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『星降る海に、沈む祈りを。 』
フェンリエッタ(ib0018)

 さらさら。さらさら。
 白く細かい砂が、手の中から止めどなくこぼれ落ちていく。
 さらさら。さらさら。
 両手で掬った砂は、指の隙間から瞬く間にこぼれてしまって、すぐに形も見えなくなって。空っぽになった手の中に、また白い砂を掬い上げ、掬い上げた端からさらさらとこぼしていく。
 ただ、その繰り返し。掬ってはこぼし、こぼしては掬い取り、そうしてまたこぼしては、空っぽな手の中をじっと見つめるのだ。
 流せない涙の代わりに、何度も、何度も――果てもなくただ、ひたすらに。





 昼間はまだそれなりに暑いけれども、夏とはいえ夜になればもう寒さが目立つようになってきた。まして海辺ともなれば、陸から海へと吹く風に晒されてなおさら、肌寒さが身に凍みる。
 ジルベリアの夏は短い。それはこんな所にも現れているのだと、ぼんやりとした眼差しで誰も居ない浜辺を見つめながら、フェンリエッタ(ib0018)は取り留めなくそう考えた。
 一体、いつからここでこうして、海を見つめ、砂を掬っていたのだか、自分でもよく覚えていない。けれどもまだ明るい時分だったのかも知れないし、夜風に誘われて海まで歩いてきてしまったのかも知れなかった。
 ――どちらでも良いことだと、けれども頭の片隅で自分じゃない自分が呟く。結局の所いま、自分がたった1人ぼっちで夜の浜辺にしゃがみ込み、当て所もない想いを砂に託している事に、何ら変わりはないのだから。

(そう、ね)

 1人ぼっち。――独りぼっち。
 誰かと居る時はいつだって、投げやりな気持ちのくせに最後の最後で心配をかけないよう、平気な顔をしてしまうくせに、こんな風に1人で過ごす時間は身を切られるようで、何かを叫び出したい心地に駆られる。それはフェンリエッタ自身にもどうしたら良いのか解らない、何とも表現しようのない感情だ。
 ――否。本当の本当は、もしかしたら解っているのかも知れなくて。けれども自分ではそれに、気付いていないフリをしていたいだけなのかも、知れなくて――
 ふと、見上げた空にはいつの間にか、満天の星が輝いていた。さらさらと掬ってはこぼしていた砂は、気付けば満ちていた潮にすっかり浚われていて、冷たい波がじっと座り込んだフェンリエッタの足を洗っている。
 足下の砂が救われ、浚われ、心許なくなっていく感覚が、いっそ心地良かった。自分もこの砂のように、遙か海の向こうまで波に浚われてしまいたい、という想いが胸に芽生える。
 このまま、ずっと遠くまで。遠く遠く、誰の手も声も届かない果てまでも――

(――あぁ)

 震える吐息が唇を突き、フェンリエッタの身を震わせた。波に濡れた両手で顔を覆い、そのままぐしゃりと縋るように髪を掴む。
 誰か、と掠れた声で呻いた言葉はきっと、星にすら聞こえない。どれほどに、魂が引き裂かれるほどに叫んだって、きっと誰にも届きやしない。
 それでも、けれども。

(誰か、助けて)

 ――それはフェンリエッタの、切実で、きっと身勝手な願い。助けて欲しいと叫びながら、自分を救える者など誰も居やしないのだと、彼女自身が痛いほどに理解しているのだから。
 この胸の痛みは、苦しみは、悲しみは――虚無は、誰にも解らない。誰にだって解るはずがない。どんなにフェンリエッタが悲しみ、苦しみ、絶望したのかなんて。
 だから、きっと自分は誰にも救えない。誰によっても救われない。――けれどもだからこそ、奇跡のような誰かを求めてしまうのかも、知れなくて。

(でも)

 結局は誰も、誰にも救われない。救おうと差し伸べられる手が、いっそ煩わしく感じてしまうほどに本当は、そんなものでは救われやしないのだとフェンリエッタは思っている。
 ――あぁ、それだというのにそれでも、だからこそ自分は耐え難く孤独なのだ。独りぼっち。世界の誰からも見捨てられてしまったのだと、誰にも省みられることはないのだと、痛感して孤独に打ちひしがれ、切り裂かれた心の傷は癒されることを知らないまま、誰にも見えない真っ赤な血を流し続けている。
 その、なんと身勝手な事か。救いの手を差し伸べようと、差し伸べたいと願っている人が居ることも理解しながら、その手を取っても救われぬとフェンリエッタは、それらに背を背けてただ、孤独に喘いでいるのだから。
 ――それもまた、理解している。きっと自分はどこかでこの心をねじ曲げて、救いの手を取るべきなのだろう。きっと本当は、世の理としてはそれが正しいのだろう。
 けれども――理解してても、受け入れられない。そうして心をねじ曲げて、救われたフリをしたところで本当は、何にも救われては居ないのだと、ただ心が歪み、軋んでいくだけなのだと、誰よりもよく解っているのだから。

(――どうして)

 幾度も胸の中で繰り返した言葉は、けれども形にはならない。本当はそんなこと、誰かに聞きたいとは願ってすらいない。
 胸に想う人。大切な人。――きっととても優しくて、だからこそ誰よりも残酷にフェンリエッタを翻弄する、人。

『教えて下さい、貴方を。すべて受け止め応えてみせますから』

 そう、告げて彼との手合わせを願ったのは、ただただ彼と向き合いたいが為だった。ほんの少しでも、もっと彼のことを理解したくて――そうして彼に、きちんと自分という存在を見つめて欲しくて。
 どうすれば良いのかと思い悩み、考えた末に申し出た手合わせは――けれども結局の所、自分が独りで舞い上がっていただけなのだと、否応なしに思い知らされただけだった。彼は、最後まで立ち合ってすらくれなかったのだ。

(‥‥私は何をしてきたのだろう)

 この3年半という月日、彼を思い、見つめ、彼の側に近づきたくて、彼を支えたくて、対等に見て欲しくて――必死に足掻いて。それが一体、何になったというのだろう。
 それを想う度、フェンリエッタの胸の内からこみ上げてくるのは、乾いた笑いだ。涙ですらない。そんなものは、もうとっくに通り過ぎてしまった。
 だからただ、小さく笑う。舞い上がり、思い上がった己を嘲笑い、そのたびに心が絶望の深淵へと沈み込んでいくのをただ、見つめる。
 手合せの末、最後を受けさせずに剣を引いた彼の姿が、言葉が今でも痛いほど、胸の中に焼き付いていた。『私は、貴方が嫌いではありません。むしろ好意を持っている部類に入ると思います。ですが、命を賭けた貴女の思いと心に、命を賭けて応えられる程、愛しているかと問われれば、今は否と言うしかないのです。お許し下さい。私は人を愛する資格の無い者ですから‥‥』そう言ってフェンリエッタの心を遠ざけた彼。
 けれども、ならばなぜ一度は自分に応えてくれたのだろう。あまりにも恋い焦がれる小娘を、哀れと同情したというのだろうか?
 解らなかった。解るはずもなかった。解りたいと願っても、彼はその糸口すら与えてはくれなかったのだから。
 だからまた、フェンリエッタの想いは闇に沈む。それはどこまでも果てがなく、沈み込んでもはや僅かな光すら見えない。

『お許し下さい。私は人を愛する資格の無い者ですから‥‥』

 彼の言葉が、虚ろな胸に木霊した。暗い瞳に移る海が、まるで自分を優しく包み込もうと手を伸ばしてくるような、そんな錯覚を覚えてそっと、瞳を閉じる。
 途端、さざ波の音がまるで全身を包み込むように大きく、強く響きわたった。あぁ、とまたフェンリエッタは吐息を漏らし、歪んで軋み痛む胸にぎゅっと拳を押しつける。
 心は自分だけのもの、誰にも侵されることのない、唯一の自由な場所。この胸の中だけは、誰にだって奪われることはない。

 ――けれども。愛するのに資格が要るのなら、自分には生きる資格さえ、ありはしない。

 打ち寄せる波の間に間に、過去の声が聞こえたような気がした。幼い頃にフェンリエッタへと向けられた、それは彼女を否定する言葉。
 痛いほどまっすぐに向けられた否定に、自分は憎まれて当然なのだと思った。そう、心から思い込まされた。
 けれども自分を許しても良いのだと思えたのは、そう思えるくらい変われたのは、新たな人との出会いのおかげで。少しずつ少しずつ、固まった心がゆっくりと解きほぐされて――ようやく自分を許そうと思えて。
 ――けれども、また思い知らされる。自分は許されてはいけないのだと、自分を許してはいけないのだと、思い込まされ――心の闇が深く広がっていく。

(あぁ‥‥誰か‥‥‥)

 ‥‥お願い、と。
 喘ぐように、救いを求めた。そんなもの、この世のどこにもないのだと、誰よりも思い知っているくせに。
 そうしてぎゅっと胸元を強く握った、フェンリエッタの足元をひたひたと、冷たい波が脅かし続けていたのだった。





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 /   PC名   / 性別 / 年齢 / 職業 】
 ib0018  / フェンリエッタ / 女  / 18  / 巫女

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。

輝く星の下で物思いに耽る物語、如何でしたでしょうか。
どうしても譲れない自分自身が、自分を苦しめてしまうことはあるのだと思います。
それでもきっと曲げてしまえば、曲げてしまったことにまた苦しんで、自分自身が嫌になってしまって、結局どこまで行っても独りぼっちのまま苦しみ続けるのだろうな、と。
――そんな想いを重ねながら、綴らせて頂きました。
何か違和感がございましたら、いつでも、どんな事でもお気軽に、リテイク下さいましたら幸いです。

お嬢様のイメージ通りの、星空の下で救いを求めて夜闇に沈むノベルになっていれば良いのですけれども。

それでは、これにて失礼致します(深々と
流星の夏ノベル -
蓮華・水無月 クリエイターズルームへ
舵天照 -DTS-
2013年09月24日

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