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『空に星降る夏の夜の。 』
ウルシュテッド(ib5445)

 ジルベリアの夏は短い。だが暑さがさほどではないのかと言えば、もちろん天儀やアル=カマルに比べれば大した事はないと人は言うかも知れないが、ジルベリアしか知らぬ身にとっては十分に暑い訳で。
 そんな夏の、けれども十分に風は爽やかさを残しており、見上げれば眩しいほどに鮮やかな青が広がる空の下、ジルベリアの某所に在るシュスト領では、今日も兵達の鍛錬が行われていた。剣戟の音や、兵達が上げる声が高い空に響き渡り、吸い込まれて消えていく。
 そう広くはない鍛錬場の中、日頃ならあちらこちらで思い思いに、1人修練を行ったり、組を組んで互いに打ち合ったりする光景が見られるものだ。今日も、基本的にはそれは変わらない。
 ――が。

「次!」

 いつもと違うのはその鍛錬場の真ん中に、日頃はない珍しい姿が立っていて、そうして得物を構えて厳しい眼差しで、辺りを眺め回しているという事だった。そうして声高に叫ばれた言葉に、う、と兵達が顔を引き吊らせ、互いに視線を交わし合う。
 が、そんな兵達の僅かな怯みを、当のウルシュテッド(ib5445)は見逃さなかった。ぐるりと鍛錬場を見回して、1人1人に あいくち を突き付けるような鋭さで檄を飛ばす彼の表情は、限りなく能面に近い。

「どうした、もう終いか!?」
「って言ってもテッド様‥‥もう二刻もぶっ通しですぜ」

 そんなウルシュテッドに、呆れたように首を振ってそう言ったのは、顔馴染みの男だった。領主家の人への経緯と、顔馴染みの親愛、そのバランスをきっちり計った物言いは、けれどもその男に限ったことではない。
 恐らく普段のウルシュテッドなら、例え鍛錬に熱が入っていたとしても男の言葉を聞いた時点で、「む。そうだったか?」と得物を下ろしたに違いなかった。鍛錬とは、ただ過酷に己を追い込めば良いというものではないと、誰より知っているのはウルシュテッドだ。
 けれども。

「それがどうした。この程度で根を上げるなんて、お前達たるんでるぞ!」

 そう、有無を言わせずの続行を言い渡したウルシュテッドに、進言した男を含む全員がが空を仰いで呻いた。清々しいほどに青い空が、今ばかりは恨めしい。
 そんな兵達をまた一瞥して、ウルシュテッドはさらに「それでシュストの騎士が務まると思うのか!」と声を上げる。そうして、実戦では疲れたからと言って敵は攻撃を止めてくれないぞ、と続けるウルシュテッド自身は確かに、汗はかいているもののまだまだ体力が余っている様子なのだから、反論する事も出来ない。
 ――普段は領を出て開拓者をしているウルシュテッドが、久々に帰郷したのは昨夜の事だった。彼が帰郷した時にはたいてい、必ずと言って良いほど兵達を相手に、日頃の鍛錬では得られない刺激を与えるべく鍛錬が行われる。
 当然ながら今日もその、恒例の鍛錬の筈だったのだ。――が、些か今日は趣が異なっている事に、始まって幾らも経たないうちに兵達は、否応なしに気付かされた。
 ウルシュテッドの纏うぴりぴりと張り詰めた空気、罵声寸前の怒声が飛ぶ容赦のない指導。否、それはすでに指導というレベルを超えている、と言っても過言ではなく。
 鍛錬場を見回せば、あちらこちらにウルシュテッドに打ち据えられ、ついていけなくなって汗だくでへたり込む兵の姿がある。だがそんな相手にさえも、『いつまでのんびり休んでいる!?』と叱り飛ばすくらい、今日のウルシュテッドは容赦がなくて。
 そんな様子を青息吐息で見つめていた兵達が、鍛錬場の隅でこっそりと囁き合った。

「テッド様、いつになく荒れておられるな」
「鬼だ‥‥無理、もう無」
「しっかし、あの荒れ模様‥‥姪御様達に何かあったのかね」
「しッ! 火に油だぞ」

 不用意に憶測を漏らす同僚に、慌てて仲間が制止の声を上げる。ウルシュテッドが彼の姪達を目に入れても痛くないほど可愛がっているのは、彼らもよく知っていた。
 そんな姪のことを引き合いに出されたと知れたら、どんな理由であったとしてもウルシュテッドの機嫌を損ねることは、間違いのない予想に思えた。否、それ以前に鍛錬中にこんな噂話をしていることが、ウルシュテッドに知られたら――
 ぶる、と顔を見合わせて兵達は背筋を震わせる。だが彼らの沈黙は、ほんの少しばかり遅かった。いつしかぐるりと輪になって話し込んでいた彼らを、目ざとく見つけたウルシュテッドが、鋭い眼差しを向けて叫んだのだ。

「そこ! 私語に費やす余力があるなら来い!」
「ひ‥‥ッ!?」

 びくッ! と肩を竦めて文字通り飛び上がった彼らは、そろそろと顔を見合わせて互いの様子を伺い見た。だが、ここまでしっかりと指名されてしまえば、まさか行かない訳にはいかない。
 彼らはそう頷き合うと、悲壮な覚悟を秘めた表情で、半ばヤケクソにウルシュテッドへと突っ込んだ。一斉に飛びかかってきたそれらの兵達を、だがウルシュテッドはと言えば児戯だと言わんばかりに、あっさりと一掃してしまう。
 そうして、次は誰だと眼差しを巡らせたウルシュテッドに、誰もが『今日は厄日だ』と胸の中で呟いた。視界の端には、たった今叩きのめされて昏倒した、数人の兵士。
 とにかく一刻も早く、この恐ろしい時間が過ぎ去ってくれないだろうか――そう、誰もが願わずには居られなかった『鍛錬』と言う名のシゴキは、様子を見に来たご領主様が見かねてウルシュテッドを止めるまで、休みなく続いたのだった。





「――で。あれは鍛錬だったか?」

 その夜。前置きも何もなく、率直に尋ねられてウルシュテッドは、さすがにバツの悪い思いでご領主様、こと長兄から目を逸らした。
 そもそもウルシュテッドが帰郷したのは、兵の鍛錬の相手をしに来いと、いつものように兄に呼び出されたからである。何かにつけてウルシュテッドに手紙を寄越し、呼び出しては色々とこき使ってくれる兄だから、もちろんそれ自体に何か思う所があったわけでもなく。
 計ったかのような良いタイミングだと、文を受け取ったときにはむしろ、戦慄した。色々なことを思い悩み、思索に思索を重ね――自分自身を持て余していたウルシュテッドの事を、遙かシュスト領から見抜いていたのではないか、と思うほど。
 だから早速、8月生まれの兄には祝い酒を手土産に、実家へと舞い戻った。そうして頼まれた通りに兵達の相手を始めて、気付けば胸の中のモヤモヤしたものを八つ当たりの様にぶつけていて――兄に止められた、訳で。
 夕食も終えた後、2人で祝いの酒を飲み交わしながらの兄の言葉は、無駄がなくて容赦がない。だから何と応えたものか、目を逸らしたまま視線をさ迷わせ、あまり賑やかな装飾の見られない兄の部屋を、見るともなく見回したウルシュテッドに、はぁ、と兄が細いため息を漏らしたのが聞こえた。
 けれども。

「まぁ、たまには良い刺激になっただろう」

 その吐息だけですべてを胸に納めたらしい兄は、そうして自分から振った話題を自ら逸らし、他愛のない世間話にすり替えてくれる。納得をした訳ではなかろうが、この話題はこれきりだと、静かな表情で酒を飲む素振りがそう告げていた。
 昔から、この兄はこうだっただろうか。それとも領主となってからの、様々に重ねてきただろう苦労が兄を、このような大人にしたのだろうか。
 どちらとも、にわかには判断が付かなかった。だからただ苦笑いをして、兄の杯に新たな酒を注ぐ。
 そうして、それ以上聞こうとしない兄に頭を下げた、それすらも兄は見なかったフリをした。代わりに紡いだ言葉は、先ほどの話題とも、それ以前とも全くかけ離れたもの。

「今年も、収穫祭には帰って来れるのだろうな?」
「兄上の仰せとあらば、出来るだけ。――そうだな、もしかしたら今年も、誰か連れて帰るかも知れない」
「ほぅ? ならは、仕事が終わったら、後は好きに過ごすと良い。何れにせよ、先に知らせは寄越すように。警備担当者には、しっかりこき使うよう伝えておこう」
「はいはい。――兄上、もう一杯どうだ?」

 そんな風に他愛のない話や、それから領内の様子などの話を重ねるうちに、気付けば夜の帳も深くなっていた様だった。ランプの灯りがふいに大きく揺らいだのに、眼差しを向ければ油がそろそろ底をつく所だと気付く。
 油を注ぎ足そうとする兄に、そろそろと断り部屋を出た。ウルシュテッドとてのんびりしている訳ではないが、領主である兄は日々、朝早くから何くれと領内を見て回ったり、書類の裁可に精を出したりと忙しいのだから、潮時だ。
 だから兄の部屋を辞して、ほろ酔い気分で自室までの道を、歩く。その最中、ふと窓の外に惹かれて夜空を見上げたウルシュテッドは、一杯に輝く星に目を奪われて足を止めた。
 それぞれは、決して存在感がある訳ではない。けれどもささやかだけれども確かな輝きを放ち続け、夜空に在り続ける小さき光――それに、誘われるようにウルシュテッドはふらり、歩き出し。
 もうそろそろ人々も寝付く頃合だからだろう、途中、誰かに会うわけでもなくウルシュテッドは、星の光に照らされた薄暗い廊下を通り抜け、庭へと抜け出した。遮るものがなくなった夜空を、改めて見上げれば夏の夜空に、降り注がんばかりの小さな星が輝いていて、どこか眩しさすら感じられる。
 その輝きを、見上げた。見上げながら、幼き子の事を思い出した。

(あの子は――どう思うだろう、な)

 この夜空を見上げたら、どんな反応をするのだろう。どんな表情を見せるのだろう。――そんな事を、思う程度にかの少年を気にかけている自分に気付き、知らずウルシュテッドは小さな、暖かな笑みを浮かべた。
 姪達よりも大切なものはないと、言いながらもウルシュテッドがつい気にかけてしまう少年。恐らくは6歳頃のかの子供は、今よりなお幼い頃に自らを神と称した大アヤカシに浚われ、かのアヤカシ姫を母と呼び慕って育った子供達の1人だ。
 故に。その子に人としての新たな名を与え、人としての生き方を教え、人としての在り方を、感じ方を教え――そうして過ごしてきた日々の中で、いつしかウルシュテッドは彼の事を養子にしても良いと思うほどに、気にかけるようになった。
 そんな自分に、けれども戸惑いがないわけじゃない。姪達が何よりも、自分自身よりも大切だと思う気持ちは真実のはずなのに、かの少年を大切に慈しんでやりたいと願う気持ちもまた、真実なのだ。
 どちらがより大切と、今の自分は明確に言い切る事が出来ない。姪達とかの少年、どちらもが危機に晒されたとするならば、迷いなく姪を選ぶ事は今のウルシュテッドには出来ず――さりとてかの少年を選ぶのかと自分自身に問いかければ、それは違うと答えが返る。
 その葛藤は、正直を言えば今なおウルシュテッドの胸にあった。けれどもそれで良いのだと、どちらも大切で良いのだと、思えるように――許せるように、なって。

(だが‥‥)

 問題はその姪達の――正確には姪姉妹のうちの妹の方なのだと、ウルシュテッドは眉を曇らせた。この頃はいつでもウルシュテッドや家族に見せる、とても綺麗な笑顔を思い出す。
 ――家族にさえ涙を見せなくなった、あの娘。浮かべる笑顔は綺麗で、綺麗に笑って見せているのだという事が判って、張り詰めた気配すら感じさせて――酷く悲しい。
 そうして綺麗な笑顔を浮かべる事で、己を励ましているのだろうと、思う。だが日に日に張り詰めていく気配は高まる一方で、器に注ぎ続ける水のように、ある程度までは器を超えてもなお留まり続けるけれども、次の瞬間には全てが崩壊し、零れ落ちてしまうのではないかという危うさすら、感じさせて。
 どうなるのだろうと、思う。長い時間をかけて積み上げてきた想いと努力、その全てが無に帰した時、無に帰したのだと判ってしまった時――張り詰めた水が零れてしまった時、あの子はどうなってしまうのだろう。
 それが、傍から見ていて判るのに、ウルシュテッドには何も出来ないのだ。何かをしてやりたいと願っているのに、彼女はそれを必要としていない。全てを切り捨て、自分自身の価値すら元よりないものとして――そうしてゆっくりと、終焉に向かおうとしているあの子に、それでも何かしてやりたいのに。
 見上げた空に、ふいに流れた星の行方を、知らず追った。それはすぐに行方をくらませ、どこに行ったのだか判らなくなってしまうけれども、次から次へと流れる星を見つけては、その行方を追い求める。
 流れる星に願いをかければ、それは叶うのだという。けれども、この胸の願いはきっと、流れ星にだって叶えられやしないだろう。

(どうすれば良い?)

 何もできない自分への苛立ち。胸の中に込み上げ渦巻く、やり場のない怒り。ぐるぐると己の中で何度も問いかけ続けながらも、未だに答えの出ない問い。
 どうすれば良いのか。どうしてやれば良いのか。何が出来るのか。――どうすれば、あの娘の眼差しをもう一度、生へと振り向かせる事が出来るのか。
 その不安は時が経つにつれウルシュテッドの中で形を成して、少しずつ膨れ上がっていく。気を抜けばその不安に押し潰されそうで、けれどもどうしたら良いのか、何が出来るのか――何を、しても良いのかが判らない。
 だから、迷う。葛藤し続ける。

(どうすれば――)

 大切な、誰よりも大切なあの娘を、守ってやれるのだろうか――
 いつしか星の行方を追う事も忘れ、降り注ぐ満天の星空の下でウルシュテッドは、ひたすらに己の物思いに沈み込んでいった。そんな彼の上に静かに、星の光が降り注いでいた。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib5445  / ウルシュテッド / 男  / 27  / シノビ

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

葛藤と八つ当たりに巻き込まれた騎士様達の受難の物語、如何でしたでしょうか(ぇ
気付けばお兄様が何だか勝手に動き出しそうな気配でしたので、割と全力で制止してみました(
お優しい息子さんですから、ご心配事があちらこちらと合って、伸ばしたい手も伸ばしたい相手も実の所はたくさんいらっしゃったりするのかなぁ、と想像したり致します。

そんな息子さんのイメージ通りの、星空の下で物思いに耽るひと時のノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
流星の夏ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年09月24日

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