▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『猫にもなれば side 因 』
点喰 因jb4659


 ひとたび戦場へ出たならば虎の如き勇ましさを見せる撃退士も、日常では猫のようにおとなしい一人の女子。
 平時は猫のようにおとなしい女子も、ひとたびアルコールが入れば大虎に…… なるかどうかは、ボトルを空けるまでは解らない。



●from C to H
 宅配屋からの呼び鈴に顔を覗かせた点喰 因は、届けられたものの仰々しさに目を丸くした。
「あー……、ああ、この間の」
 判をついて荷を受け取る。
 差出人は、つい先日、本職である指物師として品を納めた相手方だ。
 とある酒造で、娘さんがご成婚とのこと。頼まれの箪笥の他に、端材でもって心ばかりの鏡台も渡したのだ。
 その、礼なのだという。
「飲めそうな友人知人は久遠ヶ原にゃすくないんだよねぇ……。今日は弟いないから宅飲みできっけど」
 たいそうな銘柄を前に、腕を組んで因は唸る。
 一人で飲むにしても、どこかへ差し入れとして分け合うにしても……いい量をしている。
 特段、酒に強いというほどでも目が無いというわけでもないが、ホロ酔いでゆったりと過ごすことは嫌いじゃない。
(友人知人…… そうだ)
 連絡先を知っていて、家へ呼んでも安心で、酒が嫌いじゃなさそうな(印象)。
 キーワードから、因は学園のクラブで面識のある野崎 緋華を思い出す。

『そんなわけで日頃の感謝をこめて、大お福分け祭します。できれば援軍もおなしゃす』

「……援軍、ねぇ」
 メールに目を通し、ふむ、と緋華は考え込む。
 連絡先を知っていて、声を掛けても安心で、援軍。
 最後のキーワードがなんだかおかしい気がしなくもないが、援軍と言われて違う方向へ緋華の思考回路が飛んだことは確かだった。
「あ、黎さん? あたし、野崎だけど」
 幾度か戦場を共にして、共闘するなら心強い――
 確かに心強い。
 しかし酒が飲めるかどうか、好きかどうか、因との面識の有無に関しては考えが飛んでいた。
 常木 黎の、相変わらずのやや低めテンションの声を聴きながら、さて手土産は何を持って行こうかくらいに、因からの誘いに緋華も浮足立っていた。
 いかんせん、平時は『久遠ヶ原の風紀委員』の肩書を背負っている。
 裏表の駆け引き無しで付き合える『友人』という存在は、久遠ヶ原において緋華にもそう多くは無かった。




 ――かくして、扉は開かれた。

「や、因ちゃん」
 緋華がにこやかに片手を挙げ、
「い、いらっしゃい、ませー??」
 扉を開けた因は、長身の女性二人をキョトンと見上げ、
「…………!?」
 扉を開けた小動物のような女性を、黎は驚きの眼差しで見つめた。

(説明タイム、しばらくお待ちくださいませ)

「あー、ああ! 常木さん! お噂はかねがね」
 ぽむ、と因が手を叩くと、黎は警戒するように身を固くする。
「勉強の為、過去の戦闘依頼報告書を読んでいた際に、幾度かお名前を拝見していました」
「そ、そうなの……?」
(どんな噂が立ってるの……? 目立った行動、したつもりないんだけど……)
「因ちゃんは勤勉だねえ」
「武芸の嗜みはありますけど、さすがに実践となると勝手が違いますからねぇ……。あ、適当に寛いでください、今、アテを運んできますんで」
 恥ずかしそうに手を振って、それから因は台所へと踵を返す。その背へ、慌てて緋華が呼びかけた。
「あ、待って。これ、手土産。アイス」
「わあ、態々ありがとうございます」
「〆に食べたくなるよね」
「え?」
「エ」
「あれ?」
 思ったよりも同意を得ることができず、気まずさを濁しながら緋華はコンビニ袋を手渡した。


 広くはないが、手入れの行き届いた住まい。
 黎と緋華は隣り合わせに腰を下ろし―― 耐えきれず、緋華が笑いで沈黙を破った。
「黎さん…… もしかして人見知り?」
「……びっくりしただけさ」
「ごめんね、すっかり忘れてたんだ」
 忘れるようなことでもないと、思うけれど。
「あたしはねぇ、ちょっと浮かれちゃったね、今回。こうやって声かけてもらえるなんて滅多にないからさ」
 そろりそろりと近づいてきた三毛猫へ指を差し出しながら、緋華が呟く。
「そう、なの?」
「仕事柄――ってのもあるし。だから、黎さんが二つ返事してくれて嬉しかったんだよ」
(……そうなんだ)
 自身と同じ髪色の首輪をした三毛猫と戯れる緋華の横顔を眺め、少し、黎の心が浮上した。




 二人が到着するまでに、と因が用意していた肴が、手早く食卓へ並べられる。
「凄いね、全部、手作りなの?」
「弟に料理を仕込んだのは、あたしなんですよぅ。苦手なものがあったら遠慮なく言ってくださいね」
 シラス、それから隠し調味料に味噌を混ぜ込み焼き海苔を散らした磯納豆は、悪酔い防止。
 それから薄切り鮭、田楽、定番の枝豆などなど。
「夏らしいとっときの切り子も出そう。おっとと」
「危ないよ、……こっちの棚の?」
 背伸びをし、食器棚最上段の切子グラスを取り出そうとした因の肩を、黎が慌てて支える。
「綺麗なものだね。江戸切子か」
 薄く鮮やかな色合いに、和の文様が刻まれた細工仕事に感心しながら、黎はグラスを卓へ。
「弟は未成年なんで、これで冷たいーの飲める機会がないんですよねぇ」
「それで、ここ指定だったんだね」
 緋華が、とっておきの日本酒を互いに注いで回る。
 ふうわり。日本酒特有の甘い香りが広がった。
「わー、これは上等だね…… 確かに一人で飲むのはもったいないや。黎さん、イケる口?」
「嫌いじゃないよ。詳しくもないけど…… あ、その辺でストップ。えーと、因ちゃんは? なみなみ行く?」
「あはー。なんだか照れますね……。なみなみで!」
 そんなこんなで、説明不足もあったけれども唐突に開催された女子会、開幕!


 因の料理のレパートリーや、それぞれの『これなら作れる』話が転々とし、程よく酔いが回り始めた頃合いで。
「ここに来た以上は色々覚悟もしてますけど……。難しいと思うところとか、驚くことも多くて」
 なかなか切り出せなかった学園生活の悩みを、因が口にした。グラスを握る両の手に、少しだけ力が籠められる。
「よければ、色々依頼について話を聞かせてもらえたりします?」
 ちらり、黎と緋華が視線を交わす。
 風紀委員という肩書を持つ以上、緋華に語れる物は少ない。
「んー……。普通だけど、良いの?」
「『普通』ってのを、是非」
 二人の無言の会話に気づかぬまま、因は黎へ頷きを返した。

「どんな依頼であっても、最優先すべきは『依頼完遂』だと思ってる。そりゃ私も戦うことは好きだけど、自我を押しすぎて作戦が破綻するようじゃお話にならない、っていう」

 前置きをしてから、これまでに携わってきた幾つかの戦闘任務の話に触れる。
 誇張や自慢話としたくないから、次第に淡々とした、まるで報告書を読み上げるような口調になっていき、ついに緋華が笑い崩れた。
「黎さん、一つ話を終えるたびに表情が暗くなって……」
 一つ思い出す度に、あそこはこう動けばよかった、この連携がうまく行かなかったのだった、小さなことが浮き上がってくるのだから仕方ない。
 それでも、経験を積み重ねて糧として、戦いを続けるのだ。より良い成果を目指して。
「なによー。じゃあ、緋華さんの話を聞かせてよ」
 黎が拗ねた表情を見せるのも、酔いのせいだろうか。
 ゴメンゴメンと軽く謝りながら、緋華も話にできそうなものを見繕う。

「そうだね……。メイド衣装なら、黎さんだったらオーソドックスな英国風、因さんなら大正ロマン系? 大丈夫、サイズは見ればわかる、六日あれば作る」

「「何やってんの風紀委員」」
 任務内容がわからない。因と黎が声を揃えた。
「趣味と実益……?」
 益が出るように立ち回るのが、むしろ仕事か。酷いことを口の中で呟いている。

「あたしは…… 刃よりも、鞘でありたいなって」

「「ちょ、阿修羅」」
 抜身の刀が何を言うか。インフィルトレイター二人がハモる。
「うう、専攻選択の時、これでも悩んで……」
 今まで培ってきたこととの相性で考えるなら……。
 ふ、と因は自身の手に目を落とす。
 本職と武芸のせいか、随分と荒れているそれは年頃の女性たちと比べられるのが何よりも辛い、誇りとコンプレックスの結晶。
「使い慣れたものが手になじむ、ってのはわかるよ」
 事情を知らず、それでもこれまでの流れから汲み取ることは出来る。
 軍事学全般を好むことから銃火器系へ特化し、インフィルトレイターを選択した黎が、それとなく同調した。
「あは……」
 因の本職。指物師。
 そのために手になじませた刃は…… この手は、決して、何かを傷付けるためのものではなかった。
 だから、因は悩む。
 撃退士としての素養があり、力のない人々を助ける術があるのなら……。とは、思う。
 悩みながらも、因は手際よく鮭の切り身を炙り、鮭酒なぞの準備を進める。

「なんてーの。戦闘任務もさ、一人でやるわけじゃないから。相談纏まらなくってウボァとかもあるわけよ、戦力が整ってても」

「身も蓋もないわ、それ」
「不安な部分があるならドンドン言えばいいし、否定するなら対案出せっていう……。言葉にしてくんなきゃ、わかんないのよ」
「あー、それは…… 日常にもありますねぇ」
 深く頷き、因は黎へ酒を勧める。
(クールビューティーなおねぇさんとおもったら……)
 第一印象から、どんどん黎に対するイメージが転がって、自然と因の表情も和らいだ。
「緋華さ〜ん、膝枕〜」
「え!? いいけど…… 呑み過ぎた? 具合、悪くない?」
「へーきぃ」
 考えることが面倒になったと言わんばかりに、黎はコロリと転がった。
(おっかしいな……。普段は調整してるのにな)
 緋華の膝の上で、ふわふわする視界の先に三毛猫がいる。先ほど緋華が遊んでいた猫とは首輪の色が違う……あれ?
 お酒がおいしいのと、明るい雰囲気と、楽しかったことと、それから失念していた負傷による体力低下と。
 平時より酒の回りが早く、また過分に飲んでしまったようだ。
 けれど、因が用意してくれた鮭酒は美味しかった。
(折角、こういう席に呼んでもらったのに……)
「なんだか、猫みたいなお人ですねぇ」
「ふふ、そうだね」
 緋華だって、こんな黎の姿を目にするのは初めてだ。けれど、不思議と驚きは少ない。
 常に神経を張りつめている人間ほど、解けた時は一気に緩む。
 緩む場所を自分の膝の上にしてくれたことは、なんだかくすぐったく感じる。
「戦ってばかりだと、こういうことを見落としちゃうのかもね」
 黎の頬に張り付いた一筋の髪を払ってやりながら、ぽそりと緋華は呟いた。
「さっきは茶化しちゃったけどさ。鞘でありたい、っていう因ちゃんの気持ち、大切だと思うんだ」
 受け止めてくれること。出迎えてくれること。信頼し、任せられること。
 抜身の刀じゃ、飛びっぱなしの鉄砲玉じゃ、できないことがある。
(……眠い)
 微睡む黎の首筋に、もふりと猫の尾が触れては逃げていく。
 頭上で続く因と緋華の会話を、聞くとはなしに聞いているけれど、眠気が勝り始めていた。
(だめだ、甘えちゃって……一方的で…… 負担に、なってたら)
 時折、髪を梳く緋華の指先の感触が心地いい。
 あああ、因が毛布を掛けてくれている、睡眠直行じゃないか。
(こんなつもりじゃ…… もっと)
 もっと、話していたいのに。他愛もないことで、三人で。

「ありがとう」

 落ちる前に、せめて。
 絞り出すように声にして、そうして黎は意識を手放した。
「愛猫寄せておこう、なごむ」
「え、寄せられるものなの?」
「おいでー」
「まじだ。え、写メる? なごむんだけど、これ」
「それは…… 事態発覚後が怖くないです?」
「言える」
 三毛猫二匹にもふられて無防備な黎の寝顔を肴に、因と緋華はもう少し、酒宴を続けた。




「そういえば、聞きたかったんですけど」
「うんー?」
「野崎さん、初対面の時にあたしのこと、幾つに見えたんです?」
「……17、8?」
「…………」
 童顔の自覚はあったけど! あったけど!!
「けど、こうして飲めるお年でよかった。また、誘ってね」
「それはもう」
「あたしも戦利品があったら、小料理屋・点喰へ持ち込むこととしよう」
「なんです、そのネーミング……。でも、お口にあったなら何より」


 顔を見合わせて笑い合う、その頃にはすっかり陽は暮れて空には星が瞬いている。
 黎が目を覚ましたら、三人でアイスクリームを食べようか。




【猫にもなれば side 因 了】


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【jb4659/ 点喰 因 / 女 /20歳/ 阿修羅】
【ja0718/ 常木 黎 / 女 /24歳/ インフィルトレイター】
【jz0054/ 野崎緋華 / 女 /28歳/ インフィルトレイター】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
ご依頼、ありがとうございました!
突発女子会、お届け致します。野崎も誘っていただきまして、素敵な時間を過ごすことができました。
冒頭部分を、それぞれの事情に合わせて差し替えております。
楽しんでいただけましたら幸いです。
流星の夏ノベル -
佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月24日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.