▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『愛の末、君を待つ 』
ジャミール・ライル(ic0451)


 風鈴の音が、涼しげに店の軒先を飾る。夏で灼けつく地面へ濃い影を落とす。
 可愛らしく着飾った婦女子たちが、或いは婦女子を伴った男性が、或いは親子連れが、店内を賑わす。
 ひとり、飲み物だけで時間を潰している者は、きっと相手を待っているのだろう。

 暑い夏に、冷たい甘味で涼をとる。

 通りから、建物の内側へ作られた小さな庭へと吹き抜ける風が、これまた気持ちよく、ついつい客たちを長居させていた。
 最近話題の、というよりは、固定客が贔屓にしている、そんな店。
 古めかしい作りも、丁寧に修繕を重ねてきているとしてる、優しい佇まいだった。




 ぽつねんと、二人用の席に座り続けているのは神室 時人である。
 甘味処といえば、どうしたって女性客が多い。
 恋仲であろう男女とか、小さな娘にせがまれた若い父親の姿もちらりほらりとあるが、圧倒的に年頃の女性客が多い。
 給仕も女性である。
 恋仲の女性がいるでなし、せがむ娘がいるでなし、一人で座り続けるには時人にとって非常に非常に肩身が狭い。
 頬杖をつき、重々しい表情で向かいの空席を見つめていた。
(まだかな、ジャミール君……)
 待ち合わせ相手は、ジャミール・ライル。
 定住地を持たない、軽やかなジプシーの青年。
 裕福な家で生まれ育った時人とは好対照だが、それが功を奏したか良い友人関係を築いていた。
 とある一件で迷惑を掛けてしまい、お詫びという名目で『何か奢ろう』と約束をしていたのだが、そこで紹介されたのがこの店である。


「仲良くしてる女の子に教えてもらった和菓子屋があるんだけど、どうよ? 一人で行くのもつまんねぇしー」
 彼は、まばゆい笑顔でそう言った。
 時人も甘味は好きだし、女性との交流について思い悩んでの凶行 違う 迷惑を掛けたことを思えば、一挙両得というものだ。
(ジャミール君と一緒ならば心強いしね)
 約束より随分と早くから到着し、席を取っているほどに、楽しみにしていたのだ。
 人の好い笑顔が、勢い余ってにやけ顔になる程度には。
 そうして、時人は待った。じっと待った。ひたすら待った。


 が、しかし。
 待てど暮らせどジャミールは来ない。どういうことだろう。
 茶だけで場を濁すのも辛くなってきたところだ。
 追加注文する際の、給仕の視線が辛い。
 一人で来店して、時人と同じように長時間滞在している女性客も幾らかいるようだが、心なしかチラチラと視線を受けているような気がして辛い。
 視線は感じても、どう受け答えしていいのか解らないからだ。
 声を掛けて良いものか。無礼なのか。声を掛けたとして、どのように発展させればいいのか…… 解らない。
 そんな状況を打破したく、得手としているジャミールに助言をもらえれば、とも考えている。
 しかし。ジャミールは来ない。
「……ジャミール君、遅いな。もしかして何か事件に巻き込まれたのでは……」
 約束を反故にするような人ではないと信じている。
 時間にルーズ、という度も越えているように思う(時人基準)。
 そうなると、悪い方向へ悪い方向へと思考が傾いてしまう。
 彼が荒事を好まない事は知っている、しかし世の中には巻き込まれるという言葉もあるのだ。
 居ても立っても居られなくなり、席を立って店内をうろうろと歩き回る。
 そうすることで、友人が少しでも早く到着するわけではないのだが……

 ちりん

 涼やかな風鈴と、それから衣装を飾る金属の音。
 反射的に時人は振り向いた。
「室ちん、そんな挙動不審だと怪しいって……」
 果たしてジャミールは、五体満足の呆れた笑顔で時人に向けて片手を挙げた。




「ジャミール君!! 無事で良かった……」
 給仕の案内よりも早く入口へ駆けつけ、そのしなやかな指先を両の手で握る。
 涙さえ浮かべて見せる時人を、周囲がどんな目で見ているかなど気にならない。
「わりーわりー。ほら、なんてーの。男相手だと余裕の寝坊っつーか。女の子だったら、こんなことないのよ?」
 女の子。
 そうだった。
 我に返り、時人はジャミールから手を離し、キョロキョロと辺りを見た。
 小声で話しながらこちらを見る婦女子の姿が点在している。
「と、とりあえず、座ろうか」
「室ちんー」
「な、なんだい」
「右手と右足、一緒に出てるよー」
「!!?」


 こういうことはよくあるのか? そう尋ねられ、花の香りの冷茶を飲んでいたジャミールが顔を上げた。
「誘っといて遅刻するのはわりとよくある、朝弱いし。安定ー」
「……では、なくて。その。こういうところへ、女子と…… というのは」
 この店を教えた女の子、というのも、きっと『ジャミールと二人で』来たかったのだろう。
「あはは、室ちん、真面目ー。つーか、むっつり?」
「む……!?」
「んー、確かに一人ではこねぇかもな……。いつも彼女と一緒にー、とかだし?」
 その彼女は、都度都度で違ったり?
 ちょっと考え込んで、こくりと首を傾けるジャミール。
 男同士で気を遣うことなく、ついでに言えばお金も使うことなく甘味処というのは、珍しくて楽しいことかもしれない。
(そいや、なんで奢ってもらうことになったんだっけあの席のコかわいー)
(さすがだな、ジャミール君……。出来れば私も、彼のように女性と親しくしたいのだが……) 
 時人がジャミールへ熱視線を送る、ジャミールは少し離れた席の女の子へウィンクを飛ばす、受け止めた女の子が引き攣った顔でこちらの席を振り返る、それに時人が気づく。
(なかなか……上手くいかないものだな)

 ベクトルは美しく一方通行を描いていた。

「落ち着かないな……」
「えー? 可愛い子いっぱいで、俺は落ち着くー」
 挙動不審の友人へ再度呆れた表情を見せつつ、ジャミールはすぐにリラックスモードへと戻る。
 外は暑いのにここは涼しくて、可愛い女の子がたくさんで、甘い香りがする。
 良い店だな、と思う。
 教えてくれた女の子と、もっかい来よう。そんなことを考える。




 繁盛しているというのに、注文の品の到着は早かった。
 人気商品だからだろうか?
「こ、これが……」
「美味しそーね」
 ふるふる震える半透明の葛餅に包まれ、餡が透けている。
 女性客を意識しているのか一口程度の大きさで、色の違う餡を包んで可愛らしく三つほど並んでいた。

 見目も涼やかな、葛饅頭。

 笹の葉に乗せられ、その香りも自然味豊か。
 持ち帰りでは味わうことのできない、贅沢がここにあった。
「ジ、ジャミール君! 連れて来てくれて有難う! 君も好きなだけ食べるといい!」
「言われなくても好きなだけ食うっつーの」
 先ほどまでの緊張ぶりが吹き飛び、甘味まっしぐらな時人の姿にジャミールは苦笑する。
 きっと今は『周囲の女性の視線』とやらも、気になっていないに違いない。
 美味しそうに幸せそうに食べる姿を目にすることは、ジャミールにとっても楽しかった。自分の懐が痛むわけじゃないし。
「味も格別だな……。抹茶餡の風味がまた……」
「俺が連れてくんのにハズレな訳無いじゃん?」
「さすがだ、ジャミール君!!」
「あ、おねーさん。俺つぎ、向こうの席の女の子と同じのちょーだい」
 がっしりと両手を時人に握られるのも気にせず、ジャミールは通りすがりの給仕へ声を掛けた。
 振り向いた給仕が、どんな思いで二人を見たかは…… なんというか、お察し。




(あー)
 支払いを済ませる時人の背を見下ろしながら、ようやくジャミールは今回の件に至るまでを思い出す。
 とある一件で、まるで二人が恋人であるかのような疑惑が浮上し、その発端が時人だったために『詫びで』ということだった。
(まあ、おにーさんホモ疑惑とかって事は普通に忘れてたけどね……)
 忘れていたし、どうでも良かった。
 誰がどんな目で見たって、自分は女の子が好きだし自分の好きな女の子が自分を好きでいてくれれば、それで良いんじゃないか?

「美味しかったー、まじごちでーす! また奢ってねー」

 という考えを、この一言に込めて。
「うむ。この店は……また来たいな。それに、他にも良い場所があれば、教えてくれ。ジャミール君となら心強いよ」
 お腹を満たし、心も満たされた時人には、幾分かの余裕が戻り、抜け落ちていた本分も取り戻す。
 ジャミールと一緒であれば、何かしら何かしら、必ずや学べる部分があるはず。そう思う。
(いずれ、ジャミール君から指南して貰うこともあるだろう……)
 具体的にナニがソレかは横へ置き。だって具体的には時人にもよく解らない。
「で、この後どうする? 女の子と遊べる所、連れてってやろーか?」
「じ、女性と遊べる場所、とは……」
 陽はゆっくりと傾いていて、間もなく黄昏時がやってくる。

 こんな時間から遊ぶ?
 女性と?
 子供ではあるまいし、子供なら家へ帰る時間だろう。

 想像がつかず、興味だけが募る。
 好奇心で顔を赤らめながら、時人は身を乗り出した。
「そうねー。俺と室ちんだったらー……」
 完全に時人をからかいに入っているジャミールは、あることないこと時々あることを吹きこんでは笑う。


 ゆっくりとした足取りで、辿るは帰路。
 そのことに時人が気づくのはもう少しだけあとのことで、ジャミールは茶目っ気たっぷりに笑ってみせるのだった。
 良い友に巡り合えたと、これからも友で居たいと、そんなことを思う夏の一日。




【愛の末、君を待つ 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【ic0256/  神室 時人  / 男 /28歳/巫女】
【ic0451/ジャミール・ライル/ 男 /24歳/ジプシー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました。
夏の甘味処の一幕、お届けいたします。四季折々を閉じ込めた和菓子の世界は深くて、自分も大好きです。
非常に余談ですが、タイトルを強引な音変換を致しますと、参考とさせていただいたアレとなります…… 苦しい余談です……
内容から判断しまして、今回は分岐なし一本道での納品です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年09月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.