改めて詫びようとすると先に話を降ったのは楓だ。ちょうど壁紙にしていたのは、この夏、先輩と一緒に行った……
「花火大会です」
　綺麗といわれたことに僅かに頬を染め視線を画面に映して微笑む。
　これも、この夏楽しかった思い出の一つだ。
「凄く楽しかったんですよ。凄く綺麗で」
　そう語る常盤の表情を見れば、その時間が如何に充実し、如何に満たされた時間であったのか見てきたように伝わってくる。

　目を閉じればまだ瞼の裏に焼きついているように感じる夜の花。
　学園での毎日は、楽しいことも多いが決してそればかりではない。夜空に美しく咲き儚く散っていく花火は刹那的な美しさだが、そういった日頃のもやもやをかき消してくれた。
「そのあと二人ですいかを食べたんですよ。それで、先輩にすいかの種の飛ばし方を教えてあげて、ですね……」
　にこにことそのときのことを鮮明に思い起こし種飛ばしを教授した行を熱弁、口をつきだしたところで常盤はハッとした。そして、小さく咳払いし……
「……ちゃんと、ゴミ箱に入れました」
　ふわりと赤くなる顔を隠すように、そう締めくくって首肯した常盤に楓はくすくすと微笑む。

●
「夏休み充実していたのですね」
「はい。色々な思い出ができました」
　にこりと満面の笑みを取り戻し、元気に答えたあと、常盤の表情は不意に陰る。
「どうかしましたか？」
　かけられる言葉に、常盤は「あーぃえ……」と遅疑逡巡したあと眉を寄せたままの笑みを浮かべ
「楽しいことたくさんだったので、今は何となく祭りの後の静けさ的な感じで、少し切ないなと……」
「なるほど、たくさん楽しんだ後は感傷的にもなりますね」
　楓は最後の一冊を本棚にしまって、元のワークスペースの方へと足を向ける。それを追いかけるように、常盤も並んで歩きながら続ける。
「これからもこの学び舎で、多くの出来事が待ってますよね。もっと楽しいことも……」
　続けるはずだった、辛いことも……という言葉は飲み込んだ。
「また、これからもひとつひとつの思い出を大切に出来たら良いなと思います」
　そういいきった常盤の横顔は、窓から差し込む陽光に照らされてとても綺麗だ。
　その笑顔に返すように楓も瞳をゆるりと細める。
　たまゆらの時、落ちる沈黙。僅かに開いた窓の隙間から吹き込んでくる風が二人の間を抜けていく。
　そして、ゆっくりと延ばされた腕に、ある特定の感情の元、常盤は反射的に身構える。
　指先は……

　――　こつり☆

　机上を弾いた。
「……え」
「お手伝いありがとうございました。お返しに私もお手伝いしますよ」
　実に間の抜けた表情をしてしまった気がする。常盤は、机上と笑顔の楓を交互に見た。
「ふふっ、貴女の楽しい思い出に加えていただけるか分かりませんが……」
　いって楓は常盤の為に椅子を引き、どうぞと促す。楓の浮かべる笑顔は実に柔和なものだが、厳しさにも定評のある教師だ。
　だが――
「ありがとうございます！　もちろん楽しい思い出のトップランナーですよ、ぶっちぎります！」
　確定したも同然
「それでは、始めましょうか」
　いつの間に持ってきていたのか、楓の開いた本にはアルファベットしか並んでいなかった。
「先生、これ」
「――何か？」
「ヨ　ロ　シ　ク　お願い　シ　マ　ス」


　華々しくも儚く美しい思い出、優しい色彩で彩られた夏。
　私の夏色――
　そして、これから始まる秋色が、どんな色になるのか……
　今から楽しみです、まる。


【夏色：終】



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ja8160　／　一条常盤　／　女　／　ルインズブレイド】
【jz0106　／　常盤　楓　／　男　／　外国語教師】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご依頼ありがとうございます！　汐井サラサです。
お待たせしました。楽しかった夏の思い出を振り返りつつ常盤先生とお喋り……楽しんでいただけると嬉しいです。
なんというか、秋は微妙な色になりそうですね。
少しでも常盤さんらしさ、が出ていると嬉しいなと思います。

流星の夏ノベル

汐井サラサ

エリュシオン

2013年09月24日