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『元気少女、水とたわむる夏 』
焔・楓ja7214
●きらめく川面、輝ける少女
 森の中の小道を駆けていく1人の小さな少女の姿があった。タンクトップなシャツに半ズボンという姿で、右手に持ったバケツをぐるぐるとぶん回しながら黒髪の少女は道なりに駆けていく。そのうちに木々に囲まれた小道も終わり、森を抜けた少女は夏の青空の下へと再び戻ると開口一番叫んだ。
「とーーーちゃーーーーーっく!!」
 まるでマラソンでゴールテープを切ったかのごとく、少女――焔楓は両手を大きくバンザイの要領で広げる。そんな楓の目の前には、穏やかな流れを見せている川の姿があった。川面は夏の日差しを受けてきらきらと輝いて見えた。
「わぁ……広いのだ♪ 綺麗なのだ〜♪」
 そう言うが早いか、ぴょこんと石だらけの河原へ飛び降りる楓。辺りには他に人の姿はなく、四方に範囲を広げてもやはり誰の姿も見当たらなかった。
 川のすぐそばまでやってきた楓はバケツを置いてしゃがみ込むと、両手をすっと川の中へと滑らせた。両手首より先が、瞬く間にひんやりとした感覚に包まれる。天気はとてもよく、雨もなく厳しい暑さが日々続いているとはいえ、やはり川の水温は陸の気温よりも明らかに低く……心地よい。
「おー、冷たいのだ! 気持ちいいのだ〜♪」
 川からざばっと両手を引き抜くと、楓は両手をぶんぶんと振って水滴を周囲にまき散らしながら、にっこにこと満面の笑みを浮かべていた。
「泳ぎたくなっちゃうけど、今はお魚を捕まえてやるのだ! えいえいおー、なのだ〜♪」
 右手の拳を空めがけて大きく突き出す楓。そう、足元にあるバケツで分かるように、今の楓はここへ泳ぎに来た訳ではなく、魚を獲りに来たのであった。
 実は先程通ってきた森の向こう、そこにはキャンプ場がある。仲間たちとそこへやってきて定番のバーベキューをすることになったのだが、皆で持ってきた材料の分量だと足りないかなと思った楓は、近くに川があると聞いたので、バーベキューの材料を増やすべくこうしてやってきたのだ。
「たーくさん獲って、皆でたーくさん食べるのだ♪」
 かくして、楓の魚獲りは始まった。

●暑い日差し、冷やされる少女
「獲ったのだー! えっへん、これで3匹目なのだ〜♪」
 と言って、両手でしっかと捕まえていた魚を、川の水を入れたバケツの中へと入れる楓。手づかみという、非常にシンプルかつ原始的な手段ながら、それでもう3匹も魚を獲っているのだからたいしたものだ。
「やっぱりしっかり狙ってみると、お魚手づかみでも意外と何とかなるね♪」
 満足げにうんうん頷く楓。再び水面とのにらめっこに戻り、魚がやってくるのをまた待ち続ける。それを何度か繰り返していると、楓の顔もだいぶ汗まみれになっていた。
「あっつーい……」
 そうつぶやくと、楓は川の冷たい水で汗まみれの顔を洗い流した。
「冷たーい!」
 ふるふると頭を振り、顔から水滴をまき散らす楓。とっても気持ちがよかった。
「えーと?」
 バケツの中を覗き込み、楓は魚の数を数える。予定のおおよそ半分といった所か。
「これで半分くらいかな? んー、次はー……」
 と、視線を再び川面に戻した時である。大きな魚の影が見えたのは。
「む、大物発見♪」
 楓は嬉しそうにそう言った後、すぐに手で口を押さえた。嬉しさからつい声が出てしまったけれど、声に驚いて大物に逃げられてしまっては元も子もない。
「捕まえてやるのだ……」
 ひそひそ話をするくらいの小さな声で楓はつぶやくと、大物が目前にやってくるのを、今か今かと待ち構える。それは時間にするとほんの1分ほどの出来事だったかもしれない。けれども、その時の楓には何倍、いや何十倍にも感じられる長さであった。
 そして――大物がついに楓の目の前にやってきた!
 今だ、と思って腰を浮かせて右足を少し踏み出し、川の方へとやや身を乗り出す楓。するとどうだろう、右足の踏み出し方が少し悪かったのか、もう一方の左足が滑ってしまったではないか!
 するとどういうことが起こるかというと、右足を軸として川の中へと勢いよくでんぐり返しをしてしまうことに――。
「えっ…………わきゃぁぁぁっ!?」
 直後、楓の悲鳴は激しい水音に掻き消され、穏やかな流れの川には高い水柱が立ったのであった……。

●人はなく、自然なる少女
「これでよしっ!」
 パンパンと音を立て手を払うと、楓は目の前の木を見上げた。木の枝には、すっかり水に濡れてしまいふにゃっとなったシャツや半ズボンなどが引っ掛けられていた。川へ全身ダイブをしてしまった結果が、これだ。
「濡れた服は気持ち悪いから、乾かしておくのだ。日向だし、暑いし、すぐ乾くよね?」
 視線を濡れた衣服からそのまま上、雲一つない青空へとやる楓。これくらい暑ければ2、3時間もあればすっかり乾いてしまうことだろう。
「周りに人も居ないし……この格好でも大丈夫なのだ♪」
 そう言ってくるっと木に背を向け、裸足で川の方へ駆け出していく楓。どうやら乾かしている間も、魚を獲るようだ。
 裸足なのは、靴も中まで水浸しになったからだ。木を見れば、靴が片方ずつちょこんと引っ掛けられていた。そして、その隣では靴下や、下着までもが掛かっていて――――って、下着?
 いやまあ、全身ダイブをしたのだから、中までずぶ濡れになるのは当たり前。しかし、ここでそれまで乾かしているということはもちろん……川へと戻った楓は生まれたままの姿である訳で。
 いやはや……辺りに人が居ないとはいえ、無防備にも程があるだろう、小等部6年。

●人はあり、赤くなる少女
 それから少しして、予定の数だけ魚を捕まえることが出来たようで、重くなったバケツ片手に、楓は来た森の小道を急ぎ引き返していった。
「いっぱい獲れたのだ♪ 早く皆の所に戻って驚かせてあげるのだ〜♪」
 気分はうきうき、駆けていく楓の足も来た時以上についつい速くなってしまう。
 その道中、川へと向かおうとする者たちと数回すれ違った。が、何故か彼らは楓の姿を見ると、ぎょっとした表情を浮かべ驚いていた。
(んー、何で皆、あたしの身体見てるんだろー? ……ま、いっか! 急げ、急ぐのだ〜♪)
 楓はそんな様子に首を傾げつつも、仲間たちの元へと急いでいたこともあって深くは気にはしなかった。
「ただいまー! 皆、お魚いっぱい獲れたのだー♪」
 キャンプ場に戻ってきた楓は、意気揚々とバケツの中身を皆に見せてあげた。だが皆も何故か、道中ですれ違った者たちと同じく驚いている。こうなると、いよいよもっておかしい。いったい皆、何に驚いているというのだろう?
「か、楓ちゃん? ふ……服、は?」
 驚いていた中の1人が、怪訝そうに楓に尋ねる。
「ふぇ? 服?」
 その言葉に、楓は自然と自らの胸元へ目をやった。視界に入ったのは白いシャツ――ではなくて、白い肌と日焼けした肌とのコントラスト。はて、シャツは?
「……あ、忘れてたのだー!?」
 そこで楓ははっと気付いた、乾かしていた衣服が未だそのままであったことに。ということは、つまり……。
「ずっ……ずっと見られてたのだ!?」
 そう、皆の視線の意味は、そういうことだ。
「わひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!???」
 トマトよりも真っ赤になった楓は、持っていたバケツを胸元でぎゅっと抱え込むと、大急ぎでテントの中へ飛び込んでいった――。

【おしまい】
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高原恵 クリエイターズルームへ
エリュシオン
2013年09月24日

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